没落令嬢vs酒場でゴタ
ライヒ──……今はまだ何者とも名乗っていない偽装した彼女が現れる前。
セリアレ・ファミリーと呼ばれるマフィアの巣窟ともされる酒場。
黒髪黒瞳の青年が先んじて中にいた。
「知らないか?」
「おいおい、ここが迷子相談所に見えるのかぁ、おぼっちゃんよお!」
ギャハハッと笑い声が響く。
広さはドラルディンが根城にしていた酒場よりも広い。その分、人数も多かった。
どの人物もマフィアの構成員だと言われれば納得できる顔つきと性格をしている。
下卑た嘲笑が広がっていた。
「で、誰だって? パール? ピール?」
「ポールだ。半露通りの角で本屋をやっている、知らないか?」
「あー。確かにあったな。本屋。けど、あそこはドラルディンの勢力圏だろ」
「俺達が誰かわかってんだよな、ぼっちゃんよお」
構成員と異なり、ノエルは小綺麗でこざっぱりとしている。
その対照的な姿は酒場でものの見事に浮いていたが、それを気にもしない様子に構成員の中の何人かは不気味さを覚えつつある。
不気味さは拒否感の先触れ。
特にマフィアともなれば名誉を最重要とするものたちである。
彼らにとっては常に『無礼られたら負け』の精神で生きている。
「ドラルディンのところに行くんだな!」
「行ったよ。そのうえで、セリアレの人間を見たと聞いたんだ」
ドラルディンはアドルインのマフィアにおいて、現在最も凶暴で危険で、前のめりだと言われている。そんなところに彼が行って、そして見たところ無傷で出てきている。
いよいよ不気味さが拒否感や敵愾心へと変わっていった。
「……くっ、はははは! 頭んなかどうなってんだ? お花畑で埋まってんのか!?」
「ぎゃはは! こりゃ傑作だぜ!」
「じゃあなんだ? そのポールがセリアレの酒場で俺達と楽しく酒を酌み交わしていると思ったわけか?」
「楽しいかはわからないが、拐ったって噂は聞いた」
ざわざわと声が響く。
チラチラと構成員たちが互いを見る。
のそり、と奥から一人が立ち上がる。
「ここはテメエが来るような場所じゃねえんだよ、さっさと帰りやがれッ!!」
胴間声で殴り飛ばすように話す。
「それは知ってる。けれど、ポールを探しているという行動を変えるつもりはない」
まっすぐな瞳。まっすぐな声。まっすぐな心。
それが胴間声の男を強く苛立たせた。
「不気味なガキだ。おい、もういい。痛めつけて放り出しちまえ!」
✘✘✘
これ以上は聞く堪えない。
わたくしは扉を開いて中へ。
さて、どうやってこの場に介入するか、ですわね。
気になるのはふっと聞こえた、ポールがどうのこうのと。
わたくしからしても、ポールの店は本を手に入れるための重要な場所。どういう話の流れでその名前が出たのかはわかりませんけれど、使わせていただきましょう。
「おい、ポールはいるか」
チンピラたちがいきりたっているところに乱入。
注視はこちらに向くってもんですわよ。これに関しては経験則でゴブリンだろうとチンピラだろうと反応は同じだと認識しておりますわ。
町民風の服装であるノエルと違い、こちらは完全武装。
室内で振り回しにくいと思われるハルバード持ちだとしても今までの勢いではいけない。
クソ、また妙なのがという表情と怒りを隠さないままに、
「どうやって知ったかわからんし、そのポールってのも存じ上げんね。拐ったのは俺達じゃねえ。
だが、このまま聞かれて答えて、はいそれまで、とは行かねえんだよッ!!」
腰からナイフを引き抜く。ノエルに向けられたそれ。彼が戦えるのは知っているけれど、ここで彼を目立たせるのも今後を考えればいいことはなさそうですし。
ハルバードの斧部分が刃を弾き、回転させるようにして石突き部分で横腹を叩く。
重さと腕力に回転を加えましたら男性一人、ぬいぐるみのくまちゃんを投げるくらい簡単に壁に叩きつけることができますわよ。ホホホ。
「カタギに手を出すンじゃねえよ」
「やりやがったぞ、コイツ」「あんだあ、てめえ」
「おい、この女から殺しちまえ!」「殺せッ」
一斉に武器を構え、乱戦が始まる。
「長物持って来やがって、バカまるだしだぜ!!」
狭い空間でハルバードが不利なんて話を聞くことはありますし、概ね同意しますわ。
ええ。普通なら。
けれど、この状況であれば関係ありませんのよ。何せ後ろにいるノエルにさえ気をつければ誰にどう当たろうと関係ありませんもの。
「どうやら──……死にたいらしいなッ!!」
なあんて、御師匠様がよくそんな風にバチギレてましたわね。なのでここで真似させていただきますわよ。
わたくしが師のマネをしつつ、ハルバードを振るう。そうなるとどうなるか?
簡単ですわよ。
一時の嵐の後には雲間から青空が見えるように、ここにいたものの全ては雲のように散らされて静寂が訪れましたわ。
✘✘✘
多くのチンピラが倒れている中で、ノエルとわたくしだけが立っておりますわ。
「ああ、テメエは情報が欲しかったンだったよな。悪いな、全員ノシちまった」
「いや。ありがとう。助けられたね。けど」
「そのポールってのが気になるか」
視線を落として、沈黙。
やがて、
「……いや」
とだけ呟きましたわ。
雰囲気はどんよりと重いですわね。
「いや?」
「ポールが手を出しちゃならないところに手を出していたのは知っていたんだ」
え?
……それって。
いえ、そうですわね。裏路地の人間であれば多かれ少なかれ『黒い仕事』を受ける入口を知っている。お金が必要で、それが普通の仕事と次元の違う稼ぎになるものがあると言われたら……なびいてしまうのも理解できてしまいますわね。
ただ、予想は予想。
確定させるために会話は続けましょう。
「黒い仕事か」
「ああ。誰に頼まれたかまでは知らないけど、クスリを流通させていた。本の売買に混じらせて」
何度も止めたけど、はぐらかされた。
もっと強引に止めるべきだった……なんて言うのは浅はかな反省に過ぎないんだろう。そんな彼の呟きを聞き漏らすことはありませんでした。
あんまり自分を責めるのもよろしいとは思わないけれど、いまそこに突っ込むのも野暮なのでしょうね。
であれば、わたくしができることは話を進めることくらい。
「業種が違いすぎてバレなかったってわけか」
「クスリの売買はセリアレの主業務。ポールの店はドラルディンの管轄。どちらにであれ、バレないわけないのに」
「危険なヤマに突っ込んでったのはなんでだ?」
「わからない。ただ、何か必要に迫られてじゃあないなら」
「誰かにそそのかされた、か」
だが、それも結局セリアレの人間は知っていそうにもない、けれど、
「ここにいるのはチンピラどもなンだろ?
もっと上にいる人間は」
「いないよ」
「どういうことだよ」
「君がボコボコにした人間の一人がここの首領だ。君は気が付いてなかったと思うけど、ぶん殴られながら──」
『ポールなんぞ知らん、ホントに知らないんだ!』
なんて、叫び声を聞いた気も。
「ってことはなンだ。犯人はこいつらじゃないし、ポールの居場所もわからンままか」
「ヒントくらいは」
ちらりと倒れている男たちを見やるノエル。
「手に入ると思う」
✘✘✘
何が始まるかと思ってドキドキしましたけれど、ノエルは懇切丁寧に、必死に彼らの手当をしながら頼んでいましたわ。
自分たちがバカにした男に世話をされ、段々と心がほだされて、彼らはいつのまにかノエルのためにポールを探すなどと言い出していますの。
も、モテますのね……。まあ、顔はいいと思いますけれど。
「名前、聞いてなかったな」
「ノエル。あんたは」
「俺はフォ──」
「グレイス、じゃないの?」
おっとお?
「なンでそう思った?」
「黒髪の女冒険者で、正義を行う人の噂があったから、君かと思った」
「ハッ、よせやい。俺は正義なんてしねえし、冒険者でもねえよ」
「そうなの?」
うぐぐ。知り合いに嘘をつくと心にじわじわダメージが。変装が完璧だからバレてないってのは彼の反応からわかるってもんですけど……。
ドラルディンのギュストークには『傭兵。流れでここに来た』と言ったけれどノエルのような市民に伝わっているのならわたくしが何者かも知られている可能性はあるってことでしょうか。
でも似た姿とはいえ、ヒョルドの一件を片付けたときとはまた違う姿にしたつもりだったんですけれど。こうなってはこれ以上嘘を重ねるのは精神的にあまりよくありませんわね。
精神的によくないことを続ければどうせボロが出ますもの。
「ああ。そうだよ。グレイス。そう呼ばれてる」
「やっぱり」
こうなったら流れに身を任せよう。
「乗りかかった船だ。ポール探し、手伝ってやるよ」
「いいの?」
「ああ、けど仕事の報告のあとな。
明後日の夜にでも落ち合おうぜ。それまでは一人で危ないマネすンじゃねえぞ」
「わかった。今回の件で一人で動くのは危ないって理解したよ」
「本当かね、このガキは」
「そんなに年齢変わらないんじゃないの」
「一つでも違ったらガキなンだよ、傭兵界隈じゃな」
✘✘✘
そうして、翌日の夜に再びドラルディンの巣穴たる酒場へ。
ギュストークへの報告。ちょっと想定とは違いましたけれど、ぼこんぼこんにしたのは事実ですし。
「終わったぜ」
「ああ。聞いている。よくやってくれた」
前金の倍ほど。まあ、そういう約束ですものね。
「ところでポールって本屋は知ってるか?」
「ポール……どうだったかな」
「次の仕事で必要な情報でな」
「ほう。次の仕事」
「流石に内容は」
「わかっているさ。傭兵が軽々に依頼を口にはしまいよ」
「話が早くて助かる。で、どうだ」
「表の仕事は本を売って生計を立てていたが、裏でクスリを捌いていた」
ノエルの言う通りの情報ですけれど、それ以上は……。
「知ってンのか」
「ああ。知っている」
「どこにいるかは」
「もういない」
「あァ……?」
びっくりするほど言い切りますわね。
「とは思う。予想の話さ。そう怖い顔をするものじゃない」
いやいや、しますわよ。
思うって……。私がしましたってその顔に書いてありませんこと?
気の所為なのかしら。
「その結論に至った理由は」
「一般人が裏社会の仕事を奪ったなら、どうなるかくらいわかるだろう」
「だが、クスリを捌いているセリアレの連中は知らんと言っていたぞ」
肩をすくめて、それだけだった。
答える気はない。そういう態度だ。
だが、何も答えないというのも花がないと思ったか、それともわたくしがキレて大暴れでもすると思ったのかはわかりませんけれど、口を開きましたわ。
「セリアレは自分たちのところ以外の連中がクスリを扱うことを嫌っていた。
嫌った相手に何をするか、マフィアの手口は」
彼は手でクビを撫でるようにして口でポンと音を鳴らす。
ひょうきんなジェスチャーで、内容はエグイですわね。
「けれど、連中が手にかけたのがポールという、それなりに知り合いが多い相手となれば」
「動くやつもいる、か?」
わたくしを連中のところに送ったのは誰も動きそうにないから。
……いえ、今彼が言ったのはあくまで『理由』。誰かが動くだろうというのはこの辺りでは統一された見解だとするなら、わたくしがあそこで暴れたのはポールを思った何者かの義憤から。そう取られる、と。
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。さて、次の仕事を受けるつもりは」
「言ったろう。次の仕事は予約済みなンでな」
「そうか。では、またそのうち受けてくれることを期待しているよ」
次はないと言いたいが、あくまで内側に入り込むための策。
とはいえ、ううん。
彼は私がグレイスであり、ドラルディンの顔に泥を塗ったということを理解しているのでしょうか。
もっといえば、彼らのなかでグレイスとライヒはどういった繋がりになっているのか。
興味はありますけれど、知る術は手元にはありませんわね。
✘✘✘
ギュストークと分かれ、その後にノエルと合流という流れになりますわよ。
「で、ポール探しのヒントはあるのか?」
「……ない」
「無えのかよ」
「ああ。無い。だから探しに行くよ」
思い立ったが吉日と言わんばかりに立ち上がる。
「夜だぜ?」
「だから都合がいい」
「……ああ、そういうことか」
つまり、持ってないなら手に入れる。見つからないなら探しに行く。
ポールの家を家捜ししようってわけですわね。
そうしてわたくしたちはポールがやっている本屋、その裏手に。
正面は戸が下ろされ、鍵が掛けられていた。
勝手口もしっかりと掛かっているはずですけれど、わたくしの盗ぞ……いえ、斥候技術で開けることはできますけれど、自信満々に来たと言うことはノエルも、
「じゃあ、行こうか」
ノブを回そうとするが回らない。
「……」
「……」
何度か回そうとする。
回らない。
「鍵、掛かってンな」
「掛かってるね」
「ええと、何か算段は」
彼は周りを見て窓辺へ向かうとそれとなく転がっていた石を掴みまして──
「ちょ、待てよ……!」
「……?」
「流石に強引過ぎンだろ……。はあ、待ってろ」
よもや無策とは思いませんでしたわ。
それだけ友人を思っているということなんでしょうけれど。
あんまり技術ってのは市井の方に見せるべきものではないとは思っておりますけれど、仕方ないですわね。
ここはわたくしの錠前を解除する技術で、ホイ、ですわよ。
カチャカチャ、カチャリ。
「ほら、開いたから」
「すごいね、グレイス」
「……ま、傭兵にも色々小手先の技術が必要なンだよ。一般人が知る必要ねえことだ」
「カタギ、か」
そう呟きつつ中へ。
まあ、ガラスを割って中に侵入しようとする人はカタギかは怪しいかも知れませんけれど。
中にはやはり誰もいないですわね。
建物自体は古い二階建て。
二階は生活空間に。ノエルは躊躇なく灯りを付けてあれこれと探し始めて、途中で手に取ったもの──おそらくは日誌か何かに目をやっていますわ。
「どうだ」
さら、さらと紙をめくる音だけが少し流れ。
「……金が欲しいから唆された」
「誰にだ。セリアレの連中じゃないよな?」
「ああ。誰かはわからないけど、どの組織も出し抜いて売り抜けることができるからと」
どの組織も?
個人同士で計画したってことかしら?
「他の組織も多かれ少なかれクスリの売買には手を出している。大部分のシェアはセリアレで、連中が怒り出さない分量程度だろうけど。でも」
「でも、なんだ」
「個人で取引できるほどクスリってのは扱いが簡単なわけじゃない。都市の連中がいくらマフィアとよろしくやっているからって……そんなことを許すほどまではまだ腐敗しちゃいない」
では、持ちかけた個人は誰か──……。
そこを悩む前に外から戸を叩く音。
「おい、誰かいるのか!? おい!! 俺だ!!」
どんどんどん。
急いで叩かれる戸。
ノエルは知っている人間だと呟いて下へと降りては戸を開ける。
わたくしは存じ上げない方ですけれど、彼は見知った顔といった雰囲気。この辺りの住人なのでしょう。
「ノエルか、どうやって」
「ポールを探してた」
「ポールなら、もう戻ってこないと思う……」
✘✘✘
ノエル以外にもポールを探していたものはいたようです。
けれど、
「脅された」
一言でわかる状況ですわ。
余計なことを知ろうとするな。マフィアからの警告。
裏通りでマフィアに逆らえるものなどいない。特に一般人であれば。
知らせてくれた人物はノエルとも顔見知りの人物らしく、ノエルにも警告をしていた。
ポールの死体が酷い形で出てくるというのであれば、それはマフィアたちが絡んでいると思って間違い無いだろう。酷い死とはマフィアにとっての警告文のようなものだ。こいつと同じになりたくないなら俺たちをナメるなよ、そういう意図がある。
そんな連中相手に、自分たちが絡んでいっていいことなんてない、と。
彼は知らないことですが、ノエルとわたくしは既にポールがクスリの売買に関わってしまっていて、それがもとで殺されてしまったのだろうことは察しが付いてしまっている。
その察しが、今は確信に変わってしまいました。
「……悔しいけどさ、この件は追いかけない方がいいよ」
戸を叩いていた男がノエルに言う。
「そう、だね。これ以上は俺たちが踏み入れていい領域じゃないのかもしれない」
そう言ってから、
「グレイス。ありがとう。これ以上は大丈夫だ」
「……無茶なマネはすンなよ」
「しないよ」
「どうだかな。無鉄砲に見えるからちょっと心配になる」
「見た目の怖さの割に優しいんだな」
「ふン。多生の縁ってヤツでな。
傭兵ってのは気を抜けば隣にいるヤツが死ぬ。生きている内に友誼を結べるヤツには結んで起きたい。そう考えるようになるのが自然なンだよ」
小さく彼は微笑んで、
「ありがとう。もう会うことがないほうがグレイスは喜ばしいんだろうけど」
「そうだな。平和に生きろよ」
ここでわたくしが何かして差し上げられることはなさそうですわね。




