没落令嬢vsサンピン
アルシュカの言葉の通り、フィニーには相談を持ちかけますわ。
わたくしも話そうとは思っていましたけれど、何かしらの準備に入るよりも先に相談するほうが信頼の証にも取っていただけるでしょうから。
ええ。白状しますと準備が整ってからと思っておりました。
巻き込むにしたって準備段階から巻き込んでいたら、彼女がドラルディンの連中になにかされかけたとして言い逃れもできなくなりそうですから。
ただ、わたくしなりのその心配は、自分の立場においてみれば少しムッとすることにはなる。
そんなことよりもっと早く巻き込んでほしいと、そう思いますもの。
「昨日の今日でとは言うつもりはないけど、ライヒは……なんていうか」
「猪で申し訳ありませんわね」
「けど、今更だよね。……でも、早くに相談してくれたのは嬉しい」
そして、わたくしと心は同じ。
早くに巻き込んでくれたほうが嬉しい、というのはそのとおりのようでしたわね。
フィニーとあれこれと話していく中で出たのは、バックアップ用の人員について。
わたくしが入り込むときに何かあったときに救出してくれるような人員はどうか、と。
ただ、それほどに信頼できる人間がいるかと言われると怪しいんですわよね。
「リオやアルシュカ、他にも傭兵ギルドとの付き合いもありますけれど」
「内部から救出となると、ちょっと違うんだよね」
と、そういう問題ですわね。
そもそも内部協力者を送り込めていればもっと早く諸々解決しそうなもんですけれど。
「内部からは難しければ、やっぱり」
「符牒だとかを用意して、外部から強引に助けてもらうような形くらいしかありませんわね」
煮詰まりかけたところだからか、フィニーは
「そういえば、傭兵ギルドとも付き合いが増えたんだってね」
と会話の転換。
「ゼド爺がわざわざ頭を下げにきましてね」
「ゼド……。アドルイン傭兵ギルドの新しい支部長さんだね。
繋がりあったの?」
「直接はありませんけれど、わたくし自身は傭兵ギルドとも付き合いがあったし、あの爺様の武勇伝は山程聞いていましたから」
「あー。そんな人に頭下げられちゃ」
「ええ。勿論、持ってきてくださった話が美味しかったというのも大きいですけれど」
結局この話の流れで、外部でわたくしを救出する仕事はゼド爺と相談しようということに。
「それじゃこっちで入り込めそうな穴は探しておくから、それまでは」
「納税に向けてのゼニっこ稼ぎですわねえ」
「お互い頑張りましょ」
「お互いって、わたくしが一方的にあなたを頑張らせているんですけれどね」
「見返り、期待してるってことで。……ね」
にこりと微笑まれちゃ返す言葉なんてありませんわ。
✘✘✘
仕事を傭兵ギルドに託すことになるアルシュカとリオは悔しそうでしたけれど、先日の祠ダンジョンの一件から間を置かずに責任者不在にするのも……ということで納得してくださいましたわ。
「しかし、随分と恨みを買っておられるわけだ」
「ええ。恨みを買っている自覚はあるのですけれど、実際にどうしてそこまでかは」
「自覚なしと」
「自覚ありすぎでわからないってのが正直なところですわねえ」
とはいえ、ゼド爺もわたくしと同様、いえ、歴の長さからすればはるかに多くの恨みつらみを向けられているのでしょう。
そういうものですなと頷いて、
「しかし、本当のところはそこではないのかもしれませんなあ」
「っていうと?」
「憎悪の臭いが薄いといいますかな。勿論、相手が本腰をあげていないだけかもしれませんが、恨んでいるというのならば何か、どこかで自分が受けたことを報いとして投げつけたいと思うのが当然かと」
「つまり」
「怨恨以外の可能性、ですなあ」
「怨恨以外となると」
わたくしにあるものといえば大納税ピンチと、
「ダンジョンの利益」
「あくまで妄想レベルの話ですが。ともかく、救出の件は承りました。
隠れるのが得意なものを数名付けましょう」
と、そういうことになりましたわ。
にしてもダンジョンを狙う、ない話ではありませんわね。
ゼニになるのは間違いないですし。うまく転がせば冒険者ギルドを掌で踊らせることもできそうだと考えても不思議ではありませんもの。
その辺りのことも今回の行動で割れればいいんですけれど。
✘✘✘
冒険者ギルドの買い取り業務を仲介にして例の染め粉を入手。
お化粧もばっちり。古傷を持っていますよといった具合に包帯なんかも巻いたりして。
これで他人にしか見えませんわ。
鎧なんかもいつものではなく毛皮を利用した粗野なデザインのものを。
武器も流石にあの剣は持ち歩けないので買い取りに出されていた長斧槍も仕入れて。
見た目はばっちり悪そうな冒険者崩れといった感じに。以前もちらっと出した師匠のイメージを踏襲。我が師がどんな人か、見れば早いのですけれど。ともかく。
フィニーが調べ上げ、現在我が領地の狩人をやっているものたちからも聞いた、
ドラルディンの人間たちが根城にしているとされる場所の一つと目される、うらぶれた酒場。
そちらに赴くことにいたしましょう。
少し離れたところに傭兵、そして変装したフィニーも隠れていますわね。
どうにも心配だから、というのが彼女が来た理由の一つですけれど、その目で見てのみで得られる情報もあると。
傭兵の護りもあれば大丈夫でしょう。
前後稼働両面開きの扉を開いていざ入場。
カウンターは十人かそこらが座れて、四人から六人くらいが使える丸机が七つくらい。裏路地にある店にしては結構な広さですわね。
席の半分くらいは埋まっている様子。
空いているのはカウンター席。席にこだわりはありませんし、適当に腰を掛けますわ。
「デカい獲物だな。振り回さないでくれよ」
カウンターの担当らしき、目つきの悪い男が一応の注意をしてきますわ。そりゃそうですわね。
「ふン。誰も俺に無礼をしないンなら、振り回したりはしねえ」
口調も師匠の踏襲。この口調で定着するとますます令嬢感を損なうので染まらないように気をつけねばなりませんわね。
「……振るわれないことを祈るしかねえな。注文は?」
「腹が減ってる。すぐに出るなら何でもいい。あとはエール。ここのは冷えてるか?」
「冷えてるのは追加料金だ」
「チッ。ならヌルくていい」
といった辺りで、
「よお。それくらいの金ならおいらが出してやるぜ」
ふっと声を掛けてきた男。いきなりなれなれしくもわたくしのふともも撫で撫で。わたくしのふとももは犬猫ではないのですけれど。
それに腰には指輪が縄に纏められて吊されている。『何かしらをした相手』から回収した戦利品ですわね。戦利品といっても火事場ドロとかではなく、手にかけた相手から奪った記念品。
いるんですわよねえ、こういうの。
「物乞いに見えるのか、酔っ払い。
それとも俺が冷えたエールで一晩売るような女に見えてンのか?」
「おお。怖。……ここが誰のナワバリかわかってんのか?」
「テメエみたいなチンピラのナワバリには見えンな。それとも──」
より柄が悪そうな連中を含めて見るようにいたしまして、と。
「サンピンに従う物好き連中の巣穴だったか?」
「おい、その辺にしとけ!」
マスターが止めてくるけれど、吐いた唾ってのは飲まないもんですわよ。
安心なさって。壊れたら後日にちゃんと支払いますから。
「もしかしてこっちに喧嘩売ってんのか、クソ牝」
三人ほどが立ち上がり、こちらへ。
声を掛けてきたサンピンがニヤニヤとその隣に付く。
ひとまず色々と問題のありそうだった相手だからと喧嘩を売ってみたけれどいい感じになりそうですわね。
「ハッ。先に売り始めたのはそのサンピンだろうが。
名誉を正してえなら、そこのサンピンをシメて秩序を保つべきだろ?」
「……口の回る」
「酔っ払いよりはな。で?」
「ここじゃあなんだろ、表に出げべっ」
ハルバードの刃が備えられている逆側、つまり石突き側で三人のうちの一人を叩き伏せる。
「喧嘩ならここでもできンだろ」
「てめえッ!」
残った二人が一斉に武器を抜こうとする。遅すぎますわね。
人様を脅すなら最初から武器を抜いていないとダメですわよ。
一人は同じように石突きでみぞおちを。もう一人はスナップキックを側頭へと叩き込んでおしまいですわ。
お店への被害なし。我ながらいい具合の打倒ですわね。
「チッ。金にならねえことをさせやがって。おい、酒はまだか?」
「あ、ああ。ほらよ」
「ごく……くっ。ふう。ケチらず冷えたのにするべきだったな」
がん、とカラになったジョッキを机に叩きつけるように置く。
礼儀が悪い?
いえいえ、これが礼儀だと教わりましたわよ。
誰から?
今わたくしがトレースしている御師匠様からですわ。
「いい腕だな」
サンピンは顔を青くしてじりじりと出入り口へと向かい、出て行ってしまった。
酒場の奥から声。
「先、俺が言ったことが聞こえてなかったのか?」
「誘いは誘いだが、ベッドにじゃあない。どこかの誰かに雇われているのか、お前」
「この街には来たばかりだ。傭兵仕事が無くなってな。雇い主は探しているが──」
おい、エールをよこせ。冷えた奴だ、とマスターに言いながら。
態度が悪い?
これはまあ、まあ、そこそこに素ですわね。ごめんあそばせ。
「ま、こんな街に傭兵仕事があるとも思えンからな。ソーパス辺りに行くつもりだが」
「うってつけの仕事がある。聞いてみる気は?」
「仕事で重要なのはいつだって支払い次第だろう。内容は二の次、善悪は三の次だ」
「結構。──おい」
マスターに目をやればエールを注ごうとしていた彼が焦りながら出入り口だけ閉店準備に取りかかる。
「おい、エールは」
「後で来るさ」
「話を聞け、ってか」
「そういうことだ。私はギュストーク。ドラルディン・ファミリーの相談役をしている」
「ファミリー……。裏社会の人間か」
「そうだ。だが、善悪は三の次だろう」
それに対しては「なんども言わせるな」とだけ返しますわ。
金払いが一番だと言いたげに。
「わかっているさ。だが、内容と結果次第で金額は変わる」
ようやく冷えたエールが置かれましたわよ。
流石にお話ししている相手の目の前で飲むのはアレですわね。
「対抗組織にちょっとわからせてやってほしい。最近、ウチの動きが鈍いからとナワバリを荒らしている連中がいてな」
「対抗組織? そりゃあ国だとかギルドの関係じゃねえだろうな。善悪と関係なくとも命と罪を天秤におくなら相応に吹っ掛けるぜ」
「安心しろ。こっちと同じような組織さ。セリアレ・ファミリーって連中でな」
つまり、他のマフィアだと。
「何をして欲しい」
「先程見せたことをしてやってほしい。与太者が集まっている酒場で一暴れしてくれればいい」
「わかった。ただ、俺はお前らみたいな連中を信用しちゃいないンでな。金は前払いで半分は出してもらう」
「いいとも」
そういってあっさりと結構な金額をどさり。
ヤバい組織の連中は金払いがいいですわね。
「数日待ってろ」
懐から飲み代(と軽食代、食べられませんでしたけれど)を机の上に置きますわ。少し多めなのはまあ、迷惑料と言うことで。
出されたものに手を付けず、外へ。
「おい、前金は」
「支払う気概があれば十分だ。終わったらもらう」
そう言って退店。
お店の近くで待機していると言っていたフィニーはしっかり隠れているようで、こちらからは見受けられませんでした。
✘✘✘
翌日からは一応、セリアレ・ファミリーについての下調べ。暴れる先についても。
ま、良い噂はゼロですわね。
ろくでもない薬をばら撒いて、人間の売り買いも計画。一応、街の運営側は警戒しているけれど実際の行動はなし。
行動を見せたら何をされるかわからないから二の足を踏んでいるのでしょうね。
フィニーには仕事をすることを含めて信頼できる手段で手紙で報告。
夜になってから酒場へ。
けれど、そこでは──
「ここはテメエが来るような場所じゃねえんだよ、さっさと帰りやがれッ!!」
怒鳴り声。
仕事のダブルブッキングでもしたのかしら、あの相談役さん。
それとも偶然他の組織から送られたか……、不運な来客の線もあるかしら。
そんな状況でここで暴れるわけにもいきませんわよね。
けど、ここまで来て背を向けて帰るのはそれはそれで。
入店するだけは無料か、席料くらいで済みますもの。入ってみることにいたしましょう。
お邪魔しますわよ~。
「不気味なガキだ。おい、もういい。痛めつけて放り出しちまえ!」
今まさに何者かにチンピラたちが向かおうとしているときにわたくしの来店。
そして、わたくしの目の前に立っていたのは、
(……ノエル?)
呟きそうになるのは何とか押し留めることができましたわよ。




