没落令嬢vs嵐の種
声の方へと進むと、目的地まで進むことになりましたわよ。
けれど、そこには魔物の死体もなく、部屋の奥側で立っている彼ら。
「あら、悲鳴めいたものが聞こえましたけれど」
「騙して悪いが──」
わたくしに話しかけていた男がそのように。
「あらあら。お約束のセリフ、ありがとうございますわ。これもお仕事でして?」
「俺たちにとっちゃあな」
「では、別の方にとっては」
リーダー格らしき男が前に一歩。
「これで復讐を果たせるとなれば、気持ちがいいもんだな」
「復讐?」
「わからねえのか!」
「申し訳ありません。わたくし、恨みを買うことは人を殴ることの次に得意なことでして、ちゃんと伝えていただかないとわかりませんのよ」
「てぇんめェェ……!」
怒りで顔を真っ赤に。
あらあら。舌戦ではもうあなたの負けでしてよ。そこまで追い打ちするつもりはありませんけれど。
でも、ガチでわからないですわね。
「兄貴だよ。ヒョルドの兄貴だ!!」
「ああ、彼ね」
「彼ね──じゃねえ。よくも殺しやがったなあ!!」
「ははッ」
思わず吹き出してしまいましたわ。
彼らだけではなく、リオとアルシュカもわたくしを見ている様子。そちらを見る余裕はありませんけれどね。
「わたくしが何かご存知?」
「没落令嬢だろう、貴族様だろうがッ」
「ええ。そうですわね。けれど、ここにいるのは」
「なんだ、冒険者だから違うとでも言いたいのか」
「違うと言いたいわけではありませんわ。冒険者だから、と言いたいのですわよ」
あるいは彼のような武人としての側面を持つものも含めて、と。
戦いが近いことを感じながら、わたくしは鈍器の握り具合を確かめる。悪くないですわね。
「わたくしたちは、誰かのためだけに生きているわけではありませんわよ。
こんな稼業をして、多くの場合力に任せた解決をして、負けて勝ってまた負けて、それで生き延びているものだけが次に挑み……」
「なにが、なにが言いたい」
「死ぬまでがそうだと言っているんですのよ、坊や。
どんな形であれ終わりを迎える日まで、繰り返す。殺して、勝って、ときには負けて負けて。その果てに勝ち逃げがあるのか、無惨な死体になって転がるのかなんてのはどうでもいいことですのよ、わたくしたちにとっては」
鈍器を肩に担ぎながら、
「ヒョルドもわたくしと同じ。ただ、あの日に勝ったのはわたくしで、負けたのは彼。
死んでしまった彼は、果てにあったのがあの日だった。
彼もわたくしと対峙した時に生きて帰りたいなどと思っていなかった。
そしてわたくしも、彼と戦って生き延びれるとも考えてはいなかった」
血が熱くなっていく。あのときの戦いを、それ以外の多くの死地を、矜持を体が覚えている。
それと同時に、感情が冷えていく。戦いに備え、必要な判断能力以外を切っていく。
「わたくしたちの戦いの間に、何人も入る余地はありませんわよ。
我々の行う殺し合いというのは、つまりはそういうものですのよ」
それは一種の睦事にも似た。
けれど、
「うるせえ、わかるか、わかるか!! お前らの気持ちなんて!
俺はただ、くそお!!
これは、これは復讐なんだあ!!」
悪事を為していたことは理解している。だからいつか報いが襲う。
それを理解していると言いたげな絶叫。
しかし、現れたのはわたくしであり、正義の執行ではなかった、そんな感情が伝わる。
「くそッ!! くそがッ!!
じゃあ、お前の終わりが、ここなんだよお!!」
彼が懐から何かを取り出して振りかぶる。
周りの人間が、
「待て、まだ退路が」
そう言いかけるも、彼の動きが早く、叩きつけられた何か。かしゃんと割れる音。
爆発でも起きるかと思ってわたくしはリオとアルシュカを抱えようとする。
二人もわたくしの盾になろうとする。
けれど、
なにも起きない……?
「ぎゃああ!!」
彼らの一党の一人が奥にあった通路に行こうとして悲鳴を上げました。
狼型の魔物が後衛の首を噛みちぎり、生き残りを睨む。その後ろからわたくしたちが倒したものよりも一枚格が上であろうコボルトが群れで現れましたわよ。
「ば、馬鹿野郎!! 『嵐の種』を使うのは逃げ道を確保してからって話だったろうが!!」
「くそ、くそ。俺は、俺は悪くねえ!」
「クソはテメエだ!!」
そう言いつつ、最初に話してきた冒険者がこちらを向く。
「もうここは魔物配備室になる!!
こうなっちまったら協力して──」
そこまで言って、コボルトの背後から槍を投げたゴブリンが、こちらを向いた冒険者を射殺した。ライヒたちにも幾つかを投げつける。投擲用のものではない槍も含まれていた。ライヒはそれのうちの一つをがしりと掴んで攻撃を無効化し、更にそのまま飛んでくるものを弾き落とした。
(モンスターハウスに踏み込んだであればわかりますけれど、モンスターハウスに『なる』……?)
モンスターハウスはダンジョンで時折起きる、再出現が偏って作られる魔物溜まりのようなもの。
そうして作られた魔物の群れは種族関係なく待機する。そのあたりに入ってきたものを殺すという目的に染まっているんですわよね。
格下の魔物でも数がいて、それらが団結するとなれば殺されかねないのがモンスターハウスの怖さ。
このダンジョンはそもそもわたくし一人では対処できないレベルの場所。
そんな場所のモンスターハウスとなれば、
「逃げますわよお!!」
二人に叫ぶと来た道を全力で走ろうとする。
元々言含めていた命令には従う、のルールもあってか即座に動いてくださいました。
「待ちやがれ、お前だけは──」
復讐者の彼はそう言うも、何か重いもので叩かれたような音と悲鳴。
「ぐ、や、やめろ。俺は、俺はまだ復讐を、ヒョルドの兄貴の、やめ、ぎあああああああ!!!」
断末魔。
それを背にわたくしたちはひたすらに走りましたわ。
✘✘✘
「あっちに魔物が集まってくださっているようですわね」
道中で魔物が見えたりしたが、こちらに向かって来ることはなく一瞥もなく違う道を進んでいく魔物たち。
おそらく、モンスターハウス化している場所へと向かっているようだった。
(嵐の種がどうのと言っていましたが、いまはさておくしかありませんわね)
「このまま行けば、逃げられ──」
なんてのは砂糖菓子よりも甘い考えでしたわね、と内省するライヒ。
出入り口を封じるようにコボルトの一団が立っていましたわ。
軍団化していますわね。無駄にはなったけれど、自分が作った経験が生きていますわね。
あのときはあっさりと殺されてしまいましたけれど。
お陰で軍団化された魔物がどういう挙動をするかを理解できていたのは経験資産としては価値のあった行いですわ。
コボルトの軍団。集団の中心にエリートが一体。上位種ではなくユニークかもしれませんけれど、そのあたりの説明はまた今度。
そこそこ以上に強いのでしょうね、厄介そうですわ。なにせ風格がありますもの。
「まったく、逃げるのも上手くはいきませんわね」
「どうしましょう、ライヒ様」
「決まっていますわ」
わたくしが棍棒を握ると、その意志に応じるようにアルシュカが突き進みましたわ。
「リオ、雑魚散らしするぞ。支援頼むッ!」
「はい、アルくん!! 速度上昇!!」
ぐん、と走る速度が上がるアルシュカ。
「ライヒ様、雑魚はオレらが!!」
「頼みましたわよ!!」
わたくしはそのまま出入り口を守るコボルトのただ中に。コボルトたちの注意が少しでもアルシュカに向けば、次の瞬間に重量を扱って振り回されたわたくしの刃でコボルトたちを攪拌していきますわよ。
「お前らの相手はオレらだ」
アルシュカが言う。彼だけではない。リオもその背を守るように立つ。素敵ですわよ。ふたりとも。
魔物たちに言葉が通じているかわからないが、それでも敵意を向けられたことは理解できたらしい。
軍団の半数以上がアルシュカたちへと向かう。
棍棒が振るわれればコボルトたちが砕けて散る。片手に棍棒、片手に槍で大立ち回り。
軍団化は魔物の戦術的行動の強化。それに同一の軍団所属者の側にいることでの強化。
ただ、コストのかけ方次第でそれらの効果の強さは変わる。
この脆さ、さしてカラレスを注がれておりませんわね。もしかしたらあの中心にいる個体が何か特別な力を持っているのかも知れませんが、その辺りの検証をしている暇はありませんわね。
「Gaaauuhhhh!! haaaa!!」
コボルドが激を飛ばすように叫べば陣形を変えていきましたわね。
軍団化のメリットは強化以外に、特定の命令を強く強制させる効果があるはず。
つまり、このコボルトが軍団化されている理由は出口を塞ぐためだけの軍団化。
本来であればモンスターハウス化したところから逃げれば大量の魔物を引き連れて逃げることになる。
そこで軍団と出会えば最低でも二正面戦闘、最悪の場合は乱戦。
悪辣ですわねえ、これを考えたキーパーは。
「こんな木っ端どもでは相手にもなりませんわよ、掛かってきなさい」
棍棒を向けてこちらに来いというジェスチャー。
頭目らしいコボルトは手に持った剣を構え、じりじりと距離を測り始めましたわね。
軍団は強化されていなくとも、この個体は油断できない相手に見えますわ。
本日最大の大勝負になりそうですわ。
✘✘✘
踏み込みが重なる。
棍棒がコボルドに迫る。コボルドは何かを見抜いたかのようにして棍棒へと合わせた。
乾いた音。
棍棒が半ばから断たれた。
即座に槍で反撃を行おうとするも距離が合わず、痛打には至らない。
「……ッ!!」
ライヒが驚いた表情を浮かべればコボルトはにたりと笑う。
「……なるほど。いや、そうですわね。こんな策を立てるキーパーですもの。『そういうやり方』しますわよね。ええ。こればかりはわたくしの油断」
軍団化にコストを掛けなければさしたる強さを持たない群れにしかならない。命令を遵守させるためのものにしかならない。
だが、それは軍団に対してのコストのかけ方でしかない。
その中核に存在する個体は明確に強力な存在であった。エリート。それも高度な存在であることが察せられる。
逃げてきたものたちが二正面や乱戦を嫌ってコボルトと戦い、その強度から切り抜けられると判断したところを予想以上に強いエリート・コボルトによってしっかりと処理される。
見かけで判断すればそこで終わり。
そういう罠だった。
しかしコボルトがライヒではなく棍棒を狙ったのは、狙えるものがそこだけだったからだ。
欲を出してライヒそのものを狙えばどのような返し手があったか。
そうした武芸の判断能力もまたエリートたる証と言えた。
それでも、ライヒは武器一つを失った。
コボルトが嘲る。槍の扱いについては理解できた。あの槍は脅威ではないとそう判断したのだろう。主たる武器もない人族の牝ごとき、時間の問題だと嗤ったのだ。
「リスクも制限も、限界もわからない武器である以上は乱用は控えたかったのですけれど……役に立っていただきますわよ」
槍をリオに手渡すと、彼女は腰からそれを抜く。
空色はダンジョンの中であろうともその輝きを失わない。
コボルトが睨み、だが、考えた有利は揺るがぬと踏み込む。
コボルトの剣にライヒが宝石剣を合わせる。
合わせられたときに火花が散る。鉄製の剣からは赤色の火花が。宝石の剣からは青色の火花が散る。
かしん、と音が鳴った。乾いた音だった。
鉄製の刀身が欠けていた。コボルトは気が付いていない。いや、そんなものに目を向けていられない。
相手が格上であることを今の一撃から判断した。
一方のライヒは剣の強度に驚いていた。それだけではない。計算されきった重心は羽のように軽く思わせながら、制御にほどよい感触を残していた。
次の瞬間。空色が閃く。赤黒い光が血の代わりに舞う。それらがライヒの腕へと消えていった。
頭目が殺されたことを即座に感知したコボルトたちの動きが一瞬止まる。
アルシュカにとってそれで十分だった。
リオもまた、その隙を逃すまいとブースタをかけ直し、アルシュカの斬撃が生き残ったコボルトたちを蹴散らした。
「行きますわよ!」
「はい!」「ああ!」
三人はこうして生きて戻った。




