没落令嬢vs絶滅戦争(未然)
「あのあのあのあ~……、スゥ様、そのでございまわね、絶滅戦そ──」
「よく判断してくれた」
「ほえ」
「まずは陛下の御許へ」
「ほ、は、はい。そうさせていただきますわ」
労うような声。優しい瞳。
ゆ、許された……?
いや、最後の憐憫かもしれませんわね。知り合いの方を疑うのはよろしくないですけれど、でもわたくしがもしもリオやアルシュカがこんな風になっていたら、きっと。
いえ、わたくしのような短慮な猪ではないはずですわ。
冷静に。冷静に令嬢としての振る舞いを。没落ですけれども。
と、そうしてポータルを潜り、あんまり久しぶりではない魔王陛下の居城。
スゥ様が来たのは大々的なことではなかったのか、しかしそれでも救護班的な方々が待ち受けていて、
「お預かりいたしてもよろしいでしょうか」
ヒト種相手に魔族が丁寧に。いえ、ここにいる方は皆礼節を弁えている方ばかりですし、見下されることもあんまりございませんけれども。
でも、彼の、いえ、彼らの視線はどれも容赦や憐憫ではなく、よくやってくれたと労うような──
「あ、ええ。そちらの担架にですわね」
そっと載せる。
そのときに魔族の彼女(仮)が視線をこちらに。口を動かしたような。ありがとう、そう言っているように思えたのはわたくしの傲慢さでしょうか。
「陛下がお待ちだ、行こう」
「はい」
大丈夫。大丈夫ですわよ。ええ。ハイエンド陛下の御心は広く深く、真綿のように柔らかいはずですわ。
✘✘✘
「よくあの子を救い出してくれた。それも我らのとの関係もわからないような形にして、迅速に」
そこまでハイエンド陛下が仰ってから、
「ありがとう、ライヒ」
王ですから頭こそ下げませんけれど、その言葉は下々に渡すようなものではないものと、優しい声音。
あー、よかったあ。絶滅戦争にはなりそうにありませんでしたわね。
「いいえ。あの場で不足となる行動がなかったのでありましたら、幸いですわ」
いやあ、不足も不備もあるだろ、なぜあの準男爵を殺さなかった?
などと言われたらその通りですけれども、わたくしも言葉を向ける相手を理解しているつもりですわ。
陛下ならこの言葉で理解してくださいます。
「あの子は既に滅びた別の魔王家の跡取りでな。行方をずっと探していた。どこかでダンジョンを作り、そこに逃げ込んだという噂はあったのだが」
それがあの準男爵が仰っていた『キーパーをしていた』ってことに繋がるんですわね。
つまり、わたくしと同じようなことをしていた。
けれどあのような目に遭わされていたことを考えれば敗北して、捕まって、……ううん。明日は我が身と思うと考えたくはないですわね。
それから陛下はううん、と言葉を探すように小さく呻く。
わたくしは何かを言いそうになり、流石に状況も状況なので半端に口を開いて固まった。
「直答を許す。……友人との会話だと思って喋って欲しいな」
「恐れ多いですけれど、では、皆様に怒られない程度に。
氏族紋は彼女もお持ちなのですか?」
「ああ。あの子の家系のものを持っているよ。ただ、我とお前のように直接的な繋がりがない限りは探知することはできなくてな」
スゥ様がああしてわたくしの前に現れたのもあの子を探すことも任務に含まれていたのかもしれませんわね。
氏族紋をいただいたとはいえ、人間のわたくしが深く突っ込むようなことでもないのでそこに関しては言わぬが花。
「ですが、あの子がああいう状況になったということはキーパーではなくなった、ということでしょうか」
「ああ。それはそうだろう。
何があったかまではわからないが──」
少し考えてから、
「キーパーの力は基本的に一過性というか、作り出す能力があるものがダンジョンを作ったときに自らに、あるいは自分が選んだ誰かに付与するケースが大半だ。
そうして付与したものは持ち主が敗北した時点で消えるのだけど」
ときおり、それを手に入れてしまうものが現れる。
一度そうした他者の手に渡ったキーパーとしての権利は受け継ぎ権利のようなものがガバガバになって、倒したり譲渡を願えばあっさりと他人のものになってしまうそうですわね。
「他人の手に渡って、悪辣な使い方をされていなければいいんだが」
色々と陛下も考えたようだが、どうあれ助け出されたものが目を覚まさない限りはわからないだろうとこの話はそこで終わった。
一応終わり際に
『ダンジョンが冒険者や知識がある人間の手に渡ったとするなら、極めて危険だから気をつけるんだよ』
と忠告されましたけれど、ええ、存じておりますわ。
まさしく、わたくしが作っているダンジョンもそういう意味では悪辣でしょうし。何せ人が欲しいと思うものをしっかりお出しする中毒性たっぷりのダンジョンですもの。
陛下はわたくしのダンジョンを「よくやっているなあ」くらいで見ているのかもしれませんけれど、微に入り細を穿つようにして周回させようという作りになっているのは、そういうものを求める冒険者でなければ仕組みというか、心情はわかりにくいのでしょう。
「さて、ライヒ。お前は大事なはずのお金をも犠牲にしてあの子を助けてくれた。
我はその心意気と慈悲に報いたいと思っている。なにを望む」
まあ、ですわよねえ。
あっさりと氏族紋なんていうビックリドッキリパワーをくださるようなお方ですもの。
望めば大抵のものをあっさりと渡してくださりそうですわ。
でも、これについては答えは決まっていますのよ。
金が欲しいとか、納税から解放されたいとかはありますけれど、でもそれは他人に全てを託すようなもんではございません。
愚かではあっても親から引き継いだ領地、それに付随しているものであればこそ、受け継いだわたくしの手でなんとかしなければなりません。
であればこそ、求めるものは、
「また次に同じようなことがわたくしのところで起こるかもしれません。
その際にお助けするまで、また今回のように幾許かの時間をいただけるよう願えましたら」
「ライヒのことを信じている。それは当然だ、その上で、」
「いいえ。陛下。それが全てでございますの。わたくしは人族としてでも、魔族の皆様のためでもなく、ただただあの子を助けたいと思ったからそうさせていただきました」
ですから、そこに恩義と報酬のやり取りは無用。
それでもと仰るならば、助けた子に注いでほしい。
それはそうとして、同じことがあっても即絶滅戦争じゃあ! みたいなことにはしないでほしい。とまあ、ささやかに見えて貪欲な願いなわけですわね。これ。
でも、格好つけすぎかしら。
「お前というものは……まったく」
困ったような表情を浮かべてから、
「わかった。約束しよう」
「それでは、わたくしはここで」
「ライヒ」
「なんでございましょうか、陛下」
「……」
少し悩むようにしてから、
「これからも我を楽しませてくれ」
それは娯楽のために生きろと言っているようで、言いたいことがそうではないことくらいは今までの陛下のお言葉や心からも簡単にわかることですわね。
簡単に死ぬな。無理をするな。
そういうことですわね。
「はい、陛下。このライヒに停滞の二文字はございませんわ」
死もまた停滞。存じておりますわ。
✘✘✘
ライヒが去ってから、
「信じられませんな」
側に侍る文官の一人がぽつりと。
「人族を、かい」
彼を見るでもなく、仕事を再開しながらハイエンドが問い返す。
「広義で言えばそうですな。ただ、いまの言葉で言うのならばあのものが纏う風聞についてですな。陛下にも報告を上げましたが──」
ハイエンド陣営も道楽で魔族領を運営し、人族と睨み合っているわけではない。
いや、ハイエンド自身はのらくらとして隙あらば人族との対話を求めようとしているかもしれないのだが、周りのものはそれを汲んでいるからこそ持っている権限の中で仕事をしていた。
(勿論、『そうしてくれる』からこそハイエンドは権限を渡している。彼の人事は魔王の中でも飛び抜けた才覚を備えていた)
「悪徳纏う不名誉の女冒険者」
それがライヒの、特に都市部で与えられた名前であった。
「現皇帝の閨への誘いをのらくらと断り、それを知ったものたちが連れ去ろうとして暴れ回り、結果は獄を抱くことに。
それでも超帝国の人間に不名誉を植え付けさせぬように自分を悪者の如くに見せる誤れる弁明をした、と」
魔族に協力する人族はライヒだけではない。数は多くないにしろ、人間社会に嫌気がさしたものが情報を売ることも少なくない。
「どうして彼女はそうしたのかな」
「禄を食む身として通すべき義理、と考えたのではないでしょうか。だからこそ彼女もまことの主君は不名誉を与えなかったハイエンド陛下であると」
「ああ。彼女の本心だとは思う。疑ってないよ。けれど、」
「けれど、なんでしょうか」
「彼女は故郷や故国への愛を失っているわけでもないんだろうな」
本当に主君を変えたと言うのならば、彼女は魔族たちの力をあてにして戦争を求めないのだろうか。あるいは、今ほど助けた魔王の娘をもっと効率よく戦争目的として扱えただろう。
ライヒの計算高さはハイエンドにとって、充分に理解しているところである。
「陛下は彼女に何かの答えをお持ちなのですかな」
家臣はあくまで知的好奇心の上の質問である。不可思議なことではないし、不快でもない。そうした欲求が強いからこそハイエンドの側で仕事ができているとも言えるからだ。
だが、その言葉に一瞬、手を止めるハイエンド。
「魔族であったなら、どうだったかと思っただけさ」
そうして仕事の手を動かし始める。
(……あるいは、魔族になってくれるならば、か。今も人族側に立っている彼女に我は、……わからないな。この感情は)
魔王ハイエンドは極めて高い才覚と知性を有している。
魔王として完璧な、次世代の……更にその先を行く未来を思える存在である。
だからこそ、人族と同じように持ち得ている心の、その矮小と笑われるようなものの機微に疎かった。灯台は遠くを照らそうとも足元を明るくすることはないように。
その感情の名は嫉妬。
自分のものにならぬ彼女を楽しげに思いながらも、それだけが心ではないことをハイエンドの無意識が蠢いていた。




