没落令嬢vs大脱走
何かに強く引きずりこまれるような感覚。いや、実際に彼女は引き込まれていた。
光がもうもうと彼女を包み、やがてその周囲にあった光が失せる。
一瞬の浮遊感。後に明確な地に足が着く感覚。
(この感覚はつい先日体験したポータルですわね)
周りを見やる。
石畳。石壁。敷き詰められた石の壁材の隙間から淡く光が漏れ、昼間の室内程度には光量がある。
広さは両手を広げた大人が六人並んでも余るほど。
高さも7mかそれ以上はあるだろうか。
拐かされるようにして引きずり込まれ、送られた知らないはずの場所。
であるのに、彼女は強い既視感を覚えていた。
(ここは)
金策目的の夢に見ていた、駆け出しの頃に通っていたダンジョン。
ライヒの故郷から見て南東にだいぶ進んだところに超帝国の首都がある。
そこから更に東に行った辺りに彼女が冒険者として活動していた都市があった。
よもやあそこまで飛んだのかとも思っていた。
ポータルがどれほどの力を持っているか、彼女は知らない。
立ち入りを禁止されていたダンジョンに飛ばされた可能性とて考えられたが、
(考えるよりも、必要なことがありますわね。
ここがダンジョンであるなら防具の一つでも急いで纏わねば何があるかもわかりませんわ)
いそいそと鎧を着込む。
(それにしても、荷物袋を掴んだのはグッジョブでしたわよ、わたくし。
いえ、むしろ感謝するなら荷物を纏めてくださった魔族の方に、ですわね。
今度お会いしたらお礼に何かお渡ししたいけれど、渡せるものなんてジャガイモくらいしかねえですわ)
ライヒは冒険者としては中の上程度の位階。
冒険者、あるいは傭兵としての仕事の中で天井を見てきた彼女は自身を世界に選ばれた特別な存在などと思ってはいない。
ダンジョンで無双はできても、単身で歴史を変えるほどの力を持っているわけでも自覚を持っている。
決して絵物語に語られる勇者のような存在ではない。
だが、それでも経験と装備に関してはベテランといってもいい程度には揃えている。
装備更新で貧乏になる程度には気を遣っていたお陰で直下部隊の魔物、マルティスコアと呼ばれる存在との戦いで命を拾った。
ほんの少しでも鎧が薄ければ即死していたと治療した人間は言っていた。更新したからこそ、生き延びていた。
(剣を置いてきてしまったのは痛恨ですが、)
ガントレットで固められた拳を握りこむ。
(ある程度は徒手空拳でなんとかするしかありませんわね。
道中で手に馴染むものが拾えればいいのですけれど)
彼女は貴族令嬢としての嗜みとしてある程度だが、殴る蹴る締める投げるについては修めている自認があった。
立てば撲殺。座れば間接。走る姿は四足獣。それが貴族令嬢の嗜みであると信じているライヒ。
実際に他の令嬢がそうであるかは彼女の知るところではない。
ただ、冒険者生活で嗜みが役に立ったことは数多ある。
そして、
(気配。……覚えのあるもの。これは)
気配を殺す。鎧を着ている以上は不意打ちは難しくとも先制されるのは回避したい。
(ゴブリン、ですわね)
予想の通り、角を折れて現れたのはゴブリンの集団であった。
数は四体。
見えた瞬間、ライヒはタックルを敢行していた。
ゴブリンが気が付いたときにはタックルが突き刺さっている。そのまま持ち上げて、側にいたゴブリンにタックルされたそれが叩きつけられ、両者が粉砕された。出血の代わりに赤黒い光が溢れ、消えていく。
ライヒはただの魔物ではないことをそこで確定させていた。
ダンジョンで生成された魔物は他の魔物のように生物的には死なない。このようにして消えて、ダンジョンに戻っていく。
だが、今回はそうならなかった。赤黒い光は彼女の紋へと吸われていく。
ライヒはそれに見とれるようなヘマはしない。視線の端で残りのゴブリンを確認する。残り二つ。追加なし。
即座に拳を握り、構え、手打ちの拳をゴブリンの鼻面にぶつけた。状況のめまぐるしさにゴブリンが混乱する。
拳を引いて、次は腰と肩を入れて使う拳技が放たれる。全身の回転を意識した一撃はかつて共に一党を組んだことのある実戦僧兵から教わった技。
インパクトの瞬間にゴブリンが赤黒い光になって散る。残りは一匹。絶望の表情を作るゴブリンだったが、それに対して容赦の欠片もないライヒの前蹴りが炸裂し、ゴブリンの集団は壊滅した。
残されたのはゴブリンたちの魔石。それに彼らが持っていた武器であった。
武器、と呼ぶには粗野すぎるものだったが、かつてのライヒはゴブリンなどから奪い取った棍棒で戦っていたこともあり懐かしく思いながら最も丈夫そうな一つを拾い上げた。
(ンン~。馴染みますわね。いただいていきましょう。それと大事なのは、っと……)
あらためて魔石も拾う。
ゴブリンの魔石一つで最低限の昼飯一食分程度になる。
命がけの報酬としては薄給だ。
特に駆け出しともなればゴブリンは複数人で倒すことになる。つまりはカビかけたパンをその人数で分け合うのに等しいことでもあった。
小銭にしかならない代物だが、それでも戦利品は戦利品。
それでもダンジョンが冒険者たちにとって楽園のような金策手段であるのはこの『魔石が落ちる』ことそのものである。
通常の魔物は生物であり、殺せば死体が残る。
冒険者からすれば体内にある魔石を得るための解体作業をしなければならないのは時間的にも労力的にも見合わない。
だからこそのダンジョンである。
ダンジョンではその手間が省ける。効率がまるで違うのだ。
勿論、地上で魔物を殺せばその毛皮や骨、肉といったものを得られるだろう。
だが、得るためにはそうした解体技術が必要になり、それらに長じているものはそもそも狩人として生計を立てられる。
命がけの戦闘職業である冒険者になる必要がないのだ。
(それにしても)
紋を見る。
赤黒い光を吸った。
ダンジョンに吸われるはずのものが。
井戸を湧かせたあの光景を思い出していた。
(わたくしが願ったから、ダンジョンが?
……いえ、ここは……)
想像はできた。
ここはかつて通っていたダンジョンとは違う。
似ている。いや、似すぎている。
だからこそありえなかった。
(ダンジョンは支配者が討伐されれば姿を変える。
わたくしが通っていた頃の支配者は、他でもないわたくしが撃破したもの)
であればこそ、思い出深いダンジョンの姿がここにあるわけがない。
(それでも似すぎている。であれば、このダンジョンを創造したのは)
自分なのか?
そのように自問し、手の甲にある紋を見る。
領地を栄えさせる力。
井戸を湧かせたのも栄えさせるという意味は含まれる。
ダンジョンがあれば金になると考えていたライヒは、であればこそ井戸同様に、栄えさせるというものの範疇に含まれていると考えていた。
(収入は得られそうですけれど、……どうやって出るんですの?
ダンジョンの通例で考えればボス部屋の魔物を倒せば出口が見つかるようにはなっているはずですけれど……)
ボス、というのは冒険者の俗語だ。そこらをうろつく魔物より強く、その上で遥かにうまみのある宝を落としていく。
冒険者たちが俗語で呼ぶくらいにはボスという単語は何度と無く語られる言葉だった。
(このダンジョンを作ったのは)
紋を再び見る。
ダンジョンの創造者が自分であるなら、ダンジョンの持ち主もまた自分となるのか。
(情報のためにもゴブリンを強襲するのは間違いだったのでしょうか。
いえ、あの反応は間違いなく──)
ゴブリンたちに不意打ちをしたのは自分だったとしても、味方であるという雰囲気も感じなかった。味方だと認識されるなら攻撃される頃には
『なぜ、あなたが』
のような反応があって然るべきだから、と彼女は思う。
と、そこまで考えてかぶりを振る。
(慢心ですわね。
どんな場所であっても慢心一つで冒険者は死にますわ。ゴブリン相手であろうとも)
気を取り直し、彼女は棍棒を握ると進み始める。
このダンジョンが思い出にある場所であるならば話は早い。地図は頭の中に今も残っている。
踏破するのにそう時間は必要ない。
✘✘✘
初心者向けのダンジョンは大きいものであっても地下三階程度に収められる。
それ以上の深さにならないのはダンジョンそのものが持つ『栄養』が足りないのだとかなんとか、学者たちがそんな話をしていたことを聞いたこともあるライヒだが、
(ま、深いことは後にするべきですわね)
視線の先には犬頭の魔物。
獣頭の人族も存在するが、魔物とは大いに異なる。
ヒト種と呼ばれる一般的な人族からしてみれば差があまり感じられないが、獣人族からすれば猿とヒトが同じものに見えるなどというものもいるから、そういうものなのだろう。
犬頭──コボルトと呼ばれる魔物はゴブリンより頭一つ強さが抜けている。
気配を察知する嗅覚や筋力、敏捷性においてもやはり上。
ただ、彼らはゴブリンよりも群れている数は多くない。
今回遭遇したのも一匹であった。
(初心者向けダンジョン名物の単体コボルト。さて、油断せずに行きますわよ)
ライヒは奇襲をせず、コボルトを待つ。その待ちに乗るようにコボルトが走り出した。
コボルトの手には大ぶりのナイフと小盾。技術を感じられない構えではあるが、初心者からしてみればコボルトの反射神経は恐ろしいもので、ちょっとした攻撃であればあっさりと小盾で防がれ、返し手のナイフで切り裂かれる。
だが、ライヒは飽きるほどこのコボルトと戦ってきた。
技術でも上回れるが、もっとあっさりと勝つ手段がある。
「おるぁぁああですわァ!!」
お嬢様とは思えない気迫と剛力に任せた棍棒の振り下ろし。
コボルトが盾でそれを防ごうとするが、その守りごと顔面を粉砕。
「暴力が全てを解決するんですわよおッ!」
冒険者としては中の上。特別な力も持たない。
それでもライヒはそれまでの経験からいかにして己の腕力で相手を崩せるかということを経験で直観する。
特別ではない力。多くのものが頼りにするものというのはそれだけ知識が集約しやすいということでもあり、冒険者にとってその集合知は十分な武器となる。
コボルトが消える。
砕けた盾と安物のナイフには興味がない。放っておけばこれもいずれ消える。
魔石だけを拾い、先を進む。
✘✘✘
扉。
他の部屋と異なるデザイン。通称ボス部屋。それを知らせるものだった。
この扉は記憶にしっかりと残っている。
思い出の中には入る前の一党仲間との会話もしっかりと心に刻まれている。
だが、
(今は一人。さて、ボスは見知った顔なのでしょうか。
今はそれを楽しみと考えるべきでしょう)
扉を開く。部屋の中には誰もいないが、それが普通だ。
ボスは襲撃に警戒しているからか、侵入者が部屋に入り、扉が閉まり、そこでようやく姿を現す。
それでも奇襲のやり方などもあるが、ライヒは今回、それを実行することはしなかった。
赤黒い光が部屋の中央に現れ、結実する。
現れたのは人族そのものの姿をしているが、れっきとしたダンジョン産の魔物。
初心者向けダンジョンの最後には必ず人間型の魔物が現れる。まるで初心者に人族との戦いに慣れさせるためかのように。
(見知った顔でしたわね)
棍棒を構える。
相手もまた長剣を構えた。
会話や説得はできない。
ダンジョン内の魔物とはそういうものだ。
(あのときは一党でようやくなんとか、という相手でしたけれど)
今見れば、なんともたわいもない相手に見えた。
(いけないいけない。慢心ですわね。……行きますわよ)
踏み込む。長剣が振るわれる。ポイントを見据えてそれを籠手でいなす。弾かれた腕を狙って棍棒を振り下ろす。それが叩きつけられた腕がへし折れる。
(一……)
人間であればそれまででも魔物は痛みを感じないのか、それがボスとしての特性なのかはわからない。残った部位で反撃を思考した。一瞬の隙。ライヒにはそれで十分だった。
棍棒が脇に叩きつけられ、その衝撃力によってくの字に曲がる。
(二……)
そのまま大上段から振り下ろし、完全に砕き割る。
(……三ッ!!)
説明すれば長くもなるが、実際にはほんの一瞬の出来事。
一、二、三と数えたが、秒数はその数字よりも遙かに短い。
ボスはあっさりと破壊され、赤黒い光となって紋に吸われる。
部屋の奥には赤黒い光が再び現れ、宝箱が。
そして、その隣には壁が消えて道が現れた。
このダンジョンはよくある三階層の初心者向けダンジョンではない。当時は生まれて日が経っていないダンジョンであったから一階層しかなかった。それを攻略したのが自分たちだった。
攻略後に育ったのも知っているが、記憶の中の再現だとするなら現れたこの道はダンジョンの出口で間違いないはずだ。
かつての記憶を振り返ればその先には階段があり、進めばダンジョン脱出のために備えられた出入り口に続いていたはずだ。
(ふひひ。お楽しみタイムですわあ。初心者用だといっても、金目のものは存在しますものね)
ライヒが努力と時間と才能を割いてでも斥候(と言い張っているが、実際的には盗賊)の技術を得ているのはこうした宝箱をどのような状況でも──つまりは一人の状況になっても開けられるように。
宝物に対して、絶対に機会損失したくないという意志においておそろしく貪欲であった。
(ちょいちょいの、ちょいっと)
〝かち、り〟
〝きいぃ〟
宝箱が開かれた。
(ふんふん。なるほど)
中身を見るライヒの顔がにたりと歪む。
(装飾付きの短剣と、良い感じのタオルと、年代物のワイン。ま、普通って感じですわね。ホホホ。銭にしてやりますわよォ……)
表情と感想のどちらをとっても賊といった風情の貴族令嬢(自認・自称)がそこにいた。
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ダンジョンの敵についての簡単な分け方①/冒険者俗語編
ボス
文字通り、ダンジョンに出る魔物たちのトップ。
ダンジョン内をうろつかず、ボス部屋と呼ばれる場所で待っている。
そのダンジョンの支配者によって配置されている。
言ってしまえば雇われ店長のようなもの。
ダンジョンマスター / マスター
ダンジョンの支配者、持ち主。
戦闘ができるマスターはボスも兼任することが可能。
自分のダンジョンの構造を変更することができる。
会社で言うところの社長。
ダンジョンキーパー / キーパー
マスターによって経営を任せられた存在か、マスター不在のダンジョンにおける支配者。
限定された権限内でダンジョンの構造を変更したりできる。




