没落令嬢vsひっぱりだこ
その後は結構あっさりしたものでしたわね。
魔王様はお忙しいから戻れと魔族殿に言われる。
実際、お疲れのようでもありましたわ。その原因はわたくしに力をお与えになられたからなのは明白。
力が何かは見えずとも、感謝の念をこめつつ今度こそしっかりとした貴族式の礼を取ってから退室。
その後、定期連絡をするために人……というか魔族を時折遣すと言われてポータルにぽいっ。
気がついたときには故郷であるド辺境に戻っていたってわけですの。
何もない遺跡にいるのもおかしいので屋敷に戻ろうとして、その途中で領民に魔物のことを問われたので追い返したと言うと平伏された。
うんうん。追い返したわけじゃないですけれど、お帰りにはなっていただいたもののね。まるきりウソってわけではありませんわよ。ホホホ。
そのときにふわりと紋が淡く光ったような気もしたが、確認の術はない。
屋敷の執政室に戻り、椅子に腰掛ける。
ちなみに解除された鎧などは一式、袋に詰められて持たされたので玄関に転がしておいた。
椅子に座り、手の甲にある紋……ハイエンド陛下の言うところの氏族紋をかざすように。
「栄えさせられる、と言われても」
特に変化はない。
「……とりあえず、水でも飲んで落ち着くべきですわね」
酒はあまり得意ではないので、お茶か水。
お茶などという気の利いたものがこの屋敷に残っているとも思えないので井戸へ。
「……か、枯れてますわよ。これ」
この領地。終わり散らかしている。
どうなってんですの。
「少しくらい水は残っていませんの!?」
でやっと空っぽの桶を投げ込もうとしたとき、紋が光った。落下した桶が落ちるよりも先に枯れていたはずの井戸水が湧き出していた。
〝じゃぷん〟
やや間の抜けた桶の着水音がやけに鮮明に聞こえた。
──領地を栄えさせる力。
魔王ハイエンド陛下の言葉が、井戸水のように脳に湧き出るようだった。
✘✘✘
水を汲む。飲む。
水を汲む。浴びる。
水を汲む。洗体する。
尽きない。
それどころかおそらく清浄な水で、喉越しのいい水で、洗えば皮膚もすべすべ、髪の毛もサラサラになる。なんですの、この水。皮膚と髪にはよくてそれ以外の人体にはよくないとかないですわよね?
とりあえずついでに服を洗い、体を乾いた布で拭き、着替え、寝ることにした。
今日は色々ありすぎましたわ。
ごろんと転がったのは一応の当主の部屋、つまりは父のもの。
流石に一応、そうしたものは替えてから去ったようだ。給仕たちがやってくれたのだろう。
埃がたからないように布が被せてあったのも嬉しいですわね。
それらを取っ払い、ベッドにごろんと転がる。
思索をしたかったが、眠気が勝った。
瞼が、落ちていく。
うう。これから、どうなってしまうんですの……。主に……。領地と……納税……。スヤァ……。
✘✘✘
「──い……おい、ライヒ。起きろって。そろそろ出るぞ」
あら、この声は……一党仲間の……。
「あら、寝てました?」
「いびきまでかいてたぞ。乙女なのか、本当に……」
「リラックスしきっている。つまり信頼の証ってわけですの。誇っていいですわよ」
「はあ……よく回る口だな」
戦士の彼が頭を抱える。
前衛として、肩を並べて戦った相手。
「ほら、今日も稼ぎましょ」
治癒士の少女が微笑む。
「そうですわね。今日もバッチリ稼いで、ガッツリ食べますわよ!」
「少しは残しておけよ、装備を更新しないとならないんだから」
苦笑しながら盗賊。わたくしの技術の師匠とも言える一人ですわね。
「はいはい。ほどほどにしますわよ」
そう返事をしながら、ダンジョンの中の休憩室から外へ。
駆け出し冒険者の稼ぎどころの一つ。それがダンジョン。
フロアには魔物がどこからともなく湧き、倒せば魔石と呼ばれるものが手に入る。それを売ればお金になる。
疲れたら休憩室と呼ばれる安全エリアで一休み。
食事も摂れるし昼寝だってできてしまう最高のリラクゼーションエリア。床にごろ寝なので体が痛くなるのがたまにキズですけれども。
ああ。これは夢ですわね。何年も昔の、駆け出しの頃の夢。
懐かしいですわ。
戻れるものなら戻りたいですわね。上等な剣なんてなくて、棍棒で魔物を粉砕するしかなかったり、野蛮ながらも麗しい青春の日々でしたわね……。
……っと。いつまでも夢に逃避もしていられませんわ。
徴税騎士殿が次に来る前に何かしらの手立てを考えなければデッドエンドまっしぐらですわ。
現実を思えば、夢は去り、ゆっくりと目も開く。
深く寝ていたのでしょうね。空は白くなっていて朝が始まろうとしておりましたわ。
ベッドから這い出て、窓から外を見る。
木々以外に何も無い。自然がキレイ、とかそういう感想もない。なにもないですわねえ、という感想しか出ない。普通に田舎ですわね。
「おはようございますわ、愛すべき我がド辺境」
呟く。小鳥たちの声が返事をするように聞こえてきた。
……まあ……、爽やかではありますわね。
✘✘✘
食事を摂るためにキッチンに。まあ、何もないですわよね。
持ってきたカバンの中にある乾いたパンをかじりながら、先程まで見ていたものを思う。
……懐かしい夢でしたわね。
思えば、あの頃が一番お金持ちだった気がしますわ。
冒険者ってのは戦って、実力が付くと定期検診的なもので位階の判定もされますの。
そこで強くなっていれば次の位階に強制的に上げさせられる。
位階次第で特定のダンジョンに入ることを禁止される。
ダンジョンは稼げるけれど、あくまで初心者を鍛えるために保護されている。
実力が上がったものが荒らすと初心者を育てられないからだと。
位階……つまりは立場があがれば請けられる仕事が増える。危険だけどお金になるだとか、面倒だけど稼げるだとか。
けれど、そういう仕事をこなすには仕事道具もアップデートしないといけないですの。
で、アップデートしたら次の位階になって、更にアップデートを……。
地獄のようなサイクルに突っ込まれて、危険にはなる。金は消えていく。
そうした経験を越えられないなら現在の位階が適正だと判断されるわけですけれど、
上の位階での依頼はギリギリの成功率だったり、任務での支出が大きくて黒字がギリギリだったりとか……。
それでも位階が上がればダンジョンをもぐるよりも依頼を受ける方が一種の名誉を得られたり、
資金面以外での融通を利かせてもらえるようになったりと、悪いことばかりではないのでしたけれど。
しかし今は冒険者としてではなく、銭稼ぎとしての側面においてのみダンジョンに惹かれまくっていますわ。依頼よりも稼げるダンジョン。ああ。ダンジョン。
初心者を偽ってダンジョンに潜りたい。
たくさん稼ぎたい。無双したい。願いは果てませんわね
〝ジ、ジジジ〟
わたくしがそう思ったからか、井戸の水を湧かせたときのように紋が光る。
次の瞬間、光が部屋の地面を走る。
「ななな、なんですの!?」
思わず声も出ますわよ。
光を追いかけてわたくしも走る。
それは玄関のホールまで続いていて、そこに鎮座していた半円形のアーチのオブジェに吸われて消える。
「……?」
アーチの前に立つと、その瞬間にアーチにまるで湖面のようなものが作り上げられる。
「なっ」
なにこれと言いかけたとき手がそれに触れると、吸い込まれる。抵抗むなしく、わたくしはそのアーチの中へと飲み込まれていった。
その直前に、玄関に転がしてあった袋を掴めたのは結果としてはナイス判断と言わざるを得ないことになりましたのよ。




