没落令嬢vs納税
オルドホルムの入場者は本日も盛況ですわ。
ダンジョンの出入り口で入場の担当をしているリオが、
「いらっしゃいませ。はい、確認しました。──よろしければ賦活剤のご購入はいかがですか?」
そう誘えば、駆け出し冒険者も、
「飲んだことないけど、どうなんだろう」
「でも、街で買うより全然安いよ」
「どうする?」
「長時間探索するって考えると、あった方がいいよね」
と、相談し、一本ずつ購入していきますわね。
金額的には街で売られているものの三割値引きほど。
正直、かなりお安いですわ。認証品でこの値段は棚卸しのときでもないと出ない値付けですわよ。
勿論、お作りになられているのが初心者の方であったり、使われている素材が安く、効果も抑えめだってこともありますけれど。
本来の賦活剤は初心者ちゃんたちが使うにはちょっと刺激的すぎるんですわよね。正直。
ちらりと売り上げを見れば入場している全ての一党が購入。
一党につき、そのメンバー一人二つまでという制限がありますけれど、全員が購入上限まで買っていますわ。ついでに長丁場になるからジャガイモパンやイモアメなんかも売れ行きがいいですわね。
まずは予定通り、売り上げはバッチリ。
一発一発の売り上げが低いことに関しては問題ございません。元々ここがそういうコンセプト、つまりは貧しき冒険者に愛の手を、と思わせることが大事ですもの。
しかし、その貧しき冒険者はわたくしにだって適用されますのよ。ホーッホッホ!!
食堂にもお客様がモリモリ。
そこで聞こえてくるお客様の声。
「え、肉……?」
「しかもこの金額で食べさせてもらえるの?」
「……ど、どうする」
「そりゃ注文するわよ」
「じゃなくてさ、量」
「そりゃ大盛りにするわよ」
「……食いだめか」
「当然でしょ、街に戻ったらまた質素な食生活が待ってるんだから!」
駆け出しらしき二人組が大盛りを頼んでいますわね。
わかりますわ。わたくしも駆け出しの頃は食うに困って道ばたの雑草食べてましたわもの。胃腸が丈夫で助かりましたわ。
でも、誰も彼もがそういうわけにもいかないでしょうし、満腹の幸せを誰しもに感じてほしいですわね。
宿も盛況。
治療院はまあまあ。こっちに関してはまあまあくらいが健全ですわね。
「ライヒ様、来たぜ」
見回っているとアルシュカがわたくしを呼びに現れましたわ。
「マルセル徴税騎士殿だ」
いよいよ、その日が来てしまいましたわね。
「リオも呼んで、二人で屋敷までエスコートを」
一応とはいえ領主ですので、屋敷でお客様をお迎えしましょう。
普段であれば気にしませんが、相手もこちらも公務ではありますから。世間様のお約束に従うべきですわね。
✘✘✘
「お久しぶりです、グレイトキャピタル卿」
「足をお運びいただきましてありがとうございます。マルセル様」
互い一礼をし、
「まずは、お力になれなかったことを謝罪させてください。申し訳ありませんでした。
上や、他のものにもかけあったのですが」
「滞納していた先代が悪いのです。ですのに、わたくしのためにとお骨折りいただいたこと、深甚に思います」
申し訳なさそうにするマルセル様。
それから、書類を取り出して、
「では、こちらが今回必要となる金額です」
相当に手加減した金額ではありますけれど、それでもちょっとした道楽者が遊んで暮らせるくらいの金額ですわ。前もって通知していただいてなければここで卒倒していたことでしょう。
「お支払いに関しては」
リオに合図を送ると、リオとアルシュカがケースを持って現れます。
それをアルシュカが開いて見せます。
「……なんと」
キッチリ、求められた金額がそこに納まっていますわよ。
正直。正直な話……アルケミストギルドの、最後の色々なものに対する買い上げがなければヤバかったってのは事実ですわね。
運が味方した。
ぶっちゃけそれ以上のことはないのですけれど。ええ、運も実力のうち、ですわよね。
「確かにお預かりいたします」
ケースを閉じて、自らの片腕に手錠と共に繋ぐ。
ううむ。プロって感じですわね。
「それにしても、見事なものです」
「あら。お褒めいただきありがとうございます」
「今日は伺ったときにあなたがいなければ救われるのにとすら思っていました。ですが、それは失礼な話でしたね」
「正直なことを言えば、わたくしも相当の覚悟が必要になるだろうと思ってはおりましたわ。数字上一ヶ月くらい徹夜すれば何とかなるかしら、といった感じでしたので」
徴税騎士の耳は広い。
というよりは、徴税騎士は多くの騎士と比べても圧倒的に特権の量が多いと聞いていますわ。
多くのギルドに対して情報を開示させる力があるのだとかも風の噂で。
おそらくマルセル様も色々なルートからお話を得ていたのでしょう。
まあ、こんな小娘が払える金額ではありませんものね。
「ですが、相当の無理もなさったのでしょう」
「無理……」
さて、それはどうなのでしょう。
わたくしが察知するに遅すぎて犠牲になったヒョルドに殺された方々。
わたくしよりも無体な目に遭ってしまったフィニー。
それらに比べれば、わたくしは精々がひどい二日酔いじみた、急性マナ欠乏に陥った程度。
「いいえ。わたくしは恵まれていただけですわ。状況と──それに、多くの人に」
マルセル様も微笑んでくださいます。
「よいお顔です。卿。
……とはいえ、ここらでイヤになる話の一つもせねばなりません」
「次のお支払いについてですわね」
「ええ。いよいよ本格的な滞納分にも手をつけねばなりません。とはいえ、一括で支払う必要は無いとの沙汰は上からいただいています。
金額的には」
「今回の分に七割増し、ってところですわね……」
ヒューッ! 首都で豪邸買えるくらいの金額ですわね!!
「厳しいですわねえ……」
「ですので、もう一つの選択肢を用意いたしました」
「それは」
「超帝国の近衛騎士団への入団です。領地を他のものに委ね、入団するのであれば免除すると」
他のもの、というのは超帝国が選んだ人材ではなく、リオやアルシュカのように自分の騎士に任せてもいいとのこと。温情を感じますわね。
「……ご温情に感謝いたします」
正直、次の支払いはいよいよもって難しいかもしれません。
けれど、可能性はゼロではありませんわ。
ですから、
「それでも、わたくしはグレイトキャピタルの後裔。ここで逃げては父祖の血が泣きますわ」
「ええ。そうでしょう。そう仰ると思っておりました。
自分もこのあとに可能な限り納税までの時間を稼げないかを頑張ろうと思います。
ですので、どうか」
「ええ。全力で頑張りますわよっ!!」
きっとマルセル様は「どうか自分の身をどうにかなるようなことはしないでほしい」と仰りたかったのでしょうけど、そこまでヤワではないのですわ。メンタルもフィジカルも。
それを見て、
「どうにも、年を取ると過保護気味になって、ときにそれが人を侮るような言葉に変えてしまう。
よろしくありませんな」
「老け込むにはまだ早いお年でしょう、マルセル様」
「ははは。これでも、恐らくあなたのお父上に近い年齢ですよ」
「あら……。でしたら、まだまだお若いですわよ。あの人だって、お妾さんたちと逃げ出すくらいの体力があるんですもの」
「見習おうとは言えませんが、確かに老け込むのは早いかもしれませんな」
彼は頷き、
「では、若い頃の体力とやる気を思い出して事に当たろうと思います。
期日が決まり次第、連絡いたします」
そうしてオルドホルムの出口までお見送り。
「それでは、マルセル様。どうかご無事にお戻りくださいましね?」
「はい。グレイトキャピタル卿の武運の長久を祈っております」
彼が去った後、わたくしは出入り口近くで両手を空に上げるようにして、
「し」
その言葉にリオとアルシュカもこちらを見ますが、関係ありませんわ。こればかりは言わねば。
「支払えたぁぁぁあぁぁぁああ~~~~ッ!!!!」
こうして、わたくしは領主として最初の難事を越えることができましたわ。
めでたし、めでたし……。
なんて、まだそれで締めくくるわけには行きませんわね。
それでも今日ばかりは羽を伸ばしましょう。
普通の貴族令嬢であればお茶会なんかで喜びを表現するのでしょうけれど、わたくしは没落令嬢。
もっちり柔らかな喜び方では足りませんわよ。
「リオ! アルシュカ! ダンジョンで体を動かして全身で喜びを表現しますわよォ!!」
「はい、ライヒ様!」「そんな喜び方があるかよ……」
「さあ、行きますわよーッ!!」
ダンジョンへと進みながら、それでも体を巡る解放と安心の喜びから、
「ホーッホッホ!!」
高笑いが自然と漏れ出ますわ。令嬢ですもの。没落してますけれど。
それでも止まらないわたくしの笑い声がオルドホルムに響き渡りますわよ!




