没落令嬢vs帰宅
そうして、帰路に着く。
ポールの本屋へと寄り道をするが、
「ああ。わかってるって。……ああ。ああ。大丈夫だ。そのための──」
忙しそうに別の客と話を詰めているポールを見て、
(んー、ちょっとお忙しそうですし、入店は避けておいた方がよろしいですわね。
見たところノエルもいないようですし。
ノエルのこと、改めて考えるとなにも知らないんですわよね、わたくし。
お礼を言いたいのですけれど……)
いつも彼と遭遇するのは決まってポールの店。
彼女を冒険者ギルドまで運んだ後、
『自分がもっと積極的に動けばライヒに無茶をさせなかったのに、ごめん』
と漏らしていた。
一応、フィニーはそれも伝えたものの、
ライヒからすれば後ろで見ててくれといったのは自分だし、ノエルに負うところが一つもない。
だが、気絶をしたのも事実。
その辺りを含めてのケアもしたいところだったのだが。
(んー……。会えないものは、どうにもなりませんわね)
あまりぐいぐいと聞き込んだりしてノエルを探すというのも、
(年上のわたくしがそこまで派手に動くのはちょっと怖いかも知れませんわね)
アルシュカやリオよりは年上だろうが、ライヒよりは幾つか下であるノエル。
見た目が華やかで美しいライヒがノエルを求めて探していた、となれば何かしらの噂になる可能性はある。
ライヒとしては噂は噂でしかないからと切り捨てることに慣れているが、
ノエル側がどうかわからない以上は、やはりそうした行動はしづらかった。
(次に来たときにポールに伝言を残すなり、呼んでいただくなりいたしましょう)
そうしてライヒはオルドホルムへとの帰路へと着いた。
✘✘✘
本当であればリオとアルシュカはライヒが目を覚まし、行動できるようになってから共に戻ってきたいと願っていた。
が、いつまでもオルドホルムを責任者不在にしておくわけにもいかない。
どちらかが残ろうかという話にもなったが、事件の直後ということもあってリオを一人で動かすのも危険であるとアルシュカは判断し、かといってリオが残ってアルシュカが残ったとしても積まれた山ほどの事務仕事を処理できる能力をアルシュカは持ち合わせていない。
結局目を覚ましたならすぐに連絡を持ってきてもらい、迎えに来るという形になったが、
ライヒが目を覚ましたあとに彼女自身で
『出迎え不要』
と手紙に書かれてしまった以上はやれることがない。
「なあ。リオ」
「どうしたの?」
連絡をもらったあと、やることはあれど手持ち無沙汰な気持ちが横たわっている状態だった。
リオはそれでも事務処理をこなしていたし、アルシュカも彼ができる範疇の手伝いをしてはいるが、
ふと声を掛けてきた。
「今回、オレたちがもっと上手く立ち回れたらライヒ様がぶっ倒れるようなことにはならなかったのかな」
「……どう、だろうね」
顛末自体は彼らフィニーと共にノエルの言葉を聞いていた。
そのノエル自身もまた悔しさをかすかに滲ませて話していた。
「聞いている感じだと、フィニーさんの分まで殴り返してやるって考えていた以上、手出し無用にはなってたんじゃないかな。
だったら」
「悪い。そうだよな。わかってることを聞いたよ」
「でもわかるよ。アルくんの気持ち。
もっと自分が万能の天才だったなら、別の形で決着をつけてしまえたのかなって」
「……でも、結局オレたちは」
「うん。今の私たちはここの立ち位置が精一杯。だから」
「ああ。やれることをやって、少しずつ伸びりゃいい。だろ?」
「うん」
ライヒが望んでいることでもある。
急いで力を得る必要などないと。ゆっくりと、着実に育つことを求めているのを。
それはライヒ自身が経験した数多のことから急激に力を得ることの不幸を目の当たりにすることがあったからだった。イングラヴァの魔剣にしても、同様のケースとも言えた。
身の丈を超える力であったのだ。だからこそ、ライヒが恐れていたような形での使い方はされずに済んだ。
「ただいま戻りましたわよォ~ッ!」
「相変わらず声でッか」「だね」
そう言いつつも主の帰還に立ち上がり、走って出迎えるのであった。
✘✘✘
「回収ご苦労」
ドラルディン・ファミリーの根城。
会議にも使われる広間の、大きな机の上にケースが置かれていた。
回収に走った組員が持ち込んだものだった。
労ったのはドラルディンの次席、ギュストーク。
ケースをゆっくりとあける。
そこには昼と夜の境目──黄昏を名に冠する魔剣が納められていた。
赤い水晶の削り出しにしか見えない刀身は、実際には錬成術の粋を集めて作り上げられた代物である。
これと同様のものは向こう百年は、下手をすればそれよりもはるかに永い時間をかけねば現れまい逸品であった。
イングラヴァは様子のおかしい男であったが、それでもひとかどの人物であることは疑いようがない。
元々名の知れた錬成術の使い手であり、ゴーレム、ホムンクルスに関わる知識や、幾つかのポーションの特異な精製方法についての研究、マナ流体の可視化実験など後の世の教科書に名を残しかねないほどの功績がある。ただ、問題の多い男であるのも疑いようがない。
彼は実験のためであればあらゆるものを犠牲にする。自分のものだけでなく、他人のものすらも。
様子がおかしくなる最大の理由はパラクタ卿の存在があるとされていた。
彼が研究していた何かの技術の、その数世代を超えた完成形を見せられて、おかしくなったのだ。
そうして彼はパラクタ卿の死後に技術を回収するために、それまでさして戦う経験もなかったというのに研究に駆使されてきた優れた知性を使い、すぐさま戦闘要員として充分な結果を持ち込んで参加。
それまでの知識や技術で参入しなかったのは、戦闘要員が最も早く現場に入れると考えたから以外に理由など無く、そのためであれば畑違いの技術を学び、実戦に耐えうるまでに成長までして見せる。
狂気こそが彼の、彼が持つ可能性の多くを開花させた。
しかし、その徒花こそが彼の命を摘ませることにもなった。
情念の果てに作り出した一つの結論。
それが黄昏であった。
「これを得るために、随分と時間を取られたが」
剣を掴む。
マナを流せば、彼にはわかった。この武器こそが自分が求めていた最後の一ピースだと。
パラクタの作り出した人造魔剣『空色』の存在を知り、それを手に入れられなかったことは痛恨の出来事だった。手に入れるために多くの人員を割いたが、結局見つけることはできなかった。
……あるものが手に入らないのならば、作り出すことはできないか?
そう考え、イングラヴァに行き着き、それからは必死に状況を作り上げていった。
イングラヴァが必死になっていることそのものが、誰かの作ったレールの上であることに気が付かれぬように。
そして、彼は幾つかのヒントだけで黄昏を作り出す一歩手前まで来ていた。
問題はそれを他人に渡すとも思えないことだった。
だが、幾つかの運も向いて、イングラヴァは黄昏を作り、敵も作り出した。
ライヒとの敵対そのものも、ある程度は手のひらの上であった。
ヒョルドをはじめとした、ライヒとの敵対ラインを作り、イングラヴァとドラルディン・ファミリーの関係性を見せれば敵対の線を強くすることができる。
予想外だったのはイングラヴァ自身がライヒと敵対する道を己の意志で走ってくれたことだった。
「準備はこれで整った」
室内にいる人間たちの反応は様々であった。
多くの人間は喜び、気合いを入れ直したりする様子ではったが、室内で唯一の女だけは浮かない顔だった。
「お前にも働いてもらうぞ、マイア」
「……。拒否権があるのなら、お断りさせていただきたいくらいです」
「そんなものがあるわけもない。黄昏の試し切りにするにはお前は高すぎる。自分の価値に感謝するのだな」
ギュストークは睨むでもなく、愉悦を見せるでもなく、淡々と言い放つ。
黄昏を手品のように懐にしまい込みながら。
「ドラルディン様を呼んでこい」
「了解しました」
立ち上がり、
「けど、下の階にゃいませんでしたけど」
「家か、そうでなければ本屋だ」
「ああ。ポールとかいう奴の。それじゃあ、行って参りやす」
ギュストークの予想に手下も頷いて退室する。
外は緩やかに夜になりつつあった。
奇しくも彼が手にして喜んだ武器の名と同じ、黄昏が空を支配しようとしていた。




