没落令嬢vs二日酔い
うぐ。うげ。
ぐらぐら。
完全に二日酔いみたいな状態になってますわ。
イングラヴァの首を撥ね飛ばしたところまでは覚えております。
その後、急に意識が遠くなって。
時折誰か──共に居てくれたノエルでしょう──が大丈夫、あと少しと声を掛けてくださっていたのは覚えています。
やはり運んでくださったのがノエルであることを教えてもらえたときには既に彼はいませんでした。お礼を言いたかったのですが、わたくしを送ったあとは早々に帰ってしまったそうで。
きっと、またあの本屋でお会いできるでしょう。
「ライヒ様、ご体調いかがですか?」
側で甲斐甲斐しく世話を焼いてくださるリオ。
その隣でリンゴの皮を剝いているアルシュカ。
二人とも泣いてもう戦わないで、だとか言わないのはありがたいですわね。
その辺りはしっかりと騎士としての矜持があるのだと感心もしてしまいますわ。
「ひどい安酒を浴びるように飲んで半裸で寝た翌日みたいな体調ですわね……」
「最悪だってのはわかった。……一応剝いたけど、食べられそうか?」
「ええ。いただきますわ。ありがとう。アルシュカ、リオ。」
聞いたところ、丸一日寝ていたそうで(正確には何度か目を覚まして水を飲んだりトイレにふらふらと向かったりしていたようですけれど、夢うつつ)、状況に関しては概ね解決したと。
そうした報告を受けたのはその日もまた寝て、次に起きてから。
「あれだけ寝たら体調は完璧ですわね!」
ギルド備え付けの大浴場もお借りして、身ぎれいにもなり、パーフェクトな貴族令嬢に戻りましたわよ! 見た目の上では!
フィニーも怪我は完璧に治ったそうで、今回の報告は彼女に。そして彼女からもあったことを報告いただくことに。
場所はいつも話し合いで使う客室で行われますわ。
これで『嵐は過ぎ去り、お互いにとっての平常時に戻ったのだ』と暗に伝えるように。
「どこから知りたい?」
「どこから、というよりどこまで話せるか次第ですわね。事件の当事者で解決者として知れる範囲のことは全てお知らせいただければ嬉しいのですけれど」
「わかった。それじゃあまずは君にあまり関係のないところから」
アルケミストギルドはいくら破門にしたからとはいえ、所属者が迷惑を掛けたとして謝罪。
後々になってから、
「お前のところがクビにしたから自棄になって暴れたんだろう」
なんてことを言われたら言い逃れもできませんから、先んじて謝罪したのでしょう。
おそらく、そこで色々とギルド同士でアレコレと『大人の話し合い』も設けられたことは想像に難くありませんわね。
とはいえ、流石にそれについてわたくしは無関係なので深掘りナシで。
「今回の件に関わっているだろうドラルディン・ファミリーについてなんだけど……」
本屋で襲ってきたチンピラだけではなく、ゴーレムの動きやらギルドの同行を監視していた連中なんかもいたりしたそうですわね。
「それで?」
「出頭してきた人間はいた。……いたんだけどね」
「ああ。体のいい尻尾切り要員ってやつですわよね、それ」
「うん。ただ、最低限の情報は握らさせておいたみたい。
まず、イングラヴァとドラルディンだけど、ドラルディンは半ば脅された形で協力したそうだよ」
「ま、そう語るしかありませんわよね」
「イングラヴァは元々パラクタ卿の遺産を求めてこの都市に来て、動きが鈍いアルケミストギルドに見切りをつけた、と」
「それについてアルケミストギルドはなんて?」
「渋々、って感じだったけど確認は取れた。
よく言われているパラクタ卿の遺産を探すためにこの辺境にわざわざ支部を建てたっていうのは噂じゃなかったことも」
模造品であの力ですものね。
……あ、そうだ。
「イングラヴァが使っていた魔剣はどうなったんですの?」
「魔剣……?」
「あら?」
改めてこちらが体験したことを全て伝えると、
「ちょっと待って。ええと。……ないな。うん、記録にはイングラヴァの死体とポーションが幾つかしか見つかってない」
戦いについて簡単に伝える。
それだけ強力な品物が紛失したのはあまり面白いことではないでしょうし。
ただ、空色の依頼のこと──つまりこの技術を漏らしてほしくないということを裏切ることはできないので、フィニーには申し訳ないですけれど性能については結構伏せておきましたわ。
「つまり、あの魔剣はどこにいったかわからない」
「そうなるね。って言っても」
「まあ、持っている相手は誰かはわかりますわね」
ドラルディンの人間がノエルとわたくしが去ったあとに家捜しをしたのでしょう。
あの場で起こっていることを知っているのはギルド以外だとドラルディン・ファミリーだけでしょうし。
死体を持って帰らなかったのは、おそらくイングラヴァを諸悪の根源にするためにあえてそのままにしたのでしょうね。
そうでもないと事件にもならず、ドラルディンはギルドに睨まれ続けることになりますから。
ここで一片の真実だけを大きく取り扱って無罪か微罪を得ようとしたのでしょう。
ともかく、魔剣はおそらく彼らに回収された。
「……あれが悪党の手に渡ったとなるなら、厄介ですわね」
「君が語っている通りの危険性、か」
「ええ。今回は剣を使う実戦を知らないイングラヴァだったからまだしも、
もしも喧嘩慣れしている人間が扱うとなったら」
難しい顔をしながらフィニーは覚書か何かを走り書きながら
「大々的にギルドで探して、盗まれたってことにして、大っぴらには扱えなくなるようにするのが一番……なんだろうけど」
「それをしてしまうと、卿が出そうとしていた依頼にバッティングしちゃいますわね」
「出そうとしていた、というか、実は──」
フィニーが一枚の依頼書をわたくしに見せました。
「パラクタ・パシウスが製作した人造魔剣『空色』を持ち、悪用しない人物への譲渡を依頼とする。
また、その武器が壊れるまでの所持と使用を条件とする。
対象者の選定はギルド関係者が行うものとし、持ち主に足る功績を挙げたものにのみこの依頼を提示すること。
同意を得られた場合、報酬をその人物に全て支払うものとする──」
「これって」
「あの人はさっさと出て行っちゃったけど、依頼自体は殆どできていたの。
確認をお願いしてもらうことはできなかったけど、彼から依頼については全権委任をもらっていたから依頼としていつでも有効なものにできるんだ」
だから、とフィニーがいう。
「改めて依頼をしたいの、ライヒ。
ただ、この依頼を受けることになればその黄昏を大々的にギルドが追ったり、それから守ることは難しくなる」
「受けますわ、その依頼」
「……いいんだね」
「わたくしにとってまだこの事件は終わっちゃいませんもの。ドラルディンの動き次第で決着がいつになるかが変わるのが歯がゆいところですけれど。
でも、わたくしの信条は変わりませんわ。
勝つまでやる。それだけですわよ」
その言葉にフィニーは苦笑を見せて、
「ライヒ、これはあなたが友人だからとか、アドルインは借りがあるからだとかではない。
一人のギルド関係者であり、依頼と冒険者をマッチングさせることを業務とする受付として、あなたの依頼受領の意志を尊重します」
ペンをわたくしに差し出す。
「わかりましたわ。
どうせこんな危なっかしい剣、余人に渡すなんて選択肢はございませんもの。
壊れて、この世から去ったという主の元に還るまでは使わせていただきます」
「それじゃあ、受領してもらったし、そのまま報酬の支払いとか、払うもの払うって話に進もうか」
「報酬、そっか。そうですわね。パラクタ卿の依頼の形式ならある意味で前払いって形になりますものね」
「それだけじゃないよ」
彼女はまた別のものを取り出す。
二つの鞄。
一つ目から取り出されたのは、纏まった銭。ふひひ。いいですわねえ。でもなんの銭かしら。
それとは別にそれなりの量の紙。レポートのようなものですわね。
「これはアルケミストギルドから。破門したとはいえ、数日前までギルド会員だった人間の凶行を止めてくれたことに対しての謝礼と、その人物に貸し付けていたものの回収をさせてもらうってことに対する手紙と、それと──……」
「口止めかしら」
「うん、そうなるかな。先方は片付けてくれたのがライヒだってのもわかっているみたいでね」
と紙の方も目を通して、と。
「超帝国法に加え、アルケミストギルドでの製作を禁じられたポーションの製作と服用の可能性。
また、そうした事実があったかどうかについて、後日の聞き取りをさせていただきたく──」
「このお金は凶行を止めてくれたって謝礼と、足代」
それだけじゃあないけれど、と。
「足代、ね」
つまり、ヤバいお薬をキメていた奴を退治してくれてありがとう代。
いえ、これはアルケミストギルド的には、
「ヤバいお薬をキメていた奴の末路はこうだから、みんな作らないように、使わないように」
ってキャンペーンで使いたいってところかしら。
あるいは、今回の凶行に至ったのは賦活剤の影響にする、って線もあるかもですわね。
正直、その辺りのお尻の拭い方については興味ありませんわ。
足代としていただけるものはいただいておきましょう。
おそらく、足代というかそういう宣伝とかに使いたいからよろしくね、ということのお心付けって奴ですわね。
度の過ぎた賦活剤はつまりヤバいお薬。
それでどうにかなる人間がそれで減るなら、それが一番ですし。
「それで、もう一つは本当は当人たちに直接渡すべきなんだろうけど、自分たちは命令のままに職務を果たしたまでだからって」
ギルドをゴーレムが急襲し、多数の被害を出しながらも死者は一人もいなかった。
その後にドラルディンのチンピラどもが寄ってくる可能性も加味して、わたくしが戻ってくるときまでフィニーや支部長をがっちりと護衛し続けた。
一件に対してのギルドからの謝礼だという。
受け取ればいいのに、と思いますけれど、彼らにも徴税が近いことは伝わっていますし……余計に心配させてしまっているようですわね。
「わかりました。受け取っておきますわ」
「うん。それでこの後は?」
「アルケミストギルドのアポイントメントが取れればそちらに、取れないようなら……ま、少し街ブラでもしようかしら」
アルケミストギルドのアポはフィニーが取ってくださり、すぐに来てくれるならありがたいと返答を頂戴しましたわ。
「それじゃ、行ってきますわね」
「あ、……ねえ。ライヒ」
「なんですの?」
「……私のために怒ってくれてありがとう。私のために、武器を取ってくれて……ありがとう」
まっすぐに。
「水くせえですわよ、フィニー。それにおわかりではないようですわねえ」
にこりと笑ってみせましょう。
「このままわたくしと領地がビッグになっていけば、それだけあなたのお仕事もビッグになりますわよ。
あなたの労働力への見返りを先んじて支払って、わたくしは憂いなく突き進めるようなりますのよ。
残念でしたわね、わたくしがあなたの恨みを晴らしてしまって! これで恩を押し付けることができましたわ! ホーッホッホ!!」
「も、もう! 真面目にお礼を言ってるのに! ……わかってるよ。だから、リオちゃんやアルくんだけでじゃなくて、私も頼ってね」
「ええ。それは……勿論」
わたくしの返答に彼女は苦笑ではなく、華やぐような笑みを見せてくださいました。
悔しいですけれど美少女ですわよね、この子。
✘✘✘
アルケミストギルドにつくと非常に賑わっているというか、忙しそうになさっておりますわね。
いろいろなものが搬入されておりますわ。
どれもわたくしには馴染みのない、何らかの機材。場所から考えて錬成術に関わる何かなのでしょうけれど。
「ああ、ライヒさん! お待ちしておりました!」
現場監督をしていたジョッシュ氏が声を掛けてきましたわ。
「ジョッシュさん。ごきげんよう」
「お呼び立てして申し訳ない。騒がしくない場所にご案内いたしますので、こちらへ」
と冒険者ギルド同様に部屋に通され、
元会員が大変なことを、申し訳ない、といった感じの謝罪を受けたり、容赦したり。
そして、
「でもそれだけじゃあないんですわよね?」
「はい。本題があります」
なんですの? と視線を向けると、
「こちらをご覧ください」
「何かの商品目録のようなもの、ですの?」
「イングラヴァの持っていたものの全てです。自宅や彼が使っていた研究室などにあったものですね」
「それが?」
「それをお譲りいただいた、という形にしていただきたいのです」
「貸していたものの回収、という話だった気がしますけれど」
イングラヴァは生前、何かしらの大きな取引をギルドとしていたそうですわね。
で、そこで多額の資金が必要になり、彼は死後に自分の持っているものの全てをギルドに渡す約束で資金を得たと。
まあ、恐らくあの人造魔剣『黄昏』を作るための費用なのでしょうけれど。
「冒険者法がありますから……」
少し考える。
おそらくは、
・イングラヴァがやったことをわたくしが表沙汰にする。
+冒険者ギルドと手を取って彼の凶行を被害者であるフィニーの発言などで強固な事実に。
・賞金首同然となるイングラヴァを倒したのだから、冒険者法(平たく言うと超帝国が冒険者に与えた特権のことですわね)に則って戦利品は勝者のものになるべき。
・つまり、イングラヴァの取り付けた約束より法的拘束力が強い冒険者法によってアルケミストギルドは取りっぱぐれになる。
この辺りでしょうか。
持っていかれることに関しちゃ興味はないのですけれど、黄昏の研究について残っていたら具合が悪いですわね。
「例えば、彼が残していた資料だとか研究日誌だとかそういうのも?」
「実のところ、我々もそれを期待してたのですが……彼はそうしたものを残さないことでも有名でして」
「もしかして」
「ええ。全部頭の中にしまい込んでいるタイプの人間ですよ」
常人では計り知れない行いですが、一部の外れ値たちは平気でそういうことをするんですわよね。もしかしてとわたくしが言ったのはパラクタ卿がそういうタイプだったことを伝え聞いていたからですわ。
人造魔剣に執心していたイングラヴァのことですから、頭の中に置いておけるなら絶対に他人に見られるようなことはしないだろうという妙な確信もありますわよ。
「ここに運び込んだのは回収というよりもライヒさんに見てもらうためという目的もあります。必要なものはお渡ししますので──」
「全部持っていって構いませんわよ」
冒険者法を武器にして財貨をギルド相手にふんだくろうとするなんて、わたくしはハナっからそんなことするつもりはありませんわ。
しかも今後ともよしなにと言っている相手に。
まあ……まあ……過去に行っている前市長をぶん殴ったりすることをはじめとして、疑われても仕方の無い自覚なき凶状持ちとしては……疑われてもやむなし、というか……。
「本当にありがとうございます。こちらが目録です。金額も表記しております。
合計金額が『我々が遺産を購入したとして』ライヒさんにお支払いする分となります」
目録を見直せば、そこには幾つもの金額が書かれている。
正直、その金額は冒険者ギルドで提示されたものとは訳が違う。
イングラヴァがどうあれ、その才能は本物だったということがわかりますわ。
そりゃあ、あの魔剣を作り出すんですもの、当然ではあるのですけれど。
「この金額まるまるがわたくしの懐に?」
「正直、見る人間が見れば相当に買い叩いている金額です」
「本当に正直に仰いますわね」
「ええ。ですから、明らかに足りない金額については『借り』だと思っていただければ」
ギルドとしても無い袖は触れない。
しかし、イングラヴァの持っていた遺産のあれこれを散逸させたくはない。
そうした本音を見えるように。
「あら。そんなことを言ってもいいのかしら」
「ライヒ様に貸しを持っていただけることは、今後の関係として好影響になるかなとも正直思っていますので」
「高く見られましたわね」
「それだけのことをなさったのですよ、あなたは」
確かにイングラヴァは強かった。
あの限定された状況だったから勝てたようなもの。何でもありで挑まれていれば今頃死んでいたのはわたくしかも知れません。
けれど、勝者はわたくし。生きているのが全て。
であればここは、
「ふふ、ほほほ。ホーッホッホ! おだてるのが上手い人間は好みですわよ!
随意になさって頂戴!」
折角ですのでわたくしの内包する令嬢要素も出しておきますわよ。
できるときにわたくしの令嬢っぷりを出さないとモリモリと暴力装置に寄っていっちゃいますものね。




