没落令嬢vs騒擾奇人
「パラクタ卿のお屋敷もガチガチに固められていると思っておりましたけれど」
屋敷は、そしてその周辺も含めて、夜の静寂を湛えていた。
「気配もない。隠れているって感じじゃない」
「了解。それじゃ、踏み込みますわよ」
「わかった」
ちらりとノエルを見るライヒ。
「……止めませんのね」
「なんで?」
「今まで組んだお相手の過半数は『正面から行くなんて無茶だ』と仰る方でしたので」
「止める必要ないでしょ。得意だから口に出したんだろうし。それに」
と言ってから口をつぐむノエル。
「それに?」
「いや、あんまり明け透けに他人のことを語るのは行儀のいい癖じゃないなって思い直した」
「聞かせてくださいまし。興味がありますわ」
「ライヒの感じている怒りがどういう類いのものか、それは俺にはわからない。
ただ、隠れ潜んで、暗殺めいた手口で倒すべきを倒して終わりにできるようなものじゃないのは感じている」
確かにそれは明け透けなものであった。
実際、ライヒの考えはそれであった。
ただただ復讐としてあの錬成術士──イングラヴァを殺すだけであれば方法なんていくらでもある。
彼の言う通り何者にも影を踏まさずに潜み、暗殺してしまうことも選択肢に上げられる。
わざわざ屋敷に立てこもってくれるなら火を付けてしまったっていい。きっと苦しんで死ぬだろう。
だが、そうしたことはしない。
「確かに明け透けかもしれませんわね」
「ごめん」
「いえ、怒っているわけではありませんわ。
むしろ……そうですわね。わたくしよりもわたくしの心を理解してくださる可能性のある方が見つけられたことは、この一件で数少ない喜びかもしれません」
「どういうこと?」
「わたくしは、わたくしを理解できていないのかも、と時折思うんですの」
屋敷へと進みながら。
腰にある剣の柄を撫でる。自分語りなど恥ずかしい。けれど、話の流れ的にしないわけにもいかない。
恥ずかしさをごまかすために武器の一つでも握りたい気持ちであったが、剣を抜くことはできなかった。これを抜くときを決めていたからだ。
「わたくしは、心に吹き荒れるものに従っているだけ。
今回はわたくしの友人を的にしくさった愚か者を誅伐してくれるという怒り。
一つ前はわたくしのダンジョンを目指そうとしたものを拐かしたものへと怒り。
理由があるのは、そうですわ。けれど、一度火がついてしまうと」
「俯瞰して考えられない?」
「お恥ずかしながら」
「今も?」
「ええ。今も」
(冷静に見えるけど、そういうものなのか)
ノエルは思いつつ、
「俺も似たようなものだよ」
「そうですの? 冷静沈着であらせられるようにしか見えませんけれど」
「そんなことないよ。俺も……ずっと自分の理解できないものに動かされている。そんな気分で今まで生きてきたから」
ともかく、と自分のことを語るタイミングを切るようにしてからノエルが続けた。
「その感情に従おうとしていることを理解しているなら、それで充分じゃない?
充分だったなら、遮る理由は俺にはないから」
だからこのまま進もう、と歩みを止めずに進むノエル。
ライヒもそれに頷き、屋敷へと進む。
✘✘✘
屋敷の入り口は開いたままになっていた。
二人が入って、それを後ろ手に閉じる。
ホールは広く。二階部分に繋がる階段が鳥が広げた翼のように広がっていた。
「待っていた。下賤め」
二階部分から現れたイングラヴァは見下ろすようにしてそう言った。
「下賤下賤と、あなたが持っている他人への評価の語彙は下賤しかありませんの?」
「黙れッ」
はあ、と溜め息を吐いてからライヒが続ける。
「で、フィニーに……冒険者ギルドの受付嬢にしたことに対して、申し開きはするつもりは」
「あるわけがなかろうがッ、下賤相手に何をしようと、許されるのだ!!」
「そんなわけないでしょうに」
「ある、あるのだよ。
それを貴様はわかっていない。そしてあるのだろう。パラクタの遺産。どこだ。見せろ!」
血眼になっている。
比喩表現ではなく、実際に赤く赤く充血していた。イングラヴァがこの屋敷に価値なしと打ち捨てられた材料から配合した危険な賦活剤の作用だった。
「その腰のものだな。よこせ。いや、なんだ。誰だ。貴様。下賤に与するは、下賤か。いい。もう興味が、ウウ。よこせ!!」
思考が纏まらない。賦活剤の効果が強すぎたのだ。
だが、目当てのものは見つけた。であればやることは一つ。
「ライヒ。来るよ」
「わかっていますわ、よッ!」
イングラヴァが懐からポーションを抜き打つ。同時に踏み込んだライヒとノエル。
(ノエル、わたくしの踏み込みと同等で動けるのですわね)
チンピラを倒した手並み、気配の殺しからからしてそれなり以上の腕前だから心配もせずに付いてこさせたものの、まさか真っ正面から殴り合う選択肢を彼もするとは考えていなかった。
投げられたポーションが割れて、眠らされていた効果が発揮される。
だが、その効力は──
✘✘✘
ノエルは悪い気分ではなかった。
共に戦うことを申し出て断られなかったことも、何ができるか一々聞かないライヒの態度も。
彼自身が自分のことを語りたがらない身の上だからということもある。
だが、そもそもとして他人との会話が得意ではなかった。
結論を求めてしまう悪い癖があるからだろう。
先にも出た明け透けに相手の心を覗き見るような察しの良さもあるからか。
つまり、本来はおっかなびっくり触るようにして行う会話というのがそもそも苦手なのだ。
割れたポーションが効果を発揮するよりも先に剣を振るう。
剣の圧力が放たれ、その一歩遅れでポーションの力が発揮された。
だが、圧がその力の発揮する方向を歪ませる。本来はライヒたちに向かうはずであった中身の効果──爆破の効力は逆を向いた。
「チィぃッ!」
二流三流の錬成術士であればそのカウンターで終わっていたかもしれない。
だが、様子がおかしかろうとイングラヴァは一流の錬成術士であった。
ノエルの動きから何が起こるかを予測していたイングラヴァは手で印を組んでいた。
ポーションが発揮する効力も突き詰めればマナの作用である。
マナを散らす手段を持っていれば力を弱めることもできる。自分で作り出したポーションであるならばマナの構造も理解が及んでいる。
そうなれば爆破そのものを途中で打ち消すことも可能だった。
「かぁあぁッ!!」
印と気合によってマナが放たれ、ポーションの効果と相殺し合う。
爆発が彼の眼前で力を失う。
その間隙を縫ったのはライヒだった。消えていく爆発からぬるりと現れ、長い足から蹴りが繰り出される。
手で印を組んでいたイングラヴァが対応できるわけもなく、横合いに飛ばされる。
「ぎ、げぼ、おぼええ」
立ち上がりながら吐瀉するイングラヴァ。
だが、それが危険な効力のある賦活剤の毒を吐き出させたのか、爛々とした瞳はそのままに思考が正常化していっていた。
「見事なコンビネーション。下賤といったことを謝罪する」
吐瀉物で汚れた口元を拭いながら一礼。
だが、顔は下げず、警戒心はむき出しのまま。
「わたくしたちへの言葉などどうでもよろしいですわ。あなたが謝罪するべきは」
「あの受付嬢にか」
「当然でしょう」
「はははッ。ひっははははッ!」
破裂したように嗤う。
「はーははは!
はー……はあ。断る。というよりも、下賤についての発言に謝罪はしたが、行動について間違っているとは思っていない。
いいかね。その腰に下げたる武器はもの知らずの貴族には過ぎたる──」
「下賤は謝るのにもの知らずと続けるんですのねえ」
「事実だろう」
「……ま、そうですわね。あなたに比べれば、そうなのでしょう」
ここでそれを否定しても意味はない。事実、知識においてはイングラヴァに勝ることはない。
「ともかく、その剣に関わる技術の一端をお見せしよう」
イングラヴァが己の背に手を回したと思うと次には赤く光る刀身を持つ剣が握られている。
「それは──」
「パラクタの遺産の模造品よ。
だが、どうしても完成まで最後の一手が足りなかった。独力で完成には至れなかった。
しかし、ここに置かれていた機材と配置から類推した結果、模造品ではあれど最後の一手は得ることができた。
そうだ。残るは本当の魔剣の」
そこまで言いかけたところで音もなく現れるノエル。
盗賊も裸足で逃げ出すほどの隠形。
振るわれるのは布にまみれた剣。本来の殺傷能力はみじんもなくともその重さだけで充分に人を無力化するに足る威力がある。
しかし、
「痴れ者がぁッ」
空色の係累の武器であればそれを黄昏とでも呼ぶべきか。近付いてきたノエルに反応し、振るわれた剣が空間を揺らし、鈍い赤色の炎と爆発が撒き散らされた。
「──ッ!!」
ノエルは振るった剣をそのまま盾のようにして構えようとしたが衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。
ライヒは飛ばされたノエルへと飛び込み、抱きかかえた。
やはりライヒも波のように押し寄せる爆発に巻き込まれ壁に叩きつけられる。
「ご、ごめん。ライヒ」
「いいんですわよ。頑丈なのも取り柄の一つですもの」
そういいながらノエルを下ろす。
ノエルは剣を見て、何かの覚悟を決めたように黒い瞳を細める。
しかし、
「ノエル。ここで見ていてくださいまし。
ここからはわたくしとあの男の対決となりますわ」
「でも」
「そんな顔で武器を抜こうとするものではありませんわ」
「……っ」
自分は他人を明け透けに見抜く能があるのに、自分のことを、表情や感情を隠すのを忘れるとは──と視線を外して悔いる。
自分は未熟だと恥じるように。
その一方でノエルを弾き飛ばした剣の力に陶酔する声が上がった。
「おおッ! やはり、やはり素晴らしい! 人造魔剣の力! 見事だ。これを封じたパラクタ・パシウス師の気持ちはわかる! 独占するべき力だ!!」
「それはどうなのでしょうね」
「なに?」
ギルドに預けられていた文献から、ライヒはパラクタのことを多く知れるほどに読みあさった。
「彼がこの技術を封じたかったのは、扱うに過ぎたるものが多いと考えたから。
強力な力に溺れない人間ばかりではないと思っていたから。
そうなればいたずらに人が傷つき続けることになるから。
それを理解せずにパラクタの技術のみを受け継ごうなどと」
「何を言うか。お前に何がわかる!」
「ふ、ふふ。ホホホ。ホーッホッホ!!」
哄笑。
「わかりゃしませんわよ!
先ほどの発言はあくまでわたくしの考え、理想、夢、希望、願望に過ぎませんわ!!
けれど死人に口なし。そういうことにしたいわたくしの甘ったれた想い一つ!
しかし、あなたにわたくしの考えを否定できる要素があるのかしらッ」
にたりと獰猛に笑う。
一方でそのライヒに睨み、挑むようにするイングラヴァ。
「わか──」
「わかるわきゃねえですわよねえ!!
だって彼の遺した多くの日誌や文献はわたくしの手元にありますもの!
彼の人となりが解るような人間はいないんですわよ!!」
そればかりは嘘だ。
パラクタの騎士と名乗った男はいる。
けれど、後事を託した彼のことを表沙汰にする気はない。
「いいですこと!
パラクタ・パシウスの後継はあなたのようなド三品の下賤ではありませんのよッ!!」
ライヒはあえてその下賤を今になって投げ返す。
それについては謝罪したではないかと眉根を上げひそめ、怒りの表情を向けるイングラヴァ。
「パラクタの魔剣、空色を扱うのはわたくし。その技術を独占するのもわたくし。想いを継ぐのもわたくし──」
「だまれだまれだまれぇえい!!
お前がその剣を空色と呼ぶのであれば、この剣は黄昏としてくれる。刀身をお前の血で黄昏色に染め上げるものとして!!
そうしてパラクタの名誉も、名声も、技術も、将来も、全てを継ぐのはこのイングラヴァだッ」
くく、ははは、と嗤う。ノエル以外の二人が。
笑い声がより大きく嗤ったのは。
「ホーッホッホ!!」
ライヒだった。
「黄昏? 愚かな名前をつけましたわね」
〝しゃら、しゃらら〟
空色が抜かれる。
青い光が刀身から漏れ出ていく。
「没落令嬢、ライヒ・グレイトキャピタル。
我が二つ名において、空にあるものの全ての輝きを閉ざし貶める。
この名に刻まれたものを覆せると思うのならば、名乗るがいい」
「決闘儀礼か。くだらぬ。だが、」
黄昏を握り直すイングラヴァ。
「魔剣を、剣を握るものとしてそれに乗ってやるぞ。
拾得者、イングラヴァ。
貴様からはその剣を拾ってやろう」
ゆらりと構える。
ノエルは両者を見ていた。
(ライヒの構えは、貴族流じゃない。喧嘩殺法か……?
イングラヴァの方がむしろ騎士流というか)
当然ながら、イングラヴァは騎士ではない。その生まれにおいても関係がない。
錬成術士でしかない彼が剣を構えて堂に入るものとなっているのは、単純に勉強だった。
異常な勤勉さと学習意欲こそがイングラヴァは様子のおかしい人間でありながらも長らくギルドが囲っていた理由である。
一方のライヒの構えは無造作に肩に剣を置くようなものだった。
そこらのチンピラが威嚇のために建材を担いでいるのにも似たもの。
違いがあるとするなら、
(凄味っていうのは、ああいうのを言うんだろうな)
博覧強記を地で行くノエルは、文字で知っていても体験したことがないものは多くある。
凄味というものも実態として受けたのはライヒからが初めてである。
一般的に武芸の構えはいかに速く、あるいは遅く動くか。
修練をいかに正確にアウトプットできるようにするかを確定するためのものである。その中に有利不利が生まれていくこともあろう。
だが、ライヒのそれは有利不利のためのものではない。
武器を前に構えないのは単純だった。
(殺す相手を射貫くように見ている。覚悟を伝えているのか。自らの覚悟を問いただしているのか。
……俺にはわからない。
けれど、殺す相手を見るための構えであることだけは……わかる)
じり、じりと互いに距離をはかる。
ライヒが前に進めば、イングラヴァが下がるか、横へと動く。
イングラヴァは距離を見定めていた。
(どこまでだ。あの魔剣の力をどこまで貴族女は引き出せるのだ。
こちらができることは黄昏の力をどこまで信頼できるか、だが。
錬成卿最期の傑作たれば、模造品たる黄昏をどれほど上回るのか)
黄昏の力は強力だ。振るうだけで爆破ポーションでも出せない破壊力をまき散らせるのだから。
だが、空色がそれを上回るのなら打ち消し、有り余る力でイングラヴァを殺すだろう。
逆に拮抗をするのならばどうか。
相手の構えを見てイングラヴァは油断していた。技の冴えならばこちらが上。
所詮は貴族女の道楽剣術だと。魔剣の比べ合いが拮抗し、無意味と化してからの剣術技巧のぶつかり合いになれば勝ち目は大いにある。
そもそも相手が空色の力を扱えないのならばどうか。その可能性もある。この読み合いに持ち込まれた時点でイングラヴァは相手の術中にはまってしまっているのでは、と。
(あのような構え、本にあったものではない。伝わっていない。つまり理がない。一方で私の構えは──)
ライヒもまた、思考していた。
(見事なまでの正調騎士流といった感じの構えですわね。長年伝わる技にはそれだけ理由と理屈と理合いというものがありますわよね。
ええ。見事なもの。けれど……)
肩に担いだまま、じりじりと動くライヒ。
(これは台覧仕合でもなんでもないのですわよ、イングラヴァ)
没落令嬢はいかにしてそのように呼ばれたか。
当然、イングラヴァも貴族ではないし、これがそうした大層な仕合ではないことも理解している。
だからこそ、剣よりもさきに頼りにしたのは己が研鑽した技術──ポーションの投擲だった。
ポーションの抜き打ちの早さにおいてこの辺境においては群を抜いて一番速い。
だが、汚い戦い方というだけであれば上には上がいる。
(やはりそう来ますわよねえッ)
ライヒはその動きの起こりを見るや否や積もっていた埃と砂利を蹴り飛ばした。なるほどノエルの見立ての通りの喧嘩殺法。
ただ、ノエルが見ていたものは構えだけであった。実際の動きもやはり喧嘩殺法のそれではあったが、場当たり的な喧嘩のそれではない。喧嘩殺法を戦術的に運用する異次元の武芸が実存した。
武芸・喧嘩殺法にとって、埃や砂利などですら武器になり得る。
「ぬぅあッ!?」
「喧嘩慣れしてませんわねえ、イングラヴァッ!!」
それらの小さなものを蹴って相手に叩きつけるのは当然、技術が必要であり、そうしたものは手癖足癖性癖のどれもがねじ曲がっていた師匠によってみっちりと教え込まれていた。
視界を封じるだけでなく細々とした砂利が手や指に当たればそれだけ精妙な動きは阻害できる。
本来、最速であるはずのポーション投擲が寸毫、遅れた。
「黄昏ォッ!」
ならばと魔剣の力を発露させた。
炎と爆発が波のように襲いかかる。
「空色ッ!!」
扱い方がわかっているわけではない。だが、導かれるように剣を呼び、剣を振るライヒ。
刀身と同じ光が帯と粒子として放たれ、炎と爆発をかき消し、勢いを減らしながらもそれらがイングラヴァの周囲に飛び、周囲を削り取る。そうとしか表現ができない事象が発生した。
その不可思議な脅威にイングラヴァも唾を飲みたくもなる心地ではあったが、それが許される状況ではない。魔剣の威力と効果を見ながらもライヒは驚きを内心で殺して突き進んできた。
玉のような汗が噴き出て散っていった。マナが、体力が、神経が、一気にすり減るような心地があった。
それをめざとく見たイングラヴァはそこに勝機を見た。
魔剣の打ち合いとなれば、消耗度合いからしてはるかに有利であろうと。
その思考は当然、ライヒもしている。打ち合いになれば負けるだろうと。
だからこそ、イングラヴァの思考は消耗の当事者よりも一手遅くなる。
彼が気が付いたときには空色がライヒの手元から離れていた。投擲。渡さない。奪わせないと散々ポーズを取っていたものが、投擲されていた。意識の外の一手だった。
弾くか、危険を承知で掴むか。どうするか。
イングラヴァの知性の高さは他者を下賤と愚弄するだけあるほどに高かった。だが、その高さが徒となってしまう。ただでさえ一手遅れているというのに高く優秀な思考力が、行動を考えさせてしまった。
次の瞬間にはライヒが飛びかかっていた。飛来する空色は黄昏をライヒに向けるためということもあって、それで弾く。
弾かれた空色。そうなると理解していたかのようにライヒは弾かれ飛んだ方向に手を伸ばし掴んだ。
黄昏の、魔剣としての力が放たれようとした次の瞬間、掴まれた空色が振るわれた。魔剣としてではなく、今度はただの剣として。
それは黄昏の発露よりも速かった。腕が飛ぶ。
剣が突きつけられる。
「状況からしてそうではないと思いますけれど、一応聞いておきましょう。
──パラクタ卿を殺したのはお前か、イングラヴァ」
「そんなバカなことをするものか。そうできているならば、それができているならば、黄昏はより強く、私はより偉大に、貴様程度の」
もう充分だ、というかのように空色が振るわれ、イングラヴァの首が飛んだ。
「物言わぬ肉になるまで殴りつけるような無慈悲をしなかったわたくしに感謝なさい。
わたくしではなく、わたくしの友人を狙うような愚かな行いの報い。確かにその首で支払わせました」
ごとり、と首が落ちた。
それを見て、ライヒがノエルへと振り返る。
「ノエル、見届けてくださったかしら」
「ああ。……ライヒの勝利だ。戦う理由は」
ノエルが問おうとしたときふらりとライヒが足下が崩れたかのようにして倒れた。
「おい、ライヒ。大丈夫か? なあ!
……震えている? そうか、マナ欠乏……!」
問いかけの返事はない。荒く、辛そうな吐息だけがライヒの口から漏れていた。
ノエルが吹き飛ばされた威力を持つ黄昏の一撃。それを打ち消し、有り余る力で周囲の空間すら削り取った空色の一撃を放ったとなれば、どれほどの消耗か。
治癒術などに深い見識があるわけでもないノエルはライヒと、倒れるに際して取りこぼしてしまった空色を掴み、抱える。
そして、ノエルは屋敷を飛び出て走った。




