没落令嬢vs憤怒
急ぎ戦装束に着替え、リオとアルシュカを部屋に呼ぶ。
状況を伝える。つまりは、フィニーの身に降り掛かった悲劇について。
「リオ、アルシュカ。
あなたたちにとってもフィニーは大切な友人の一人でしょう」
彼らを愛称で呼んでいたフィニー。
そこからフィニーと二人には仕事だけの付き合いではない、身分や立場とは別の、友情があることはライヒにも理解ができた。
二人の騎士も頷く。
「であれば、参りましょう」
「いいの?」「いいんですか?」
未熟だから付いていくなと先日は言われた。
今回もそうであろうと考えていた二人だからこそ、そう問い返した。
「ここで黙って待っていろと言われても、たまらないでしょう」
戦働きを見せたいという気持ちではない。
ライヒが大切だから身を挺してでも守りたいという気持ちがないわけではない。
だが、最初にあるのはやはり、ライヒの言うとおりフィニーの心配と、その一件に関する復讐心のようなものだった。
『復讐なんていけないよ!』、『手を取り合おう!』などということは言えない。
ライヒ自身が怒りで血管まで音が鳴らんばかりの状態なのだから。
自分が怒りに包まれているというのにどうして他人に強要できるかと、ライヒはそうも考える。
騎士二人も準備をし、進むことを選ぶ。
ギルドから来た早馬はよく鍛えられていた。装備を整えた冒険者であっても苦ともせずにわたくしたちを運んでくださいましたわ。
──アドルイン。
馬を留めながら、我々が来るであろうことを読んでいたギルド。その連絡係から状況を聞いた。
夜中に詰めていた冒険者も怪我を負った。
フィニーはギルドの宿泊施設で眠っているとも。
「ギルドの防衛は」
「位階の高い人間は全員、依頼で出ていまして……」
ヴィッシュやタニアといった人間たちのことだろう。
位階が上であれば、やはりそれだけ忙しくもなる。この辺りにおける上位の冒険者として数えられれば指名されることも稀ではない。
「それ以外の冒険者は」
「万が一の襲撃を考えて、解決まではギルドに来ないように通達しています。
ですので、ギルドが元々雇っていた護衛で、動けるものが守っている状況です」
とはいえ、その護衛も冒険者と共にイングラヴァに倒されたものたちと同程度。
守りとしては不安が残る。
「ライヒ様。いいかな」
「どうしたんですの?」
アルシュカは意志を強くした瞳を向ける。
「オレとリオでギルドに行ってもいいかな……」
「私たちで、守れるなら守りたいんです」
未熟扱いはされてはいても、騎士二人は日々の鍛錬と経験のたまものか、連携は見事に取れるようになっている。
ヒョルドの一件以来、よりその点においての技術向上の機会を増やしもしていた。
ライヒもその結果を見ていたし、ダンジョンに潜らせての実地もさせた。
「……わかりました。二人はギルドへ。
いいですこと。
フィニーはわたくしにとって、リオとアルシュカの二人に並ぶほど大切な身内だと思っておりますわ。
ですから」
「無茶するな、だろ?」「三人無事でライヒ様に笑顔を見せるようにしますから」
二人がそう言ってから、重なるように。
「安心してくれ」「安心なさってください」
そして、任せてくれと。
ライヒはそれに微笑みを見せると抱き寄せる。
「頼りにしますわよ。二人とも」
心からの言葉。二人が一緒なら大抵の難所もきっと越えられるだろう。そうした実力による頼りもある。だが、それ以上に、自らに忠を捧げた騎士の誇らしい言葉こそが何よりも頼りになった。
絶対的な信頼がそこに二つ、立っていた。
騎士二人をそっと離して、
「ここを乗り切りますわよ。いいですわね」
二人を戦場となる可能性がある場所へと送り出す。
(……わたくしがイングラヴァなら、フィニーを掴んでおきますわ。
それができなくとも冒険者ギルドに悪さをしようとする。
わたくしを殺したいのならば十全な働きをさせようとはしないでしょうから)
様子のおかしい男であっても、いや、様子がおかしい男であるからこそ、変なところで冷静に、最善手のような手を打つ可能性がある。
(わたくしに……三人の笑顔を届けてくださいまし)
腰の剣を撫でる。空色と呼ばれた錬成卿の遺産を。
(あなたにどれほどの力があるかは知りませんが、役に立ってもらいますわよ)
そうして、目指したのは指定された場所。ポールの本屋の前に。
✘✘✘
裏通り。
ポールの本屋の近くへと歩くライヒ。
全力疾走をしないのは装備を整えた彼女と一般人が衝突すればタダでは済まないことが一つ。
そして、不意に襲撃されかねない状況であるからこそ警戒していることが、もう一つの理由。
「あの金髪か?」
「間違いねえよ。ゴージャスな女だって聞いてたしな」
「まあ、あんなゴージャスな女は他にいねえか」
チンピラたちがちらちらと歩いてくるライヒを見て。
彼らはドラルディンの下っ端であり、簡素な命令だけを伝えられていた。
「おい、おめえがライヒ・ナンチャラピタパンか?」
「ええ。ライヒ・グレイトキャピタルですわよ」
「へへへ、そうかい」
するするとそれとなく囲むチンピラ。
わからないライヒではない。
「お前をなんとかすりゃ、外様の錬成術者なんぞに頼らずともってなるかもしれねえ」
「手柄になってくれや、ゴージャス女」
「頼むぜ」
懐からナイフを抜く。安物だが、血に曇っていた。手入れされていない。あるいはその汚れが彼らの誇りなのか。
(案内を命じられたものがこの体たらくなら、どうあっても案内される先が正しい場所になるとは思えませんわね。
であれば、彼らにはここで──)
剣に手を掛けようとしたとき。
ごしゃ、とチンピラの一人が何かで殴りつけられた。
「ライヒ。大丈夫?」
「……ノエル?」
片手には剣が握られている。鞘に収められているだけでなく、全体を布で覆われていて、どういった拵えかもわからないようになっていた。
「ギルドで問題があったんだろ」
「どうしてそれを」
「この辺りに住んでるから、こういう連中の噂話はよく聞こえてくるんだ」
「うだうだ喋ってんじゃねえ!」
「くたばれコルァ!」
ノエルの言葉を上書きするかのように踏み込むチンピラたち。
片方はライヒの拳が、もう片方はノエルの布まみれの剣によって意識を刈り取られる。
「錬成術士を──、アルケミストギルドと冒険者ギルドで問題を起こした奴を追ってるんだろ」
「ええ。果たし状までよこされましたから。案内されるためにここまで来たんですけれど」
「その案内人が想定以上のアホだったってことか」
「そういうことですわ。参りましたわね」
案内されるべき場所がわからないままに気絶させた。
最も、冒険者たるもの活法の一つ二つは身につけているもの。強引に気絶から立ち直らせる手段もある。
が、ノエルはもっとスマートな解決策を提示する。
「ライヒが向かうべき場所はわかってるんだ」
「そうなんですの? どうして?」
「立ち聞きしたからさ。そうだろ、ポール」
しまっている本屋へと声を上げると、
「まあ、まあ、聞いちまってはいるよ。うちの前であれこれと話をするもんだからさ。そりゃあ盗み聞きしちまうって」
鍵が開き、扉が開いた。
青い顔をしたポールが出てくる。
「大丈夫ですの?」
顔色の悪さからついそのように問うライヒ。
「こんなところに住んでるくせにって思うかもだけど、マジで怖いんだよ。こういうの。
はやく金を貯めて安全な場所におさらばしてえんだよなあ」
はあ、と溜息を吐いてから
「常連二人の欲しい情報をくれてやらにゃ、商売人としてすたるよな」
ポールは情報も売る。いや、正確に言えば本も含めて情報。
情報であればなんでも売るのがこのポールという男だった。
特定の勢力に肩入れせず、中立に情報を売る。危険な立場ではあるが生き残っているのは無茶な情報売買をしないことが生きていた。
安全を愛する男ではあるが、危険な売買に手を染めるのは金がほしいからに他ならない。
彼だけではない。裏通りに住む多くの人間はこんなところからいつか出ていってやるという一心で日々を生きていた。
「立ち話の内容からするとあの錬成術者はパラクタ・パシウスだかって人間の屋敷にいるらしいんだ。
準備を整えてるだか、罠を巡らせているだか、ゴーレムがどうのこうの。
色々話してたけど俺にはわからんかったよ。ごめんな」
「充分だな」「充分ですわ」
ライヒとノエルが同時にそう答え、やはり同時に懐にあった小銭を渡す。
「気が合うねえ、二人とも。もらえるものはもらっとくぜ。どうも」
といってささっと扉を閉めて鍵まで掛ける。
「あんな感じで情報屋もやってるんだ。アイツ」
「怖がりのくせに、妙な勇気がありますわねえ……」
「で、どうする」
「……どうする、というのは?」
「すぐに行く? それとも、他にやることがあったりする?」
「そりゃ速戦即決こそ冒険者の粋ってもんだと思いますけれど」
「じゃあ、行こう」
すたすたと歩き始めるノエルに対して、
「ちょちょちょ、ちょっと! お待ちなさいな。あなたも行くんですの?」
「ダメかな」
「ダメかどうかでいえば……」
気配を察知させずに不意打ちした手並み、そのあとに相手を倒した動きから考えてもチンピラ程度で負ける相手ではないことは理解できた。
だが、腕が多少立つからといって、
「今から行くのは殺し合いの場ですわよ」
「知ってるよ」
「だから、そんな場所に」
「行くんだろ。ライヒ」
黒瞳をちらとライヒに向けてから、
「俺さ。友達少ないんだよね。というか、話し相手になる奴すら殆どいない。.ポールとはまあ、多少は話すけど、客商売だからな。あっちも」
それから視線を外し、
「だから、さ。本の話をしたりできる──その、友達、っぽい、相手をこの程度のことでどうにかされたくない。
一緒に戦う理由はそれじゃ足りないか」
必要充分なことは話した、そう言いたげにするノエル。
(……わたくしも人間ができていませんわね。昔も今も。頼れる人間を頼るのも下手。どう思われているかも読むのが下手。
ここまで語らせておいて危ないからの一言で片付けるなんてのは令嬢の風上におけないことですわよねえ)
内心で苦笑するライヒ。
わたくしもまだまだケツの青い小娘にすぎませんわね、と。
「ノエル」
「なに」
「頼りにしますわよ」
「……ああ。任せといてくれ」
そうして、新たな協力者を得て、二人はパラクタ卿の屋敷へと足を向けた。




