騒擾奇人vs冒険者ギルド
ライヒが馬を駆って爆速でアドルインへと向かうより少し前。
冒険者ギルドでフィニーの声。
「お疲れ様でした」
労うための言葉ではあるが、どちらかと言えば勤務終了を告げる暁鶏の声のようなもの。
「先輩、お疲れ様でした」
「ええ。それじゃあ夜勤お願いね」
冒険者ギルドは24時間営業。365日フル稼働。年末もなければ年始もない。
カレンダーという文化と時間という文化を持ち込んだかつての文明人を恨みに思う日がないわけではないが、それでもまあ、そうした区切りがあろうがなかろうが同じようなスケジュールで生きることになっていただろう。ギルド職員の多忙さとはそういうものだ。
フィニーは諦めがついていたし、その多忙さを愛してもいた。
夜勤にもなれつつある後輩にあとを任せて退勤準備をしようとしたとき、扉が開いた。
勿論珍しいことではない。
ダンジョンから戻って買取を手早く済ませたい臨時一党であったり、
拘束時間が変則的な依頼から戻ってきたり、
馬車の都合で到着がこの時間になってしまう他の都市からきた冒険者であったり。
ギルドは食事処や宿泊施設も完備しているからこそ、夜であろうと夜中であろうと関係なく入ってくるものはいる。
だが、受付たちの目を引いたのは男の姿だった。
外見で何か差別や区別をするような人間は受付にはいない。
が、それはあくまで事前情報がなければの話。
現れたのは禿頭、眉無しの男だった。
アルケミストギルドで爆破騒ぎを起こし、破門された男。
ギルドが訴えていないから犯罪者ではないものの、彼の似顔絵はアルケミストギルドから出回っている。
既に各所では彼はブラックリスト入り、つまりはギルド登録をさせないように通達が出されていた。
いや、登録しに来たというなら他の街でやろうとするだろう。
自分が問題を起こし、その結果所属していたギルドから破門された街だとしても、元のギルドでなければ大丈夫! などという恐るべき楽観的思考の持ち主でもない限り。
その男──イングラヴァの周りには三人の風体のよくない人間が付いていた。他人というわけではないが一党というほど信頼を寄せているわけでもない。妙な一団だとベテラン職員であるフィニーは見ていた。
「すまない、そこの君」
「あ、はい。なんでしょうか?」
するりと歩き、近づき、フィニーの思考が巡るよりも先に話しかけたのはイングラヴァ。
「フィニーという受付嬢は、君かね」
「はい。そうですが……」
「そうか。うん」
そう言いながら近付いた彼は自然な動作でするりと腰からポーションを抜いて、それを彼女に向けて投げていた。
「えっ……?」
次の瞬間、風圧が吐き出され、巨漢に殴られたかのような衝撃でフィニーが吹き飛ばされた。
「何してんだ、あんた!?」
突然の凶行に焦るのは一緒に入ってきた三人の内の一人。
もう一人は既に全力でこの場から立ち去っていた。
残る一人は懐の武器を抜こうか抜くまいかを考えている。
何をしているのかという言葉を無視して吹き飛ばされたフィニーに更にポーションを投げようとしたところで冒険者や、こうした状況に対応するための護衛たちが動き出そうとする。
「待ち給え、諸君」
手元にポーション。落とすぞと言いたげにしながら、
「私は正当な行動をしただけだ。わかるかね」
冒険者の一人が何を言っていると言いたげに睨む。
「わからんか。
君たちの仲間であるライヒ・グレイトキャピタルに私は名誉を傷つけられ、それだけでなく立場まで逐われた。
つまり! この行動は正当な!」
瞬間、踏み込む。倒れているフィニーに蹴りが炸裂した。
「ひぎっ……!」
ポーションが引き起こした殺傷力を秘める、空気の破裂。その強烈な打撃によりフィニーの意識は半ば朦朧とするが、それは暴力により強制的に起こされた。だが、更に、
「わかるか! 聞いたぞ! この女とライヒが共謀していると! ダンジョンに絡むことはこの女も絡んでいるのだと! だから! 共犯だろうがッ!! 同じ汚らわしい存在だッ!! わかるかッ!」
がんがんと蹴り回されて、再びフィニーは意識を手放した。
蹴りのすぐあとに冒険者も黙っているわけではなく、止めるために走る。
だが一緒に入ってきたうちの一人がそれを邪魔するように立ち塞がると結局懐にあった短剣を抜いて構えていた。
「ふう。もういいか」
「何がいいんだ、てめえ!」
荒くれものが多く現れる冒険者ギルドであってもこのような無法が行われない理由は幾つかある。
そもそもとして、怪しい行動をしようとしたものは護衛が止める。
これが止められなかったのはひとえに、それだけイングラヴァの実力が高く、行動の起こりが見えなかったことに起因している。
それ以外に、ギルド職員は支援術的にも権力的にも保護されている。
職員として登録すると、都市内においてそれなりに強固な鎧を纏っているような支援術が常に与えられるようになっている。
支援術の中にはそうした外的に防備を強めるようなものが幾つもある。
《均一化》もそうした支援術による防備を高める効果のうちの一つだが、職員に与えられるものは《装甲化》と呼ばれるより上位の力だ。
恨まれやすい職業であればこそ、そうした恩恵を与えるようにギルドが必死に作り上げたシステムであった。
権力的に、というのは大抵の都市では法の中にギルド職員の命を重要視するものが盛り込まれている。
何かすれば簡単に指名手配され、あっさりと死刑を申し渡されるようなほどに重いもの。
この二重の守りあればこそギルドにも職員にも手を出そうというものは殆どいない。
カチコミに関しても同様で、戦力が常に揃っているとも言えるところに殴り込みに来る命知らずは多くない。そもそもそんなことをすれば都市の警備をしているものたちにも狙われることになるのだから。
だが、この男はそれを実行した。
その後は当然、イングラヴァを巡っての乱闘が始まる。
✘✘✘
一足早く逃げ出した男は走っていた。
(おかしな男だと思っちゃいたが、あそこまでおかしいとは……!
正気とは思えねえ。職員に暴行? 護衛だけでなく冒険者までいる場所で?
何考えてんだ!?
あんなのを引き入れてあの方は何がしたいんだ!?)
目指すべき場所があった。
そこへと転がり込む。
「ぎゅ、ギュストークさんを呼べッ! 緊急事態だ!!」
そこはドラルディン・ファミリーの根城。
普段は酒場をやっているが、客は一人もいない。いるのは構成員だけだ。
上の階には私室が幾つも用意されていて、そのうちの一つにドラルディンの次席たるギュストークの部屋もあった。
緊急事態だと起こされ、降りてきた彼は状況を知らされる。
「そこまで強引な手段を取るとは」
少し考えるようなそぶりをしながら、しかし、
「引き入れて正解だったな」
と笑う。
あんないかれのどこがだと言いたげにもなるが、冷酷な次席にそんなことを言えば反抗的としてやはり、何をされるかもわからない。
報告するべきを持ち帰った男はただただあったことを伝えるのみである。
「数時間もしないうちに都市内は厳戒態勢に入るだろう。お前はギルドまで言って彼を……イングラヴァを連れてきなさい。
他のものは都市に散れ。あの男の目的はライヒただ一人だろう。
そして逆に、ライヒもフィニーの一件で飛んでくるはずだ。そこに声を掛けて、三区の倉庫に連れ出せ。いいな」
部下たちが頷く。
一人を除いて。
「ギュストークさん、アイツに付いていた二人はどうします? まだ間に合うかも──」
「間に合わんよ。だから捨て置け」
「え?」
「聞こえなかったか?」
「いえ、その……」
「冷静に考えろ。冒険者たちも自分の領域も同然の場所で不名誉になるようなことをされたんだ。
凶行を止められなかったと後ろ指をさされることになる。
少しでも名誉を復仇するための手段は襲撃者を殺して示すことだ。
イングラヴァは逃げる算段もあっての行動だろうが、他の二人はもう殺されたあとだ。助けるもなにもあるまい」
冷酷だった。
いや、自分は運が良かったのだと逃げてきた男は考えるしかなかった。
仮に捕らえられて、自白させられたとしても彼らが言えることはせいぜいドラルディン・ファミリーに日銭で雇われただけ、と答える以外にない。
実際にその通りであるし、彼らも構成員として成り上がるためにどう考えても危ない人間の側にいることを立候補したのだから、こうした結末も受け入れるほかないのだ。
✘✘✘
ただ、イングラヴァの実力はギュストークが考えていたものよりも高いものであった。
冒険者ギルドにいた護衛と冒険者は半死半生の傷を負って倒れていた。
イングラヴァと共に入ってきた風体の悪いものたちは既に死んでいる。討ち取られていた。
ただ、イングラヴァだけが立っている。
「ああ、そうだ」
受付のカウンターの裏で息を殺しているフィニーの後輩へと進む。
「これをライヒ・グレイトキャピタルに渡しておいてくれたまえ。頼んだよ」
それだけを言ってまるで何事もなかったかのように去って行く。
音や状況を聞きつけて現れたり、宿部分から飛び出てきた冒険者たちは惨状の果てだけを見た。
それからは大急ぎで治癒術士が呼ばれ、フィニーをはじめとした倒れたものたちの救護を行い、
寝かせ、必要があれば看病と経過観察のために見守り役まで付けられることになる。
一番の被害者は当然、フィニーであった。
よもやこんな状況になっているとも知らないギルドの責任者である支部長は寝ているところをたたき起こされて、急ぎ最低限の装いだけをして現れていた。
そこに傷こそ殆どないものの、状況のハードさに顔を青くしている後輩が近付く。
「支部長、経緯は」
「ああ。聞いたよ」
「あの男から渡された手紙ですが……」
支部長に渡すも彼はちらりと観察して、開けずに返す。
手紙に何かしらの細工がされているとも限らない。
であれば渡るべきものに渡ってからどうなるかを考えた方がよかろう、そういう判断であった。
「ギルドの馬を使って、ライヒ卿にすぐに届けてもらいたい。できるかい」
「は、はい!」




