騒擾奇人vs没落令嬢
「ふざけたことを、青二才が!」
ラボに戻るなり、荒れ狂う。怒りを発散させるためにそこかしこに当たり散らした。
イングラヴァの癇癪は今にはじまったことではないが、今日は最高潮と言えた。
「ギルド如きこちらから辞めてやるつもりだった! 破門などと上から目線で! 愚か者どもが!!」
更に当たり散らす。
「だが、連中め! わざわざ呼び寄せておいてこれとは!!」
辺境アドルインに新しくアルケミストギルドが作られた背景にはパラクタ・パシウスの影響があった。
超帝国随一のアルケミスト。錬成卿の名をほしいままにした男はこの地で命を落とした。
彼が遺さなかった多くの記録や知識を拾い集めるため、ギルドは何とかして資金や人材を工面してアドルインへとギルドを立てて嗅ぎ回ろうとしていた。
とはいえ、その事実を知るものは当初から少なかった。
全てを知っていた開設当初の責任者と情報の伝達をするために配置された連絡係、それにいざというときの戦闘要員としてのイングラヴァを含めた三人のアルケミスト。合計でも五人。
しかし、責任者は実験の事故で死亡、連絡係は連絡を運ぶ最中に賊に襲われて命を落とす。
戦闘要員は何も起こらない街に飽きてイングラヴァ以外はギルドから出て行ってしまった。
ギルド本体も結局何も見つからないし、有用な人材をこれ以上送りたくないことから錬成卿の遺産探しは打ち切り。ただただ、辺境にこぎれいなアルケミストギルドができあがるに至る。
元々は貿易と交易の両面から見て整備された物流路を持っているアドルインであったのでちょっとした生産拠点や、都市で行うには少々怖い研究実験もこっそりと行うにちょうど良い場所として運営が続けられている。
つまり、イングラヴァは遺産捜索の最後の1人。計画が打ち切られたとはいえ、アルケミストの好奇心として錬成卿の遺産には興味は尽きなかった。
それを遂に見つけた。数日前からそれとなく剣のことは噂として聞くことはあったが、よもや目の前に来るとは思ってもみなかった。
「あのクソ金髪めが。どうしてよこさぬ。もの知らずの阿呆のくせに!」
イングラヴァは優秀なアルケミストである。
戦闘要員として送られてはいるものの、研究面でも幾つかの名を残す功績を持ってる。
ただ、それを押して余るほどに素行が悪かった。
全ての事象は自分に都合が良くあるべきだと考えていたし、そうではない場合はその場で疾く死ねと思っていた。そうしないならば彼は自分の手で殺してきた。
「そうだ。もの知らずが持つからおかしいのではないか」
彼は装備を調える。爆破ポーションだけでなく、槍のような武器まで。それは自衛用にと学んでいたがいつのまにかそこらの前衛をはるかに超えるほどの技術に昇華させた槍術。
研究もそうだが、他人を介さず、あるいは他人を破壊することで技術の向上を得る行為において強い才能があった。
「もらってやればよいのだ。
確か、ライヒ。ライヒ・グレイトキャピタルとか言ったな。うん、殺そう。殺してやればよい」
そういって外へと出る。
瞳孔は大いに開いていた。正気とは思えない顔だった。だが、それこそが普段の彼の顔とも言える。
優しく声をかけてやったあのときは彼にとっての正気ではない。
「おう。ちょいと待ちな」
「アルケミストギルドで騒ぎを起こしたってのはお前さんかい」
爛々とした瞳で外に出てすぐさま声を掛けられる。
(官憲の連中か?
いや、ギルドの人間が問題を外に投げるわけもない、この都市の官憲どもが頼まれもせずに動くわけもない。ではなんだ?)
話しかけた人間の身なりはどう考えてもチンピラのそれだ。
裏通りに巣くっている裏社会の人間であることは一目瞭然のはずだが、人間如きの外見一つ一つを覚えるほど暇な脳をしていない男にとって、彼らをそのように認識することはできなかった。
(面倒だな)
そう考えた次の瞬間、懐からポーションが抜かれ投げられた。爆発。その刹那を縫うようにして衝撃の中に水から飛び込むようにして話しかけてきたものたちを槍を振るい、一瞬で制圧した。
五名ほどいたが、三名が死亡。一名が重傷。もう一人には喉元に槍を向けられた状態だった。
「なんだ? おかしい。官憲にしろ、ギルドの口封じにしろ弱すぎるが……」
「は、話を聞け! 俺たちは──」
「まあいい」
槍で命を奪おうとした瞬間、ふっと何かに気が付いて腰からポーションを投げ付ける。
中空でそれが何かに衝突して爆発を引き起こした。
「!?」
爆発に巻き込まれて何かが降りかかる。開かれた瞳孔のお陰というわけでもあるまいが、飛んできたものを認識しさっと避ける。液体だった。ポーションと空中衝突したものも同じ液体か。
付着した地面がじゅうと音を立てて焼け焦げていた。
「酸。やはりギルド──」
「ギルドではない。そして官憲でも。我々はドラルディン・ファミリー。天才錬成術者のイングラヴァ殿に話があって来たのだが」
爆発の煙が晴れて、そこに立っていたのはドラルディン・ファミリーの次席。
名をギュストークというが、
「誰だ?」
人間にさして興味はなく、人間が作る勢力や組織図といったものにもまったく興味がないイングラヴァは素直にそう返答した。
「私が誰であれ興味もあるまい。
錬成卿の遺産に興味があるのだと聞いている。その件で協力を申し出に来た」
「なんと」
かっぴらかれた瞳がすうと一般的な程度に戻る。
狂気じみた気配は形を潜めていく。他人と会話をする上でそうせねばならない。よく言えばイングラヴァは狂気を飼い慣らしていた。
ギュストークはどのようなルートによってか、イングラヴァの元々の仕事を知っているようだった。
「なんとなんとなんと。そうか。この街にもまだ良心があったか。そうかそうかそうか。話をしよう。下賤どもと違って話になるのであれば話をせねば」
「……ああ。そうだな」
その態度にやや面倒そうな態度でギュストークは周りを見る。
彼一人ではない。数名の手下を連れていた彼は殺されていたもの、殺されかけたものを手早く回収させ、この周りを封鎖するために動かしていた。
この場には彼と、イングラヴァだけがいた。
「求めているものから聞きたい」
「当然、かの錬成卿が最後まで固執した人造魔剣だ。空色の名を与えられた、あの魔剣こそが我が研究に明るい毎日をくれるはずだ。研究し続ける毎日が」
✘✘✘
ドラルディン・ファミリー。副長。次席。ともかく二番目に偉い男。
ギュストーク・ザイオ。この男であった。
年齢は四十過ぎ。ドラルディンに入ってもう随分と長い。
多くのライバルが消えていき、それでも残っていた彼は上り詰めていた。
噂では組織のトップであり、組織の名前にもなっているドラルディンよりも強い権力を持つとすら言われている。
それなりに前までは薬や暴力で勢いを持っていた組織だったが、最近ではそうした明確な悪事は控えている。
となれば悪党として、裏社会の住人として権勢は控えめになるのも当然。
ギュストークの目的はドラルディンの力をアドルイン一番にすることだった。全てを支配し、都市の裏の王となり、やがて更に拡大することを狙っていた。
土壌はできはじめている。
未だ薬やら暴力やらを商売に使うことは禁止されているが、やり方はいくらでもある。
トップが下した決断の抜け道を突き続けて行動を続けていた。
(イングラヴァ。おかしな男だと聞いていたが自分がつるんでいる組織まで爆発するようなネジ無しだとはな。……まあ、そのくらいのほうがこちらとしてもありがたい)
内心でそう思いつつ、懐から紙を取り出す。
「これを見ろ」
「……これは、錬成卿の署名付きの」
「ああ。卿が何か記していたもの、研究関係の書類だろう。私の手元にはそれしかないが、そうしたものを大量に持っている人間がいる。
こちらはその人間を始末したい。こちらはそうした書類には興味はない」
「人間を? 何故だ?」
(あれだけ殺し回っておいて、殺す理由を問うのか)
ギュストークはそう思うが、イングラヴァにしてみれば当然である。先ほどまで殺し回った相手は彼にとっては移動経路を邪魔したから踏み潰しただけ。
その結果として生きていても死んでいても関係がなかった。
だが、明確に『こいつを殺せ』とそれが目的として提示されれば、何故そんな面倒を? と考えてしまう。
つまり、思考するためのネジが幾つも緩んで抜け落ちている男だった。
だからこそ、幾つかの研究や実績に名を残すほどのことができたのかもしれないが。
「商売でな。その人物が持つものが必要なのだ」
「その人物というのは」
「ライヒ・グレイトキャピタル。
お前が求めるものを持つもの。そして我々ファミリーにとって殺したい相手として現在のトップを走っている女だ」
「……そうか。またも邪魔をするのか、あの女は」
ぎょるると瞳孔が開きはじめる。
「共闘しないかね、イングラヴァ殿」
「共闘か」
ようやくそこでイングラヴァは相手を観察する。
「そうか。裏社会の人間か。手も広いのかね」
「ああ。人手には事欠かない」
(先ほど使い潰していい人間を少し、お前の手で減らされたがな)
そう毒づきたくなるのを抑えながらギュストーク。
「であれば、共闘しよう。
あの下賤な女を殺すために。手を取り合おう。それがいい。うん、素晴らしい考えだ」




