没落令嬢vs薬品売却
「え、マジですの?」
「ええ。マジです。ライヒさん」
ジョッシュが提示した金額はわたくしが想定していた金額の四倍ほど。
まあ、正直これに関しては四倍でも八倍でも大したものではないのですけれど、
わたくしがマジ? と言ったのはそのあとの申し出。
「これをはるかに超える量がおありなのが間違いないのなら、この金額でオファーさせていただきたいです」
彼曰く、ポーションとしては凡庸な効果の一言に尽きる。
しかし、これを分解して再構成することができれば三段、四段上の効能のポーションを作り直せるかもしれないという。
高級素材を使ってチープな結果を作り出しているようなものらしいですわ。
作り直すためにはわたくしたちが持ち込んだポーション全てを使って一瓶できるかどうか。
ただ、その価値はすさまじく、上手くやれば買取金額の更に十倍ほどになるかもしれないのだという。
勿論、成功する確率などもあって、実際には運が悪くて二倍程度まで。それでも二倍。
ちょっとした錬金術ですわね。ああ、アルケミストの原義的にはそれもあったのかしら。
でも、彼らからするとその経験や知識、情報などが価値を上回るのだとか。
一度だけ試すなら機会はあるかもしれない。
けれど、それほど纏まった量で回数をこなせるとなれば、大金を支払う価値がある。
つまり、
「わたくしの手元にあるポーション全てを売ってくれるなら、手付けとしてこの金額で、ということですわね」
「そうなります」
「売った」
即断即決。これこそ大事なことですわ。
状況的に値段をつり上げることもできそうですけれど、ここは信頼を勝ち取ることも重要ですし、それ以上に取引を持ちかけるためのフックにもなる。
「その代わり」
先ほどの一件も訴えたりしないから、という約束をするのは当然として、
「わたくしの領地で何があるかはご存じですわよね?」
「ええ。ダンジョンがあり、その周辺で商業が発展していると」
「実はかねてから認証品ポーションを取り扱いと思っていて、けれど普通に仕入れてはお高いでしょう、ラベルドというのは。けれど──」
とリオをちらり。
すぐに彼女は鞄から書類を取り出す。
それは彼女が作った売り上げ予想やらが試算されたもの。
ちなみにラベルドは文字通り、ギルドが認可したちゃんとしたお薬。冒険者ギルドなんかでも取り扱っている奴ですわね。
「……なるほど」
リオが提示したのは効果の低いものを中心としたもの。売り上げとしては大したものではないが、数が捌ける。そして数を仕入れる。ギルド側のメリットとしては駆け出しアルケミストの仕事を増やしてやれるということ。つまり、ライヒ印のダンジョンの理念と同じことをここでも持ち込んでいるわけですわね。
『金額については正直、渋いところではありますが……。断れるわけもありませんね』
と言いたげな表情。
そうでしょうね。何せあんなことがあった後ですもの。
「承知しました。ここでサインしてしまいましょうか」
「支部長に話を通さなくてもいいんですの?
先ほど、支部長のことを出していたようですけれど」
イングラヴァの破門の際に出た言葉だ。
支部長の許可もあるからいつだって破門にできる、と。
「実は支部長は私なんです。秘密ですよ」
「ギルド会員は知らないんですの?」
「興味もなさそうですし、実際、我々としても支部長のだのの椅子を狙って政治的な働きをしてほしくないんですよ。ですから秘密にしています。
けれどビジネスパートナーとなる方には別でしょう」
「一定以上の信頼の証、として受け取っておきますわ」
ともかくこれでラベルドポーションは手に入ることに。
微々たる売り上げですけれど、安値だからと多くの冒険者が買ってくれるなら大いなるメリットになるんですわよ。
ポーションがあればそれだけ長くダンジョンに滞在できる。
つまり、カラレスが更に効率よく貯まる。
納税のこともありますから即金が欲しいのはその通りですけれど、即金のことばかり考えていては先々で確実に詰むことになるでしょうし。
こうして徴税騎士殿の仰っていた話は見事結実。まあ、まあ、ちょいとした問題は起こったものの。
でも、一人の人間を様子のおかしい人間に変えてしまうほどの魅力があの剣にはあるということですわよね。
……ううん。色々と調べるべきなのはそうなのでしょうけれど、この場で聞くのは少し怖いですわね。
信用していないわけじゃあないのですが、その信用を超えて何かされる可能性は捨てきれません。
ここは黙って商談だけにしておさらばしておきましょう。
✘✘✘
「ライヒ、聞いたよ!」
折角アドルインに来たのだからということで、冒険者ギルドにも顔を出しますわ。
「早耳ですわね、フィニー」
「そりゃあ爆発起きたら誰だって気になるって……。
怪我はない? リオちゃんとアルくんも大丈夫?」
「あら、そんな風に呼んでくださっているのね」
「あっ、ごめん。
ほら、二人とも休みのときにはこっちに来て、ときどきお手伝いまでしてくれるから」
リオとアルシュカはギルドに入るなり他の冒険者に可愛がられておりますわ。
外見が可愛らしいってだけではなく、ちゃんと信用を勝ち得るようなことをしっかりとしているとは。休みなのに休めているのかちょっとだけ不安になってしまいますわね。
「二人は無事ですわよ。勿論わたくしも。軽く手傷は負ったけれどアルケミストギルドにいた方々に治療してもらいましたし」
とこの辺りで纏まった商談の話や、これまでポーションを流してくれたことへの感謝を述べつつ、
「へえ……。色々と考えるんだねえ」
「いやあ、実は人様の入れ知恵なんですわよ」
「それでも商談を纏めたのはライヒなんだから胸を張っていいと思うよ。そっちのほうがみんなにとっても嬉しいんじゃないかな。知恵を貸した人も、さ」
「そうですわね。誇っておきましょう。ホーッホッホ!!」
「声でっか」
「アルシュカみたいなこと言わないでくださいまし」
っと、それよりも、とわたくしはそこで会話を区切ってから本題に。
「──……狙われたのはその剣を狙って?」
「ええ。パラクタ卿の遺産だとわかって、それを見せてくれと言おうとしたのでしょう。
で、」
「色々あって爆発に至ったってこと?」
アルケミスト、禿頭眉なしの男が爆破してきたという話をしておりますから結論はそうなりますわね。
「卿のことは聞いていましたからアルケミストが尖った方が多いのかしらとは思っていましたけれど、よもや自分の仕事場も同然のところで爆発騒ぎを起こすほどとは思わなくて」
「アルケミストがってわけでもない気もするけど」
と言うもやはりパラクタ卿のことがあるので、冒険者は荒々しい人が多いかも、くらいのイメージでアルケミストは……と頷いてしまうところがあるようですわね。
「アルケミストギルドに聞くのが早いんだろうけど、聞けないよねえ……」
「流石に、ですわねえ」
「わかった。それじゃそれとなく調べておくね」
「話が早くて助かりますわ。……でも」
「わかってるよ。危険水域に至る前には足は引っ込めるからさ」
「話が早いですけれど」
「えへへ……バレたか。実はお願いがあってね」
彼女のお願いというのは不人気の依頼があるので報酬のオマケとしてダンジョンの入場許可を一つ付けたいのだという。
それについては特に問題も感じないので了解しましたわ。
「それじゃ、くれぐれもよろしくお願いしますわね。特に安全の方」
「わかったよ。ライヒも気をつけてよね。ただでさえ目立つ身なりしてるんだから」
「急に爆発に巻き込まれないように気をつけますわ」
✘✘✘
そのまま帰るのもどうにも勿体ない気がしますわ。
……というのも、勿論ありますけれど、頑張ってくれた二人にご褒美があげたくて何がいいかと考えて、
結論として、
「ポール、おられるかしら~」
本屋に立ち寄ることに。
「お、ライヒさんじゃ~ん! その二人は?」
「わたくしの仲間、といったところですわ」
「へえ、美男美女連れちゃって、憎いねえ! ノエルといい、面食いかあ~?」
「彼も美形ですわよねえ」
「へへへ、だよなあ?」
「って、別に彼に他意はありませんわよ」
「あっはは、悪い悪い。
ノエルの野郎に彼女でもできればふわふわした感じもなくなるかなあって思っちまってさあ」
「ノエル?」「誰ですか?」
普通に質問をしている二人ですけれど、やや目が怖いですわ。警戒していますわねえ。
「なんか呼ばれた……?」
と二人の更に後ろからぬるりと現れる黒髪黒瞳の青年。
「うおっ」「わあっ」
「……ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」
二人に謝るノエル。
そして二人も驚いたことに謝罪し、
「ノエル。お久しぶりですわね」
と呼べば、彼がノエルかと失礼に当たらない程度に見に回るアルシュカとリオ。
「ライヒも。で、何の話してたんだ?」
「あー、いや、ライヒとノエルは仲良いのかって話をさ」
ポールの言葉に、
「本を借りたから、恩義は感じてるけど。……それくらいの関係だよね」
「そうですわね」
「あー。でも、そうだな。恩義を感じているんだから何かで返したい気持ちはあるのは、うん」
自分の感情と話し合うように。
確かにふわふわしている印象はノエルにありますわね。自我が希薄に見えるというか。
「ライヒ、これ」
ポケットから取り出した本。
「面白かったよ。旅行記に興味があれば読んでみて」
「旅行記、いいですわね。ではこれで貸し借りは」
と言いかけたところでリオがずいと、
「ノエルさん、お初にお目にかかります。私はリオ。ライヒ様の──妹分です」
「ああ。よろしくね」
「よろしければ他のおすすめがあればライヒ様に教えていただけませんか?」
「いいけど、ライヒは時間あるの?」
「ええ。今日は売るほど余ってますわよ」
と、ここでポールはリオとアルシュカが欲しい本をチョイスする作業を。
わたくしはノエルと本探しを。
「どんなの探してる?」
「んー。最近、野草に興味があるんですわよねえ」
「野草……?」
「ゼニになりますから」
「……お金に困ってるの?」
「困っているというか、まあ、お金は幾らあっても困らないでしょう?」
ノエルはどうやらリオが妹分であればアルシュカが弟分。
二人を食べさせるために大変なのかと合点したらしく。
「食べられる野草について書いてた、野に生きる学者の日記があったはず。
この前ここに置いていったから。……っと、あった。これとかどう?」
「ノエルはこれを読んでどうでしたの?」
「楽しかったよ」
「それじゃ、これにしますわね」
「ああ。楽しんでくれたら嬉しいよ」
表情が動くことが稀な青年であるのは理解していますが、それでもこうして話していると感情の機微は少しずつ見えるような気もします。
今は、多分本の感想を聞かれたことも、それを理由に読む決断をしたこともかすかに喜んだようにも見えましたわね。
ともかく、結局結構な本を仕入れて帰ることに。
リオは何かしらの学術的なものと、詩集を。
アルシュカは以前購入した時代小説の続きを複数巻。
あの場で守ってくれたことが嬉しいかったんですのよと伝えて、それらをお礼として購入。
それにノエルが選んでくださった本と、料理関係のレシピ本も幾つか。
「お買い上げありがとうございまっす!」
「それじゃ、また寄りますわね。ノエルもまた会えたら」
「ああ」
「ライヒが来店してくれたときにはコイツも呼ぶぜ!」
「なんでそこまで──」
「またのお越しを!」
ノエルが何か言おうとしたのを上書きするような声のポール。
ううーん。ノエルのお顔はイケてるとは思いますけれど、彼は人間にそれほど興味があるとは思えないんですのよねえ。
……そういえば、何をなさってるのかしら。ノエルって。
また今度会えたら聞いてみましょう。
その点で言えばわたくしは多くの人間に興味アリアリですし、厚顔無恥に聞いちゃうタイプですわよ。それで満たされるものがありますもの。無茶と強引は令嬢の特権ですわ~!! ホーッホッホ!!
✘✘✘
帰宅後。
ライヒがいないときのこと。
「なあ、リオ。本屋でさ」
「アルくん、もしかしてノエルさんに」
「嫉妬はしてないからな。って、やっぱりそういうことか」
「まあ、ね。ライヒ様って……素敵だよね?」
「そりゃあ、美人で強くて、面倒見もよくって、主としちゃ最高だよ」
「女の人としては?」
「主君をそういう目で見るのはよくないだろ、普通に」
「だね、ごめん。でもさ、ライヒ様にだってそういう相手がいたっていいかなって」
アルシュカはリオが言いたいことはわかる。
そしてそれができるのは自分たちの役目ではないことも、察してはいる。
そもそもアルシュカにはまだ色恋沙汰の良さというものは理解できていないところもある。
だが、それはそれとして理解していることもあった。
「好きな相手がいりゃ、それが帰る場所になる。帰る場所があれば」
二人も思うところがある。
彼女と一緒にいてというところだけではない。休みの日に聞こえてくる彼女の過去の武勇伝や、アドルイン以外で行ったであろう戦いの話──白灰の戦いと呼ばれるものの話など。
その多くが自分の命を軽視しての英雄譚。
おもしろおかしく脚色しているところはあるだろう。
それでも命の軽視が何度も垣間見えてしまえば、その点においては事実なのだろうと思えてしまう。
「……うん。その場所が命のあるなしを分けるかもしれないから」
「だよな。でもなあ……」
「なに?」
「あのノエルって奴も、ライヒ様もさあ」
二人は並べば絵になる。それだけの美形ではあった。
だが、どうにも
「二人とも色恋って感じじゃあ……」「ないんだよねえ……」
どうしたものかと二人は顔を見合わせてため息を小さく漏らした。




