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没落令嬢vs金策  作者: yononaka


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天翼騎士vs学習意欲

 リオリヤ。

 天使種(エゼル)。奴隷に堕とされていた身をライヒによって救われた。

 そこに至るまでには数多の失意と絶望があったが、彼女はそれを誰かに言うことはない。

 そんな話をしたところで大抵は憐れまれて終わる。それは面白い話ではない。

 この領地で生活するだけで楽しいと言うのに、どうしてあえて面白くもない話をする必要があるのかと彼女は考える。


 ライヒが秘密の依頼で領地を離れるにあたって、彼女は留守を預かる際に幾つかのお願いを聞いてもらっていた。

 そのお願いとは冒険者をはじめとしたこの領地に来た人間たちに、ダンジョン周りの施設の使用料金を本来の形ではなく、学問や経験を多く持つものであればそれらで返すことを許容するというものだった。


 残念ながらオルドホルムは田舎である。辺境だ。そこにドを付けたってお似合いなほど。

 物語であれば、帝都などで身分を剥奪された逸脱した才能を持つ学者や賢者が流れ着きそうな場所ではあるかもしれないが、残念ながらジャガイモしかないようなこの土地にそうした人物が来ることはなかった。


 リオリヤ──リオは飢えていた。

 食欲によってではないが、欲という点では似ている。

 彼女が飢えていたのは知識欲であった。それも実践的なもの。


 ダンジョンによって栄えつつあるオルドホルム。

 今はまだギリギリで経営はできているが、明日はわからない。明後日はもっとわからない。

 少なくとも来場者というのか、ここに来るものたちの数は日々右肩上がりに増えていた。


 彼女はより効率的な算術、思考法、整頓術、人員差配の経験を欲していた。

 欲するのがそうしたことが行える人員ではないのはリオの才能による部分が大きい。

 彼女の脳はまだまだ余裕があった。


 それは彼女がエゼルという種に由来するところも大きいだろう。


 天使と呼ばれるからには遣わせてくる『天』があった。


 それは自らを『天』と自称していたアルケミストであり、決して神ではなかった。

 ただ、神代に片足を突っ込んでいた頃のいにしえの話であり、神ではないが、今様の人間とは隔絶した技術を持っている存在と言えた。


 そのアルケミストによって生み出された『それら(エゼル)』は彼を支え、繁栄させた。しかし、命あるものはいつか終わりを迎える。


 アンデッドなどの永世者になろうとも、そうなれば次はその存在を狩るためのものが動く。富を求めて敵が増える。ともかく、彼は死んだ。

 役目を終えた天使たちは解き放たれ、地上に去った。


 もとよりエゼルはその天を支えるために作り出されているだけあって、数世代、数十世代を連ねようとも基本的な性能が劣化することはなかった。


 人為的ゆえの、脳の機能の優秀さ。それゆえにエゼルは狩られることも多く、奴隷であれ鑑賞用であれ、数を減らしていった歴史がある。今もそれは続いている。


 リオは幸運にも助けられ、更には自らの才能を頼られ、伸ばすことも許容されていた。

 だからこそ、(かつ)えを以て貪欲に成長している。


 食い詰め者の冒険者たちから話は伝わり、数名の学者たちが流れてきた。


「ここで教育をすれば衣食住を約束してくれるなどという噂話を聞いたのだが」


 誰も彼もが大体同じことを言う。

 噂話を信じねばならないほど困窮しているのだ。


 これはその一幕である。



 ✘✘✘



「君の教師をすれば、衣食住は約束してくれるのかね」


 面接に来たその人物は老齢の学者であった。

 リオは約束に対して端的に「はい」と頷く。


「ここの領主はエゼルなのかな、それとも君がその継嗣(あとつぎ)なのかい」

「いえ、領主様は別におられます。私はその方に全てを尽くして恩義に報いたく、学問を求めています」


 学者たちは──少なくとも彼は噂話を聞いてきているが、大抵のものはここがダンジョンによって栄えているという情報までは得ていない。現在はまだ冒険者を中心にして回っているだけに過ぎないからだ。

 彼のような知識層にはまだ届いていない。


「名乗り遅れてごめんなさい。

 私はリオリヤ。ライヒ・グレイトキャピタル様に仕える騎士です」

「こちらも失礼を。ベイシン国立大学で教授をしていた──」


 と手短な挨拶。互いに一礼程度。それからリオは言葉を再開する。


「何を教えてくださいますか?」

「算術、思考、歴史、それぞれの経歴としては──」


 老学者の経歴はなかなかに華やかなものだった。

 リオが街に出たときに得た書物の中に彼の著作もあるほどに。


「失礼ながら、真贋を判断するための試験をさせていただいてもよろしいですか?」

「無論だとも」


 そうして老学者が本物かどうかの試験をさせてもらい、本人か、あるいはそれに比肩する人物であることはわかった。


「では、お部屋とお食事、お湯に関しましてはお沸かししたものをお持ちしますね」

「……すまない。助かる」


 国を去ってから向こう、ろくに休めもせず、食事とてぎりぎりのものばかり。リオリヤの言葉に噂話が真実であったことに驚きつつも安堵し、老学者もひとまずの休息と安息を得た。



 ✘✘✘



 翌日。リオの教育を早速始めたが、


(──これほど優秀な生徒、大学でも片手で数えられるほどしかおるまい。まして、我が研究室では。……いや、ないものを思い出す意味もない)


 老学者は実際に本物であった。

 そして、彼が大学を去り、困窮するまでの道のりはそれなりの長さがある。

 彼が硬骨の士であり、ベイシンと大学を思っての抗議がむしろ貴族たちの反感を買って全てを失った。


 その際に手を貸してくれるはずの研究室の弟子や仲間たちは全員が彼を見捨てた。

 当時は悲しさと虚しさで心が張り裂けそうではあったが、彼も意固地にはならずに自分を顧みて、頑固すぎたことを反省していた。


 もっとも、反省したから身分や名誉、それに生活のために必要な銭が戻ってくるわけでも、送られてくるわけでもない。

 そうして困窮に困窮を重ね、貧すれば鈍すというか、噂話を信じてこのド辺境へと足を運ぶことになる。


「君の望みは、なんだね」


 休憩中に老学者が尋ねる。

 学者の多くは知的好奇心を満たすために学問を修める。少なくともベイシン国立大学の学者たちの大半はそうであった。


「私は、この地を栄えさせたいのです」

「それは立身出世のためかな」

「いいえ。ここが栄えたら……ライヒ様──領主様が喜ぶから、です」


 言わされているわけでもないし、洗脳教育のたぐいというわけでもないのだろう。

 もっとも、老学者は人に裏切られた身分であるから、そうであろうとは思いつつも自分を信じきれているわけでもない。


 だが、それでも老境に至るまでに数度は恋をしていたし、愛というものも実感として知っている。だから、きっと彼女が持っているものは愛そのものなのだろう。

 そう結論付けた。


「発展し、喜び、それから先は?」

「目標はありますから、それまでは頑張りたいです」


 流石にリオも多大な納税が待っているから、などとは言えない。

 対外的に安定した収入がある領地だと思ってもらえていたほうが来る人間の多くは安心するだろうから。


「でも、そのあとは……」


 リオも考えないではない。

 領地が栄えて、安定して、税を納めたあとは?

 彼女は再び冒険者に戻るのだろうか。

 それとも貴族としてやっていくのか。


 それはリオにはわからないことだった。

 だからこそ、


「わからないんです。だから、そのあとを迎えるために、今できることをしたい。そう思っています」


 老学者にとって十分な答えだった。


 老いていけば未来というものはどんどんと消えていく。後進にいかにして遺すかということが主軸になっていく。

 未来を夢見ている少女に、老いたる学者ができることはそう多くはない。


「そうか。いや、すまない。雑談をしてしまったね。

 では、授業を再開しよう」


 リオリヤが仕事を終えて、寝るまでの数時間。

 限られた時間での授業。深く確かな授業にせねばなるまい。



 ✘✘✘



 ライヒ不在の期間は二週間もないのだが、成長中の土地というのは一日一日が果てしなく感じるほどの多忙さと多彩さに溢れている。


 老学者は元々、リオの就寝までの三時間ほどの教育をする約束、それも週に三度か四度ほどとされていた。


 つまり、それ以外のときは暇を持て余している。

 学問の追求をするような設備も資料もない。勿論、日々の食事と寝床がある以上に重要なことは、ここに来る前までは存在していなかったとしても、暇とは一種の毒である。


「おああ、学者先生! すんませんだ、け、計算手伝ってくんなしい!」

「む、あ、ああ。わかった。……ああ。足りている。釣りは……うむ」


 盛況な食堂では冒険者の後払い式以外にも現金で支払いたいものもおり、元々の領民は数字に弱くその度に困っていた。

 リオリヤが老学者の自慢をそこかしこでするものだから、領民たちは彼を見ると計算の手伝いを頼んでいた。


 生来、面倒見のいい彼はついつい、


「ああ、リオが自慢してた学者先生!」

「領主付きの騎士に自慢されるとは、それほどの人間ではないのだがのう」

「ねねね、これさ、今手持ちなんだけど、どこまで買えるかな?」


 冒険者の少女に食堂のメニューを見せられる。


「ふむ……?」

「これとこれと、これが食べたいんだ!」

「足りんのう」

「だよねえ……」

「だが、これと、これを……このセットに組み合わせれば安く済む。それにハーフサイズのこれを追加すれば予算内に収まるが、どうかね」

「わ! すっごい! 学者先生ありがと!!」


 などと注文の提案までしてしまい、これが元で今度は食堂のメニュー改革までさせられることに。


 それ以外のことでも、


「学者先生、その先日の件なのですが」

「ああ。あれか。見つかったのかね」

「これ、ですだか?」


 持ってきたのは野草。蕪のような見た目で、水分の含有量の多いもの。

『旅人の水筒』などと呼ばれる根菜だった。


「これを、オルドホルムの名産であるジャガイモを使うとな……」


 知識を着飾るのではない。

 彼が今まで身につけてきたそうした知識が、生活や発展に直接的に影響を与える『活きる学問』として扱えることが喜びになっていた。


「で、数時間経って混ぜ合わせると、こうしたちょっとした甘味ができあがるのだよ」

「すごいですだ! これ、メニューに加えても?」

「ちゃんとリオリヤと相談してからにするのだぞ。この野草が貴重なものであったら大変なことになるやもしれんからのう」

「はいですだ!」



 ✘✘✘



「ごめんなさい。まさかあんなに手伝わせてしまっているなんて」

「いや、趣味の範疇だ。それに今は授業の時間であろう。限られているのだから雑談は明日にとっておこう」

「はい、……ありがとうございます。先生」


 こうして学問の時間が流れていく。

 老学者はなし崩し的にオルドホルムの領民になっていた。


 元々、これほどの辺境ともなればどこかの都市で身分を剥奪された、逸脱した才能を持つ学者や賢者が流れ着きそうな場所ではあるかもしれない。

 だが、実際にはジャガイモしかないようなこの土地に、そうした人物が来ることはなかった。


 だが、今、少しずつ領地には人材が流れ着いていた。ダンジョンだけではない。ライヒが助けたリオリヤやアルシュカを中心として人々の運命を寄せていく魅力を備えつつあった。

 これはそうした中の、一部分に過ぎない。

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