再誕騎士vs理想路
ヒョルド討伐から数日、ようやく日常に慣れてきて、疲れも少しずつ抜けてきた頃。
「ライヒ様。話があるんだけど……いや、あるのですが」
「どこかで騎士らしい口調をしろとでも言われたんですの、アルシュカ。冒険者仲間だと思って喋りなさいな。なんだかよそよそしくて悲しくなるでしょう」
「そんじゃ、ライヒ様。その。相談があるんだけどさ」
なにやらモジモジしているアルシュカ。下手な感想を出そうものなら信頼を失いそうなので、
「仰ってごらんなさい、あなたの主はそれなりに寛容ですわよ?」
と大物ぶって余裕を作っておくべきですわね。ホホホ。
「それじゃあ、ちょっと会ってもらいたい人がいて」
「この辺りにいらっしゃるのかしら」
「うん、休憩所にいてもらってる」
「そう。それじゃ、エスコートなさいな」
腕を出すようにして。
少し考えるようにしてから、彼も騎士としてあれこれとリオと学んでいることは存じ上げていますから、ええ。
彼もしっかりと紳士として私の腕を絡めるようにしてエスコートしてくださいます。
役得って奴ですわよ。ホーッホッホ。
✘✘✘
先に入って話をしてくる、とアルシュカ。
わたくしは休憩所の中の個室、そこの前で待機ですわよ。
「入るぜ、騎士さん」
「ん、ああ。アル坊か」
「坊って、……いや、ライヒ様をお連れしたよ」
「え、あっ」
と言った辺りで入って良さそうな雰囲気もあるのでわたくしもお邪魔することに。
そこには包帯を巻いたままの男性が傅いております。
ふむ。リオと一緒にあれこれと学んでいたのかと思っておりましたけど、それ以外のところでも騎士ぶりを学ぶ場所と相手がいたのですわね。世界を拡げておりますわねえ。
っと、わたくしもしっかりと貴族式に礼を取りますわ。
「ライヒ・グレイトキャピタル。このオルドホルムの主。
見事な騎士ぶり。その方の名を伺いたくあります」
「名は、どうかご容赦を。主を失い、死に場所を失った哀れな男であるとだけ記憶していただければ」
これに関しては、実際にあるテンプレ対応の一つ。
実際に主を守れなかった騎士の末路は悲惨なことが多いですから、こういう回答を事前に用意しておいてどこかに落ち延びることを許されているのが最近の戦乱的トレンドって奴ですわ。
「であれば、主の名を」
「は。ヴァルカイン超帝国、練成卿パラクタ・パシウス閣下であります」
パラクタ。パラクタ……。なにか引っかかるような。
なんだったか。妙な噂があったような。
あっ、という表情が浮かび、いやいや、礼を取る最中に失礼ですわね、と耐える。
「どうか、私のことはパラクタの騎士と」
ここで家名であるパシウスの騎士ではなく個人を示すパラクタを扱うのは、その家が取り潰されているか、何らかの不名誉があったかのケースが多い。
そしてそれはここで深入りしていい問題でもないでしょう。
「では、パラクタの騎士と呼ぶ」
「感謝します、領主閣下」
一息漏らしてから、
「さ、これくらいでいいでしょう。楽になさってくださいまし。領主だとかよりも没落令嬢と冒険者やっている期間のほうが長いから、貴族式ってのは正直シンドいですわ」
苦笑を浮かべたパラクタの騎士。
「ははは。アル坊の言う通りの方だな」
「それよりも、パシウス卿って、超帝国の変人、パラクタ・パシウスのことですの?」
「ええ。その通りです」
変人などと失礼かもしれないが、実際、奇行が目立つ人物だったらしい。
今も酒場に行けば彼の奇行を歌にして飯の種にしている吟遊詩人を一人くらい捕まえることもできるくらいに、ですわ。
正直、羨ましい。
変人一本で歌に残れるとか相当ですわよ。
ただ、知っている限り、パシウス卿の帝都での生活、その終盤は散々だったと。
超帝国で何かの研究をしていながらもそれが政治的な問題からか潰されて、帝都に居場所がなくなったかでアドルインに流れてきた……とか。
わたくしがちょうど不在の間のことでしたわね。つまり、数年前のことですわよ。
「ご存知のとおりです。自分を含めて、数名は付いていったのですが」
「その様子だと」
「何かの事件に巻き込まれ、パラクタ閣下は命を落としました。自分はその事件を数年間追っていたのですが」
「その傷からすると」
「ええ。街道で。
事件を明るみに出されたくないものたちからの襲撃でしょう。アルぼ……騎士アルシュカによって助け出された次第です」
「そう」
よくやったわ、と褒めて差し上げたいところですが、それはまた後ですわね。
「それで、アルシュカがわたくしに求めることはなんですの?」
「おっさん、あれいいか」
そう言われ、騎士が立てかけられていたもの──鞘に納められた剣を取り出す。
「これはパラクタ閣下の最後の作品です。自分に何かあると察していたのかもしれません。
自分に剣を預け、行方知らずになり──」
そして、どこかで死体として見つかった。そういうことでしょうね。
「自分はもう騎士として、いえ、武人としてやっていくことのできない身です。生きるだけであれば故郷に戻れば職にもありつけます。
ですが──」
アルシュカがわたくしを見てくる。
彼は騎士を自分と重ねているのかもしれませんわね。自分が彼の立場になったら、どうしようと。
「わたくしができることは限られていますわ」
「はい、存じております。ですので、この剣は調査の足しに」
「できませんわね。それは」
「……はい」
だが、それでも差し出されたままの剣。悔恨がいまだ騎士の中で根を張っているのでしょう。悔しさで手が震えているのが見えますわ。
わたくしができることはさして多くはありませんわ。
まずはこの剣を頂いて。
「わたくしができることは、この剣でパラクタ卿の仇をぶち取ること。それだけですわ。
それでもよろしくて?」
「な……」
何を言っているんだ、と言いたげになる。
そりゃそうですわね。
他人の喧嘩に踏み込みますと言っているようなものですし、相手は真っ当な連中じゃないことくらいはいくらわたくしでもわかりますわ。
騎士を街道で不意打ちしてボッコボコにする連中ですものね。
「ここにパラクタの騎士の代理として剣を受け取る。
我が家名に大いなる瑕疵が残るような相手ではない限り、ここでの誓いは果たすことを約束する」
剣を抜く。
宝石を研ぎ出したような刀身。それを自らの顔の前に立てるように。
騎士が誓うための礼儀作法。
「……は、はい。どうか……」
騎士は嗚咽をこらえきれずに、涙声で、
「変人で、敵は多く、会話は通じにくく、突拍子もない方でしたが……それでも我らを大切に扱ってくださった素晴らしい主君でした。
どうか──どうか我らに名誉の復仇を」
「この剣にかけて」
こうして、約束は交わされましたわ。
✘✘✘
パラクタの騎士はここを去りましたわ。
多少なりと路銀と、薬、それと役に立つかはわかりませんが身の上を示すためのわたくしの手形を持たせて。
屋敷に戻って来るとアルシュカが、
「その、よかったのか?」
「なにがですの」
「約束してさ……」
まさか斬った張ったになるようなことをわたくしが約束するとまでは思っていなかったんでしょうね。
あの騎士と同じで、調査の手伝いか口利きか、あるいは冒険者への依頼とか、その程度だと。
「アルシュカ、よくお聞きなさい」
「ああ──いや、はい。ライヒ様」
雰囲気の違いに、アルシュカも応えてくださいます。
自分のことながら少し演技っぽすぎるかしら。
……いいえ。騎士だ主君だなんて、それくらい役に酔わなければ。とてもじゃありませんけれど、シラフでやれませんもの。
「わたくしは没落令嬢。ついでにド辺境の金無し領主。けれど、それでも誇りはありますのよ。それに、夢も」
「夢?」
「自分の傍にいる少年少女は今はまだ見習いでも、いつかは大成して、子どもたちの寝物語になるような立派な騎士になってもらうために──」
椅子から立ち上がる。
いつかは抜かされるかもしれない背丈ですけれど、今ならまだ上から見ることもできます。
「わたくしはあなたに見せねばなりません。
その誇りを、名誉を、誓いを、それらを果たす姿を。
あなたたちが爵位としての騎士ではなく、人々が歌い繋ぐ騎士になってもらうために、我が理想とする騎士の一歩目を、自らの背で示さねばならないのです」
ですから、とそのまま言葉を紡ぐ。
「我が騎士アルシュカ。わたくしをよく見ていなさい。
いつかわたくしよりも先に進み、理想の騎士となるその日まで」




