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没落令嬢vs金策  作者: yononaka


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30/62

没落令嬢vs虎穴

 今までも何度か冒険者が拐われたりするケースはあった。


 被害者の情報からわかることは幾つかある。

 その力を削ぐために何かしらの仕事をさせて疲弊させる。

 それまでは敵対しない。うまく利用して、拐うのはそれからだという。


 効率化されたやり口というのは一度できあがれば直すのにはそれなりに時間が掛かる。

 慣れを捨てるというのは難しいのだ。

 つまり、拐われてすぐに殺されている可能性は低い。


 いいように攫われてしまった冒険者未満三人組も簡単であれ何らかの仕事はさせられているだろう。


 たとえ大いなる未熟者であっても犯行側は相手の力の全てを知っているわけではないからこそ、効率化された手順に従う。

 解決は急ぐべきではあるが、悲観するほど時間がないわけでもない。


 やるべきことを定めたライヒに、


「オレも行く」「私も、付いていかせてください」


 当然だが、アルシュカとリオが同行を希望する。

 だが、ライヒは徹底的に断っていた。

 理由は幾つかあるが、大きいのは、


「休みでもないのにここを責任者不在にするわけには参りませんわよ」


 ということ。

 こればかりは直接的ではないにしろ、稼ぎがなくなることはそのままライヒの命を縮めることになりかねない。


「アルシュカは多少知っているかもしれませんが、それでも相当にひどい現場になる可能性もある場所に連れて行くにはまだ不安がある」


 そして、正直に伝えた。


 騎士二人の実力は上がってきている。

 だが、何でもありの殺し合いともなれば絶対の生還を条件にすることができるほどのものにはなっていない。


 ようやく回り始めたオルドホルムとダンジョンの経営計画。ここで中核となっている二人になにかあっては困るのだ。


 彼女は着替えをしながらそれを伝えている。

 三度目でようやく二人は折れた。


 彼女の黄金の髪は黒髪になっていた。いつぞやダンジョンで手に入れた毛染め薬の力だった。

 服装は傭兵風に。冒険者風ではないのは傭兵としての仕事を失って次の仕事を探しているように見せかけるため。

 片腕を服の内側に隠せるよう細工しているのは敗残兵であると見せかけるため。金がない理由は戦えなくなったからと一目でわかる細工だった。


「ちゃんと帰ってきますから、二人はオルドホルムをお願いしますわよ」

「……わかった」「……わかりました」


 なんと言っても最後には聞き分けてくれる。

 そして、この土地も守ってくれるだろうことは間違いない。

 何があったとしても、フィニーもいる。無駄に気負う必要はないと緊張を殺しながらライヒは出発した。


 目指すのは宿。

 アドルインとエスカイアが集めた情報で得た、不審者出没が知られている宿を目指す。



 ✘✘✘



 全力疾走で宿駅の、目星を付けている宿に。


 声を掛けられていたのは宿に置かれている休憩スペース。元は食事や酒などを出していた場所らしいが、経費節約のために椅子と机だけが残ることになったらしい。


 夜中になるとここも宿代わりにするのだという。壁を背にできたり、やや静かそうな場所は既に陣取っているものがいる。


 ライヒはやや目立つところでさもしい食事をして張り込むことにした。

 引っかからないようなら、ここからは足を稼いで聞き込みをしつつ他の情報を待ちつつ同じように自分を餌にした釣り糸に何者かが引っかかるのを待つ生活になる。


(一番早いのはどこに連れ去られたかの情報を得られることなのですけれど)


 わかれば乗り込んで解放すればいい。雑思考らしい考えがそこにあった。

 だが、わからない以上はそれもできない。

 ではどうするか。


 シンプルなことだ。

 知っている人間を探せばいい。


「よう、姉ちゃん。傭兵かい」


 声を掛けてきたのはナンパか、それとも目当ての相手か。

 髪を黒くし、服装もいつもと違うとはいえ、その美貌自体が変わるわけでもない。お嬢様らしさが抜け、よりワイルドな風貌になっている現在のライヒの姿を好む殿方も少なくはないだろう。


「見ての通りだ」


 左腕がないように見せる。


「おっと。戦いのリザルトって奴かい」

「片腕がない程度でごちゃごちゃとな。結局仕事を募集するためにこンな辺境までくるはめになった」


 口調もいつものライヒらしさを消している。

 そういう小細工はむしろ得意であった。


 とはいえ、何もないところからひねり出すのは彼女にとっても難しく、今の彼女はかつて自分を鍛え上げてくれた師匠のそれを真似ていた。


「で、わざわざ話しかけてきて、なんの用だ?」

「ナンパじゃだめかね」

「冗談だろ。金の話以外に興味ねェな」

「だから、それさ」


 声を掛けてきたのは冒険者風の中年。風貌は事前に得ていた情報通り。

 声掛け役。拐う前段階にある男。確実ではないからこそギルド側も手を打てていなかった相手。


 それが、よもやここまであっさりと釣れるとは思っていなかった。


 ライヒたちが知るよしもないが、この男も男で切羽詰まっていた。

 人間を一人連れてくることで幾らの仕事をしている。非合法であるからこそ支払いは悪くない。


 それでもギャンブルで身持ちを崩しており、その負けを取り返すために賭けて更に負ける悪循環のただ中に居続けている。そして、抜けるつもりも、抜けられるほどの勝ちも得たことがない。

 借金返済まで時間が幾ばくもない。


「金の話だよ。互いにとって金の話が一番面白いと思わないか?」

「そりゃあ、同意するしかねえが、お前が金を持っているようにゃ見えねえよ」

「俺はな。けど、あるところにはあるんだ。お前を雇いたそうにしている相手を知っている。

 そんで俺にも金が入る。お前は雇い口を見つける。最高だろ?」


(ド怪しいですわあ。そんなことしないでも戦傷兵でもなんでもギルドがカバーする範囲ですもの。

 まあ、その辺りの保証なんかはギルドに在籍して実際にそういう身の上にでもならないとなかなか知られたりしない分野の情報なのかもしれませんわねえ)


 誘い方も適当だと呆れつつも、この程度の相手なら騙しやすそうだと。


「他にどんな人間を誘ったんだ。こんな体の奴に声を掛けてるんだ。

 どうせ他に仲介したのも業界を知らン新参者とかなんじゃないのか?」

(……なーんて、ちょっとド直球過ぎたかもしれませんわね。疑われたらボッコボコにして聞き出せばいいとは言え)


「ハハッ。鋭いな。まさしくだよ。

 でもそういう相手だからこそ仕事を受けてくれるってわけだ。で、アンタははどうするよ」


(想像以上に軽いですわね。口も頭も。けど、寄せられた船に乗らないのは恥ってもんですわ)

「いいだろう。雇い主のところまで案内してくれ」


 そういって二人が去って行く。

 周りの人間が「またか」といった表情をしていたのをライヒは見逃さなかった。存外、一発目で狙っていた相手を引けたのではないかと心の中でほくそ笑む。


(釣りバカぢからを発揮するまでもないのはちょっと残念でしたけれど)


 釣りバカぢから、つまりは手練手管で目標を制御する力。

 案外彼女は小賢しいことが好きだった。



 ✘✘✘



 その後は大したことはない。身体検査をされ、大きめの馬車に乗せられ出発。

 出入り口は屈強な男が武器を持ったまま出入り口を塞ぐ。

 馬車の中には少年二人と少女一人。それに今のライヒと同じような身の上なのであろう男が一人。


「ごめんね、……ごめんね二人とも」


 少女が泣いている。手傷程度ではあるが、傷は負っているには負っていた。

 だが痛みではない部分で泣いていた。


 ライヒはすぐにこの少年少女が探している相手であることがわかる。

 冒険の失敗、責任を感じるリーダー格。よくある構図で、似たようなことをライヒも経験している。


 慰めようとする少年たちも覇気がない。なんとか言葉を絞りだそうとして、絞り出せない。

 見張り役らしい男は見て見ぬ振り。


「ガキのくせに元気がねェな。どうした?」


 ライヒが声を掛ける。演技はいかついものだが、ここでいつものライヒに戻るわけにもいかない。

 続けてこそ自分が何物でもないことを示し続けねばならない。


「私が、失敗して」

「違うんだ。俺たち、数日ご飯食べてなくて、それでつい元気が出なくって」

「リーダーもそれで弱っちゃって。悪いのは、僕たち、なのに、ぐすっ」


 ちらりと見張り役を見るライヒ。何かないのかと。馬鹿にした笑いを浮かべて視線を外された。

 もう一人の男も何かしてやりたそうだが何も持っている様子はない。

 ライヒは懐を漁る。出る前にリオが焼いたジャガイモパンがあった。三人分はないが、分け合える程度の量。


「これ食え。ちっと足りねえだろうがよ」


 腰嚢から出されたパンと水筒。

 あなたはどうするのかという視線を向ける三人。


(ここでもがっつかずにわたくしの心配なんて、善人ですわね。

 ……だから、騙されてしまったのでしょうけれど)

「ガキがいっちょまえに気にすンな。食え。食え」


 それを聞いて三人がきっちりと分けて食べ始め、やがて嗚咽を漏らしていく。

 三人がそれぞれを抱き合うようにして、何とか心をつなぎ止めていた。


 バカバカしい、と護衛が鼻で笑った。


「偽善者がよ」


 彼が呟いたのをライヒは聞き逃さなかった。

 そして、〝ビキィ〟と怒りが血管を通る音が自らのうちから聞こえた。



 ✘✘✘



 それから結構な時間、馬車に揺られた。

 景色からするとオルドホルムとアドルインをそれぞれに南に行って中間で結んだあたりだと予想は付くが獣道や隠された道などを通って来たようで確証まではない。風景からの類推であればこそそれなりの確度であろうが、とライヒは予測しながら。


 体中が痛かったが、到着するなりすぐに外から、


「並べえぇッ!!」


 怒号が響く。見張りをやっていた男がすぐに降りて、

「速く動きやがれ!!」

 とキレ散らかしていた。


 並べば並べばで、垢まみれの汚らしい男が酒瓶を片手に再び怒鳴ってくる。


「ここがお前らの終の棲処になる!! 死ぬまでダンジョンに潜り、稼いで来いッ!!」


 その言葉に馬車にいた男が反論した。


「な、は、話が違うじゃないか!

 ここはライヒ様って人が作ったダンジョンで、誰にでも優しいんだと!!」

「はあ~? 俺は金稼ぎができるダンジョンとしか言ってねえよ、バーッカ!!

 勝手に勘違いしてるほうが悪ィんだよ!!

 いいか、よく聞け!!

 今日のところはそこで休んで、明日から適当に一党を組んで中に入れ!!

 どうせミソッカスのゴミどもには大して稼げやしないだろうけど、エサにされないように精々頑張るんだな、ギャハハッ!!」


 馬車の出入り口を塞ぐように座っていた男や、幾人かの同じような風体のものたちがライヒや駆け出しの少年少女、あるいは先ほど声を上げていた男を粗末なあばら屋に押し込む。

 寝具などあるわけもない。半ば腐った毛布のなれの果てが幾つか転がっているだけ。


「どうして……こんな……」


 絶望しはて、少女が座り込む。

 それを見た少年たちも涙をぽろぽろと流し始めた。


「あ、う……だ、大丈夫だ。に、逃げられるさ、うん」


 それを見て年かさが幾つも上の人間だから慰めるべきだろうと考えたのか、口答えしていた男が言葉足らずにも慰めようとする。

 気持ちを汲むことはできても、少年少女たちは泣き止むことができなかった。


 そのうちに、


「いつまで泣いてんだッ!! るっせえぞッ!!」


 外にいる例の男たちの怒号。

 そのうちまた彼らは自分たちの話に戻ったのか、時折下品な笑い声が聞こえてきた。


 ガキどもは逃げるなり使い物にならなくなるなりしたら俺らの慰みに使う、だとか、品性の欠片すら感じられない言葉の数々だった。


 それらは意図的に行われているものであることをライヒは察知していた。恐怖で縛り、逃げる選択肢すら奪う下準備であると。

 ただ、本心なくしてあれほどの笑いもできないであろうことも、察している。


 風が吹く度にあばら屋が揺れる。ガラガラ、ガタガタ。時折、〝ビキキッ〟とも鳴った。

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