没落令嬢vs拉致
「ライヒ様、フィニー様がお越しです。
できれば急ぎ会えないか、と……」
リオはライヒへと報告に上がっていた。
それを受けたライヒは午前のトレーニングを終えたばかりだったがすぐに身支度を整えると客間へ。
入ってきたライヒに対してフィニーは不安さが含まれた顔を覗かせる。
「なにがあったんですの?」
どうした、ではなく、なにがあった、と聞く辺りフィニーの人となりを理解しているライヒ。
大きな問題ではないのならば、事前に情報を纏めて渡してくるなどしてライヒ側に準備もさせる。
だが、今回はそうではない。急ぎで来た。
それが何かの状況がライヒにも差し迫っていることを示していたからこそ、ライヒはそう問う。
「冒険者が行方不明なの。正確には冒険者の卵、なんだけど」
「初心者ですらないってことですの?」
冒険者はなりますと言えばよほどの悪党などではない限り大抵は即時発行される認識票を渡されて冒険者になる。
ただ、中には急がずに事前の訓練などを希望して段階的に冒険者になることを希望するものもいる。
辺境都市であるアドルインではそうしたサービスは行っていないものの、アドルインから南東にそこそこ行ったところにある都市、エスカイア。
そこの冒険者ギルドの大きさもあり、そうした研修を行っている。
人員と資金に余裕があるからこそだった。
アドルインもこのエスカイアとは連携しており、冒険者に荷物を持たせて移動させるだとか、道中に危険な動物や魔物がいないかを確認しながらアドルインへ小旅行をするといった研修作業に協力している。
フィニーはそれらを説明すると、
「つまり、その研修中の子たちに何かあった……いえ、わたくしの領内で何かあったとか、そういうことですの?」
エスカイアからアドルインまではそれなりに大きな貿易路を使うことになる。
一息で行けないからこそ道中では幾つかの小さな村や宿を経由する。
ただ、どのルートもライヒの所領であるオルドホルムからは離れ過ぎていると言える。
当たらずとも遠からずのようで、イエスでもノーでもなく、フィニーは言葉を紡いだ。
「彼らが戻らないと聞いて、アドルイン・エスカイア両方から人を使って調べさせたら──」
✘✘✘
エスカイアとアドルインの中間地点にある宿駅。
そこにある宿、『寝床亭』は安いことでそこそこに有名だった。
代わりに宿側からのサービスは殆どない、いわゆる木賃宿があった。
大きく、清潔であり、多少のセキュリティこそあれど宿の中で客同士で何が話し合われても気にしない。
犯罪者にとって気楽に使える場所であるがゆえに同業者からは嫌われている。そんな宿があった。
とはいえ、そこが犯罪者にも使われているということ自体、知らないものもいる。安くてキレイなんて最高の条件じゃないか、と駆け出し未満の冒険者であれば深く掘り下げずに使う。
危険な噂など耳には入らないだろう。
そうして宿を利用することにした少年二人と少女一人がいた。
エスカイアの外れにある農村から出てきた彼らの実家はそれぞれが大家族であり、このままでは食べていけないからと家を離れて冒険者を志していた。
勤勉な性格もあって冒険者ギルドからの覚えもよく、研修もそれなりにやれている。
元が元であるからこそ体力はあっても戦闘に関する技術力がまるでないのは弱点ではあったが、冒険者なりたてで戦えるもののほうが少ないのだから、その点においてはマイナスでもなんでもない。
今回の研修を越えれば冒険者になり、研修を完了したものにはそれなりの特典も与えられる約束がされていた。
研修の内容は『荷物をアドルインに持っていくこと』。簡単なものだった。
ドッキリだとか仕込みなどがされているわけではない。
ただ、最後の研修なだけあって一切のサポートもない。
それでも三人は上手く進めていた。
宿では彼らに話しかけた冒険者がいる。
「それで一応、暫くは食っていけることになったってわけだ。ダンジョン様様だよ」
「ダンジョン踏破じゃなくて、エリアボスだけで半年も働かずに住むなんて、すごいですね!」
「だろう。だから冒険者はダンジョンを目指すのさ。
依頼をチマチマこなすなんてザコの思考だぜ?」
三人は一人の男の話に夢中になっていた。
男は冒険者で、位階は11程度と高くはないが、それでもそもそも位階を持たない彼らからすれば先輩だ。
それも世慣れた感じの中年であったからこそ無意識的に信じてしまった。
勤勉ではあったが、三人は世間を知らなさすぎたのだ。
勿論、彼が言うようなお宝があるダンジョンもあるにはある。
しかしそんなダンジョン、10前後の位階の冒険者がいけるわけもない。
そして稼ぎが大きく期待できるダンジョンに潜るにはそれ以上に自分への投資が必要になる。
ライヒが装備の更新で貧乏をする、と言っていたように、稼ぐということはそう単純ではない。
「それでな、オルドホルムってところにはダンジョンがあるんだが」
男が語るのは冒険者としての訓練に最適なダンジョンの話だった。
金にはなる。安全でもある。不安であれば助けも借りることができる。
そんな都合が良すぎる場所があるとも思えなかったが、どうにもこの中年冒険者の話はどれも事実として受け取れている。
そして、それは本当に事実であるからこそ疑いようがなくなっていった。
真実ではないことを一つあげるとするなら、この男はオルドホルムの領民ではなく、ましてライヒの部下でも、アドルインの冒険者ですらない。
「ただ、入るにはちょっと条件が必要なんだよ」
「どんな条件なんですか?」
「アドルインで色々と仕事を受けなきゃならないんだ。
けど三人はエスカイアの冒険者なんだよな」
それじゃあダンジョンには行けないんだ、と。
オルドホルムはアドルインと専属契約をしているから。男は語る。残念そうに。
……ちなみに実際にはそんなことはなく、どこの誰であろうと来ることはできる。アドルインではギルドの仕事を受けるものがいなくなることを危惧して整備しているが、
他の領地から来た場合はオルドホルムが仲介する形で依頼を受けてもらい、そこで仕事をこなして入場の権利を得る形が取られていた。
「そうなんですね」
「残念だなあ」
「いっそ一人前になったらアドルインに引っ越すとか?」
そんな会話がされているところで中年が言う。
「実はこれなんだが」
取り出したのはコイン。少し変わった柄のもの。
「これは?」
「入場許可の証だよ。どうかな、三人で俺と一緒にダンジョンに潜らないか?
実は一人で潜るには厳しくて仲間を探しているんだ。
入場できる期限の終わりも近くて、なりふり構っていられなくてね」
仕事をほっぽってダンジョンに向かうのは……と三人。
「忘れたのかい。
オルドホルムにも仲介の窓口があるんだ。そこで依頼の品を渡したら問題ない」
でたらめだ。
だが、既に三人は男を信じてしまっていた。
そのコインは確かにある事柄を祝って作られた記念品。特別といえば特別なものだが、オルドホルムになんの由縁もないものだ。
「それなら」
「うん」
「じゃあ、お願いしたいです!」
少女が嬉しそうに中年に笑顔を向ける。
少年たちも頷いて、同じように。
中年も笑顔で返す。
「ああ。よろしく頼むよ」
だが、その笑顔の真意はこうだ。
『バカな世間知らずのガキ三人が釣れた。顔も悪くない。金になるだろう』
✘✘✘
かのような情報を冒険者ギルドは手に入れていた。まだ新鮮な情報だ。
「怪しい中年冒険者と一緒に出て行ったんですの?」
「うん……」
「どう考えてもそれって」
「騙されて出て行ったよね。勿論、それだけで君のところに来たわけじゃない」
彼らが出て行く前に会話を聞いた人間がいた。
オルドホルムに行く。
許可の証はある。
そこまでは馬車で。
などだ。
また、馬車や御者などの特徴から、宿駅から出ている馬車のものではない。
他の目撃情報からも馬車は普通に停留所として使われているところではない場所であった。
そして、決定的なのは、
「案内した男ね。その男、ドラルディン・ファミリーの人間らしいんだよ」
「出ましたわね。ドラルディン、ドラルディン。わたくしの邪魔をするのが趣味なのかしら」
っと、それどころじゃありませんわね。
ライヒは己の言葉を区切るようにしてから、
「その件はわたくしにも大いに関係がありますわね」
「ごめんね、ライヒ」
厄介な件を持ち込んだ自覚はあるからこそ、フィニーは謝る。
「悪いのはこっちを利用する方ですわよ。謝らないでくださいまし」
まあ、それに……と。
「ここまでやってくれるというなら、こっちだって考えってものがありますわよ」
にたりと笑うライヒ。
「何か手伝うことはある?」
「そうですわね。少しだけ──」
雑思考と呼ばれた女の考えは休むに似たりと言われる愚者の考えのものとはまた違う。
善悪好悪といったものではなく、短絡的な答えを導きだすための雑な成果主義的な思考に依るところにもある。
大抵の場合は「殴ったほうが早くね? ぶん殴って黙らせたほうが早くね? ですわ~」といった雑な答えに辿り着きがち。
であればこそ、そのような二つ名を与えられるに至っているが、根本的なことを言えば成果追求のための効率主義的側面が浮上しているからこそのものであった。
あれこれとライヒは助力などを伝えてから、
「ここからはわたくしの運と演技力と……それに釣りバカぢからが試されますわね」




