鍛錬戦士vs不注意
「……」
「大将、どうしました」
「確かにあの男の言う通り、暇はせんな」
「あの男……? ああ。ドラルディンの」
手下を使い、人を捕らえる罠をこしらえ、じっと待つ。
時折、罠を踏破できるだけの人間が現れれば対処する。
それがヒョルドに与えられた仕事だった。
『つまらん仕事だとわかればその時点で』
『降りてくれて構わない。気が付いたときに誰もいないでは困るから連絡係を兼ねた人員を下に置いてもらいはするがな』
『好きにするといい』
『だが。きっと暇はしないと思うがね』
ドラルディン・ファミリーの男、ギュストークの言葉は実際にそのとおりであった。
定期的に呼び込まれる食い詰めた冒険者たちは生存本能に任せているせいか、そこらの護衛を襲うよりもよっぽど修練になる。
アドルインのような腑抜けた都市以外から来るというのもよかった。
都市に近ければ近いほど実力は上がるものだとヒョルドは経験から察している。
「だが、よくもまあ、こんなダンジョンを得たものですよねえ」
「偶然とは言えどもな。悪党も成り上がるには運が必要ということだろうさ」
用意されたのは意外にも、というべきかダンジョンそのもの。
とはいえ、雇い主であるギュストークにとってこのダンジョンは手札としてはあまりにも貧弱なものだった。
ダンジョンを保有することはライヒがそうであるように富に直結する。
腕前を磨きたいならば永遠に魔物が現れるのであれば最高の練習場になるだろう。
だが、全てのダンジョンがそうではない。
ここは元々『あなぐら』のような場所。ゴブリンが住み着いては現れるようなところでしかない。
そこが再利用されるゴブリンにとっての好条件の物件だから次から次へと入居希望者が現れるというわけではなく、
ダンジョンのそこかしこで、思い出したようにゴブリンが湧いてくるダンジョンだった。
自然発生のダンジョンであるからか、何者かに支配権があるわけではない。
ダンジョンの制御は一切できない。ただゴブリンが現れるだけ。
特別なところがあるとするなら、そのゴブリンの強さがピンからキリまである。
それ以外は同じだ。武具以外にも所持物を落とし、魔石も遺すあたりは他のダンジョンの魔物と変わらない。
ゴブリンの中には熟練した冒険者ですら苦戦する可能性もある強者が含まれることもあった。問題があるとするならそれらの装備も下級のゴブリンと同じで、ただただ強いだけ損をするという点だ。
現在はヒョルドがここに詰めている。
ヒョルドも最初こそ退屈な場所と考えていたが、時折現れる強者ゴブリンの強さは彼が満足する実力があるものも含まれているからこそ我慢もできた。
それに──
「ヒョルド様、また新しい獲物です。引き込み役に騙されたバカな冒険者ですよ。
どんなに食いつきが悪くたって、ここが噂の『ライヒ印の迷宮』だと言えばホイホイ来やがる。へへへ。ライヒ様々ですねえ」
「……そうか」
倒すべき相手。ライヒ。
冗談でも称える姿を見るのはいささかの不快感もあるが、それも我慢の許容範囲にあった。実際にライヒは偉大かはさておき、強かった。
超えるべき存在であるライヒがダンジョンを経営している話をギュストークから聞かされたときは驚いた。
賊に身をやつしていると世情に疎くなるとはわかっていたが、よもや最寄りの都市の情報すら耳に入ってこないというのはなんとも、反省するべきことだった。
「腕の良さそうなのは」
「食い詰めものばっかりですが、それなりに戦っては来ているみたいですよ」
「そうか」
ここに冒険者を運び入れ、奴隷として捉えて売り払うなり、別の用途で使うなり、ギュストークはこのダンジョンを『偽ライヒ印の迷宮』として運営するつもりだった。
まだ試験運用だが、やがては気まぐれに様々なゴブリンを呼び出すダンジョンよりも遙かに効率のいい場所になるだろう。
更にそこにライヒがいきりたって現れたとなれば彼女を捕らえるチャンスが生まれるかもしれない。
ヒョルドを探して、ここを任せているのはそうした理由がある。
彼であればライヒを打ち倒せるかもしれない。そう考えていた。懸念があるとするなら殺してしまわないかということだが死んでしまえば死んでしまえばでオルドホルムを別の形で支配してやるともギュストークは思案している。
そして、ヒョルドにとってはギュストークの考えなどどうでもよかった。
『そのうちライヒが気が付くだろう』
というギュストークの言葉と、
『金にならなさそうな冒険者は好きにしていい』
この二つだけで従うに充分な理由なのだ。
それでも、いつまでもライヒが動かないなら、彼の言うところのつまらん仕事の烙印を押すことにはなるだろうが。
──扉が開く。
ボスエリアだと思って開かれたそこにいたのはヒョルド。
「俺を殺して見せろ。財宝はお前たちのものだ」
彼の背後にはこれまでに襲撃で得た金品などが置かれていた。
そうしたものを見せれば食い詰め冒険者どもは必死に戦うだろう。それこそ、逃走のタイミングを逸するほどに。
「ラスボスか?」
「人間型の魔物か」
「ライヒ印の迷宮ってのは変わってるんだな」
「ああ。だがあれを見ろ。マジの財宝だぜ」
「やるか」
「やろう」「やろう」
彼らはそういうことになったが、その末路はヒョルドの退屈しのぎ以上になることなどなかった。
✘✘✘
未だギュストークとヒョルドによる動き、つまりは偽のダンジョンの稼働はまだ大っぴらになっていない。
噂にすらなっていなかった。
ライヒはのんきに本屋で買い物をしている。
のんきにとは言えど、仕事の一環ではあるが。
「薬草関係の本は他にありませんの?」
「んー、専門書なら幾つか流れてきてるけど、どんなのがお望みだい」
本屋、正確には故買屋ではあるのだが、ポールと名乗る男は積み上げられた本を見ながら言う。
「野草関連のものが欲しいんですの。できれば絵がついていて、初心者でもわかりやすいような」
「売れ線なんだよなあ。まだ在庫があったかどうか」
野草はその知識と体力さえあれば金を作る道具としてはやりやすい部類に入る。
戦いと違い危険は薄い。調薬でないから細かな分類や専門知識もそれほど必要ない。需要が冒険者だけでなく市民にもあり、貴重な草花を手に入れることができればアルケミスト・ギルドなどが高く買い取ってくれることもあるからだ。
貴族であるライヒの家であればそうしたものが書斎にありそうなものだが、あいにくと金になりそうなものは全て引き継ぎ前に親が売り払ってしまっていたようだった。
「おっと。あったあった」
ポールが取り出した本は数冊ある。
「これなら絵があるし、こっちはこの辺りに住んでいた人間の注釈付き。これは持ち運びしやすく写し直された奴だ。それと──」
「全部くださいまし」
「結構な金額になるぜ、ライヒさん」
「構いませんわっ」
この買い物を求めたのはアルシュカとリオの二人。
新たな金策を模索する上で広大すぎる大自然からも何か得られないかと考えた。
とはいえ、ライヒは薬草探しなどのセンスはなく、枯れているか枯れていないかくらいしか見分けがつかない。ついでに強力無比な胃袋や腸の力か、多少毒があろうともなんなく消化して栄養にするバイタリティがあるせいで当人が有益な野草と似て非なる毒草であるかの認識が甘い。
だからこそアルシュカとリオの二枚看板は自分たちでなんとかするために知識を求めていたのだ。
そうなればライヒは出すものは出す。後は任せた、となる以外にはない。
つまりは金に糸目はつけないのだった。
(とはいっても、代用茶の売り上げもそれなりにありますし、問題ないでしょうけれど……)
「それじゃ、これくらいでどうだい」
紙に書かれた金額はそれなりのもの──例えば、多く出回っている私小説や日記のたぐいと比べれば一冊当たり五十倍ほどの金額になる。
それでも、
「承知しましたわ」
懐から取り出した貨幣は糸で括られている。ライヒの癖であった。財布を持つことも多いが、金額が増えたならこうして纏める。持ち運びしやすいのは勿論、何よりいいのはこれは有事の際には武器にすることができる。金属でできていて、振り回せばしなる仕組みはちょっとした特異な鈍器として機能する。
実際にアドルインの裏路地でこの纏めた銭は血を吸っている。
「なんか汚れてない、このお金」
「ゼニはゼニでしてよ」
「汚い金って言いたいんじゃなくってさあ。……ま、いいけどよ」
物理的に汚くとも支払いはきっちり。
ポールはそれほどあこぎな商売をするつもりはない。金には困っていたがあくどい仕事は命を縮めることを知っていたからだ。
一方のライヒも多少高くとも気にしていなかった。ポールが選ぶ本はまさしくライヒが求めているものばかりを持ってくるからであり、サービス料として考えれば決して高い上乗せ料金ではないからだ。
互いに得をする商売以上に素晴らしいものはない。
その点についても二人は明確な合意を語らずとも頷いていた。
「ポール、今いいか」
買い上げた本をライヒが纏めていると客が一人、ふらりと。
黒髪、黒瞳。痩せぎすな体格。
顔の造作は整っているが生気のようなものは薄かった。
「ああ。ノエルか」
「読み終わった本はここでいいか」
「おう。……っと、知らん本もあるな」
「行商が持ってた奴だ。面白そうだったんで買った」
「いいねえ。それじゃ、金額はこれくらいでどうだ」
「いいよ、それで」「毎度」
そんな会話を聞きながら、ライヒは『こういう気安い仕入れもあるのだな』と思っていると、
「ん。その本……」
「これ?」
ノエルと呼ばれた青年がちらりとライヒの纏めている本の束を見る。
買った内の一冊。ちらりと確認したところ、私小説と経験を交えた野草収集の心得のようなものだった。
今回の買い物の中では最も安いもので、殆どオマケ程度として付けられたものだった。
「ああ、もしかして狙っていましたの?」
「狙ってたって……ほどじゃないけど」
とは言いつつ、未練にも似た感情があるのが表情から窺えた。
ライヒは小さく微笑むと纏めたものからそれだけを取り出し手渡す。
「貸して差し上げますわ」
「いいの?」
黒い瞳を向ける。感情の動きは薄いが喜びが滲み出ているのはライヒにも理解できた。
「ええ。そのかわり今度、あなたのおすすめを貸してくださいます?」
「それくらいなら、喜んで。……ノエルだ、アンタは」
「ライヒですわ。よろしくお願いしますわね、ノエル」
普段は敵ばかりに凶相を交えた笑みばかり向けるライヒだが、本来的には貴族令嬢として損なうところのない美貌の持ち主であり、当人もそれを磨くことそのものが趣味の一つと言える程度の嗜みがあった。
敵意のない、十全な笑みを向けられれば大抵の男はくらりと来てしまうほどの。
ノエルはそれほど異性に対しての多くの感情を向けることについては生来少ない方はあったが、それでもライヒの笑顔は人間としての魅力を感じるに充分だった。
だからこそ、ノエルも返礼として笑みを浮かべる。幽かな、儚げな笑みだった。
その笑みもまたライヒとは異なる種類であっても多くの人間が吐息を漏らすような美しさがあった。
この空間が笑みの交換で華やぐようであった。
「くそう、美男美女がよお」
なので、一般的男子のポールは客二人に対して、友情の証として毒づいた。




