鍛錬戦士vs過去の亡霊
ダンジョンの経営はそれなりの売上になっている。
支払いやすい金額設定はリオがライヒを初めとした経験者の言葉や実際の市場を見て回った結果。
アルシュカが作り始めた代用茶はゆっくりと冒険者を中心に流行の兆しを見せている。
ライヒはそうした経営を主導しつつも、見識を広めるための冒険や依頼、定期的な会合などを開いていた。
全てがいい方向へと進んでいる。
ただ、そういうときほど不運であれ横槍であれが入るものであった。
✘✘✘
アドルインは貿易都市の側面を持っている。現在はその顔はそれほど目立たなくとも。
四方──正確には八方を──を城壁で囲む城郭都市であり、その各方面に大きな門があり、そこから貿易路(あるいは他国への交易路)が伸びている。
そんなアドルインの貿易路はたびたび襲撃者が現れる。
といっても、南側から入るルートからで、こちらはオルドホルムとは異なり、幾つかの街──それも同勢力内、つまりはヴァルカインの都市に接続されているものであり、そこそこに栄えている。
襲撃者、つまりは賊の的になりやすい。
であるからこそ、運搬側も防備にそれなりに費やしている。
貿易路の一つを睨む隠れた高台。
そこに目を細めた男がいた。
馬車が三台。その周りには十人以上が固めていた。間違いなく貿易商のキャラバンであった。
「大将、護衛は十と二人。五人はそこそこにやりそうですぜ」
「……五人か。食い応えがありそうならいいんだがな」
大将と呼ばれた男の瞳は動物めいていた。
情動というものがあまり感じられない。
己が望む根源的な欲求のみを先鋭化しているような、不気味な瞳だった。
男は幾度か、戦場で名を挙げたことがある。
兜割りの名を与えられた腕のいい傭兵だった。
その誉れから高額でアドルインの前市長に雇われていたが、市長が殺される際に彼も倒されていた。
殺されることはなかった。
だが、無様に転がることにはなり、その時点で自慢としていた実力であれ誇りであれといったものは粉々に砕けた。
金満の雇い主のもとで腕も勘も鈍っていたのだ。
だからこそ男──兜割りのヒョルドと呼ばれる彼はそれから己を磨いた。
手段は問わなかった。
最初の数年は流浪し、腕試しをするために武芸者を。
それから更に数年は傭兵を。
その先は望む戦いに挑みにくくなればどんな仕事もこなすようになった。
合法か非合法かも問わなかった。
ただただ、腕を磨ければなんでもよかった。
転がるように賊に堕ちた。都合がよかった。
ヒョルドが隊商を足止めする。
「そこの男、何者だ。我々はアドルインへの貿易を商いとしているダルチナ商会のものだ。
邪魔立てするのなら」
「誰でもいい。遊べ。腕を見せろ。それが必要なら邪魔でもなんでも」
手を挙げて、振り下ろすジェスチャーをすれば矢が隊商に向けられて射掛けられた。
心得のない賊の矢など護衛には無意味だ。或いは、ある程度の堅牢性を持つ馬車にも。
それでも現れた男が本気で襲撃しに来ていることがわかれば、対応は必要だった。
護衛たちがわらわらと集まる。最低限の防備は残してはいたが。
ヒョルドが手招くようにしてから武器を──ブロードソードを構えた。
「なめるな、賊が!」
腕がいいのが五人、と言われたその一人が斬りかかる。
同じくブロードソードであった。同じような武器を扱っていたが使い方はまるで違った。
流麗に武器を振るう護衛の一撃を鍔で防ぎ弾き、そのまま踏み込み剣ではなく体を使っての体当たり。
吹き飛ばすのが目的ではない。体勢が揺らいだ。
「ふんッ」
ヒョルドの一撃が大上段から一気に振るわれれば、護衛は縦に真っ二つにされて絶命した。
兜割り。騎士殺しと呼ばれた技の由来こそがこれにあった。
どんな体勢からでも最速で大上段に構えてからの振り下ろしを実行できる。
膂力だけではない。精妙な刃の立て方により鉄兜ごと頭を割る一撃。ゆえに兜割り。だが、ヒョルドの一撃は戦の中で鍛え上げられた結果、兜どころか骨も肉も、精妙な作りや魔術的な恩恵がなされていない鎧であればそのまま二つに切り開くことができるほどになっていた。
血しぶきの向こうでヒョルドが手招く。
それを見た護衛たちは逃げるではなく戦いを選ぶ。
護衛としてのプライドもあるだろうが、こうした手合いが自分たちを逃がすわけがないと知っていたからだ。
逃げようとすればあの手この手で逃げ道は制限され、そのうちに追いつかれるか、罠にはまって殺されるか。
あるいは結局この男と戦うことになるか。
であれば体力があるうちにこの男と戦うべきなのだ。
「殺せえぇ!!」
リーダー格の護衛が叫んだ。
✘✘✘
結果は火を見るよりも明らか。
略奪が行われている。
その背に声がかかった。
「いい腕をしている」
ヒョルドにも似た冷たさを感じる声だが、ヒョルドのような諦観的なものではない。
暴力の世界で生きてきた、無意識的に殺意をこもらせるような、脅しこそが日常であったようなもの。
勿論、その程度でひるむヒョルドではなかった。
「お前に言われずとも、腕はいい。……」
ゆっくりと振り返る。
仰々しいように見えるが、隙を見せぬためのものだった。
振り返るにあたって多くの情報をの視界の中に収めた。
他の敵は、隠れているものは、何かの罠が仕掛けられたか、他にもヒョルドが考える多くの『つまらない策』を。
だが、そのいずれもが存在しない。
振り返って先にいるのは三十代後半か、四十歳程度か。自分より少しばかり年齢がいっているだろう男だった。
一つの寸鉄も帯びているようには見えない。
それでも気配の鋭さはヒョルドに負けぬものがあった。
ヒョルドはこの男を知っている。
(ドラルディンの、確か若頭だか副長だか。
連中の悪事の多くを担うファミリーの頭脳だとか呼ばれていたか。……確かに、こいつが後ろにいた依頼を受けたこともあったか。つまらん仕事だった覚えしかないが)
実時間にしてみれば数秒足らず。その中でヒョルドの思考は鋭く伸びる。
(思い出した。名前はギュストーク。俺とどっこいの悪党ではある。方向性は違うが。その手の男が悪党に近付く理由なんぞ幾つもない、か)
剣に付いた血を払うように振ってから、それを納めぬままに、
「ドラルディンのギュストーク。仕事の話なら受ける気はない。自分で襲う相手を選んだ方が」
「楽しい、か?
どうだろうな、それは。結局お前はこの手の連中で満足できているようには見えないが」
事実、ヒョルドが目指す相手から考えれば今の自分でも満足いっているとは言いがたかった。
隊商とその護衛を狙って殺し合いをするのは悪くない暇つぶしにはなる。
だが、暇つぶし程度でしかない。
騎士との戦いなどと比べれば遊びも同然。
だが、騎士との戦いはめったには遭遇できない。この辺りはダンジョンも少なくなって腕利きの冒険者も減ってきた。
かといって、より大きな都市で無法を働いて、その鎮圧に来たものと戦えば勝てない戦いに挑むことになる。
腕を磨くことが目的なのであって戦いの中で無意味に死ぬことは目的ではなかった。
だからこそ、行き詰まっていたのは確かではあった。
「お前ならこの行き詰まりを解消できるとでも?」
「少なくともアドルインで多少は腕のいい冒険者と戦うことになりそうではある。
もっと上手くいけば、お前のプライドの仇を討つことになるかもしれんぞ」
「プライドの……仇だと?」
それは一人しか思い浮かばなかった。
前市長が襲われ、何もできないままに敗北を喫した相手。
今もヒョルドが腕を磨いているのは間違いなく、あの日の戦いを塗り替えるためであった。
「お前にそれができると?」
「可能性の話でしかないがね。だが、仇といわずとも冒険者で、それも腕がいいのであれば望むとおりではないか?」
話だけでもどうか、とそこまでの譲歩をするギュストークに、
(金に困っている、というわけでもない。アドルインの裏路地の幾つかはこの男の支配下。
みかじめ料だけでも充分な稼ぎだろう。
では何を欲するのか)
いや、聞いた方が早かろう、と思い直す。
「俺は確かに求めたものを得られるかもしれん。ではお前は何を得る」
「鍵を」
「鍵?」
「より多くの計画に繋がる鍵になるかもしれんものがいる」
「何が言いたい。持って回るような言い方は好かん」
「そのままの意味でしかない。我々のような裏社会の人間の計画なぞ」
「法も無法も関係なく金を稼ぎ、次の金稼ぎをすることか」
「人聞きの悪いことを言うな。法も無法も関係ないわけではない。
無法を行うリスクが、法が与えるリターンを超えるなら喜んでやるだけだ」
屁理屈かと馬鹿にしたように笑いかけるが、それでも用意された選択肢は魅力的だった。
挑むことができるなら、そこでその相手に勝つことができればあの日から一歩前に歩くことができる。
ヒョルドにとってはそれが全てではあった。
「ダンジョンを得る」
「それが鍵か」
確かにダンジョンを得られるならば仕事は多くできるだろう。
奴隷のように冒険者から賊に身をやつしかけているものを使うでも、そのまま奴隷を向けるでも、
そうして得た収穫物を総取りするだけですさまじい金銭を得ることができる。
国に納める税を滞納でもしていない限りはちょっとした長者になれるだろうほどの。
「……話しだけでも聞いてやろう」
「そうこなくてはな」
✘✘✘
「ぶえぇぇっ……ですわっ!! でっすわ! ですわゥぃっ!!」
くしゅんでは済まない勢いで奇っ怪なくしゃみをするライヒ。
「そんなくしゃみがあるかよ」「お風邪ですか……?」
反応は騎士二人で異なっていた。
「失礼しましたわ。どうにも何かに噂されているような気がしまして」
「くしゃみ三回は恋の噂、でしたっけ?」
「想われてるってだけだろ。どうせ恨みだのなんだのって話に決まってる」
「……恋の話なら素敵ですよね。アルくんもそう思いませんか?」
「金持ちの王子さまとか相手ならいいんじゃないか。癖がありすぎるくしゃみをするところにそんなのが来るとも思えないけど」
「確かに一緒にお金儲けしましょって話ならもっと素敵ですけれど……。
リオが言う恋のことはさておいても、アルシュカはわたくしをなんだと思っているんですの」
じろりと見られたアルシュカは、
「さーて、そろそろ昼休憩も終わるし、カリュアと臨時で組む約束してたし行ってくるかな!」
と、一目散に逃げ出した。
「はあ。まったく」
「でも実際、どうですか? 噂されるようなことは」
「まあ……」
少しばかり悩む。自分を想う人間?
「せめて噂してくださっている相手の想いが平和的なものであればいいとは願っていますけれど」
だが、ライヒも思う。あいにくそこまで強く想われることなど自分の動きから考えても恨み恨まれの範疇のことであろうと。
実際には熱病めいた恋のような、盲目的な献身にもにた復讐心が動き出しつつあることにライヒはまだ気が付いていなかった。




