没落令嬢vs大切な客人
ここに来たという客人にドキドキしながら会いに行きますわよ。
……って、あの方は。
「あなたは」
「久しぶり、というほどの時間も経過していないな」
外套で隠していた顔を晒すとそこにいたのは紋を得るに至った理由でもあるあの魔族の方でしたわ。
「魔族だと知られるのは互いにおいしいものでもなかろうから、少し術を使わせてもらった」
「目くらましというか、そういう?」
「ああ。一般人であれば私が何者かを判断することはできないだろう」
「すごいですわね……流石! 偉大! ストロング! ビューティフゥ!」
「ふむ」
褒めると気恥ずかしそうにする魔族様。
幾らでも持ち上げることはできる人様を褒めるタイプの処世術の使い手のわたくしですけれど、この魔族様は変なものに騙されてひどいことになりそうですわね。心配になりますわ。
「わたくしはライヒ・グレイトキャピタル。
魔族の方、では味気ないので改めてご芳名をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「スゥ・ザリアハークだ。名乗りが遅れたのはすまない。人間との文化をどうすればいいかわからなくてな」
「いえいえ、こちらこそ」
とひとしきりそんな曖昧な、ある種人間らしい──あるいは魔族も同じなのかもしれないが──やりとりをしてから、
「グレイトキャピタル卿」
「ライヒとお呼びくださいまし、スゥ様。呼び捨てで構いません」
「……では、私もスゥで構わない。口調も砕けてくれて構わない。我らに上下はないのだから。
ライヒ、魔王様がお召しだ。同行してもらいたい」
「えっ、ええ。勿論ですわ」
やべー。
ダンジョンが手ぬるい、人間どもをガンガン殺せ! みたいな……いや、そういうタイプではないと信じたいですけれど、あえて手ぬるくしているのは事実ですし……。
「ライヒ様、おはようございます」
リオがそのように声を掛けてきましたわ。側にはアルシュカも。
二人とも外套を纏っておりますし、どこかにお散歩していたのかしら。
などと言っている場合ではないかもしれませんわよね。
しまったってのが率直な感想ですわよ……。出入り口でのんきに話していれば相手が魔族だとかではなく、冒険者として認識しかねないのでしたわ……。
「家臣か?」
「ええ、そうですの」
「では、彼らも一緒に来るのはどうか。あちらに行くのはよい経験になるとは思うが」
「それは──」
「どこかに行かれるのですか?」
「え、ええ。少し」
「だったらオレたちも行っちゃダメかな」
「えーっと……」
ちらりとスゥを見やれば小さく頷く。
「お相手様もご招待してくださっておりますし、一緒に参りましょうか」
と、そういうことになった。
スゥが先導して歩く後ろで、
「顔青いから心配で付いていきたいなんていったけど、迷惑だった?」
「いいえ、少し安心を得てますわ。弱い領主ですわね、わたくし」
「そんなことないです。ライヒ様は素敵な領主様です」
といった話をしている。癒やされますわね。本当に。胃の辺りが特に。
そこでふっとスゥが振り向く。
「よい家臣だな。……陛下の判断は素晴らしい選択肢だったようだ」
「へ? あ、えっと、そう言っていただき感謝いたしますわ」
一応貴族式に礼を取る。
ううん。とりあえずわたくし含めて一同の印象は悪くなさそうで安心しておいてよさそうですわよ……ね?
「ところでライヒ様、どこに行かれるのですか?」
「魔王様のところ」
「……へ?」「……え?」
✘✘✘
道中でそれとなくわたくしが魔王様に力を与えられたことは伝えておきました。
流石に不意のことで驚いたような二人ではあったのですが、すぐに二人とも特にこともないといった具合に。
リオは誰がどうあれライヒ様にお仕えできて嬉しい、とのことですし、
アルシュカは普通の力ではないと思ってたから納得した、とのことでしたわ。
「こ、ここが魔王……様のおられるお城」
ポータルでの移動ですから城の外観こそわかりませんが、内部の美しさだけで充分に見惚れるような出来。
それはリオにもアルシュカにも伝わり、わたくしと同じような感想を述べていますわね。
「思ったより……なんか清潔感がすごくある」
「家臣と呼ぶのは失礼か。
リオとアルシュカだったな。
人間たちが我ら魔族に関わる噂がどのようなものかは知っているが、噂以外も記憶して戻って欲しい。こうした魔王もいるのだ、と」
「こうした魔王、ですか?」
リオの疑問符に、
「……なるほど。そこからか」
と呟くスゥ。
彼女はどうしたものかと思いつつも、まずは最重要の用件。
ハイエンド陛下の謁見に。
入るのはわたくしだけ。
リオとアルシュカはスゥと共に別の場所で魔王についてのお勉強とのこと。
「お目汚し、失礼いたします。ハイエンド陛下。
ライヒ・グレイトキャピタル、お召しにより参上いたしました」
と挨拶するが、陛下の周りには本やら書類やらが忙しく舞っている。
相変わらず忙しそうにしておりますわね。
以前もハイエンド陛下の真似をして良い感じのマップを得ておりますし、しっかりと目に焼き付けておきましょう。
陛下が絶世の美少年だからってわけではないですわよ。ホントに。ホントホント。
「少し余裕ができたようだな、ライヒ」
「へへぇ、陛下のお力のお陰で」
「そのようにへりくだらなくていい。お前のことは解っているつもりだ」
「わかって……?」
「チラチラとお前の領地を見ていたからな」
「……お、お恥ずかしいところをお見せしていたらと思うと顔から火が出そうですわ」
「プライバシーというものには配慮している、安心せよ」
世間において『暴君して最悪の存在、それが魔王だ』と呼ばれる方とは思えない。
噂なんてのは取捨選択が必要だってのがよくわかりますわね。
っと、それよりも、
「あの、本日はお召しとのことでしたけれど……わたくしがなにか」
「ん。ああー。用件も伝えておくべきだったな。
すまぬ。ちょっとお前とお話がしたくなったのだ。世間話のようなものだ」
「は、はあ……それであれば幾らでもお話いたしますけれど」
「氏族紋の調子はどうか」
そう言われて自分の手の甲を見やる。
「わからないことは多いですが、ひとまず生活できる程度には」
「それは何よりだ。説明もせずに追い出すようにしてしまったから、少し心配をしていた」
見ていたとはいえ、プライバシーに配慮していたとも仰っているし、何より忙しい方でしょうし、
「うむうむ、元気そうだな。帰ってよし」
くらいのものでしょう。
それに説明できなかったというのもわたくしに紋を下賜してからお疲れのようでしたし。
「そう長い時間は取れぬが、聞きたいことはあるか」
聞きたいことなんて山ほどありますわよ。むちゃくちゃたくさん。資産運用とか。
ですけれど……。
わたくしは聞けませんわ。
というのも、正直わたくしはハイエンド陛下にとって人間文明を侵略するための尖兵として送り込まれている感じはしないんですのよね。
どっちかっていうと、なんと言えばいいでしょうか。──そう、道化。道化ですわ。
先ほども陛下は『わたくしを見ていた』と仰っていましたし。
そうなると、ここでの答えは、
「陛下の慈悲に感謝いたしますわ。ですが、このライヒ・グレイトキャピタル。
人間でありながらもこの氏族紋を頂戴した身として、新たな可能性の模索のため先鞭には頼らず、新たな可能性を模索したいと考えておりますの」
「……いいね」
柔らかい微笑み。
とりあえずは正解を踏めたのでしょうか。
「ならば、差し障らん程度の褒美を取らそう」
ハイエンド陛下の片手が赤く光る。伝播するようにしてわたくしの手に伝わる。
「っ痛ぅ……」
「すまぬな」
「い、いえ。大丈夫です」
淡く氏族紋が光っている。
「お前に与えたのは我も駆け出しの頃に色々と役に立てた力だ」
「ハイエンド陛下にも駆け出しの頃がおありなのですね」
「それはもう、ひどいものだった。それに比べればライヒよ。お前はよくやっているぞ」
「あはは。お褒めのお言葉賜りましたわ」
一礼。
「で、その役に立ったというものは、ダンジョンのボスを作る際に、お前の分霊を置くことができるといったものだ」
「コピー?」
「カラレスで作り出したお前そっくりの魔物、と言ったところだな。慣れれば簡単な意思疎通もできたりはするが、とりあえずのところは制御のしやすい魔物程度に考えておくがよい」
陛下曰く、
『コピーを作る際の服装や装備を参照するので難易度に関しては適宜調整せよ』
『戦闘能力や耐久、無理して立ち上がったりする根性の度合いだとかもお前ベースになるから、そこも適宜調整せよ』
『調整の仕方は──』
一通り説明していただきましたわ。お忙しい身なのに申し訳ないやら、麗しいお声を向けていただいて嬉しいやら。ちなみに前者は建前。後者が本音100%ですわ。
「……と、まあ、説明書じみたことを言ってしまったが、下手に端折るとまた言葉が不足するであろうから、ゆるせ」
「慈悲に感謝いたします」
「うむ」
一歩下がってから陛下が、
「どのように扱えば効果的かだとか、そういうことは何も聞かぬのだな」
「それをお望みかと思いまして」
「むう。そう言われると……弱い」
「陛下こそよろしいのですか?」
何をだ、と言われる前に発言の要点は伝えるべきでしょう。
「わたくしは、その、いただいた氏族紋で人間を滅ぼそうとはしておりません」
「知っているし、滅ぼせと伝えたつもりもないからな。その点は安心せよ。
よろしい繋がりで言えば、お前の行動全てが我にとって意味のあるものになっている」
と言って、
「などという言葉では伝わるまいよな。
すまぬ。魔王という職責にあって、どうしても持って回った言い方をしてしまう。
元は直言を好んでいたのだがな。そうしたものは威厳がないと怒られるのだ」
「怒られる、ですか?」
「ほら、最初にライヒが来たときにいた魔族がいたろう。あやつは我の教育係も兼ねていてな。あやつから色々と、なあ」
「……大変そうですわね」
「愛あればこそであろうからなあ……」
中々に教育熱心なのが伝わってきますわね。
「ああ。ともかく、伝えるべき言葉としては、そうだな」
少し悩んでから、
「我は人間を理解したい。ライヒよ。我にとってお前は理想的な人間だ。
強い情動と感情、自らがどこにいるかを常に理解できる心根。
我にとって求めていた人間の姿。だからこそ……その望ましい姿のまま突き進んでくれ」
そこまで言われてしまえばわたくしにできることなど傅くくらい。
美少年云々の前に、一人の王にそこまで求められる機会など末端貴族が浴することなどないもの。
「名目上の主はヴァルカイン超帝国ですが、わたくしの主はハイエンド陛下でございます。
その主がお望みとあらばこのライヒ、センセイのようにどこまでも突き進みましょう」
「うむ、期待している」
「では、わたくしはこれで」
鷹揚に頷いて、陛下は作業を。わたくしは退室を。
そして出て扉が閉まる辺りで、
「あっ」「あー……」
わたくしと陛下が同時に声をあげたけれど、とき既に遅し。扉が閉まる。
わたくしの悔いは小さいこと。
センセイとか突然言いましたけれど、センセイとは猪型の魔物を指しております。
アレは一つ決めた相手に突っ込んで突っ込んで、突き進みまくる修正がありますのよ。
それを我が道と我が挙動に見立てたってつもりだったのですが、そもそもセンセイって愛称は冒険者のもの。魔族たる魔王陛下が知るわけもないスラングでしたわね。
謎のセンセイという単語を残して去っていくわたくしに愛想が尽きていなければよいのですが。
✘✘✘
少し離れたところから勉強しているリオとアルシュカを見ていますわ。
教師役はスゥ。
「え、魔王って複数いらっしゃるのですか?」
「うむ。少なくとも人族の領域に接した場所に座するものはお二人おられる」
「ここに、ええと、その、人族の領域にいらっしゃる魔王様というのは、」
たどたどしいアルシュカに何か不快を出すわけでもなくスゥは応対する。
「貴殿らが知るよりも遙か離れた場所だ。ただ、説明が難しい……」
「歩いて行けるような場所じゃないってことですか?」
「そうだな。極めて高度にマナを扱うものか、それこそ勇者出ない限りは」
「勇者」
「ああ。貴殿たちの主も勇者として認定されているぞ」
「え、あれが……じゃなくてライヒ様が」
といったところでわたくし登場。
「あれってなんですの、アルシュカ」
「げっ、じゃなくて、いや、ライヒ様だって勇者ってガラじゃないことくらい自覚あるでしょ」
「まあ……ありますわね」
そのやりとりにリオとスゥが微笑む。似たもの同士のようですわね。
「リオリヤ、アルシュカ。貴殿らの主は我ら魔族にとっても大切な方だ」
「はい、これからもお支えします」「オレらにできる範囲で、だけど」
「それでいい」
そうしてからスゥがわたくしを見て、
「ライヒも彼らをよく頼ってあげて欲しい。主に頼られることほど家臣として喜びに思えることはないのだから」
スゥの瞳からは、発せられた言葉以外のものが伝わるようでしたわ。
……あのご多忙具合。本当は皆様、ハイエンド様にあれこれと過剰なくらいに頼ってほしいと願っておられるのでしょうね。




