没落令嬢vsサラリーマン
随分と昔。
冒険者で食っていけない時期がわたくしにはありましたわ。
わたくし自身の素行問題もまあ、多少は影響していたかもしれませんが、その頃に居着いていた場所がどうにも治安がよろしくないのが最大の理由。
ギルドに仕事に回ってくる仕事は体制側によって大いに偏ったものばかりになっていました。
冒険者ギルドも場所によっては中立性を保てないってことですわね。
で、その依頼というのが端的に言えば『貴族同士の殴り合いに参加しよう!』というもの。
言い方を変えれば傭兵になって戦争に参加してくれ、ですわね。
当時の知り合いで、俸給騎士と呼ばれている職の方がおりました。
サラリーマンとはなんぞや、というと、文字通り主を募って、月給でお金をもらって仕える騎士。一応、元々いた補給騎士は数年単位、長ければ十数年以上一つの主や土地に尽くすのだとか。
ある日、その騎士殿に、
「俸給騎士って傭兵と何が違いますの?」
と、シンプルな問いをしたところ、
「貴族の生まれで、礼儀作法を学んでいて、一定水準の学問を修めています」
「傭兵との違いはありますの? 仕事一回幾らとあんまり変わらないような気がするのですけれど」
「……まー……」
「まー?」
「……最初は色々騎士としての都合だとかがあったらしいのですけどね。
ぶっちゃけ傭兵ですよね」
「ぶっちゃけましたわね」
俸給騎士という職業は実際、本当に傭兵と変わらず、一部の貴族が傭兵などという薄汚れた武力なんぞ使いたくない! というワガママを通させるために組織されたりしていたとか。
ニッチな需要を満たすためのものだったのでしょう。
ただ、ニッチな需要は埋まってしまうと仕事にあぶれることもザラ。
つまりこの俸給騎士殿はあぶれて傭兵をしていると、まあそういうことですわね。
「ライヒさん、あなたは貴族なのですよね?」
突かれたくないところ突いてしまった自覚はありますのよ。
けどこの方──スレイスク俸給騎士殿はそんなわたくしに懲りずに仲良くしてくださいました。
貴族同士仲良く、というよりは単純に周りの傭兵のレベルが低すぎて命の危機を感じたってのが実情かもしれませんわね。
レベルってのは人間としてのレベルがとかって言いたいわけではなくて、単純に実力の話ですわよ。本来の仕事を奪われて、半ば強制的に仕事に入ることになった十把一絡げの勢力なんてのは……まあ、仲間として戦うにしてもアンバランスで危険。
わたくしも雇用主を間違えたなあと思いつつ、生き延びるためにはある程度実力のある仲間を作っておく必要があるとは思っていたのでこのスレイスクとはここから色々と仲良くなりましたわ。
「はあ。いい具合のサラリーマンになりたい……」
「サラリーマン?」
「俸給騎士でもしっかりした主を持てたものはそういう風に呼ばれる慣習があるのです」
などと仰られる。確かに今回の雇用主はしっかりはしてませんわね。
人を集めるやり方は悪辣で上手だとは思いますけれど。
あ、仲良くしてもらえたと言いましたけれど、彼女は女性騎士ですわよ。
「ええ。一応ですけれど」
「領地とかは」
「ありますわよ。ジャガイモくらいしかありませんけれど」
「後を継ぐ予定とかは?」
「まあ、そのうち……そうなるでしょうね。わたくし以外に親には子もおりませんし」
「それじゃあ、仕えていた過去のある自分から一番重要なことだけ伝えさせて」
「え、ええ。伺いますわ」
息を整え、スレイスクが言う。
「完全週休二日制。
平時だけでもこれを守ってくれる主に対して、忠誠心は自動的に上がるのですよ」
「いい。忘れないでね。
完全週休二日制……完全週休二日制……完全週休二日制……──」
声が響き、溶けて、やがて──
「カンゼンッ!」
くわっと目を覚ますわたくし。
「ゆ、夢でしたのね。懐かしいけれど、急に思い出したのは何かのお告げかしら……」
スレイスクとはその戦いでともに生き延びて、彼女は新たな雇い主を探して別の都市へ。
わたくしも彼女とは別の都市へ移動しました。戦いには勝ったけれど流石に同じ状況になりかねない都市でこれからも活動するのは恐ろしい。
とはいえ、戦勝したことでこれからも付いていくぜ! となった冒険者や傭兵も多く残ったようですので考え方はそれぞれ、ということなのでしょう。
彼女とはそれからは会ってはいないのですけれど、
「……確かに、休みのことなんて考えておりませんでしたわね……」
領民たちは『好きに生活しろ』としか言っておりませんが、休めるときにはしっかり休んでいるおは知っておりますわ。
ダンジョン周辺での商業活動──つまりは宿やら医院やらで働いてくださっているものたちにはリオが上手く差配してくださっています。
で、中核メンバーたるわたくしや愛すべき騎士たちはどうか、って話になりますわね。
実際に休んでいる場合かと言われると、それはそう。
定期的に収入や納税までの目標などはリオと相談はしております。
結果としてよくよく理解しているのは完済はハチャメチャに遠いということ。
全額いきなり、ということにはならないでしょうけど、それでも段階的に支払うだけでも正直かなり厳しいんですわよね。
その中で休んでいる場合かと言われると。
ええ。休んでいる場合ですわ。むしろ今こそ休むべき。
わたくしはさておき、ともに死地を突っ走ってくださる騎士二人には特に休んでもらわねばなりません。あの子たちは明らかにわたくしに対して負うべきものがあると考えているようですし。
それをダシにして頑張ってもらって倒れられたら令嬢の名折れですわ。没落しているとは言え。
などと考えていると扉に何度かのノック。
「ライヒ様。おはようございます。朝の準備は整っておりますか?」
鈴を鳴らしたような美しい声。
リオが朝を知らせに来てくださったのね。
大貴族の屋敷には朝を知らせる可憐な鳥がその歌声で朝を伝えるらしいですけれど、その点で言えば可憐さにおいてリオの方が上であると明確にして絶対の自信がありますわよ。
つまりですわよ、わたくしの領地はイモでも心は大公爵ってことですわね。ホーッホッホ!
っと、朝からギアをあげている場合ではなくってよ。
「ええ。もう済みましたわ。すぐにそちらに行きますわね」
そうして今日という日が始まりますわ。
とはいえ、同じ日常とはいきません。
夢で見たのですから、一種の天啓でしょう。あるいはスレイスクと夢でかち合ったのかも。
あの子はどんな夢を見たのかしら。ビール飲み放題対決で七時間ぶっつづけて飲み続けたときの悪夢でも見ていたりして。だとしたらかわいそうですわね。
でもそれ以外にあんまり楽しい思い出ってないんですわよねえ……。ま、傭兵の出番になるような状況なんて笑えないことばかりですもの。
それでも彼女とのお話は楽しかった。それだけは間違いのないことですわ。
✘✘✘
「というわけで、制定せねばなりません」
決めるべきを口に出しましたのよ。つまりは完全週休二日制のことですわね。
知り合いの俸給騎士が完全週休二日制にすることで優しい領地運営の一歩になると。
「休みを?」「俸給騎士ってなんだ……?」
リオは素直に、アルシュカは俸給騎士を知らないようでわたくしと同じ疑問を呟いていますわ。
俸給騎士についてはいつか話すとして、今大事なのはそちらではなく、
「そうですわ。
休み。休みが必要ですわよ」
「ライヒ様、お疲れですものね」
「だよな。働き過ぎなんだよ」
「わっ、わたくしではなくて……」
いえ、ここで押し付けるようなマネはしてはなりませんわね。
「ンンッ。まあ、そうですわね。わたくしも疲れているような疲れていないような」
実際まったく疲れてないんですわよね。
冒険者になってから今まで、物理的な部分から来る疲労はあっても、なんとなく倦んだ気持ちになっていて、疲れている……みたいなのは一度もなったことがないのが自慢なんですのよ。
お陰様で仕事がない場合を除いて、一年間フルタイムで冒険者をしておりましたわ。
なので疲れたフリをすると言ってもどうすりゃいいのかわからないのが実際のところ。
「でも、良いかも知れませんね。施設そのものに休日があるならお客様も来ないということですし、施設の再調整だとか」
「そっか。修理だとかもそこでできるのか。それにダンジョンの調整とかも」
「んんんんん~~?? それって休んでいませんわよねえ?」
全員が自覚的か無自覚的かはさておいて、ワーカーホリックであった場合はどうするのが正解かなんて当時聞こうとも思いませんでしたわよ。
「ま、まあ……とりあえず完全週休二日制ってのを試してみるといたしましょう」
そうしてどこからなら無理無くそれを採用できるかを決め、次の週の土日から、ということになりましたわ。
✘✘✘
そうして定めた最初の休日。
「チョウゼイッ!!」
目覚め。
何か悪夢を見ていた気がしますが、おそらくマルセル殿が来る夢を見ていたのでしょう。
いえ、マルセル殿が悪いわけではないのですが……。
こりゃあ案外、疲れているのではっていうリオの意見も否定できないかもしれませんわね。
ちょっと街に出てリフレッシュが必要かもしれませんわ。
……ということでわたくしは街へ。
ちなみにリオとアルシュカの様子伺いをしたところ、リオは書室から出てきた時代小説を、アルシュカはダンジョンから算出した武具のチェック(趣味の範疇)をしたいとのことですわ。
お土産に何かしら買って帰りましょう。
ああ。金に困っているのに休みを作ってお土産までなんて疑問がありますわよね。
その辺りはキッチリわけておりますわ。それに個人の支出なんて正直、納税額に比べれば小鳥のヨダレも同然ですわ。
であれば能率を上げれるだけ上げてお仕事の日にモリモリ頑張ったほうが遥かに良い結果になりますわ。
なーんて、自己弁護している間にアドルインに到着しましたわ。
わたくしが出ていく頃よりも治安が良くなっているはずなのに、ど~~~にも後ろ暗さを感じる雰囲気が裏路地に漂っているんですわよねえ。
いや、裏路地を歩いているわたくしが悪いのかしら。
さておき、せっかくの休み。店に入ってお茶の一杯でもシバきましょう。
更にお茶を楽しむために本の一冊でも買うのもいいですわね。
本は高級……というのは随分と昔の話。
現在はどこぞの国の王様が本を愛好しているらしく、それを量産する手段を作り出して一大帝国を作り上げているのだとか。
その影響もあってこのあたりにも相当量の本が流れ込んできていますわ。
識字率の問題もありますから流れ込む量と捌ける量は別なんでしょうけども。
とはいえ、わたくしが向かったのは裏路地の本屋。
本好きがやっている店がこのあたりにあると聞いたんですのよ。
と、探していれば見つかる。見るからに本屋。というか、本のセレクトショップ的な?
「いらっしゃい。本をお探しなら是非当店に」
「熱心ですわね」
客引きまでしている。本屋って静かな雰囲気がありそうなものですけれど。
「今月は売上がヤバくってね。一人でもお客さんがほしいんだ」
「それじゃ貢献してもよくってよ。そうね。時代小説と、それと武侠モノでいいものがあれば」
「あいよ。ま、中へどうぞ」
案内されると外観よりも随分と広く使っている。本以外を置いていないからそう感じるのかもしれませんわね。
「俺のオススメはこれだね。
時代小説なら帝国成り立ちの裏で活躍した名軍師の手記をベースにした『踊る商人』。誰もが名家の軍師だと思っていたが実は小国の田舎商人の息子で……っと、それ以上はネタバレだ。
武侠モノは最近はコレが一番。『古き刃のカルナーシュ』。高名な義侠であった姉が殺され、その形見の剣を持って真相を得ようとする弟の物語。どうだい?」
「……両方ともいただきますわ」
オススメの速度と語り口が中々聞かせますわね。
ならついでに、
「サイレム式計算術の学びができるものと、お茶の葉についての実用的な本。
それぞれ一冊ずつ見繕えたりしませんこと?」
「待ってな。そいつなら──」
といった感じでアレコレと購入してしまいましたわ。
時代小説と武侠モノはリオとアルシュカのお土産、実用書は仕事上で使ってもらえそうなのと、欲しがっていた記憶があるから選びましたわ。
わたくしのティータイムのお供にも。
「まいどあり! 本屋のポールをよろしくぅ!」
最後まで本屋らしくない本屋でしたわね。
ともかく、それからいい感じの喫茶店を見つけたのでそちらで一服。
……と、風景から見えるのは市長のお屋敷。
適当に入ったはいいものの、なんとなく昔を思い出してしまう場所ですわね。
楽しい思い出ではないのですけれど。
あるいは感傷にでも浸りたかったわたくしが無意識にいたのでしょうか。
であれば、そうですわね。
休みでなければできない、『感傷と向き合う』なんて贅沢も悪くはないかもしれませんわね。




