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没落令嬢vs金策  作者: yononaka


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天翼騎士vs事務処理

 オルドホルムは辺境だ。いや、ド辺境である。

 辺境とそうではない場所を分けるためのものは色々ある。


 人口であったり、発展具合、接続された交易路の数、日々行き交う馬車の交通量。

 他にも上げればきりがない。

 大きい都市にはそれだけ魅力となるものがある。


 一方でこれがあればド辺境だと言えるものもある。

 それが──


「エレさん! そちらに向かっています!」

「りょーかぁい!! 魔術使っていいんだよね!?」

「はい! できれば燃えないのだと嬉しいです!」

「それなら──風撃(クラプス)!」


 風の塊を杖の先から飛ばす。

 その先にいたのはゴブリンたち。

 一匹に風撃が命中すると大きなハンマーで殴られたかのようにして頭がとんでもない方向へと曲がり、倒れる。

 そう。

 ド辺境とそうではない場所を区別する一番のものは害獣と魔物の襲撃数だ。


 その数は回数であれ、襲ってくる数であれ、どちらにせよそうした現象が起きることそのものがド辺境の証拠だった。


 辺境都市アドルインと我らがライヒ・グレイトキャピタルが領地、オルドホルムの境目辺り。

 この辺りは移動のしやすさもあってかたびたび魔物の出現が報告されていた。


 多くの場合はそのまま別の場所に動くなり、偶然の遭遇戦(ランダムエンカウント)によって冒険者などに撃破されることは一般的。


 ただ、今回は魔物の数が多く、規模は広いこともあってアドルインとオルドホルムの連盟で依頼が出された。


 魔物討伐は珍しい依頼ではない。

 難易度の割には上からの報酬が約束されているため、おいしい部類だった。


 そこにオルドホルムに関わる仕事ということでダンジョンに入るための権利めいたもの──誰も彼も呼び込んでいたらダンジョンが冒険者まみれになることを防ぐ措置を取っている──を報酬に含められれば参加者も必然的に多くなる。


 初級者も参加できるおいしい依頼であるからこそ、カリュアの一党も参加する予定だったのだが、実際に参加しているのセレとエレの二人だけ。


 カリュアの一党仲間である魔術士エレは双子の姉妹であるセレが後方の治療キャンプで待機、カリュアは武器の破損で休暇、ガトクスは食事にあたって寝込み中。


 そうした事情から別の人間と臨時一党を組むことになっていた。

 リオと組んでいるのは偶然と言うよりも互いに顔見知りであったことが要因としては大きい。

 他の臨時一党もライヒ印の迷宮で挨拶したことがある間柄の前衛である。

 いずれも似たような実力であったからこそ、派手な活躍を望まず、堅実に戦っている。


 それでも数は多い方がいいということで依頼主であるリオも戦闘に参加している。

 勿論、やむなくというよりはリオ自身が戦闘経験を積めるだけ積んでおきたいという思いがあったからだ。


「《風撃》っ!!」


 ダンジョン産の、レンタル用に回されていた術士用の杖を持ち込んでいるリオ。


 杖は特殊な加工が施され、術を使うに必要な体内のエネルギー、マナの出し入れをしやすくするような効果を持っている。


 高額になれば体から取り出したマナを杖が経由し、本来より多くの量にしたり、より繊細な術を行使することができるようになるが、リオが持っているそれは初級者向けダンジョンで手に入る杖。


 つまりは安物でしかないためマナの出し入れのスムーズ化、つまりは術行使の速度の上昇するくらいのもの。

 だが、それでもないよりはマシだったし、リオにとっては何か手に持っているという安心感こそが代えがたいもの。


 天使種(エゼル)の成り立ちは人為的に生み出された奉仕を存在意義と定められたもの。それから数世代が生まれて種族として認められてからも誕生理由の影響か、戦いや積極性といったものが希薄なケースを抱えるものが少なくなく、リオも『戦いとは怖いもの、苦手なもの』だとしていた。


 それでもオルドホルムの留守を預かる騎士として半端な態度は取れない。

 だからこそ戦いに挑んでいるという側面もある。


 魔術──正確には攻勢術と呼ばれる攻撃のための術を師を得たり、学業から学んだりしているわけではないリオ。それでも行使できるのは観察眼の鋭さであった。

 正確には観察眼というよりは戦場における洞察力、記憶力、思考力、推理力、そうしたものの複合的な眼力を卓見と呼ぶことが多い。


 リオはこの卓見という才能を秘めていた。


 その才能によって彼女は見て、知って、望んだ術を思考の中で分解し、再構築し、運用する能力を発露しつつある。

 とはいってもこの才能は万能の模倣者を示すものではない。


 分解するにしてもその構造が単純でなければ未熟な彼女では、分解しきれず、そうなれば当然、再構築もできないのだ。

 あくまで彼女ができるのが学問的な学習であって、右から左にものをうごかすようにして真似ることができる模倣ではない。


 だが、駆け出し冒険者であるエレが扱うものであれば学んで運用することができた。

 威力に関しては──……


「ゴブゥ!? ゴアゴ、ゴ……」


 レンガが飛んできて当たったくらいの威力。


 エレのそれに比べればだいぶ控えめだった。当たり所が悪ければ、いや、この場合は良ければになるか、命を奪うこともあるかもしれないが、それでも戦闘での殺傷目的の手段としては心許ないものだった。


 だが、それでも足を止めさせることはできた。

 そうなればあとは臨時一党の前衛たちが殺到し、とどめを刺す機会を得られる。


 こうして戦いは続き、やがて笛が鳴る。

 戦いの終わりを告げるものだった。



 ✘✘✘



 オルドホルムには戻らず、アドルインへと向かったリオはそのまま依頼主として作るべき書類を作り、更に参加者(正確には協力者)としての今回のレポートを纏めてフィニーに提出。


「綺麗に纏められているね。それに不足もないし。

 リオちゃん、仕事に困ったらいつでも受付嬢の面接に来てね。即日採用するから」

「あはは……。ライヒ様が路頭に迷ったら就職させていただきたいです」

「ライヒが?」

「はい。今度は私が養わないとですよね!」

「うん? うん」


(ライヒをヒモにするってこと……?)


 などとフィニーは思うが、主従関係はそれぞれ。深くは追求しないことにした。


 リオはそんなことを言いつつギルドとの関係で生まれている収支関係を見る。

 ギルドからグレイトキャピタル家に送られる金銭で主なものは


 ●冒険者の飲食代、宿泊代、治療代他、施設使用料や消耗品の購入代金

 ●迷惑料

 (チェック漏れで性質の悪いものが来て問題が出たときにギルドが支払う約束になっている)

 ●ライヒ印の迷宮産のアイテムの買取の支払い金額の2%

 ●ダンジョンの助っ人代金(主にアルシュカの仕事)


 この辺りだ。

 これ以外に現在はアルシュカの作る代用茶なんかもギルドで売れたものに関してはここに含められて支払われる。


(……正直、これだけでも相当の売り上げなんだよね。

 今までが虚無すぎたのもあるけど。こういうのを設計しているんだからライヒ様は自分で言うほど手腕がないとは思えないんだけど)


 勿論、もっと絞ろうと思えば絞り上げられる。リオはより悪辣に集金する手段も幾つも思いつくことはできたが、ライヒがそれを嫌がりそうだったから提案はしていない。


(口では何もかも利用してゼニ稼ぎますわ、なんて言ってるけど……)


 ギルドに発注された依頼が張られている壁、通称『クエストボード』から待合所にもなっている、併設されている酒場を見る。

 賑やかだ。

 最近は外部からも少しずつ冒険者が流れてきはじめているらしいのをリオはフィニーから聞いていた。

 多くの人がはつらつとしている。


「ライヒのお陰で少しずつみんな、前を歩く手段を得始めたんだ」

「冒険者って大変なんですね……」

「お金を稼いで食べていくための最終ラインの一つ、なんて言われるくらいだからね」


 だからこそフィニーは冒険者に可能な限り寄り添った案内をしたいと考えている。

 そうしたスタンスであることはリオは短いながらも事務仕事や協業を一緒に計画する中で理解している。


(でも……このままだとやっぱり厳しいよね……)


 次の納税に必要な数が百だとして、これまでの稼ぎはせいぜいが七程度。七十ではない。七だ。

 これでも必死に回しての七。

 税金支払いの日までこのペースだとせいぜい三十か、いけて四十。


 完済まで考えればよりシビアな状況だと言わざるを得ない。


(アルくんはお茶を提案してくれた。私にはなにができるだろう)


 ライヒからしてみればここまで優秀に事務仕事をこなして、ライヒが提案する事業を現実化する努力ができる時点で充分という言葉では足りないほどに仕事はしているのだが、当人の自認はまた別ということである。


「リオ、仕事終わったか?」


 うんうんと悩みそうになったところでアルシュカが声を掛ける。

 彼もゴブリンたちの大規模撃破の依頼を受けていた。

 その後に乞われてお茶の淹れ方講座を開いたりしていた。


 口ぶりこそ粗野だが、見た目の良さと付き合えばわかる少年の優しさからアルシュカはリオと並んでアドルインでは少しずつ人の耳目を集め始めている。


 アルシュカはそこに『実はお茶を淹れる技術や知識がある』というギャップが加わり、

 一部のお姉様やお兄様に人気が出始めているというのも事実だった。


「うん、これで終わりだよ。フィニーさん、あとはお願いします!」

「任されました。本日もありがとうね、リオちゃん」

「フィニーさんこそ、勉強させてくださってありがとうございます」


 冒険者ギルドにはあまりいないタイプのいい子ちゃんぶりにフィニーも安らかな気持ちになる。

 そうしてリオとアルシュカはギルドを出て、帰路に着く。


 アドルインでの移動は二人一組(ツーマンセル)が原則化されている。

 ライヒはアドルインは好きだが、信頼しきっているわけではないからだ。

 大切な騎士二人になにかあっては困るからこそ、二人で必ず一緒の行動をと命じていた。


 ちょっと薄暗い通りを進まねばならないときに、


「お、可愛いねえ」

「二人とも可愛いよお。どこいくのお」

「へっへっへ」「ひひひ」


 このように絡んでくるものがいる。


 リオは杖を、アルシュカは剣に手を伸ばす。

 外見こそ少女と少年だが実力はそこらのチンピラが手を出せるような相手ではない。

 往々にして木っ端というのは彼我の実力差がわからない場合が多いのがこうした状況を作り出すのだが。


 そのとき、革の手持ち鞄が一つ、チンピラめがけて飛んできた。

 勢いが付いたそれは鼻骨を折るのに十分な威力があった。

 裏路地の影から「こっちだ」と囁く声。

 ここで斬った張ったをするのと、怪しい声に従うのはどちらがリスクかは悩ましいが、それでもリオは声の主の善性を信じ、アルシュカはそんなリオを信じた。


 声の方へと走る。チンピラたちが追いかけようとするも複雑な路地の作りにすぐに撒かれてしまうのだった。



 ✘✘✘



「助かりました」

「相手が、ね」


 声の主が男である以外にはなにもわからなかった。

 顔をフードで隠している。

 体躯は細く、しなやかで、すこし骨張っていた。フードのからちらりと黒髪が見える。


 相手が助かった、というのはつまり彼は彼我の実力差が理解できている人種だということだった。


「昼はこの辺りも平和なんだけど、夜になるとドラルディン・ファミリーって呼ばれている『よくない連中』が飲み歩きに出るんだ。

 だから歩けるのは夕方までだと思った方がいい」

「わかりました」「そうする」


 二人が素直に従うのにフードの男は小さく頷く。


「なあ、アンタ。その、よかったのか?」

「何が?」

「あいつらに投げ付けた鞄。アンタのだろ?」

「中に入っているものなんて換えのきくものだけだから気にしなくていい」


 それでも、と言おうとしたアルシュカに、


「いつかこの街から悪党が排除されきるまで、どれほど時間が必要かはわからない。

 けれど、その日になったときに笑顔で道を歩いていて欲しい。

 そのために鞄を投げただけ。物理的な未来への投資なんだ。だから」


 気にしないでくれ、というのが彼の言う鞄は換えのきくものだから気にしなくていい、の全文であるようだった。


「ありがとう」


 アルシュカも何かを言うべきだろうとも思ったが、何を言っても無粋になりそうな気がして、感謝だけに止めた。

 リオもそれは同様で同じく「ありがとうございます」と礼を述べる。

 フードの奥の、髪の毛と同様の黒瞳が少し笑みを作ったような気がした。


 結局フードの男は二人が乗る馬車の近くまで見送った。

 二人が馬車の待合の近くまで言ったのを確認すると別れの言葉もなくすっと消えてしまっていた。


「なんだか、不思議な人だったね」

「いるもんなんだな、何も明かさず善行をなすような人ってのは」

「うん。けど……」

「どうした?」

「あ、いや、えっと。なんでもないよ」


 リオはその瞳が随分と冷えているように見えていた。

 全てに絶望しているような。

 いや、違う。

 あれは全てに絶望しているのではない。昔の自分と同じだ。自分に対しての失望で曇っているような。

 自分の場合はその無力さで曇っていた。

 あのフードの男は、何に失望しているのだろう。

 そればかりは言葉を殆ど交わしてない以上は彼女の卓見を以てしても見通すことはできなかった。

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