没落令嬢vs経営計画
買い取りを済ませ、個室に案内されるわたくし。
フィニーはお茶を持ってきながら、
「で、話ってなに?」
受付嬢をやっているフィニーですけれど、このギルドにおいてはNo.2の立場。
No.1はギルドマスター(いわゆる支部長ですわね)なので彼女は相当偉かったりしますわよ。
それほど大きくないギルドとはいえ、やり手が顔見知りだと色々と助かりますわ。
「冷静に聞いてくださいましね」
「いつだって君より冷静な自信はあるけど」
「うちの領地にダンジョンができましたの。マスター付きの、ですわよ」
「ふーん……え!?」
広義でのダンジョンが生まれるということ自体は珍しいことじゃあありませんの。
例えばゴブリンの巣穴もダンジョンの一つ。
大抵はその巣穴の主を殺せばそのまま風化して、いつのまにか消えますわ。
けれど、ここでわたくしとフィニーが口にしている『ダンジョン』はそういうものを指しているわけではありませんわ。
宝が沸いたり、複雑だったり、ボスがいたり、空間をねじ曲げているような構造になっていたりするものこそを、冒険者は『ダンジョン』と呼ぶ。
そうしたものにはダンジョンの支配者が健在ならば、踏破されても一定の時間のあとに復活する性質がある。
復活後には出現する魔物が強くなったりして攻略しにくくなるものですわ。
なので、無限に稼げる場所ってわけではないのですが、それでもこういう成長するダンジョンは貴重なもの。なにせ宝が勝手に沸くのですもの。
何度も踏破されていってダンジョンはより凶悪な作りになり、攻略不可能になってしまうだとかってケースもあったり、
成長の限界に来ると支配者が健在でも、いろんなものを沸かせる力を失って消えることもありますわね。
だとしてもダンジョンがある土地というのはそれだけで価値が上がりますの。
通例として、街の範囲にダンジョンが生まれた場合は街の管理下となって、どうするかはそこの管理者や運営者が決められますのよ。
けれど、
「君の領地に……」
そう。
わたくしの領地に存在する時点で管理、所持はわたくしのものになりますの。
これは超帝国でも定められておりますし、大抵の国でもそうですわね。
「ああ。だから買い取りに色々出していたのね。でも、それが──」
どうしたっていうの?
と言おうとする彼女を制するように
「自慢しに来たんじゃないんですのよ。本題はここから」
「だよね。うん、ごめん」
自慢話をしに来たわけではないことは彼女もわかっていても、それでも思考がふわふわするのはそれだけダンジョン出現というのが大きい出来事であるってことなのですわよ。
「そのダンジョン、成長しないんですのよ」
「……え? それってつまり」
「ええ。ハチャメチャに金策効率が良いってことですの」
それを聞いてから彼女は数拍止まり、
「いや、なんで私にそれを言うの!?」
そりゃそうなりますわよね。
誰にも言わなければ一生食うに困らないかもしれませんもの。
「それが相談、ってところに繋がるんですのよ、フィニー。
……少しだけですけれど、クエストボードは見ましたわ。
正直な話」
わたくしの言葉に対して苦々しい表情を浮かべながら、彼女は、
「シケってる、って言いたいんでしょ?」
「ええ。バリシケですわよね」
「バリシケ……そうなんだけどさ」
流石に真正面から言われると表情が更に複雑になりますわね。表情豊かなのも素敵ですわ。
「事情は色々あるんだよ?
君がぶん殴った後に経営を託された市長は跡取りもろとも死んじゃうし、そのあとに来た代官は素人過ぎて運営側に振り回されてるし、そのせいで今まで動きが鈍かった裏社会の連中が好き勝手し始めるし、隣領の連中の動きもあるし、魔物も増えてるし──」
とわたくし相手に溜まりに溜まっていたであろう愚痴の一部がワッと漏れるが、それ以上を彼女の理性が押し留めた様子。今度飲みに誘いましょうね。
一度口を閉じてから息を整えて、今度は冷静な口ぶりで、
「正直、育成の方に手を回せないってのが実情なんだよね。
依頼だけじゃなくて、単純にサポート体制も間に合ってるわけじゃない」
彼女は続けて、とはいえ、志望者や初心者自体は増加傾向にある、とも。
これも喜ばしいことでもないのですわよね。
何度も言っておりますけれど、この辺りはド辺境。
わたくしの荘園もお寒い状況ですけれど、この辺り全体がお寒い状況なのですわよね。
何かを作り育んで、というサイクルを回せないとなれば身を売るか命を賭けるかしてお金を稼ぐしかなくなってしまいますわ。
とはいえ、いきなり対人で殴り合う──最悪は殺し合うことになる傭兵になるってのはハードルが高すぎますし、そもそも生存率が低すぎるという致命的な問題がありますのよ。
そうなると仕事の幅が広いと言われている冒険者を目指すか、裏社会に転がり落ちるかしかなくなってしまうってわけですわ。
殆どは冒険者にはなりますけれど、それだって仕事の幅があるだけで実は傭兵や裏社会と死亡率はあんまり変わりませんから。
ただ、冒険者の場合はギルドの努力と依頼状況次第でしっかり育て上げることもできますから、マシっちゃマシ。
けれど、努力ができないくらい仕事の幅がなければ……。
「君が少し面倒見た四人組の子たち以外に、他にも何組もいるの。
ひと月前には彼らとは別の一党が仕事がないからってゴブリンの洞窟を片付けに行って戻ってこなかった。
……もう少しでも練習できるような依頼があれば、戻ってきてくれたかもしれない」
「フィニーのせいじゃありませんわよ」
視線を落としてしまった彼女の手を撫でて差し上げます。
頑張り屋さんなのは昔からですわね。変わってなくて嬉しいけれど、同時に潰れてしまいそうで心配にもなってしまいますわ。
「だから、ですわよ。
わたくしの領地のダンジョンを使って、初級者向け育成してもらおうと考えていますのよ。
レベリングだけじゃなくて、お金に困りがちな中級者までもサポートしたいと思ってますわ」
「つまり」
「ええ。そのことを広報してほしいんですの」
「で、幾ら払えばいいの? 入場料とか、そういう相談をしたいってことよね?」
彼女の表情が少し明るくなる。
普通は広報するならお金をくれというところを、逆のことを言うのもダンジョンに関しては普通。
ギルドはギルドでダンジョンから持ち帰られた買い取り品などで潤うのでダンジョンの持ち主にはこうした形で便宜を図ったりするのが普通だというのはよくある話ですわ。
「要りませんわ」
「どれが?」
「ですから、今あなたが仰ったことの全てが、ですの」
「へ……?」
「ですから、無料にするといっておりますの。その代わり──」
それからは色々と密談。本当にしたかった相談をしましたわよ。
終わった頃にはしょげていた彼女の機嫌もなおり、やる気も満々に。
わたくしも『計画』が一歩前進したことに悪い笑みが出そうになりますわね。ホホッ。
高笑いを我慢しつつ、個室を後にしましたわ。
色々と状況を纏めたらまたお話しましょうということで、今日は解散。
戻ってみるとアルシュカとリオは他の冒険者たちと交流しておりますのね。
「そろそろ帰りますわよ、二人とも」
そう呼ぶと二人はぱたぱたとこちらへ寄る。
「忙しくなりますわよ」
「はい!」「忙しく、かあ」
わたくしの言葉にリオは強く頷き、アルシュカは眉根をひそめ、それでも頷く。
確かな信頼を感じますわねえ。
付き合いの時間を増やして、更に更に信頼を得たいところですわね。これから長い付き合いになってもらわねば困りますもの。
✘✘✘
「で、これからどうするのさ」
「ダンジョンの周りで」
「周りで?」
「商売をしますわ」
「商売……?」
屋敷に戻り、一休みしてから領民たちを集めますわよ。
リオとアルシュカを紹介しつつ、
「冒険者が来なさる、と?」
取りまとめ役をやっているものがそのようにわたくしに問い返してきますわね。
この程度で不敬無礼などと言うことはありませんわ。
それを許可した上での会議ですし、このじい様はわたくしがガキンチョの頃に何度も叱ってくださった硬骨の士って奴ですわ。
「ええ。この土地に」
ダンジョンが現れたことを説明する。ダンジョンについては多かれ少なかれ領民たちのような一般人でも知っていますわ。
魔物の住処。周囲に被害を与えかねないもの、と。
「ですので、冒険者に対処してもらおうと思っておりますのよ」
「失礼ですが、お嬢様……いえ、領主様が対処するのではだめなのですか」
我が領地、オルドホルムの農業を支えているものたちを差配している老人。
領主の交代は知っていても夜逃げしたという事実は知らないのでしょう。
ただ、金がない領地であることは知っているようなので、
『冒険者なんて雇うお金あるの?』
とまあ、そういう不安があるようですわね。
勿論ないですわよ。そんなの。
「わたくしが対応してもいいのですけれど、それでは未来に繋がらないでしょう」
「と、言いますと?」
「この機会に冒険者の皆様に我らがオルドホルムを気に入ってもらうのですわよ!」
ここを? こんな田舎を? ジャガイモくらいしかないのに?
各々が口には出さずともそういう顔をしている。
「これがこのライヒの、オルドホルム領主としての最初の仕事になりますわ。
わたくしの価値はそこで見定めてもらうつもり。
ですので、あなたがたにも働いてもらいますわよ。それでダメなら、わたくしは領主の器ではないとして、超帝国にしかるべき対応をいたしますから」
背水の陣を敷く。
どちらにせよこの一手目でつまずくようならわたくしには最初からその手の才能がないと諦めますわよ。
「お覚悟はわかりました……。ですが、我らにできることなど知れております。
ですのでできることは必死にさせていただく所存です。領主様、我らは何をやればよろしいのです」
まずは動いてもらうことについては成功ですわね。
「それじゃあ、まずは──」
✘✘✘
初心者向けダンジョン……という名前では寂しいので適当に付けておきましょう。
『ライヒ印の迷宮』っと。
……まあ、正式な名前は軌道に乗ったら。
「看板を作ればいいのか?」
「ええ。雑でもいいですから、数をお願いしますわ」
アルシュカには看板をお願いすることにしますわ。
「そちらにベッドを。はい、ええと……それはこちらで」
リオにはダンジョン近くに置く簡易医院のようなものの差配を。
そうしたものは作ったこともないからわからないとのことだったので、
『自分が立ち回りやすいように』
『これが完成品ではないから練習のためのものとして』
と付け加えましたわ。
「領主様、本当にジャガイモ料理ばっかになっちまっただけどんど、いいんだべか」
「この辺りに最初に来るのはお金もない初級者ばかりですから、安くて量があれば今はそれで十分ですのよ」
と、いった感じで準備は進んでいく。
建材などは全て辺境ゆえに使われなくなった家がたくさんあったので、そこから拝借しましたわ。
そうして数日程度でダンジョンの周りを囲むように簡易的な医院と、食事処、休息所。
それにここまで案内するための看板もたくさん。
「これで未来に突き進むための準備はできる範囲でやりましたわね。
──さて、それじゃ|開店《The bar is open》と行きますわよ!」




