鍛錬令嬢vs鍛錬戦士
ベイシン、ナスルード伯爵家、三子。
何かと問題の多いベイシンでは目立つ家ではなかったが、まあ、つまりは突出して悪事を働かないというだけ。
周りの家々と同程度には悪さはしていたらしい。
女の身であるからと家業から遠ざけられていた当時には知る由はなかったこと。
今更になってわかったことでもある。
内容?
暴力、搾取、薬物、人身売買………よくある奴さ。
過去の、ある日のこと。領内の巡察という名の搾り取りに出る父上に付いていく。
跡取りではないが、兄たちに比べて多少剣の腕が立つということでどこに連れていても問題のない護衛としてよく駆り出されていた。
そんな折。
馬車が停車した。外で何か叫んでいたのは聞こえたが、どうやら声は道を塞ぐなだとかそういった内容だったようだ。
「溜め込んでいるそうだな」
声を発したものがいた。
怒鳴るわけではないが、通る声だった。
野盗か山賊か。
風体と人相の悪い男が立ち塞がる。手下の数もそれなりに。
とはいえこちらも腐っても伯爵家。護衛もそれなりにいる。
馬車から出るのは私だけではない。
傍に置いてあった家紋代わりとも言える兜を掴むとそれを被る父。
父上がしっかりと装着できたことを首を振って確認してから、剣を掴むと立ち上がり、外へ。
「たわけども、わしがナスルードであることを知って往路を塞ぐか」
父上の苛立つ声。
「そうだ。ベイシンでも武闘派の一門と聞いている」
思わず私も表情を固くしてしまった。
誰とも知らずに身なりの良さで襲い掛かってきたなら問題はなかった。
だが、この賊はこちらがナスルード、武門の血統であることを理解して、明確に襲う相手と選んで現れたのだ。
「殺す前に慈悲として聞いてやろう。誰の差金か。
モルダッキスか、デンベラーか。それとも別の家か?」
「どっちも違う。そして、家がどうのって話でもない」
「ならば本当にただの野盗とでも」
どちらの家もナスルードと権力を争う、だが、刺客ではないという。まあ、刺客だとして素直に言うものかとも思うが相手の口ぶりは本気のようなものを感じる。
父上は鼻を鳴らすと剣を鞘から抜いて構える。
相手はすでに抜身。大上段に構えた。騎士の兜を見てなお。
馬鹿げた話だ。そこらの騎士のものではない。首を取られぬため、取られたとして実検の際に間違われないためにと中身の保護に観点を置いたそれは刃で断てるようなものではない。
その上で、父上が被っているそれは、衝撃についても大槌でたたきつけられてもめまいの一つも起こらないように術が込められている。まさしく家宝と言うにふさわしい逸品。
そんなナスルードの兜はここらでは有名だし、的にしている以上知らないわけもない。
「無闇な自信と無計画さは命を捨てるに同意義であることを知れえぇい!!」
踏み込む。
全盛期から少しは過ぎているとはいえ、踏み込みは鋭く疾い。
同時に踏み込んだ男の一撃は、しかしそれ以上だった。
一瞬の交差。
ぱっと赤い鮮血が男の肩口から吹き出るも致命傷ではない。
父上は振り返ろうとしたのか、体を向けようとした時にずるりと頭がずれて、兜ごと両断されていた。
「な……」
それからようやく私は剣を構えるが、男は剣と割れた兜を拾い、近くにいた仲間に持たせていた。
こちらを一瞥もせずに去ろうとしている。
手下についても同様だった。
「ま、待て!」
呼び止めた。
何を望むのかもわからずに、ただ武門に生まれたものとしてこのままにしてはならないという教育がさせた行動だったと今ならわかる。
「私を殺さないのか」
「お前がこのナスルードの当主より強いのなら殺すが」
「……ッ」
「その様子ではそういうわけではないのだろう。ならば殺すまでもない」
剣の血を振り払うと鞘に納める。戦いは終わりだと言外に表現していた。
「いつか、父の仇を取ってやる」
「それは楽しみだ」
さして期待もしない声で返される。言葉など伝えるだけ無意味なものだろうと言いたげに。
「仇を討ってやる。お前を殺してやる。だから、その名を教えろ」
私の言葉にそれは一瞥する。
「ヒョルド。……ヒョルド・アルバネット」
その名前が近隣を騒がせる悪党、兜割りの二つ名を与えられた男であることを知るのは少し後のこと。
二つ名の出所がナスルードの兜を割ったことだと知られた頃には家名は地の底に落ちていた。
兄上たちは母の実家に身を寄せて糊口を凌ぐことにしたらしいが、私はそれを断った。
父を守れなかった子供が今更親にどう縋れというのだと伝えると母や兄だけでなく、他の家からもナスルード最後の名誉だ、天晴れだと言われた。
残った家族にとって最低限の名誉の保証にもなり、私自身にとっても最低限の手形となった。
ただ、実際にはそれは建前でしかない。
ヒョルド・アルバネット。
父を殺した剣士。
私にとってその男は仇であり、それ以上にガチガチに固められたベイシンの社会や風習を切り裂いた衝撃そのもの。
仇をとるという名目もあったが、彼が何故あんな危険な真似をしてまで騎士狩りをしていたのか。その強さの源はどこにあるのか。目的達成のための原動力はなんであるのか。
もとより騎士社会、貴族社会で生きていた私にとって馴染みのない『それ以外』の社会についても含めて興味は尽きない出来事だった。
上部だけの名誉を得て、あるいは支払って私は自由を得た。
理由は父を殺した剣士を殺すための遊歴。
その実、純粋な力がどこに向かうのか。その果てを知るために出た冒険への渇望だった。
✘✘✘
あれからどれほどの時間が経ったか。
仇討ちのために独り立ちしたが、冒険者に転身してから存外この生活と身分のあり方が気にいっていた。性別で侮るものも少なかったし、危地に転がるにしろ死ぬにしろどうあれ自分の責任が全てだと納得できるからだ。
野盗狩りの仕事を受けて戻ってきていた。
今更あの騎士狩りに会えるとは思っていないが、それでも日課として野盗だの盗賊だのの退治については率先して受け付けていた。
感傷か、自分の中の理由に対しての弁護か、人の形をしているものを切ることを楽しく思う怪物になってしまった証左なのか、深いことは考えないようにしていた。自分を見つめることは少し恐ろしかった。
「──でよお。遂に討たれたらしいぜ」
「マジかよ。アイツが──」
ベイシンの辺境。冒険者ギルドとは名ばかりの無法者の止まり木。
アレからそれなりの時間が経ち、仇を探して武を磨くだけの小娘が酸いも甘いもある程度わかる女に育つまでになる。
居心地がいいとは言えない場所ではあるも、噂を拾い集めるに酒場を超える効率があるのはギルド以外にはない。
仕事から戻ってきてからすぐに幾つかの噂を拾えた。
例えば、賞金首が潜んでいそうな場所だとか、山賊たちが集まっている森があるだとか。
どちらも片付ければそれなりの金になる。
冒険者としての等級が上がれば上がるほど、稼ぎは渋くなる。
効率よく稼ごうとすれば依頼ではなく首に金のかかったものを退治するのが近道になってしまう。
かつては青水晶のように美しい髪も、日光や手入れの行き届かない日々によって藍色になってしまっている。だが、どうにもそれはそれで象徴的にと取ってくれる好意的な人間は少なくないらしく、長い髪は私の、そしてベイシンの冒険者たちの間で語られることも多い象徴だった。
「あの兜割りが死ぬとはなあ」
その言葉に思わず私は立ち上がってしまった。
勢いもあって机の上のジョッキが揺れた。
「うおっ、あ、姐さん。どうした?」
実力のおかげで藍色の剣士としての私が侮られることはない。
むしろ無法者どもからは姐さん呼ばわりでよくしてもらえている。時折だが私のそうした立ち位置に不満を持ったごろつきが挑んでくるが、それもむしろ鍛錬にちょうどいいと思えるほどに私の実力は最低限、自分が納得できるものはあったし、そこから得られる落ち着きもあった。
だからこそ久方ぶりにした行動が周りを緊張させてしまった。
「今、なんて言った」
「へ、へい。兜割りが、死んだって」
「兜割り……ヒョルド・アルバネットか」
「そうでがす。ここ暫くはどこぞに隠れていたか、名前を変えていたか。最近になって妙に名前を聞くようになったんでさ」
ヒョルドが死んだのはご存知の通り、アドルイン近郊であり、アドルインとその周囲はヴァルカイン超帝国の支配域にある。
ベイシンは他領であるからこそその情報が届くのにそれなりの時間を必要としていた。
「帝国軍にでも殺されたのか?」
腕試しに貴族を殺し、騎士を殺し、暴れ回り跳ね回り、権力者を怒らせるに当然のことをしていた。
強くなることが間違いではない。手段が間違いだった。
私が──ナスルードと家名でのみ名乗る冒険者が、いつかそのことを相手に叩きつけてやろうと探し、腕を磨いていた。
だが、
「いや、冒険者に殺されたそうですぜ」
「ベイシンに近いところにあるアドルインだかって都市の、なあ?」
「ああ。そうだ。名前までは知らねえが……蝕騎士だとかっておっかねえ二つ名の」
無法者どもが口々に。
そして、
「ってことは、アレじゃねえか。市長潰しの冒険者!」
「あ、ああー! そうか、アイツか!」
「だったら納得だ!!」
一同が色めき立つ。
「なんだ?」
「ああ。姐さんは冒険者の噂にゃあんまり興味もなかったですもんね」
語られるのは没落令嬢ライヒの活劇。
出奔から向こう、ベイシンの各地を巡って腕試しと冒険をしていたナスルードは詩に耳を聞くことがなかった。
耳に入ることはないわけではないが、興味がなければ記憶にも残らない。
「恐ろしい噂と力を持っている冒険者、ライヒって女の話なんだがね──」
✘✘✘
ナスルードについて、そこから語ることはそう多くはない。
国境を秘密裏に越えてライヒのもとに行き、ヒョルドの話を聞く、あるいはその実力確かならば腕を競わせてもらう。
それを目的にしていたが、国境越えに使ったツテはドラルディン・ファミリーであり、ギュストークであった。
彼女の生い立ちを聞いたからというよりも、おそらくギュストークは事前に彼女のことを知っていたのだろう。
ライヒとの戦いを約束する代わりに暴力の切り札の一枚として備えられることになる。
そして、決闘の日に至るのであった。




