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没落令嬢vs金策  作者: yononaka


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10/28

没落令嬢vs怪奇現象

 地上に戻るとリオが率先して見回りや後片付けをしていた。


(た、助かりますわ)


 ライヒもすぐにそれらに参加し、事態の収拾を確認。その後にようやく屋敷に戻ることができた。

 まだ色々と考えるべきことなどはあるとは思うものの疲労感が勝り、ベッドに転がった瞬間に泥のように眠ることになる。


(眠すぎますわ……。泥のように……。泥……のように……。なんか、ひかって……。

 光ってる? チカチカ何かが光っている気がしますわね)


 眠い目を開いて光の方を見やれば手。氏族紋がゆるゆると光っている。

 その光り方はダンジョンで魔物を倒し、光を吸ったときのそれと同じだった。


「静かになさいな」


 そう命じると光は収まる。

 これでよしと言わんばかりにライヒは本格的に眠ろうとするも、


(……ん?

 光り方はダンジョン内で魔物を倒したときのものと同じ?

 誰かがポータルに入った……わけはありませんわよね)


 出たときにはしっかりと閉じているのは確認済みである。

 段々と意識が明瞭に。敵がいた場合はどうだ。寝ている場合かと冒険者としてのライヒが語りかけてくるようだった。


 感覚は鋭く研ぎ澄まされていく。

 もはや眠気もどこかへと吹き飛んでいた。


 もしかしたら何者かが侵入し、何かの偶然でポータルが開いて入ったかとも思ったが、邸内に何者かが侵入した気配はない。

 極めて高い感度を有している現在のライヒだが、これに関しては自分の家であり、勝手がわかっているからこそ雰囲気の変化を掴みやすいというのも影響している。


(あの光はなんですの。

 一応ダンジョンの出入り口まで来ましたけれど、閉じていますわよね、やっぱり)


 ……閉じてはいるが、ダンジョンそのものを彼女は消してはいない。扉を閉じただけだ。


(つまり、誰かが中で戦っている……とか?

 だとしたら数時間戦わせっぱなしってことですの?

 だいぶエグいことさせていますわよ、それ)


 少し顔を青くしてライヒは急ぎ装備を整えて、紋に命じてポータルを開く。


(どうか、エグいことではありませんように)


 ライヒは切実にそれを祈り、ポータルの先へと進んだ。。



 ✘✘✘



 ダンジョンに入って、やはりすぐにライヒは変化に気が付いた。

 戦闘音。そして、ゴブリンどもの死骸。

 何かが交戦していた。


「うぐ、が、あがが」


 何か、は閉じる前に確認した侵入者。つまりはズタボロにされていた賊であった。


 しかし、そのズタボロになったはずの賊はただならぬ気配を帯びていた。

 傷口からは赤黒い光が漏れており、体のそこかしこにゴブリンに突き立てられた武器がそのままにされている。


 普通のゴブリンであればその姿に慄き逃げたかもしれないが、ダンジョンのゴブリンはあくまで目の前の怪物に対して侵入者と考えて攻撃を行う。

 猛攻にようやく膝を突き、動かなくなる。


 それからゴブリンたちは新たな侵入者であるライヒを見ては襲いかかる。


「まずは片付けてからでなければ見聞もなにも」


 剣を抜き払い、構える。


「なさそうですわねぇッ!!」


 戦いはやはり一方的。散らばったゴブリンたちには目も向けず、賊の死体へと近付く。


 死体は大人のものではなかった。賊とは言え、助けられなかったことに少しだけ苦いものがあった。

 ゴブリンたちとは異なり、死体から立ち上る赤黒い光はそのまま煙のようにゆるゆると上がり、拡散していた。


(わたくしの紋に吸われていかない……?)


 反応が異なる。どういうことかと考えるが、


「ぎ、あ、ぐ……ぎぎ、が」


 死体が再び動き始めた。

 濁った瞳がライヒを見据える。常人であれば竦んでしまうような、恐ろしいものであったがライヒはアンデッドとの対峙経験も多く、


不死転化(アンデッド・フォール)……」


 冷静に観測していた。


 何らかの条件が重なったとき、人間がアンデッドになることがある。


 大抵の場合、その条件の発端となるのは死ぬ際に強い感情、それも負の感情が高まったとき。

 それを魔力の核として、元の存在を変質させてアンデッドが生まれることになる。

 アンデッド・フォールとはそうした現象を指している。


 片手には壊れた剣を持ち、立ち上がろうとする。

 だが、動くだけで傷が修復されたりしたわけではないため、膝から崩れ落ちているような姿勢のまま。動くにしても身じろぎするのが限界であった。


「が、ぐげ、げ」


 剣を落とし、手を伸ばす。


「……たすけて?」


 ライヒの言葉に頷くアンデッド。

 対話ができるアンデッドは初めてではない。冒険の中で禁忌の力を以て自ずからアンデッド・フォールした魔術士と対峙したこともある。


 その人物も生前と代わらぬ態度で接してきた。

 魔術士は元々敵対心を山盛りにしたような相手だったので、友好的にティータイムをご一緒した、ということにはならなかったが。


「ううん。調伏するような技術は持ち合わせていませんから」


 救ってやりたくとも、手段が思いつかない。

 できることはせいぜい、そのアンデッドの肉体を完全に砕き割って存在できなくしてやる程度。


「こいつくらいしか解決策が思いつきませんわねえ」


 ゴブリンが持っていた棍棒を拾い上げ、片手でぱしぱしと感触を確かめる。

 アンデッドはふるふると拒否するように。

 案外、愛嬌のある動きをするものだとライヒ。


「といっても、屍術の心得もありませんわよ、わたくし」


 屍術はつまり、アンデッドを操る技術であるが、複合型脳筋前衛(戦士&盗賊)で自らの技術を固めている彼女にそんな高尚なものがあるわけがない。


 アンデッドも姿勢が姿勢であるため、明確にそうとは言えずとも、ライヒにはアンデッドが肩を落としたようにも見えた。


(よく見たら、まだ幼いのかもしれませんわね。……領民ではないにしろ、そうした立場に追いやられたものを哀れに思うことそのものは……)


 必死に生きてきた彼にも失礼かとも思う。

 だが、


「聞きなさい」

「あ、が、」


 反応を見せる。


「成功するかもわからないし、できるかもわからないし、どうなるかもわかりませんわ。

 でも試せることは試して差し上げます。

 結果、上手くいったとして、今からする約束を果たしなさい」

「がが、が」


 縋るような瞳で見る。それに答えるようにライヒは続ける。


「罪を持つなら、それを晴らすために行動なさい。

 贖罪はわたくしの手伝いで勘弁してさしあげます」


 彼女は聖職者ではない。神に代わって罪を裁くことはできない。

 であれば、犯罪に対して苦役を与えて贖罪とするように、それを約束させる。

 アンデッドは頷く。


「忠義と篤実を以て仕えなさい」

「ぎがぐ」


 誓う、そう聞こえた。

 ライヒも『約束しましたわよ』と告げて、手を前に。


 彼女には一つの知識があった。あるダンジョンで倒した魔物が復活するトラップの存在があったことを。

 であれば、このダンジョン内で死に、アンデッドとなったものも同様に復活をさせることはできないだろうか。そう考える。


「戻れ、戻れ……」


 赤黒い光が紋から溢れる。

 ゆっくりとそれがアンデッドに入っていくとその肉体に突き立っていた武器を吐き出させ、時が逆巻くように傷口が塞がっていく。


「ああ、っぐううう……ううあああ、ああああっ!!!」


 声が響く。

 苦悶が暫く続き、やがて全ての傷が塞がったそれが荒い息を吐きながらライヒを見る。

 ライヒの紋から出ていた赤黒い光も消えていた。


 先ほどのまさしくアンデッドである、という姿とは異なっている。

 褐色肌に赤い瞳。黒い髪。

 異国の風情を感じるが、それが生来のものなのか、アンデッドフォールの影響か、あるいはライヒが修復した結果かはわからない。

 少なくともリオとはまた異なる美しい風貌であることは間違いはない。


「な、なにを……あんた、いったい……」


 そこまで言って、それは膝をついて、息を整えようと必死になっている。

 大部分が人間らしい外見に戻った彼に対してライヒは素直な感想を向けた。


「……案外、顔が良いですわね」

「な、なんか、言ったか?」

「なんでもありませんわ」


 ようやく呼吸が整ったようで、立ち上がる。

 やはりまだ子供であった。

 ただ、リオとは異なり、少年らしい細さの中に確かな筋肉や筋張ったものがしっかりと見えている。


「……どうやって、助けたんだ?」

「わかりませんわ」


 けれど、と続けるライヒ。

 持っていた武器を構え、向ける。


「まずはあなたから立場をお名乗りなさい」


 貴族として、どこの馬の骨ともわからぬものに対等に接せられるものではない! と言いたいわけではない。

 その言葉は明確に敵と味方を判断するための名乗りを求めたもの。


「オレは、アルシュカ。傭兵やったり、賊に堕ちたり、……語るものもない。

 今の御時世で、どこにでもいるつまらないヤツでしかないよ」

「つまるかつまらないかはわたくしが判断します。

 今のあなたはアンデッド? それとも人間?」


 それに対してはアルシュカと名乗った少年は少し悩むようにしてから、

 自分の体を触れ、脈を測るようにして、


「わかんないよ。ただ、心臓は動いているし、血も、多分流れているみたいだ」


 ライヒもそれを頷き、返礼として名乗る。


「わたくしはライヒ・グレイトキャピタル。このオルドホルムの領主ですわ。

 あなたには領地への侵入、領主屋敷への不法侵入及び私有ダンジョンへの侵入の罪がありますのよ」

「ダンジョンは、事故で迷い込んだようなもんだ! ……あ、いや……」


 相手が貴族であることに萎縮したこともあろう。なにより、侵入したのは事実。


「とはいっても、ダンジョンで大変な目にあったわけですし、その点はまあ、ひとまずは置いておきましょう。

 こんなところで話していて楽しいものでもありません。代用茶でよければお出ししますから、少し外で落ち着きませんこと?」


 そうした言葉からライヒが怒っていないことはあっさりと理解できる。

 理解できてしまえるからこそ彼は頷いた。



 ✘✘✘



「……おーい草、って感じの味のお茶だな」

「代用茶って言ったでしょう」

「草汁でしょ、こんなの。オレでももう少し上手く代用茶作れるよ、これなら」


 ほう、とライヒは金の匂いを微かながらも感じて反応しかけるが、ぐっと堪えた。


「で、先ほどの続きですけれど」

「ダンジョンに入ったのは、ごめん。でも、賊に追われてたんだ」

「どうして」

「あの賊に身ぐるみ剥がされたから」


 彼自身、別の賊に雇われていたらしい。

 しかし、賊同士の抗争で敗北し、身ぐるみを剥がされる。なんとか逃げ出して、奪われたものを回収するために行動をした。


 その行動というのがこの領地を観察していたゴブリンたちに賊を当てるということだった。


「様子を見ていた?」

「ああ。それこそこの屋敷の方角を見てた。

 ゴブリンの言葉はわからないから、見てたってくらいしかわからないけど」


 魔物も一枚岩というわけではない。

 ライヒは自分の手を見やり、紋を狙ってきたのかと予想し、今はアルシュカの話に集中することのほうが大事だと改めて視線を向け直した。


「それで、上手く賊を動かしてゴブリンどもにぶちあてた、と」

「けど、それが露見して賊に追われて、ダンジョンに転がり込み、結局」


 彼が利用したゴブリンとは別のものではあったが、因果は巡ったということか、結局ゴブリンに殺されることになった。


「ところで奪われたものは?」

「金だよ」

「回収は」


 顔を横に振る。


「この辺りまで追いかけてきた奴がいたろ」

「ええ、領民に鋤で突き殺されましたけれど」

「あいつが持っているはずだけど」


 確かに報告には高価な装飾品をつけていたと聞いていて、それは献上されたはずだ。

 ライヒはそれらを持ち出して見せる。


「金目のものといえば、これかしら」


 アルシュカはああ、と頷く。


「持ちきれない金はモノに変えるから、それになったんだろうね」


 ライヒはそれを机の上に置く。


「アルシュカ。あなたには二つ、選択肢を差し上げますわ」

「選択肢?」

「一つはこれを持ってこの地を去ること」

「もう一つは?」

「わたくしに仕え、新たな道と可能性を模索すること。勿論、その場合もこれはお返ししますけど」


 それを問われ、少しの沈黙。そしてアルシュカは装飾品を掴むと、ひと撫でする。


「もう、『こういうもの』に追われたくない」


 その声は切実な、年相応の悲鳴のようにも聞こえた。

 傭兵や賊で身を立てた人間とは思えないものだった。


 彼の言う『こういうもの』、それはつまり見えない明日についての恐怖であった。

 明日が無事かもわからないからこそ何をしてでも富を持ち、生きようとすること。それは明後日への恐怖の解消にはならない。

 そんなものは、安定と幸福から逆走している行為である。それをアルシュカは充分に理解していた。


「だから、」


 装飾品を机の上に置く。


「丁稚でも奴隷でもいい。別の道が……欲しい。それが許されるなら、これも献上するから」

「そう、……わかりました」


 彼女は立ち上がる。

 アルシュカよりも遥かに高い背丈。座っている彼を見下ろすに十分な差がある。


「では、(かしず)きなさい」


 少年はその声に渋々ではなく、望むように従った。

 礼の取り方は知らずとも跪き、こうべを垂れる。

 丁稚か奴隷か、それでも賊どもと命をかけて無益なことで争うよりはマシだと思っていた。


「アルシュカ。今日よりこのライヒの騎士として忠義と篤実を以て仕えることを許す」

「き、し……?」

「弱小にして没落、貧乏にして貧相な領地ですけれど、それでも新たな道を歩くことはできますわよ。さ、どうするのです」

「あ、う……えっと」


 傭兵時代、勲一等を得た人間が貴族に取り立てられていたときを思い出し、その口上を必死に思い出し、真似た。


「この身、果てるまで、アルシュカはライヒ様に尽くします」


 少年にとって、高価な装飾品よりも価値のあるものが不意に与えられた

 その宝の名は『可能性』や『未来』ともいわれるものだった。

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