第八話 戦場帰りの俺と、女心
「もう、……言うことを聞いて……」
翌朝、ミーナは目を覚ますと、
早速昨夜のことを後悔する。
考え事ばかりしていたために時間がなくなってしまい、
ちゃんと髪を乾かさないで寝てしまったために、
ひどい寝癖が付いていた。
いくら櫛でとかしても一向に思うようにならない。
ただでさえ、癖っ毛でいっつも時間がかかるのに、もう今日は朝食を取る暇もない。
もうすぐ、出発しなきゃいけないのに、
……こんな髪じゃ――
タルク君に笑われちゃう……!
なかなか鏡の前から動くことができない。
もう時間がない……
どうしよう、どうしよう……!
もうっ、縛っちゃえ!
一方のタルクは朝からご満悦だった。
昨日の反省を活かして、トレーニングは早めに切り上げ、汗を流し、制服に着替えた。
そのおかげで、しっかり朝食を食べることができた。
「ああ、腹いっぱいだ」
満面の笑みのタルク。
横にはマルコスが、ちょっと難しい顔をしている。
「お前、すげぇな……。
昨日あんなことがあったくせに、
よく普通にしてられるな。」
「おお!
絶好調だぜ!」
自慢じゃないが寝起きには自信がある。
どんなに疲れていても、寝て起きたら全開。
それに、塞ぎ込んでても、
何の得にもならないからな。
『1秒先には何が起こるかわからない。
1秒前に起きたことは変えられない。
今やれることを全力でやれ』
そう教わった。
だから、俺は、やると決めたことをやることにした。
――じょうしき。
それが何なのかはよくわからないままだが、
身につけるものだってことはわかってる。
『身につけろ』って言ってたもんな!
やってやるぜ!
「おい!マルコス!
早く行こうぜ!」
「まあまあ、ちょっと落ち着けよ……」
もたもたするマルコスを引っ張って寮を飛び出る。
バタン!と大きな音を立てる扉。
「あっ!」
目の前をちょうど通りかかった女子が、
びくりと大きく肩を動かす。
亜麻色の髪を束ねて一つに結んだ女子生徒。
「引っ張るなって!
……お、ミーナちゃん……かな?」
「よお!ミーナ!」
「お、おはよう……
タルク君、マルコスさ、君」
顔が熱くなるのを感じながらミーナは二人に挨拶する。
どうしよう。変って思われるかな。
……変じゃないって言ってくれるかな。
と不安になって、俯きがちになってしまう。
「ミーナ、元気ないのか?
……あれ、なんか昨日と違うな?」
首を傾げるタルク。
なにか昨日のミーナと違う。
すぐ顔を赤くするのは変わらない。
着ている服もおんなじだよな。
……何が違うんだ?
「おい、タルク、
早く言ってやれよ。」
マルコスが、ひひ、と笑いながら肘でタルクをつつく。
……何がそんなに面白いんだこいつは。
さっきまで文句ばかり言ってたのに、すぐ笑いやがる。
ミーナは、恥ずかしさからか、結んだ髪を触る。
触って、確かめるように。
「あっ!
結んでる!髪が違うんだ!
なんか変だなーって思ってたんだ!」
ガハハと笑うタルク。
「あ、
……そ、そうだよね……
……変だよね。」
途端にシュンとするミーナ。
さっきまでタルクに引っ張られていたマルコスは、今度は逆にタルクを引っ張る。
「おいおいおい、
タルクさんよ、
そうじゃねえだろう。」
「……なんだよ。」
「どうせ、お前のことだから、
昨日と変わってるから、で、変って言ったんだろうがな、女の子に髪が変とか言うもんじゃないんだよ。
「いつもの髪もステキだけど今日のもステキだね。」とか、「女神が現れたのかと思ったよ。」とかさ、……そういうのを女の子は待ってるわけ!……わかるか?」
身振り手振りを交えて早口のマルコス。
タルクは首をひねり、
「いや、わかんねえけど……」
「おおう……そこからか。
……じゃあ、ミーナちゃんは可愛いと思うか?」
「うーん、まあ、な。」
「よし。
なら、あの髪型、どうだ?」
「昨日と違うな」
「……違って、どうなんだ?」
「首のあたりが涼しそうだし、動きやすそうだ。」
「……ああ、
……そうだな……」
マルコスはガックリと大袈裟に肩を落とす。
「昨日の髪型と今日の髪型と、
……どっちが可愛い?」
「別に……どっちも一緒だろ。」
「ああ?」
「どんな髪型でも、ミーナはミーナだ。」
「おお?」
「まあ、どっちも可愛い。」
ロングテイルだろうが、ショートテイルだろうが、砂漠うさぎは可愛いしな。
……しかも美味いし。
「それだ!」
マルコスが食いつく。
「……どれだ?」
「それを、今すぐ、ミーナちゃんに言ってやれ!」
「聞こえてると思うぞ。」
「あ、あの……」
軽くビクッとして、振り向くと耳まで真っ赤なミーナ。
「聞こえてました……」
鏡を見なくても、きっと、真っ赤になってる。
――可愛い、って。
さっきまで、変じゃないかばかり気にしていたのに。
胸の奥が、
じんわりと熱くなる。
さっきよりも、軽くなった気持ち。
気持ちは軽いのに、走ったあとみたいにドキドキしている心臓。
自分の身体なのに、なんだか変だ。
お話のお姫様の気持ちが少しだけわかるようになった気がする。
もしかして、これが好きってことなのかな?
タルク君、が――
額をペシ、と叩かれる。
ハッとすると目の前にタルクの顔。
「どした?
早く行こうぜ。」
――「近いですっ!」
また、突き飛ばしてしまった。
――
「門の前、何かあったのかな?」
ようやく歩き出した三人はほどなくして学園の門に着く。
「馬車が、停まってる?」
「だな」
馬車の脇をすり抜けて門を通ろうとしたとき、馬車と扉が、ガチャリと音を立てて開き、
「待て!」
と、呼び止められる。
馬車から降りてきたのは、アルベルト。
睨みつけるような目でタルクから視線を外さず、
「レオナルト兄さんのことで話がある。」
低く、抑えた声。
その声とは裏腹に、全身から殺気が満ちている。
「そうか。」
一歩も引かず、事もなげに言う。
俺の後ろに隠れるように、ミーナが息を呑んだ。
「……どうでもいいけどよ、
アレ、どけろよ。」
馬車を指差す。
ぴくりと動くアルベルトの眉。
「すっげぇ邪魔だし、
それって普通のことじゃぁねえだろ?」
ここまで言って、軽くマルコスを見る。
俺と目が合ったマルコスは軽くうなづく。
――よし、正解みたいだ。
「……」
アルベルトは何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。
唇がわずかに歪む。
苦々しい顔のまま、御者に合図を送る。
御者はうなづき、馬車は走り去る。
アルベルトはその様子を一瞥し、口を開く。
「タルク、貴様は――」
「アルベルト。」
まっすぐにアルベルトを見る。
「話なら後でしてやる。
……今は、あれだ。
かだい?とかいうのしなきゃなんねぇから。
だから、またな!」
俺は手を振り、アルベルトの横を抜け、マルコスとミーナを連れて歩く。
後ろでなにやら言っているが、まあ、無視だ。
こいつは生きてる。
学園じゃ、死ぬようなことはない。
だから、後回しでいい。
俺は、今やらないといけねぇことがある。
とりあえず、単語の書き写し三ページ。
これを授業が始まる前に終わらせねぇとな。




