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戦場帰りの少年兵、平和な学園に放り込まれる ~人を斬ることしか知らない俺は“常識”を学ぶことになった~  作者: 時津津


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第九話 貴族の私と、兄の死に関わる男


「話なら後でしてやる。

 ……今は、あれだ。

 かだい?とかいうのしなきゃなんねぇから。

 だから、またな!」


 奴は、私に手を振り、何事もなかったように歩き出す。

 平民以下のくせに、貴族である私の話を勝手に切り上げて。

 

「待て!私を見ろ!」


 奴は振り返りもしない。


「――この、無礼者が……!」



 今朝、私は覚悟をして家を出た。

 父に暴力を振るい、父が兄の仇と語った男、タルク。

 私と同じ歳でありながら、先の戦争に王国軍兵士として参加していたらしい異色の経歴を持つ男。

 

 

 八つも離れた兄を、当時十四歳であった奴が殺すなど、容易なことではない。

 きっと、卑怯な手を使ったに違いはない、と思うが、

 もしかしたらそれは、私の想像によるもので、正々堂々とした決闘の末であったのかも知れない。

 事故なのかも知れない。

 父への暴力の件についても、断じて許すことはできないだろうが、何かしらの理由があったのかも知れない。


 父の話を鵜呑みにして奴を誅殺するのは短絡的で、それは、貴族としての矜持に反するものかも知れないと考えた私は、まずは奴の言い分を聞く必要がある、と考えた。


 そうして、奴を学園の門で待ち構え、話を聞こうとした結果が、これだ。


 

 父は、勇猛果敢なお人であった。

 若い頃から豪剣の持ち主であったらしく、

 私が五歳の時、先の戦争が勃発するとすぐに参戦し、十年間のほとんどを戦場で過ごされ、剣だけではなく知略まで身につけ、戦争末期には知将と呼ばれ、終戦時には戦功として伯爵位を授けられた。


「民とは、使うもの。

 今をより良くするには、

 ――民の使い方を考えることだ。

 奴等には考えるだけの能がないからな。」


 幼少時にも、つい最近にもよく聞く父の言葉。

 ――それが正しいのだと、教えられてきた。

 

 それこそが貴族のあるべき姿なのだと思う。

 ――が、兄は少し違うことを言っていた気がする。


 家を空けてばかりだった父。

 ……私にはレオナルト兄様がいた。

 

 八つ離れた兄。

 残念なことに、体格には恵まれなかった兄だったが、顔立ちは綺麗で、私に優しく、たくさん遊んでもらった。

 私が七歳になるまではいつも一緒で、騎士学校に入学されても、休暇の度に帰ってきてくれ、たくさん構っていただいた。

 騎士学校を卒業され、出征されたのは、私が十歳になる頃。

 ……その四年後に戦死された。


 兄は、戦場からも度々手紙をくれた。

「民の中にも、なかなかに芯の通った者がいる。」

「信に足る者もいる。」

「彼らと協力することが、

 より良くすることに繋がる。」

 これらは、その手紙によく書いてあったことだ。



 ふと、記憶がよみがえる。


 あれは、私が十二歳の頃。

 出征以来、初めて一時帰宅した兄様に稽古をつけてもらった。


 あの時は、成す術もなく負けたな。

 自分がなぜ負けたのかもわからないくらい。

 兄は、華奢な体躯なのに、

 力いっぱいに振った剣をふわりといなす。

 体勢を崩され、スルリと兄の剣が首筋に当てられる。

 何度やっても一度も勝てなかった。


 兄は、父の剣を剛の剣と呼んだ。

 対して自らの剣を柔の剣と。


 民に対する考え方にしてもそうだ。

 父と兄のそれは、

 正反対と言っていいほどに違った。


 騎士学校に行ってから

 ……いや、出征されてから、か。


 ――そうだ。

 あの時――


「アルベルト、力任せに剣を振るのは感心しないな。」


「なぜですっ!?

 力がなければ斬れないのでは!?」


 兄は、ふふ、と笑う。


「それは、父上に聞いた事だね。

 父上の豪剣は、その体躯があってこその剣だ。

 ……相手の剣ごと叩き斬るような膂力があってこそ。

 非力な我らには真似することはできない。」


 それに、と付けて、


「どんなに鋭い剣でも、

 当たらなければ、何の意味もない。」


 兄の言葉通りだな、と思った。

 事実、私の精一杯の力で振った剣は、

 兄様の剣に触れた途端に軌道を変えられたうえ、

 体勢まで崩される。


「うう……」


「最近では父上も、策を使うことを重要視されている。

 膂力だけでは、その限界もあるのさ。

 ……まあ、私は策を使うのは、苦手なんだけどね。」


「それに、だ。

 力だけを頼りにすると、その分、隙を生む。」


「隙……ですか」


「ああ。

 ……父上には、近習の者たちがいた。

 彼らが父上の隙を埋めていた。

 だから父上は、その豪剣を振るうことができたのだ。」


「だが、男爵家の子である我々には、

 そのような者はいない。

 ……ならば、どうする。」


 私は、木剣を握ったまま首をかしげた。

 兄様は、少しだけ困ったように笑ってから、

 そっと自分の胸元を指先で叩いた。


「自分で、隙を減らすんだ。」


「自分で……?」


「視ること、考えること、知ることだよ。

 相手を、周囲を、自分自身を。

 力が足りないなら、なおさらね。」


 その時の私は、

 兄の言葉の意味を半分も理解していなかっただろう。


 ただ、

 兄の剣がやけに綺麗で、

 兄の言葉が妙に胸に残ったことだけは覚えている。


「いいかい、アルベルト。

 剣でも、人でも同じだ。」


 兄はそこで、

 今までの柔らかな調子を少しだけ改めた。


「見えているものだけで、相手を決めつけるな。

 身分だけで人を量るな。

 それは、貴族の怠慢だ。」


 その言葉に、私は目を丸くした。

 父とは、まるで違うことを言うものだから。


「だが、兄様。

 民は、我らより下の者では……」


「上か下かでしか人を見られなくなった時、

 その貴族はきっと、誤る。」


 兄の声は穏やかだった。

 けれど、どこか確信に満ちていた。


「上に立つ者だからこそ、

 よく見なければならない。

 相手が何を思い、なぜそうしたのかを。

 ――それに、

 信じられる者に、貴賤など関係ないさ。」


 ――信じられる者に、貴賤など関係、ない。


 その一言が、

 今になって胸の奥から浮かび上がってくる。



 

 下賤の者であろうが、犯していない罪に罰を与えることはできない。

 我々貴族は、平民の上に立つ。

 彼らを管理、指導する責任がある。

 彼らは我々を軽んじるようなことは許されない。

 だが、我々も彼らなくしては存在する意味がない。

 


 深く、深呼吸をする。

 ――すこし、冷静になれた気がする。


「やはり、奴の話を聞かずして、何も進みはしない、か。

 ――裁くにしても、そうでなくとも。」


 どんなことをしても、必ず奴の話を聞く。

 それが今の私にできる最大の譲歩だ。


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