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戦場帰りの少年兵、平和な学園に放り込まれる ~人を斬ることしか知らない俺は“常識”を学ぶことになった~  作者: 時津津


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第二話 戦場帰りの俺と次の日の教室


 ――翌日


 学園生活二日目。

 タルクは学園に併設される学生寮の一室で目覚めた。


 まだ外は暗く、ニワトリさえ目覚めていない。

 タルクはこの時間が好きだった。

 動くものも、害意も、すぐに分かる。

 静かなこの時間なら、余計な音も気配もない。


 ――生き残るためには、都合がいい。


 寝床から抜け出し、音もなく扉を開ける。

 軋みすら立てずに廊下を抜け、学生寮前の広場へ出た。


 昨日のうちに目をつけていた場所だ。

 見通しがよく、遮るものが少ない。


 ――いい鍛錬場になる。


 他の者が起き出すまでは約四時間。

 初日で寝過ぎたことを少し後悔しつつ、

 タルクはひとり、身体を動かし始めた。



 タルクがひとり鍛錬を始めた頃、学生寮の一室。


「何の音だ……?」


 普段とは違う音に、マルコスは眉をひそめる。


 彼には、十歳になる妹がいる。

 夜に目を覚ますことも多く、そのたびに様子を見に行っていたせいで、こうした音には自然と敏感になっていた。


「たいしたことではない、んだろうけど」


 一度気になったら最後、原因が分かるまでは寝られない。


 マルコスは体を起こし、カーテンの隙間から外を覗く。


 広場で動く影。


「……ああ、昨日の編入生か」


 それだけで十分だった。


 音の原因を理解したマルコスは、小さく息を吐く。

 部屋の時計を一瞥し、


「……あと四時間も寝れるな」


 興味を失ったように呟き、再び布団に潜り込んだ。




 やがて、鐘の音が寮内に響いた。


「……最悪だ」


 あの後、四時間。

 断続的に続く足音と呼吸の気配に、ほとんど眠れなかったマルコスは顔をしかめる。


 この六時の鐘が鳴れば起床、三十分以内に食堂へ。

 遅れれば朝食抜き――そんな面倒な決まりがある。


 ……深夜の二時から鍛錬を始めて、四時間も続ける奴がいるとか。


「面白すぎだろ……」


 へへ、と笑う。


「――絶対に仲良くなってやる」


 そう呟いて、マルコスは洗面台に向かった。

 



 一方、「面白い奴」認定をされていることなどつゆにも思わないタルクは、六時の鐘の音に「うわっ!もうこんな時間かよっ!」と叫び、上半身裸で汗だくのまま食堂に押しかけ、食堂のおばちゃんに

 

「アンタはなんて格好で食堂に来たんだい!?

 しかも汗だくじゃないか!

 風呂入って着替えな!

 朝食は抜きだよっ!」

 

 その声は寮中に響き渡り――

 マルコスは洗面台に歯磨き粉をぶちまけた。


「あっははは、すげーな、アイツ!」


 マルコスは飛び散った歯磨き粉を拭いながら、腹がよじれるかと思うほど笑った。

 こんなに笑ったのはここに来て初めてかもしれない。

 

 よし、さっさと身支度して、朝食を摂ろう。

 ……アイツにもパンくらいわけてやらなきゃな。



 

 タルクはトボトボと自室に向かっていた。

 腰にタオルを巻いただけの姿で。

 こんな朝では風呂の湯はすでに川の水のように冷たかったし、何より朝食抜きを言い渡されて、戦場で一人取り残された時のように落ち込んでいた。

 次からはもっと時間を見て行動しないと……

 そんなことを思いながら自室の扉に手をかけた時、


「よう、編入生!」


 と明るい声。

 ――タルクはのろりと、元気なく振り返ると、

 目の前にはパン。

 思わずヨダレが湧き、腹が鳴る。


「やるよ!」


「……いいのか?」

 目がキラキラと輝きだす。


「ああ」


 タルクは目の前のパンを受け取ると――

 ためらいもなく、一口で食べてしまう。


「ふがーと!ほのほんは、はふへはい!」


「あっはは!何言ってるのかわかるけどわかんねえ!」


 タルクはパンを飲み込み、


「ありがとう!この恩は忘れない!」


「いいってことよ!

 俺はマルコス!お前と同じクラスだ!

 よろしくな!」


 マルコスの挙げた手にハイタッチして、


「おう!マルコス!

 俺はタルク!」


「知ってる!

 ……なあ、早く着替えろよ!

 寮監に見つかったらドヤされるぞ?」


「おう!」


 タルクは自室に入り、ドタバタと着替える。


 さて、俺も自室に戻って待つか、とマルコスが踵を返そうとした時、タルクが飛び出てきた。


「行こうぜ!」


「早えな!……しかし、制服ヨレヨレじゃねえの。

 髪もボサボサだし。」


 マルコスはそう言いながらタルクの制服を直し始める。


「こういうのは着こなしさえ何とかなってりゃいいんだから。

 あとは、髪な」


 クシを取り出し、タルクの髪にあてる。


「痛てて……」

 

 ……が、クシが進まない。


「おお、こりゃあ手強いな。

 まあ、しょうがない。

 髪は諦めるか。」


「いい時間だ。行こうぜ。」


「へ?どこに?」


「おいおい!学園だよ!」


「ああ!そうか!

 何から何までありがとう!」


 タルクは、少しだけ照れたように笑った。


 

 学生寮の扉を開け、二人が元気よく飛び出すと、彼等の学生寮よりも学園から離れた位置にある女子学生寮の方からミーナが向かってきているのが見えた。


「おっ!ミーナだ!」


「よし、一緒に行くか。」


 と、二人はミーナと一緒に行こうと彼女を待ち構える。

 ミーナもそんな彼等に気付き、


「おはようございます。マルコス様、タルク君」


「おう!一緒に行こうぜ!」


「おはよう。ミーナ君。

 ……様はよしてくれよ。」


 ミーナは一瞬、目を瞬かせ、少し困ったように笑う。


「なんかよ、ミーナって変だよな。

『マルコス様』ってマルコスが王様みてえじゃん」


「タ、タルク君……!

 ダメだよ。マルコス様は貴族なんだから、敬称をつけなきゃ!」

 ミーナはパタパタと手を振り、タルクに注意をする。


「俺は気にしないでいいって言ってるんだけどね。」


「だ、ダメです!

 他の貴族の方の目もあるし……」


 ミーナはそう言うと目線を落としてしまう。


「いいんだって。

 俺なんか貴族って言ったって貧乏男爵の三男だよ?

 貴族のうちに入らないって。」


 マルコスはおどけて言うが、ミーナは頑なに「ダメったらダメなんです!」という態度。


「へえ。

 変なの。」


 タルクは、本当に不思議そうに首を傾げる。

 だってさ、偉くてもそうじゃなくっても、痛いもんは痛いし、倒れりゃ動かなくなるところも一緒なのにな、と思った。

 王様は、やられちゃったら負けだから守らなきゃいけないってのはわかるけどなぁ


「まあまあ、ミーナ君、

 俺のことは好きに呼んでくれて構わないよ。

 ……それよりもう学園に着く。」


 マルコスはさっきまでのおどけた表情をきゅっと引き締め、よそ行きみたいな顔をする。

 タルクにとってはこれも不思議な現象だった。

 

 昨日、この学園に入って今日で二日目なんだが、タルクは、ほとんどの生徒が今のマルコスとおんなじ顔をしているなと思っていた。

 みんな、弱点を見せないように一生懸命自分を守っている。

 ミーナもそうだけど、何人かチラホラ見かけるのは、節目がちでなんだかビクビクしている、拷問を待つ捕虜のような生徒。これも不思議だ。

 戦争は終わったはずなのに。


 そんなこんな考えていると、いつの間にか1-1のプレートの前。マルコスがすんなりと教室に入っていく。


「やあ、おはよう。みんな。」


「……おはようございます。」

 節目がちにミーナも教室に続く。


 続いてタルクが教室に入ると、教室の空気がピリついたのを感じた。

 ……敵意?……とはちょっと違う。


 教室を見回すとピリつきの原因は簡単に見つかった。

 教室のみんなが、壊れやすく、それでいて無視もできないものでも扱うみたいに、一人の生徒の様子をうかがっている。


 教室の奥、窓際の席に座り頬杖をつく整った金髪。

 ――アルベルトだ。

 彼はタルクと目が合うとその場に立ち上がり、


「来たか、編入生。」


 とよく通る声で言い、ゆっくりと立ち上がる。

 まるで名の通った歴戦の猛将のように、悠然と教室の中央に歩み出る。

 その動きに合わせるように、周囲の生徒は道を開ける。


「昨日は、なかなかに鋭い剣を見させてもらった。」


 その声に感情はない。

 戦死者の名前を読み上げる武官みたいだ。


「あれは、何という流派なんだ?」


 タルクから目線を外さずに、アルベルトが言う。


「流派?……そんなもんは知らねぇよ。」


「……知らない、と?」


 アルベルトはわずかに目を細める。


「ならば、お前はどこであの剣を学んだ?」


「学ぶ、とか大層なことはしてねぇ。

 ……ただの生きるための剣だ。」


 アルベルトは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに平静さをまとい


「……そうか。」

 軽く頷き、


「ならば、父の剣をどこで知った?」


「あー……。

 まあ、近くで見たからな。その時だ。」


 アルベルトは得心がいったというふうに頷き、


「……なるほどな。わかった。」


 そして、ミーナの方を見て、

 

「彼を席に案内しろ。」


 と、自然に言った。

 ミーナも自然に「はい」と言ったが、


「おい!

 それはちげぇだろ!」


 教室の空気が凍る。

 ミーナの顔が青ざめる。

  

「……何がだ?」


「何でミーナにやらせるんだ?

 昨日の約束はどうなった?」


「……命じたのではない。」


 アルベルトは眉一つ動かさなかった。


「私はただ、役割を与えただけだ。」


「役割……?」


「そうだ。貴族には貴族の、平民には平民の役割がある。」


 そこでようやく、アルベルトは少しだけ首を傾げる。


「……何を怒っている?

 お前も剣の修練をする身であるなら、わかるだろう?」


「なんだそりゃ?

 わかんねえし、剣に関係ないだろ。」


「……そうか。」


 アルベルトは顎に指を当て、少し考える。


「お前、……いや、タルク。」

 

「君は、理解しがたいな。」


「……そうか?」


 タルクも首を傾げると、


「とにかく、平民だのなんだのって、偉そうに物言うのをやめろよ。

 昨日の決闘で負けたんだから」


 顎の指はそのままに、アルベルトは少し考えると、

 

「君の言いたいことはわかった。」


「だが、それを認めれば、」


「……学園の秩序が崩れる。」

 

 熟考を重ねたように、ひとつひとつ間を開けながらアルベルトは言うと自分の席へと踵を返した。


 タルクには、アルベルトの言っていることの半分もわからなかった。

 ただ、ミーナがまた青い顔をしているのだけは、はっきりわかった。

「行こうぜ」

 とだけ言い、席の遠いマルコスと別れて歩きだす。

 

 マルコスとミーナは内心、胸を撫で下ろした。

 だが、まだまだ油断できない二人だな、とも思う。


 ミーナは席に向かいながら小声でタルクにだけ聞こえるように


「タルク君って、貴族なの?」

 と聞く。


「いや、違う。」

 とだけ返ってきた。


 ああ、これが知れたら――

 この教室はきっと無事では済まないなぁと、心配が増してしまった。


 タルク達が席に座るとほぼ同時に、教室の扉が音を立てて開かれる。

 そこから入ってきたアイリーン先生は大きな声で挨拶をすると、生徒達の出席をとり始める。

 タルクは、直前の出来事なんてなかったかのように、また今日も授業が始まるってことだけが憂鬱な気分だった。

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