第二十七話 戦場帰りの俺の、再侵入
薄暗くなってきた道の脇の藪の中を俺とアルベルトは進んでいた。
ファルマス家に行くのは二度目だからこの道に何があるのかは大体把握している。
「おい、その辺、イヌのうんこあるぞ」
「……そんなもの、教えてくれなくていい」
心底嫌そうな顔をするアルベルト。
「踏んだら匂いでバレちまうってこともあるんだから、気をつけろってことだ」
「……そんな考えがあったんだな。今のは私の軽挙だった。素直に詫びるよ」
「うへえ、貴族みたいなこと言ってら」
「……一応、私は貴族なんだが……」
そうこう話しているうちに、藪の隙間からファルマス家が見えてきた。……他に建物が少ない所に突然、城みたいな建物だ。……まるで、近づく者を把握するためのような。
実際その通りなんだろう。
侵入者を阻むような高い塀。時々見張りが顔を覗かせる高い塔。
川を背にして侵攻方向を限定する立地。
ここになんか隠してるから近づくなよ、と言ってるようなもんだ。
「砦攻めの気分だぜ」
「……どういう気分なんだ、それは……?」
「ワックワク、って感じ、だな」
「……共感はできそうにないな」
「よく見てみろよ、アルベルト、……いや、アル」
「な、……まあいい、なんだ?」
「昨日より警備が少ない」
「確かにな……
私の捜索で外に出ているのか、……それとも中か……」
「少ない……が、昨日よりは真面目に見回ってる」
「ああ。
……書類が消えたことに奴が気づいた結果だろう。」
「わかりやすい反応でいいな。……ということは、昨日と同じ侵入経路は危ねえと思った方がいいかもな」
俺は、昨日の侵入経路――裏口の門にいた警備のおっさんを昼間に見た。あのおっさんは……右頬をパンパンに腫らしていた。あれはきっと、ボドロフの野郎に失態を責められたものだろう。
「……では、当初の計画通り、私が囮になろう。
……正面玄関から私は行く」
「そっちで警備を引きつけて、俺は裏口から、だな」
「だが、リタ嬢の居所はわからない」
「そんなもん、どうにかなるさ」
「……どうするつもりなんだ?」
「んー、女は全員逃す、とか?」
「……それは、強気だな。
……だが……気に入った」
「じゃあ始めるか」
◇
アルが藪から出て、
堂々と正門へ向かって歩き出す。
貴族らしい歩き方だった。
背筋を伸ばして、
怯えを押し殺して、
堂々と。
まるで、
“ファルマス家の息子”そのもの。
見張りが気づく。
『――誰だ!』
槍が向く。
だが次の瞬間。
『……アルベルト様!?』
空気が変わった。
見張り達がざわつく。
アルは立ち止まり、
静かに口を開く。
「父上に会いに来た」
『し、しかし……!』
「通せ」
強い声だった。
いつもの、
怯えたアルベルトじゃない。
見張り達が困惑している間に、
俺は塀沿いを低く移動する。
視線は全部、
アルに向いてる。
「よしよし」
こういうのは、
目立つ囮が優秀だと助かる。
裏手側へ回る。
川の音。
湿った土。
使用人搬入口。
……そして。
「増えてんな」
昨日一人だった見張りが、
今日は二人。
しかも、
眠そうじゃない。
槍持ち。
軽鎧。
ちゃんと周囲見てる。
「……でも」
俺は地面を見る。
足跡。
荷車の跡。
搬入口は、
頻繁に使われてる。
「つまり、
開く回数も多い」
物陰へ身を潜め、
待つ。
しばらくして。
ギイ――
扉が開いた。
中から、
使用人服の女が出てくる。
大きな籠を抱えている。
洗濯物だ。
『早く戻れよ』
『は、はい……』
見張りの片方が、
女の尻を蹴る。
女が小さく悲鳴を上げた。
……胸糞悪ぃ。
だが。
「今だな」
女が通る瞬間。
俺は音もなく背後へ滑り込む。
扉が閉まりかける。
その隙間に手を差し込み、
静かに中へ。
ギリギリ、
音は出ない。
成功。
「……よし」
薄暗い通路。
石壁。
湿った空気。
厨房へ続く匂い。
バタバタと屋敷の正面方向に集まる足音。
「父上はどこにいる!」
『書斎におられます!……ですが!今はお取り込み中とのことでお会いになれません!ここでお待ちを!』
声を張るアルの声と警備の声。
ボドロフの野郎は書斎にいる。
思わず得たいい情報だ。
アルが警備の注意を集めている間に俺は厨房へ滑り込む。厨房では女が一人、鍋に向かっていた。
背後に忍び寄り、口を押さえる。
若干の抵抗。
「お前達を逃す。……リタって女はどこだ?」
短く、小さく聞く。
女は小さく頷く。
「声は小さくな」
女の口元から手を離す。
女はゆっくりと振り返り、少し驚いた顔をする。
「……どこの王子様かと思ったら、まだ子供じゃないか」
「……リタはどこだ?」
「……昨日から姿を見ていない。
……多分、旦那様の書斎だよ」
「わかった。
……リタを連れて戻る。ここで待ってろ」
踵を返そうとした瞬間。
女が俺の服の裾を掴んだ。
「……待ちな」
「?」
「坊や」
「坊やじゃねえ」
「じゃあ、なんでもいい。
……あんた、本当に戻ってくる気かい?」
真っ直ぐな目だった。
怯えてる。
でも、
どこか諦めた目。
俺は少しだけ眉をひそめる。
「……なんでそんなこと聞く」
「ここに来る奴は、
みんな自分だけ助かろうとするからさ」
「……」
「逃げる奴も、
見捨てる奴も、
何人も見た」
女は小さく笑った。
「だから、
戻るなんて言う奴、
初めて見たよ」
なんか、
変な感じだった。
戦場じゃ、
“戻る”なんて当たり前だった。
置いてったら、
次は自分が置いてかれる。
だから俺は肩をすくめる。
「置いてったら後味悪ぃだろ」
「……変な子だねえ」
「よく言われる」
その時。
ドン!!
遠くで扉が開く音。
『アルベルト様を捕まえろ!!』
『逃がすな!!』
怒鳴り声。
始まった。
「……アル」
俺は小さく呟く。
思ったより、
時間を稼いでる。
「よし」
厨房を出る。
薄暗い廊下。
屋敷の中は妙に静かだった。
いや、
静かというより。
“息を潜めてる”。
使用人達が、
怯えて音を消してる感じだ。
すると。
廊下の角から、
一人のメイドがふらふら歩いてきた。
目が虚ろ。
頬が腫れてる。
俺を見るなり、
ビクッと震えた。
「ひっ……!」
「静かに」
小声で言う。
「逃がしに来た。
リタって女知らねえか?」
メイドは怯えながら、
上を指差す。
「……しょ、書斎の向こう……」
「向こう?」
「だ、旦那様が……
リタを……」
声が震えてる。
「向こうへ連れて行かれた人、
帰ってきたこと、
ないんです……」
胃の奥が冷える。
俺は剣の柄を握った。
“戦場じゃないやり方”。
……努力はする。
でもよ。
もしそこで、
ロクでもねえことしてるなら。
「……ボドロフ」
自然と、
声が低くなった。




