第二十六話 戦場帰りの俺と、新たな被検体
「外の様子はどうだった?」
寮の俺の部屋で俺とマルコスの帰りを待っていたアルベルトは、俺たちの顔を見るなり尋ねてきた。
「ファルマス家の兵隊が結構出てきてたな」
「……武装もしてなかったし、練度も低そうだったけどな」
「やはり、父は私を探している、か……。
いや、……“完成目前の二十三号“を探しているのだろうが」
「一昨日のことを聞き回っていた。……タルクにたどり着くのも時間の問題だろうな」
「やっぱり、こっちから出向いてぶっ殺しちまうのが早いと思うぞ」
「だから……!」
「わかってる!……それをしたら犯罪だって言うんだろ?……だからよ、バレないように」
「おいおいおいおい、もっとダメだろう」
「その通りだ」
「……見つからなきゃ、いいも悪いもないって聞いたぞ」
「どこの常識だよ……」
マルコスが頭を抱える。
俺は首を傾げた。
「戦場」
「戦場を常識の基準にするな!」
「だってよ、
敵の見張り消す時だって――」
「ストップ!
それ以上聞きたくない!」
アルベルトが青い顔で止める。
「えー……」
「えーじゃない!
お前、本当に“バレなきゃいい”で育ってきたのか!?」
「だってバレたら死ぬし」
「重いんだよ価値観が!」
マルコスが机を叩く。
だが俺は真面目に考える。
「でもよ。
ボドロフの野郎、このままだとまた来るぞ?
アルベルトのことも諦めてねえ」
「……それはそうだ」
アルベルトが唇を噛む。
「だからってすぐに殺す方向に話を持っていくな」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「……王都に掛け合う」
「……でもよ、中央の奴らなんて、鈍重だってのが当たり前だろ?」
「え?そうなの?」
マルコスが意外そうな顔で聞いてくる。
「あいつらの訳がわからない作戦で死んだ仲間もいっぱいいるぞ?……それこそ、「戦闘が始まったら、一番最初に殺してやる」なんて言う奴がゴロゴロいるくらいにな。
……だから、中央に頼むのは、俺は反対だ」
「うへえ……
戦場の常識も厳しいのな……」
「そりゃあそうだろ。「アイツらは俺らの命よりも、自分のカネと権力にしか興味ない」っておっさんも言ってたぞ」
「……お前の話にたまに出てくるおっさんな」
「おう。
俺を拾ってパンをくれたおっさんな」
お前の話には「おっさん」って奴がいっぱい出てくるからどれがどのおっさんなのかわからなくなっちまうぜ、とマルコスが笑う。
仕方ねえだろ。名前なんか覚える前に死んじまったんだからよ、と俺は笑いながら言うと、アルベルトもマルコスも俯いて何も言わない。
「……なんだよ、黙っちまって。
……死ぬことなんか、大して珍しいもんでもないだろ?」
「……タルク……」
マルコスが、珍しくしょげたような顔で俺の名を呼ぶ。
「あのな、……お前のいた、戦場って所では“死“は当たり前で、珍しいもんでもなかったんだろうけどな……戦場を知らない俺たちにとっては、死ってのは話題にするのもためらうくらい、遠いもんなんだ」
「そうか。……でもよ、グズグズしてたらボドロフの野郎に先手を打たれちまうし、時間かけていいことなんかねえんじゃねえか?」
「それは……そうだけどよ」
マルコスが言葉に詰まる。
アルベルトも、悔しそうに拳を握った。
「父は、
待ってくれるような人じゃない。
目的のためなら、平気で人を踏み潰す」
「だろ?」
「……だからって殺していい理由にはならない」
「でも、向こうはやる気だぞ?」
「うっ……」
俺は腕を組む。
「俺はな、
敵が殺る気なら、殺られる前に潰せって教わった」
「それが戦場の常識、か……」
「おう」
マルコスは大きくため息を吐く。
「でもな、タルク。
ここは戦場じゃない」
「……」
「お前が今いるのは学園だ。
貴族も平民も、
教師も生徒も、
みんな“戦場じゃない場所”で生きてる」
「だから、殺さない?」
「そうだ」
「難しいな」
「難しいよ。
でも、だからこそ“常識”ってもんがあるんだ」
マルコスは真面目な顔で続ける。
「普通の奴らは、
“相手を殺さずに済ませる方法”を探して生きてる」
「……」
少しだけ考える。
戦場じゃ、
そんな余裕はなかった。
だから、
俺にはそれが妙に遠回りに見える。
でも。
「……ミーナ達も、
そうなのか?」
「そうだろうな」
「リリアナも?」
「ああ」
「アイリーン先生も?」
「多分な」
「……ふーん」
俺は天井を見る。
戦場とは全然違う。
遠回りで、
面倒で、
よくわからない場所。
でも。
クッキーがあって。
笑う奴がいて。
死ぬのが珍しい場所。
「……じゃあ」
俺はぽつりと言った。
「今回は、
“戦場じゃないやり方”ってのを試してみるか」
マルコスが少し驚いた顔をする。
「お前がそんなこと言うとはな」
「ただし」
俺は指を立てる。
「もしアルベルトが本当に危なくなったら、その時はぶっ殺す」
「物騒な決意を添えるな!」
その時、ドアがノックされる。
咄嗟に身構える俺たちだが、ドアの向こうから聞こえたのはよく知った声だった。
「あの、タルク君。
……ミーナです」
「おう」と短く返事をすると、ドアが開かれ、扉の向こうにはミーナとリリアナ、……あともう1人、知らない女子がいた。
「この子は、エマっていうんだけどね、気になることを言うから連れてきたのよ」
リリアナが隣の女子を指し示す。
エマと呼ばれた他のクラスの女子は、学園の制服姿で、肩くらいまでのオレンジがかった金髪を後ろで一つに結んでいて、困ったような顔をして立っていた。
「あの、アタシの話なんて、どうでも……」
「ね、話してみて。……なにか、わかるかもしれないわ」
「はい……」
リリアナに促され、エマは話し始めた。
彼女の話によると、彼女の姉はファルマス家で働いているという。
その姉は今日は休日の予定だったとのことで、いつも通り、エマに合いに来るはずだったのに、待っていても待ち合わせ場所に来なかったのだと言う。
「……その、君の姉の名は?」
「あの、……リタ、です」
おずおずと、上目遣いでアルベルトの問いに答えるエマ。
「リタ……確かに我が家で一年ほど前から働いている者の名だ。調理と掃除に従事している。」
「これはよ、怪しいんじゃねえか?」
「……」
俺の問いに誰も答えない。
ファルマス家で起きていることを知らないエマだけがオロオロと全員の顔色を伺う。
「コイツの姉ちゃんがやべえ。俺は、すぐにでも行ったほうがいいと思う」
誰ともなしに言い、立ち上がって、鞘に入ったままの剣を腰へ。
「……私が囮になろう」
アルベルトが立つ。
「おいおいおい、さっきまで、すぐには行かないって流れだったろ!?」
「行かねばならない理由ができた」
マルコスが悲鳴みたいな声を上げる。
「どうやって止めるんだっ!?」
「止める必要はない」
アルベルトは静かに言った。
さっきまで怯えたような顔をしていたくせに、
今は妙に落ち着いている。
「父は、
私を見つければ必ず追ってくる」
「……」
「ならば、
その目をリタ嬢から逸らせることができる」
エマの顔がぱっと上がる。
「じゃ、じゃあ姉ちゃん助かるんですか!?」
「保証はできない」
アルベルトは苦しそうに目を伏せた。
「だが、
動かなければ何も変わらない」
「だからってお前、
自分から囮になるのかよ!?」
マルコスが食って掛かる。
「奴に捕まったらどうなるかわかってるんだろ!?」
「わかっている」
「だったら――!」
「だが」
アルベルトは、
震える拳を握り締めた。
「我が家のせいで、
また誰かが“被検体”になるくらいなら……」
部屋が静まり返る。
エマは話についていけていないのか、
不安そうに周囲を見回していた。
「……被検体って、
なんなんですか?」
誰もすぐには答えない。
代わりに、
俺が口を開いた。
「ロクでもねえもんだ」
「え……?」
「だから、
お前の姉ちゃんは助ける」
俺は剣帯を締め直す。
「タルク……」
「安心しろ。
今回は“戦場じゃないやり方”なんだろ?」
そう言うと、
マルコスはものすごく嫌そうな顔をした。
「お前、
その言い方だと絶対なんかやる気だろ……」
「失礼だな」
「信用がねえんだよお前には!」
リリアナが深いため息を吐く。
「……で?
具体的にはどうするつもりなの?」
俺は少し考えてから答える。
「まず、
偵察」
「偵察?」
「おう。
敵の数も配置もわかんねえのに突っ込むのは三流だ」
「いや急に軍人みたいなこと言うな」
「軍人だからな」
「そうだった……!」
マルコスが頭を抱える。
すると、
アルベルトがゆっくり口を開いた。
「……知っての通り、裏門の使用人搬入口なら、
夜は警備が薄い」
「ああ」
「厨房側へ繋がっている。
リタ嬢がいるなら、
そこが一番可能性が高い」
「よし」
俺は頷いた。
「じゃあ今夜だな」
「早い!」
「時間ねえんだろ?」
「それはそうだけど!」
ミーナがおずおずと手を挙げる。
「あ、あの……
私達も行くの?」
「ダメだ」
即答した。
「危ねえ」
「うっ……」
しょんぼりするミーナ。
だが、
リリアナはじっと俺を見る。
「……タルク君」
「なんだよ」
「絶対、
無茶しないって約束できる?」
「できない」
「即答!?」
「でも」
俺は少しだけ考えてから言った。
「……なるべく、
“戦場じゃないやり方”にする」
マルコスが天を仰いだ。
「その言い方がもう怖えんだよ……」




