第二十五話 戦場帰りの俺と、マブイスケ
放課後。木造旧棟、特別教室。
「――終わった……!」
アイリーン先生に申しつけられた罰課題をやっとの思いと、マルコスの監視により終わらせた俺は、椅子に深く座りながら大きく背伸びをした。
「……やっとかよ」
「もう、待ちくたびれちゃったわよ」
「タルク君、お疲れ様」
「でもよう、前日までに課題終わらせたの、初めてじゃないか?」
「やっと、このペンってやつの使い方がわかってきたからな。
慣れてみりゃ、剣より簡単だ」
「そりゃあ、そうだよな」
「よし、マルコス。
さっさと帰らねえと」
手早く荷物をまとめる俺。
寮に残したアルベルトのことが気がかりだ。ボドロフの手下どもがうろついてるし、さっさと対策を練らねえと。
「ええー、
ちょっとだけ、話をしましょうよ、ね?」
リリアナが、ミーナをつつきながら言う。
「タルク、ちょっとならいいんじゃないか?」
「マルコス。
……わかってて言ってるんだよな?」
「ほら、タルク君。
街で買ったお菓子もあるよ」
「食う」
ミーナが手に乗せた小さな丸い菓子を口にひょいと入れる。すげえうまい。頬が溶けて落ちたかと思うほど甘い。
「……なんだこれ?すっげえうまい!」
「コレは、クッキーっていうの。
……美味しいよね?」
「うまい!」
「いっぱいあるよ?」
「食う!」
「おい、タルク……
……わかっててやってるんだよな?」
「わかってる!
でもダメだ!うめえ!」
「マルコス君もおひとつどうぞ」
「……いや、確かにうまい!」
「ねえタルク君。
そんなに気に入ったのなら、今度のお休みはミーナと買いに行ったら?」
「ちょ!リリアナ!?」
「おう!そうする!」
「ええっ!」
赤面するミーナ。
「ミーナ!もっとくれ!」
「もう!……知らないっ!」
「ええっ!なんでだよ!
まだ持ってるの、わかってるんだぞ!」
ミーナの周りをクルクル回る。
クッキーとやらの匂いがする。
――絶対まだ持ってる。
「……おやつを欲しがる犬って感じね……」
「気が合うな。俺もそう思ってた。……しかも、猛犬な」
「週末、ミーナは猛犬とデートするのね……」
「……猛犬の方はデートだとも思ってないけどな。」
「ああ……可哀想なミーナ……
猛犬に食べられちゃわないかしら」
「そう仕向けたのに、よく言うよ……」
「でも、ミーナも、きっとまんざらでもないわよ」
「まあ、それは見ててわかるよ」
「あら、マルコス君は女の子の気持ちがわかるの??」
「全部わかるわけじゃないけどね……。
ミーナちゃんはわかりやすいよ」
コレには猛犬に戯れ付かれているミーナが反応する。
「わかりやすくないもんっ!」
「わかりやすいよ」
「わかりやすいわね」
「おう!わかりやすいぞ!」
「いや、お前はよくわかってねえだろ?」
「わかるぞ!
ミーナはお菓子くれるいい奴!」
「ほら、わかってない。
……いいからよだれ拭けよ」
◇
「もっと、食いたかった……」
「週末になったら買いに行くんだろ?」
「うう……後何日あると思ってるんだよ……」
「ふふ、タルク君、ミーナとのデート楽しみなんだって。
よかったわね」
「ちょ!リリアナ!」
などと話しながら俺たち四人は旧棟を出て、学園の正門に向かう。
口の中の忘れられない甘みを噛み締めながら歩いていく。……だんだん、だんだんと残念ながら甘みも薄れてきた頃、門が見えてきた。
いつ見てもでかい門には、見慣れない大人が数人。
門を通る学生一人一人に何やら聞いているようだ。
その中の一人に、俺は(もちろんマルコスも気づいただろうけど)見覚えがあった。……昨日締め落とした居眠り警備兵のおっさんだ。さっき、旧棟の窓から見たときも思ったが、右頬を酷く腫らしている。俺は絞め落としただけだから、俺のせいじゃない。きっと、ボドロフの野郎にやられたんだろう。生徒に何を聞いているのかはまだ聞こえないが、ボドロフの奴の命令でアルベルトを探しているんだろう。知らぬ存ぜぬで通れると判断する。……しかし、問題はミーナとリリアナだ。こいつらにはアルベルトは病院で寝てるって伝えてる、んだったよな。それを、正直に言ってしまえば、奴らに狙われる対象になってしまうかもしれない。だけど、今ここでそいつを口止めすると、奴らに気取られるだろう。……ここは、俺とマルコスで言いくるめるしかないか。
「やあ、ちょっといいかい?」
門を通ろうとすると、大人達が話しかけてきた。
思っていたよりも柔らかい口調だったのが意外だった。
「なんだよ?
……俺たちはコレからマブイスケとヤることヤるんだからよ、さっさと済ましてくれねぇかな?」
握った拳の人差し指と中指の間に親指を突き出させて見せる。
「え」
「え」
「あら」
「ちょ!タルク君!」
「……最近の学園の生徒って、……乱れてる生活してるんだな」「ああ、親御さんが泣くぜ……」
男達がヒソヒソと話す。
……あれ?こう言えば大体の用事は「ほどほどになー」と言われてパスできると思ってたんだけど、違うのか?
「いやいやいや、それは違くってですね!
彼が言ってるのは課題をヤるってことなんですよ!」
「何言ってんだよ。
課題はさっき終わらせたばかりじゃねえか」
「いいからお前は黙っとけ!」
男達は引き攣った顔で、「おじさん達はな、聞きたいことがあるだけなんだ」と言い、マルコスは「ハイハイハイ!なんでしょう?」なんて言いながら、俺には「何も言うな」と目で語る。
「一昨日なんだが、怪我をした金髪の生徒が、その後どこに行ったかわかるかい?」
「金髪、金髪……ねえ……
たくさんいるんで、わからないです。
……それに、怪我……ですか。
それについても、わかりませんねえ」
マルコスは忙しく身振り手振りを交えて男達の問いに答える。男達は一応納得したようにうなづき、「そうかい。ありがとう」と言うと、「……あとな、そんな若い時から乱れた生活はおじさん、感心しないぞぅ?……ほどほどに、避妊は絶対にするんだぞ」と俺に耳打ちする。
「……ヒニンってなんだ?」と聞くと、信じられないものを見たと言う顔をして、「もう、行っていいよ」と言われた。
門から離れ、しばらく歩く。
「なんだかわからんけど、うまくいったみたいだな」
「お前、馬鹿なの!?」「避妊は大切よ?」とマルコスとリリアナには何故か怒られ、ミーナは顔を真っ赤にして、目だけで何やら抗議してくる。
「なんなんだよ。
通れたんだからいいじゃねえか」
「それよりも、よ。
……なんで、アルベルト君のこと言わなかったの?あの人達、アルベルト君の家の使用人よね?」
「……あー……」
「……病院で寝てるって言ったわよね?」
「……えっと、アレだ……」
「……待って。」
「……」
「私とミーナを信用してくれるなら、嘘はつかないで」
ミーナだけが、おろおろと目を移らせる。
「……えっと、な……」
「……なにか、危ないことなのね?」
「まあ……」
「アルベルト君は無事?」
「おう……
まだ、大丈夫だ」
「そう」
ふうと息を吐くリリアナ。
「あなた達が彼を守ろうとしていることはよくわかってるつもり。だから、細かい追及はしないわ。
……だけど、仲間外れにされるのは、心外ね」
「すまん」
「ごめんよ」
「ほら、
……ミーナも何か言ってやりなさいな」
「えっと……」
「……ひ、避妊は大事だと思うの……!そ、それに、乱れた生活も良くないと思う……。
あ、あと……マブイスケさんって、誰!?」
リリアナの膝がガクッとなった。
「そうだ!ヒニンって結局、なんなんだよ!」
「マルコス君……
責任とって、ちゃんと教えときなさい」
死んだ魚みたいな目をしたマルコスが力なく「はい……」と返事をする。
それからリリアナは、混乱状態のミーナの肩を軽く叩く。
「ミーナ。
……マブイスケっていうのは、人の名前じゃないわ。
綺麗な女の人って意味よ。……そして、タルク君は、私達のことを「マブイスケ」と呼んだのよ」
「えっ……えっ!?
私達とタルク君がヤることヤるの!?……どっちが!?
そういうのって、仲良くなってからじゃないの!?」
一瞬でゆでだこ状態になるミーナ。頭からは今にも湯気が出そうだ。
「ほら、……ミーナがこんなになっちゃったじゃない。
……タルク君はもっと、常識を知らないとダメよ」
「じょうしき……
ヒニンがじょうしき?」
「タルク……
雄しべと雌しべってわかるか?」
「……なんだそれ?食いもん?」
「違う……
……そこからかあ……」
「とにかく!……よ」
大きな声ではないが、強くリリアナが切り出す。
「もう、嘘だけはつかないでね」
「……わかった」
それから俺たちは、男子寮近くまで移動して、ベンチに腰掛け、ファルマス家で起きていることをミーナとリリアナに伝えた。(マルコスに「お前は喋るな」と言われたので俺は黙っていただけだけど)




