第二十三話 戦場帰りの俺と、戦場帰りの男
タルク達三人が「調整過程」を読む、少し前。
ファルマス邸、ボドロフの書斎
「慣れてきちゃったな……」
使用人の女は一人ごちながら、少し前まで執事であった男の亡骸を運べるサイズに切り分ける。
この屋敷はよく、人が死ぬ。
その度に、こうやって切り分けて、処分をする。
だからもう、血の匂いなんかでむせたりしないし、
内臓を破かないように外すのにだって慣れた。
……最初の頃は、すぐ破って、中身を出してしまって、片付けが大変だった。
少しでも、疑問に思ったり、嫌がったりといったことがご主人に知られれば、今度は私自身が切り分けられる側になる。
私自身、はじめて切り分けたのは、とても良くしてくれた先輩使用人だったから。
それが何を意味するのか聞けなかったけど、十五号と呼ばれた先輩……
醜く、変わり果てていた亡骸……
あの頃は、
泣きながら吐いて、
三日も食事ができなかった。
でも、
今はもう違う。
手も止まらない。
骨を断つ音にも、
慣れた。
慣れてしまった。
「……ごめんなさい、先輩」
そう呟いて、
最後の肉片を袋へ押し込む。
血塗れの床を拭き終え、
女は机の周囲へ目を向けた。
――違和感。
「……え?」
引き出しが、
僅かに開いている。
ご主人が閉め忘れたのだろうか。
私たちにも触るなと言われている机。
私は気を利かせたつもりで、そっと引き出しを押し込んだ。
充満した血の匂いを追い出すために開けた窓と、入り口の扉をふわ、と風が通る。
これで、仕事はお終い。
と、顔を上げて
私は今まで感じたこともない恐怖にかられた。
開いた扉の向こうにご主人が
悪魔のような顔で立っていた。
「そこで、何をしている?」
恐怖が喉を締め付け、
女の喉をひゅっと鳴らす。
「い、いえ……
引き出しが、
あ、開いていたので」
ご主人は机に近づく。
切り分けた亡骸の入る袋に一瞥もせず。
ゆっくりと、悪魔の顔のまま
あの杖を右手に持って
女は一歩、二歩と後ずさってしまう。
ご主人は、複数ある引き出しを前にして、私が閉めた引き出しを、確かめもせずに開け、何も入っていない引き出しの中に手を入れた。
かちり、と音が鳴る。
引き出しから抜き出した手には、板があった。
――引き出しの底板だ。二重底になっていたんだ。
二重底の中身を確認する。――空。
血の気が引く。
さあっと音が鳴った気がする。
自然と呼吸が短く、早くなっていることに気がついた。
「……お前か?」
「い、いえ!
知りません!」
ご主人が杖を握り直す。
「……誰が入った?」
首を横に振る。
首ってこんなに早く振れるんだっけ?と思うくらい早く。
「そ、それもわかりません!
わ、私は、片付けを――」
ドンッ、と足に衝撃。
私は、床に尻餅をついてから、自分の膝が反対方向に曲がっていることに気づいた。
「……あ、ああっ!」
「……聞かれたことだけを答えろ」
膝裏から飛び出た骨。鮮血が勢いよく飛び出す。
「わ、わかりません!
知らないんですっ!本当ですっ!」
「……誰かを庇っているな?」
「そ、そんなことっ!」
メギッ!
ご主人の振りあげる杖が、右肩に食い込む。
「ひぃ……!」
息が止まるような衝撃。
左手で右肩を押さえる。いつもの場所に無い右肩を押さえる左手の指の隙間から鮮血が溢れる。
自分の意思に反して尿が漏れ出る。
ああ、……腕が、動かない。と、いうより、右腕は、肩から壊れてしまった。
きっと、私も、そこの袋に入っている元執事と同じ道を辿る。頭を大きく抉られ、眼球が飛び出て、眼窩をあらわにして絶命するんだ。
見上げるご主人の顔……
醜く、口を歪め、漏れ出た尿を見ている。
最悪だ……こんな酷い辱めを受けて死ぬなんて。
涙が止まらない。
だけど、声は出ない。
「……気が変わった。
喜べ、お前を選んでやる。使ってやるぞ。
うまくいけば、二十四号になれるぞ。
……ちょうど、新しい薬が届いたところだしな」
そう言うと、ご主人は、下卑た笑い顔のまま、私の襟首を掴み、私を引きずる。
……どこに連れて行かれるんだろう。
書斎の奥の本棚の向こう。
女は、だんだんと血の気の抜けていく顔で、流れる天井を見ながら、右肩だったものを押さえながら、着ていた衣服を乱暴に剥ぎ取られながら、自分の置かれた状況が、「最悪」からさらに下に落ちた、と理解した。
◇
同刻、「調整過程」を読み終えたタルク達三人。
最後に読んだ一文「完成目前」にアルベルトは自嘲気味にふん、と鼻を鳴らせた。
あの時は、タルクが、薬を塗布した左腕の傷を抉り取ることで正気に戻ることができた。……が、次また、薬を塗布、または接種したら――また、あの怪物になってしまうかもしれない。
うすうす、考えていたこと、……それが、ひどく現実味を帯びたように思う。
まあ、きっと、その時は、タルクが止めてくれるだろう。……いや、止めて欲しい。と、そう思う。
「タルク、」
「なんとかしたら戻れるんなら、俺は、そっちを頑張る」
「……まだ、なにも言ってないんだが」
「はん、お前の考えてることなんざ、顔見てればわかる。
……どうせ、くだらねえこと考えてるんだろ」
「今は普通にできてんだからきっと、なんとかなるだろ」
マルコスは、無理をしたような笑い方で笑いながら軽く言う。
「そう……かもな。」
「そんなことより、だ。
クソボドロフをどうにかしねえと、だろ。
――もう一回、屋敷に行って殺しちまうか?
あれくらいの警備なら、そんなに難しくはねえぞ」
「確かに、それは優先事項なんだが、
前に説明したとおり、殺してしまうだけではダメだ。
……この「調整過程」を見て、
父は、……いや、奴は、帝国と繋がっていると推察できる」
「帝国と……?」
マルコスが顔を引き攣らせる。
「ああ。
最後の一年に現れた異常兵。
王国側で行われていた実験記録。
そして、“引き渡し”という記述。
偶然で済ませるには、出来過ぎている」
アルベルトは紙束を握り締める。
「もし、これが本当に帝国と繋がっているなら、
奴を一人を殺したところで終わらない」
「あー……
証拠ごと消される、とか?」
「ああ。
そして最悪、
父殺しの罪を私が被ることになる。
……それは、構わないし、むしろ、本懐といったところではあるが、な」
「バーカ。
構えよ、そんなもん」
タルクは鼻で笑う。
「お前が勝手に死にてぇなら勝手にしろ。
でもな、
全部押し付けられて終わるのは、
なんかムカつくだろ」
「……タルク」
「それに、
クソボドロフをぶっ殺すなら、
ちゃんと全部ぶっ壊してからの方が面白ぇ」
「うへえ、それって俺たちだけじゃ大変そうじゃん……
軍とか呼んじゃう?
包囲して、「降伏しろー」ってさ」
「軍が動くかどうかは置いておいて、
……マルコスお前、なかなかいいこと言うなぁ」
「へへへ、まあな。
あ、……そう言えばタルクよぉ、大変と言えばさ、
今日は授業がなかったからアレだけどよ、
明日は授業あるってな。」
「……だからなんだよ?」
「お前さ、……罰課題の「書き取り十ページ」は済ませた?」
「……ヤッベ」
「俺とアルベルトでこっちのことは考えとくから、
お前は課題やったら?」
「いや、クソボドロフのことがあるんだし、そっちが優先だろ。アルベルトが奴らに見つかるわけにもいかねえし。……だから、明日からしばらく学園には行かねえ。」
「……確かにな。
アルベルトのことは、かあちゃんにも頼まなきゃな」
「マルコス、お前は学園に行って、アイリーン先生に伝えてくれねえか?」
「まあ、……いいけどよ。
……まさかお前、課題やりたくねえだけとかじゃねえだろな?」
「…………よし、今日はもう寝ようぜ。
明日から、忙しくなるからな!」
マルコスは笑い、もう一度「まあ、いいけどよ」と言うと部屋に戻って行った。
俺とアルベルトはマルコスを見送り、横になる。
……早く、なんとかしねえとな。




