第二十話 戦場帰りの俺と、伯爵邸
母ちゃんに落とされた雷でできたタンコブをさすりながらタルク、マルコス、アルベルトの三人は、暗くなってから寮を抜け出し、灯りもない街道をファルマス邸に向けて進んだ。
ファルマス邸に潜入し、ボドロフの隠し部屋から証拠となるものを見つけ出すことが目的ではあるが、そのためには、安全な侵入経路の確保及び、ファルマス邸の警備状況など、知っておきたいことは山積みで、まずは現地を見ておこうというマルコスの発案による行動だった。
藪を棒で突いて「ここなら隠れられるな」だとか、水路を見つけては覗き込み「魚……はいねえか」だとか、学園にいる時よりいきいきとしているタルク。
そのタルクの行動にいちいち「やめろ」とか「静かに」と注意をしているアルベルト。
言い出しっぺのくせに尻込んで、少しの音にも飛び上がるマルコス。
三者三様、ファルマス邸に向かう。
◇
やがて、木々の切れ間から、
大きな黒い影が見え始める。
ファルマス伯爵邸だ。
薄い月明かりに照らされたそれは、
屋敷というより、城に近い。
さらに近づき、俺たち三人は、伯爵邸から少し離れた茂みの中から様子を伺う。
伯爵邸は、高い石壁と鉄の柵に囲まれており、一定間隔で灯火が揺れ、さらには、槍を持って巡回する警備兵もいた。
「デカすぎだろ……」
口を開いたのはマルコスだった。
「そうなのか?」
「俺はさ、家の手伝いなんかで、
他の伯爵邸や、貴族の家を何軒も見てきているけど、
これは、そのどれよりもデカいし、
警備の厳重さも段違いだ」
「へえ」
「……父が陞爵されてから、
大幅に増築されたんだ。
ほとんど、建て替え、と言っても過言じゃないほどに、な。
……それ以前はあんな壁などなかった」
アルベルトの言葉を聞きながら、
俺は屋敷を観察する。
真新しく高い石壁は、飛び越えるのは不可能。
鉄の柵は、石壁の上に備えられ、先端が槍のように尖っており、刺さったら痛そうだ。
灯火の配置も厄介で、近づけば確実に照らされる。
死角となるような物陰は……ない。
槍兵は……軽鎧で動きやすそうだ。
「戦いに備えているって感じだな。
砦みてえだ。
……でも、槍兵なら簡単に斬れそうだ」
「ダメだ!
……彼らは金で雇われているだけだ。
危害を加えるわけにはいかない」
「タルク、お前、すぐ斬ろうとするのはどうかと思うぞ」
「ぜってえにその方がはええのに……
じゃあ、どうするってんだよ?」
「――使用人用の出入り口がある。
屋敷の裏手だ。
屋敷の裏手側は川に面しており、船着場がある。
水の音で足音は誤魔化せるし、
今の時間、そこなら警備も手薄なはずだ」
「じゃあ、そこも確認しようぜ」
俺たち三人は藪に沿って屈んだまま進む。
アルベルトの言うとおり、屋敷の裏手には簡素な船着場と、使用人の出入り口兼、荷運びのための通用口だろう鉄格子の扉があった。
「――警備は一人、か」
「でも、あの警備のおっさん、船漕いでら」
アルベルトに続いて、指を指しながらマルコスはシシシと笑う。
マルコスが指を指す先――扉の脇には警備兵が入る小屋があった。小屋の中には一人の警備兵が座り、マルコスの言うとおり、頭をカクリカクリと振っている。
「なら、今だな」
「待て!」「いやいやいやいや!」
立ちあがろうとする俺を、アルベルトとマルコスはしがみついて止める。
「今日は下見だろ!
それに、武器もないのにどうする気だよ!」
「武器なんて、あのおっさんの首をねじ折って奪えばいいだろ」
「真顔で何言ってんの!?」
「ていうか、マルコス。
お前、声がでけえよ。
おっさん、起きちまうぞ?」
慌てて口を手で押さえるマルコス。
くしゃみをするおっさん。
――バレてない。
ほっと息をつく三人。
――その時だった。
鉄格子の扉がガチャリと音を立てて開く。
扉の中から現れたのは、簡素な衣服を纏った若い女性だった。
「女中だ」
短くアルベルトが耳打ちする。
「嫌ですね、寒くって。」
女中は扉脇の小屋にいるおっさん警備兵に話しかける。
おっさんは自分の肩を抱いて凍えているようなポーズをしながら「日が落ちると寒いもんねぇ」と返す。
「はい、これどうぞ」
女中が手に持っていた外套をおっさんに渡すと、おっさんはいそいそと外套を着る。
「助かるよ」
「暖かくしてくださいね。
……早くこの扉の鍵の修理が終わればいいんですけど」
「そうだねえ
そうしたら邸内の警備に戻れるんだけどねえ」
「邸内は邸内で大変ですよ。」
「まだ旦那様は落ち着きなさらんもんねえ。
くわばらくわばら」
「ええ……
なにも起きなきゃいいですけど。
――それじゃ、私は戻ります。
今から朝食の準備をしなきゃ。
暖かいものを用意しますからね」
「それは楽しみだねえ」
女中は手を振ると、扉を開けて邸内に戻っていく。
カチャンと音を立てる扉。
おっさんは、すぐに椅子に座り込み、外套を身体に巻き付けて丸くなる。
「……あの様子じゃ、
あのおっさん、また寝るぜ。
……しかも、あの扉には鍵がない」
「……だからなんだ。
今日は下見だけと言ったろう」
「でもよ、明日にでも鍵は修理されるかもしれないぜ」
「それは、
……確かにな。
しかし、見張りが」
「殺さず、眠らせる」
「それなら、
……って、おい!」
俺は、アルベルトの制止を聞かず、茂みを低い姿勢で進む。
「行っちゃったよ……
え?……今から潜入するってこと??」
「くっ!
……確かに、今がチャンスではあるが……」
茂みに残されたアルベルトとマルコスがそんなことを話している間に、タルクはおっさん警備兵の外套を引っ掴み、おっさんを無力化。傍に置いてあった短槍を掴み、満面の笑みで二人に手招きする。
「うわぁ、
……潜入するとこまでは決まっちゃったな」
「戦場バカめ!」
文句を言いながら二人はタルクの元へ移動する。
タルクは鉄格子の扉をゆっくりと開け、石壁の塀の内側へおっさんの身体を運んでいた。
すぐ目の前には屋敷の裏口扉。
大きくはあるが、簡素な扉で、鍵はかかっていたが、おっさんの持っていた鍵束で鍵は開いた。
「さっきの女中は朝飯を作るって言ってたな。
……厨房を通らずに入れるか?」
「ああ。それは大丈夫だが……」
「じゃあ、行くか」
扉を開く。
中は石造の壁に薄暗い通路。
「いきなり悪の親玉の根城、か」
マルコスは、胃が絞られているような気分だった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
面白かったら、ブクマや評価いただけると励みになります。もちろんコメントも大歓迎です!
よろしくお願いします!




