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戦場帰りの少年兵、平和な学園に放り込まれる ~人を斬ることしか知らない俺は“常識”を学ぶことになった~  作者: 時津津


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第十八話 戦場帰りの俺と、仲間達の夜②


 俺は、泣き続けるアルベルトを、空気だったマルコスに任せて、部屋を出た。


 慣れない考え事をしたせいか、

 すっげえ腹が、減った。

 

 もう我慢できない。

 それは、きっとあいつらも同じだろう。


 いろんなことを考えて、考えて考えて腹が減って、まともなことが考えられなくなって、最後にはそのせいで大きな間違いを犯す。

 ……しかも、最悪死ぬ。

 それが一番良くない。


 もうとっくに食堂は終わっている時間だが、行けば何かあるかもしれない。

 俺は、明かりも落ちた食堂に忍び込む。

 闇に紛れて食堂脇の貯蔵庫へ。

 

 貯蔵庫に入ってすぐに目に入った、朝食のために用意されているパンを六個掴む。欲を言えば汁気のあるものも持って行きたかったが見当たらず、諦めて貯蔵庫を出ようとしたその時、物凄く、嫌な予感――

 

 戦場にいた時からこの予感には何度も命を助けられた。

 薮から飛び出てくる槍を躱せたのもこの予感のおかげだと思っている。

 

 だから、予感に従って静かに辺りを見回した。

 ボドロフの野郎が刺客を放った、とか、

 野盗の類いが侵入した、のかも知れない。

 両手はパンで塞がっている。

 敵なら排除しなければ。

 一瞬で考える。

 この判断が生死を分けるものだと予感が告げる。


 カタン、と物音。

 すぐ後ろだ。


「おい」


 振り向くより早く、相手が声を出す。


「コソコソと何をやってるんだい!」


 寮中に響き渡る、勝手に背筋が伸びるような声に、俺の身体は硬直し、意思に反して、その場に真っ直ぐ立ちあがる。


「……それは、朝食のパンだよ。

 勝手に持って行こうとするだなんて、何考えてんだいっ!」


 声の主、かあちゃんは右手にでかい包丁を持って鬼みたいな顔をしていた。


「……腹、減って……」


「アンタが食うのかい?」


「そ、そうだ。」


「……フン、

 かあちゃんはウソは嫌いだよ!

 ……あの小汚いチビ助に食わせたいんだろう?」


「お、おう……

 あと、俺と、マルコスも」


「そうかい。

 じゃあ、スープも持って行きな。

 ちょうど仕込みが終わったとこだよ。」


「いいのか?」


「馬鹿言うんじゃないよ」


 かあちゃんは鼻を鳴らし、寸胴鍋の蓋を乱暴に開けた。

 湯気と一緒に、肉と野菜の匂いがぶわっと広がる。


 腹が鳴った。


「腹減ってるガキを寝かせるほうが、よっぽど寝覚めが悪いってなもんさ」


 言いながら木椀を三つ並べ、どぼどぼとスープを注ぐ。


 具は端切れ肉と豆、固くなりかけた根菜。

 豪華じゃない。

 でも、腹に溜まる匂いだった。


「……ほら」


 乱暴に差し出される。


「ありがとうございます」


「気持ち悪いねぇ。

 急に礼儀正しくなるんじゃないよ」


 かあちゃんは眉をしかめる。


「どうせアンタ、

 普段ならパンくわえて逃げるだろ」


「今はそんな元気ない」


「見りゃわかるよ」


 短く返される。


 そして、包丁を置いたかあちゃんは、

 じっと俺を見る。


「……何があった」


「……」


「言いたくないなら言わなくていい。

 でもね」


 かあちゃんは腕を組む。


「腹が減るほど考え込む時ってのは、

 だいたいロクでもない時だ」


 心臓が少し跳ねた。


 戦場でも、

 仲間が死ぬ前夜は、みんな妙に静かで、腹だけ減った。


「……友達が、泣いてる」


 気づけば、そんな言葉が出ていた。


 かあちゃんは少しだけ目を細める。


「そうかい」


 それ以上は聞かなかった。


 代わりに、鍋の底から肉を多めによそって、

 俺の椀に突っ込む。


「ほら。

 泣いた後は腹が減る。

 アンタも、その友達もね。

 ……そして、食ったら寝ちまいな。」


 湯気が立ちのぼる。


 なんだか、

 ちょっとだけ、

 胸の奥の苦しい感じが薄くなった気がした。


 ◇


 パンとスープの入った椀をトレーに乗せて部屋に戻る。

 うずくまるアルベルトと、その脇に座るマルコスに戦利品を渡す。

 マルコスは視線だけで「見つかってやんの」と言いたげだったが、流石に今は言わない。

 俺も目線だけで「うるせえ」と言い返し、アルベルトの肩を叩く。


「おい、飯だ。

 ……かあちゃんが、食って寝ろってさ」


 アルベルトはうずくまったままの姿勢で


「……食欲がない。」


 とボソリと言う。


「あのな、

 泣くのもいい。

 考えるのもいいけど、飯食わなきゃ誰だって生きていけねぇんだから、まずは食え。」


 アルベルトの肩を掴み、座らせる。

 がくりと首だけ垂れたまま、


「……今は、何もしたくない」


「バッカ野郎が。

 今、やれることしねえでどうするんだよ。

 傷も治さなきゃいけねえだろ?

 ボドロフのクソもどうにかしねえといけねえし。」


 手を取り、その手に椀を乗せる。しかし、アルベルトはなかなか椀を掴もうとしない。


「……お前がそういう態度なら」

 椀を床に置く。


 口を無理やりこじ開け、パンをねじ込む。


「ふがっ!

 は、はひほふふ!」


「……無理矢理食わせるからな。」


 口から手を離さずに言う。

 こうすりゃ、飲み込むしかないだろ。


 ムガムガ言いながら咀嚼するアルベルト。

 目を白黒させていたが、息を吸うためにパンを飲み込む。

 ゲラゲラ笑うマルコス。


「ほらよ。

 ……何もしたくないだとか言ってるけど、

 お前の身体は、生きようとしてるぞ」


 俺は「うるせえ」と言ってマルコスの口にもパンを突っ込む。


「ふっ、ふふ」


 マルコスが目を白黒させるのを見て、アルベルトが笑う。

 

「ごちゃごちゃと起きちまったことを悔やんでも仕方ねえからな。……まずは、今、どうするか、だ」


「……ああ、そうだな」


 赤く、腫れていたが、真っ直ぐな目は、もう曇っていなかった。


「……まずは、マルコスを助けよう」


 パンを喉に詰まらせたマルコスは、口の端に泡を浮かべて白目を剥いていた。


「やべっ」


 慌てて背中を叩いたりして飲み込ませた。


 ◇


「……笑い事じゃねえからな?」と、ブチブチと文句を言うマルコスをなだめながら、俺たち三人はスープとパンを平らげる。


 アルベルトはふうと息を吐いて、顔を上げる。


「何から何まで世話になった。本当にありがとう。

 ……ファルマス家のことで、いろいろと迷惑をかけたが、後は私一人で……やる。……だから」


 俺が口を開きかけたその時、マルコスが「うるせえよ。」とアルベルトの言葉を制した。


「あのな、お前がどう思ってようが、俺は、もう無関係ですなんて言えねえ。

 お前が嫌でも、俺は協力するからな。」


「マルコスにしてはいいこと言いやがるな。

 学園でも、寮の食堂でも、今の飯も、

 同じ飯食っちまったんだからな。」


「――しかし!」


「しかし、とか言っても俺の、いや、俺たちの考えは変わんねえよ。」


 ヘン、と俺を見ながら鼻を鳴らすマルコス。

 アルベルトが鼻を啜る。

 目には涙が滲む。


「おいおい、またメソメソタイムかよ。

 ここは、頼むっつって、もう寝ようぜ」


 時計を指差しながら、アルベルトの肩を叩く。

 時刻は十二時を回っていた。

 

「……今は、さっさと寝て、体力を温存する。

 傷も治さなきゃだしな」


 アルベルトの頬に涙が流れる。


「すまない。

 ……頼む」


「おう」


「まっかせとけ!

 ……なるべく危なくない役で、な?」


 

 

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