第十七話 戦場帰りの俺と、仲間達の夜
俺は、アルベルトにレオナルトの最後を、
レオナルトと過ごした四年間のことを話す。
初陣でフルプレートメイルを脱ぎ捨てた話には、アルベルトも目を丸くした。
レオナルトの、人の尊厳を踏み躙られたような死に様には、血が流れるほど唇を噛んだ。
話し終えると、アルベルトは短く、「話してくれてありがとう」とだけ言った。顔を伏せたまま。
「……少し、休むか?」
「いや、いい。
――私の家の話、だったな。」
「……去年まで、私の家は伯爵家ではなく、男爵家だった。
父が陞爵するまではな。」
「……しょうしゃく」
「働きを認められ、貴族としての位が上がること、だ。」
ボドロフの働き。
……なんかあったか?
奴は、兵達が噂するほどの無能だと思っていたが。
「それって、どんな働きだったんだ?」
「敵の奇襲を看破し、それを打ち破った。
その際、レオナルト……姉様は討死なされた。
……と、聞いた。」
確かに、あの時の戦闘は、
ボドロフの発案による作戦で行われたものだ。
でも、あの時の敵兵は、抵抗はするものの、大して強くはなかった。
数だけは多かったが。
「いや、あれは奇襲とかじゃねえな。
……もっと、こう、攻めるってより、持ち堪えるって感じだった。
俺たちも、「そこに敵がいるから突っ込んで来い」って言われただけだしな。
……そんで、突然引いていった。」
「父上は、そこに敵がいるのがわかっていた、ということか」
「それも、大して攻める気のない、な。
……その上、レオナルトは別の場所に向かわされた。
帝国兵が入ってきたら対処しろとだけ指示されて。」
「そこに帝国兵が潜んでいた、ということか」
「いや、
……そこには戦った跡もなかった。
ただ、レオナルト達の死体があった。
ほぼ全員が、背後から槍で一突きに殺されていた。
……ズタズタにされていたのはレオナルトだけだった。……男か女かもわからないほどに、な」
アルベルトの喉が音を立てる。
「レオナルトは剣も抜いていなかった。
警戒する必要がない相手にやられた、と思う。」
アルベルトは手に持ったレオナルトの剣に目を落とす。
鞘についた血の跡を指で撫でる。
「父か……」
「俺はそう思う。」
「そうだな。
……それしか、ない。」
顔を上げたアルベルトは、決意の固まった戦士のような顔だった。
「父は、……いや、奴は、
怪しげな薬で私を洗脳した。」
「見た。
……帝国兵が使ってた薬にすげえ似てる。」
「……そうか。」
ギリ、と奥歯を噛む音。
「奴は、帝国と繋がっている……かもしれないな」
そう言って、クククと喉で笑う。
下を向き、レオナルトの剣を抱いて。
「おい。
……その笑い方はやめろ。
戦う時にそういう笑い方する奴って、だいたい酷い死に方するぞ」
聞こえないのか、喉の鳴き声は止まない。
――違う。アルベルトは泣いているんだ。
俯き、肩を震わせて。
(ボドロフのクソ野郎め)
内心で悪態をつく。いや、明確な殺意か。
アルベルトの肩に手を置き、俺は、俺自身も落ち着いていないことを反省し、静かに息を整えた。
部屋には、雨の音と、アルベルトの押し殺した鳴き声だけが響く。
部屋の隅では、今まで完全に空気だったマルコスが、珍しく緊張した顔をしていた。
◇
一方、女子寮。
夜の静けさが降り始めた頃、ミーナの部屋には小さな笑い声が響いていた。
質素な木の机。小さな本棚。花柄の布をかけただけの簡素な窓辺。
決して広くはないが、丁寧に整えられた部屋だった。
そのベッドの上で、ミーナは枕に顔を埋め、じたばたと足を動かしている。
「ミーナ。……いつまで気にしているつもり?」
ベッド脇に腰掛けたリリアナが、呆れ半分、面白がり半分の声で言いながら背中をぽんぽん叩く。
「だってぇ……」
くぐもった声。
「見られちゃったんだもん……」
「パンツを?」
「言わないでぇっ!」
さらに枕へ顔を押しつけるミーナ。耳まで真っ赤だった。
リリアナは肩をすくめる。
「別に減るものでもないでしょうに」
「減るよぉ……乙女心が……」
「何よそれ」
くすり、と笑う。
二人がこうして夜に語り合う仲になったのは、ほんの最近のことだった。
子爵家令嬢のリリアナと、平民出身のミーナ。
本来なら交わりにくい立場だが、リリアナは身分の垣根を気にしない。むしろ面白そうなものには自分から首を突っ込む性格だった。
そして二人を近づけた最大の原因は、言うまでもなくタルクである。
「でもさぁ」
リリアナが身を乗り出す。
「見られて、そんなに嫌だったの?」
「そ、それは……」
ミーナが顔だけ上げる。
「……嫌、っていうか……」
「うんうん?」
「可愛いのじゃ、なかったし……」
その瞬間、リリアナの目がきらりと光った。
「どれどれ?」
「え?」
次の瞬間、ひらり。
「きゃああっ!?」
スカートをめくられ、ミーナは飛び起きた。
「ちょ、ちょっとリリアナ!?」
「ふぅん……緑地に小花柄。実用重視。真面目ねぇ」
「み、見ないでぇ!」
「充分可愛いじゃない」
「……っもう!」
両手で裾を押さえ、涙目で睨むミーナ。
その様子が可笑しくてたまらないらしく、リリアナは肩を揺らして笑った。
「じゃあ逆に聞くけど」
「な、なに……?」
「可愛いのを履いてたら、見られても少しは平気だった?」
「っ!?」
ぼん、と音がしそうなほど一気に顔が熱くなる。
「そ、そんなわけないっ!」
「本当に?」
「ほんと!」
「へえー……」
にやにやと眺められ、ミーナは再び枕に突っ伏した。
「もう帰ってぇ……」
「帰らないわよ。まだ楽しいもの」
リリアナは足を組み直し、どこか得意げに言う。
「あのね、ミーナ。パンツくらいじゃ、男の子はそこまで変わらないわ」
「え、そうなの?」
「そうよ。せめて――」
そこで意味ありげに微笑む。
「私くらい、色気がないと」
ひらり。
今度は自分のスカートをめくった。
「えっ!?」
ミーナの目が丸くなる。
黒地に繊細なレース。細い飾り紐。布面積もどこか頼りない。
同じ下着とは思えない代物だった。
「な、なにそれ……すごい……」
「でしょう?」
「そ、そんなの、どこに売ってるの!?」
思わず前のめりになるミーナ。
リリアナは指を唇に当てた。
「……内緒」
「ええーっ!」
「まだミーナには早いわね」
「なんで!?」
「すぐ赤くなるもの。お店で気絶されても困るし」
「しないもん!」
「どうかしら?」
また笑う。
ミーナは唇を尖らせたが、すぐに視線が吸い寄せられる。
「……かわいいなぁ……」
「欲しい?」
「……ちょっと」
「素直でよろしい」
リリアナはスカートを直し、足を揺らした。
「でもね。下着なんて、自分が楽しくなるために着るものでもあるのよ」
「自分が……?」
「そう。誰かのためだけじゃつまらないでしょう?」
その言葉に、ミーナは少し考える。
自分のために、可愛いものを選ぶ。
そんな発想は今まであまりなかった。
「……でも」
ぽつりと呟く。
「タルク君が、こういうの好きだったら……どうしよう」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、リリアナが吹き出した。
「そこ!? 結局そこなの!?」
「だ、だって気になるもん!」
「安心なさい」
「え?」
「タルク君、たぶんそこまで辿り着いてないわ」
「……どういう意味?」
「まず“可愛い”の意味から説明が必要そうだもの」
ミーナは思い出す。
髪型を変えた時の、あの反応。
『首のあたりが涼しそうだし、動きやすそうだ』
「……あぁ」
「でしょう?」
二人で顔を見合わせ、そして同時に笑った。
夜の女子寮では、柔らかな笑い声がしばらく続いた。




