第十六話 戦場帰りの俺と、かあちゃん
一通り、アルベルトの処置が終わって外に出ると、外はもう、薄暗かった。
まだ一人では歩けないアルベルトを、俺とマルコスで肩を貸して歩く。
早く寮に帰りてえ。
というか、飯食いてえ。
久しぶりに動かした筋肉たちが栄養を欲している。
アルベルトの寮入りについて、アイリーン先生の了承は得たものの、片付けなきゃいけない問題がある――
ガンガンガンガン!
けたたましい音。
どうやらその問題は、向こうから迎えに来たらしい。
「タルク!マルコス!
あとはアンタ達だけだよ!
早く戻って来て飯、食っちまいな!」
寮母のおばちゃんだ。
でかい鍋を片手で持ち、
反対の手で持つデカい包丁を鍋にガンガンと打ち付けながら俺たちを探してる――
「ヤベエぞ、タルク」
「……だな」
「なんて、言い訳……」
マルコスと口裏を合わせる暇もなく、おばちゃんに見つかる俺たち。
「そこにいたのかい!
今、何時だと思ってるんだい!?
門限は、とっくに過ぎてるんだよ!」
ひぃ、と情けない声を出すマルコス。
……無理もない。
おばちゃんの放つ圧は、さっきのアルベルト以上。
大股で近づいてくるおばちゃん。
ドスドスと音が聞こえてくるような威圧感。
「なんだい?
そのちっこくて、汚いのは?」
「あ、コイツはアルベルトといって……」
マルコスがしどろもどろになりながら、説明しようとする。
「……ごちゃごちゃうるさいんだよ!
さっさと飯食って風呂入りな!」
またしても、ひぃ、と鳴くマルコス。
アルベルトは呆気に取られている。
「……アレは、なんなんだ?」
「……おばちゃん。
……寮の女帝だ。」
「何をボサボサしてるんだいっ!
さっさと動きな!」
「はいぃ!」
マルコスは、一目散に走り出す。
「おい!
アルベルトを離すなよ!
……ちっ!逃げ足の早えな」
「タルク!
……アンタも行きな!」
「だ、だってよ……」
「アタシが行けって言ったら行くんだよ!
……そのちっこいのは、アタシに任せな。」
「わ、わかった。
……頼む、おばちゃん。」
「かあちゃんと呼びな!」
「……わかった!
頼む、かあちゃん!」
「よっしゃ!アタシに任せな!」
アルベルトをおばちゃん、もとい、かあちゃんに渡し、マルコスを追って走るタルク。
アルベルトは一気に不安になる。
がっしりとかあちゃんの小脇に抱えられ、なされるがままに。
「……なにがあったかは、知らないけどさ、
……飯食って風呂入って、寝ちまえば、大体のことはなんとかなっちまうもんさ。」
アルベルトは黙って、聞く。
「……行くとこないなら、アンタのことも、アタシが面倒みてやるよ。
……だからさ、世の中を憎んじゃぁ、つまらないよ?」
ノシノシと歩くかあちゃんに、
荷物のように抱えられて、
すごい雑に扱われている。
それでもなんだか、暖かみがあって、
自分の家より居心地がいい。
タルクも、マルコスも。
名前も知らないかあちゃんも。
こんな暖かさに触れたこと、ない。
――
「さ、着いたよ。
……ここに座んな。」
かあちゃんに座らされる、狭い食堂のイス。
向かいにはタルクとマルコスが座っている。
「アンタ達は何座ってくつろいでるんだい!
配膳手伝いな!」
かあちゃんの一喝でバタバタと立ち上がり、厨房に入っていく。
何が何だかわからない。
次々と運ばれる、彩りなんて気にされていない料理。
「冷めないうちに食っちまいな!」
騒がしい食事。
フォーク一本だけのカトラリー
その全部が目新しくて、
ガチャガチャ音を聞きながらの食事も初めてで。
そして、今まで口に入れたどんなものより、美味で。
気づけば私は、涙を流していた。
「おいおい、泣くほどかよ!
……そんなに美味くねえだろう?」
私を揶揄うマルコスはすぐにかあちゃんの持つ配膳用の大きなおたまで叩かれて。
「ハハっ」
笑いが漏れてしまう。
「泣きながら笑うなんて、器用だな。」
「……うるさい」
タルクに言い返すが、私の頬は緩みっぱなしだ。
ああ、楽しい。
――
食事を摂ると、片付けまで自らする、……いや、させられるタルク達。
マネしようとするが、まだ、体が言うことを聞いてくれない。
「アンタは風呂に入っちまいな!着替えは……
マルコスのを使いな!
タルク!
手伝ってやんな!」
「ええっ!俺かよ!」
「おう」
二人ともがそれぞれに返事をして動く。
マルコスは食堂を出て行き、タルクは「ほれ」と右手を差し伸べてくれる。
タルクに肩を貸してもらって歩く。
風呂は、すぐそこだった。
「ここだ」
「こ、これが風呂……か?」
「他の何に見えるんだよ?」
「こんなに小さい風呂もあるんだな……」
「いやいや、これはデカい方だぞ?」
「そう、なのか」
「ほれ、脱がすぞ」
――
風呂を済ませた俺とアルベルト。
アルベルトにはマルコスの用意した寝巻きを着させた。
かあちゃんにアルベルトを俺の部屋で寝かせると伝え、俺の部屋に連れていく。
「ここが俺の部屋だ。」
「……厄介になる」
「気にすんなって。
……ちょっと狭いけどな」
扉を開ける。
「……意外と、片付けてるんだな」
部屋を見回すアルベルト。
やがて、部屋の片隅に視線を向けたまま、動きを止める。
「……それは、レオナルトの剣だ。」
「姉様、の……」
アルベルトの声が震える。
「持ってみて、いいか?」
「ああ」
鞘には血痕が残るそれを、
慎重な手つきで持ち上げる。
「レオナルトの血の跡、だ」
「そうか……」
ポツポツと雨の音だけが響く。
いつの間にか外は雨が降っている。
ゆっくりと、アルベルトは口を開く。
「……聞かせてくれ。
……姉様の最後を。」
「おう。
……俺にも聞かせろよ。
お前ん家で何が起こっていたのかを。」




