第十五話 戦場帰りの俺と、仲間
遠ざかっていく壊れた窓。
もっと上には雲ひとつない空。
(飛んでるみてえだな)
そんな呑気なことを考えている間に、俺は地面に到達した。
見事に頭からの着地。
「痛え。」
そのまま、大の字で寝転ぶ。
「タルク!」「タルク君!」
駆け寄ってくる足音。
声からしてマルコスとミーナか。
眠い目をなんとか開ける。
青い空は眩しくて、目を細める。
「俺、先生呼んでくるから!」
マルコスの声。
「タルク君、しっかり!」
ミーナの声。
首をゴロンと右に振る。
あれ、ミーナ?
暗い中に緑色。
なんだこれ?
「ああ、パンツか。」
「……あっ!」
次の瞬間、強い衝撃が鼻に。
「エッチ!」
ミーナに蹴られたらしい。
今日一、痛え。
「おおい、先生連れてきたぞー!」
マルコスの声。
「ああっ!
タルク、大丈夫か?」
アイリーン先生。
「……この、鼻が一番ひどそうだ。折れているかもしれん。
……一体何があったんだ?」
「ミーナにやられた」
「え?
……ミーナくんが?」
「〜〜〜!」
スカートを押さえてしゃがみ込むミーナ。
その様子を見て、笑いを堪えるマルコス。
アイリーン先生は、
「……それはお前が悪い」
ジト目で言う。
「……で、何があったんだ?」
俺はその場に座り、腕やら肩やらを確かめながら、
「……アルベルトと喧嘩した」
「……ずいぶん、派手にやったな。
……どっちからだ?」
「……俺から。
ムカついたから。」
アイリーン先生は、ふうと息を吐き、
「……わかった。
……罰として十ページ、書き取り。
明日の放課後まで」
嘘だろ……と思うが、口には出さない。
口答えすると、課題が増えることを身をもって知っているからな。
「アルベルトは?」
「別の先生が見に行ってくれてる。」
「俺も、行く」
「おいおい、お前も三階から落ちたんだろう!
せめて治療を受けろ!」
「いや、大丈夫だ。
骨、鍛えてるから。
……鼻は痛えけど。」
俺は、立ち上がって歩き出す。
「え?」
「――骨って鍛えられるの?」
アイリーン先生は本気で首を傾げ、
マルコスは、盛大に吹き出した。
スカートを押さえてうずくまるミーナは、リリアナに頭を撫でられていた。
◇
1-1教室
台風が過ぎ去った後のように物が散乱している。
そりゃそうだ。すげえ暴れたもんな。
教室に入ると、散乱したものに囲まれて大の字で伸びているアルベルトが見えた。
先生が二人、傷の具合を見たり、脈をとったりと介抱している。
身体の厚みもかなり萎み、さっきより幾分か血色も良くなっている……が、
左腕はまだまだ紫色が濃く、血管が浮き上がっている。
俺は、アルベルトの左腕を取り、抉った傷から血を出すように腕を絞る。
黒く変色した血が傷口から追い立てられるように出る。
「おい、何をしている!」
「……絞ってる」
先生の一人に見咎められるが、気にしない。
肩を掴む腕を払いのけ、さらに絞る。
黒い血が流れ出るたび、
アルベルトの顔色は目に見えて戻っていった。
先生たちは言葉を失っていた。
「た、タルク……」
「おう、気づいたか。」
「すまない……」
「なにが「すまない」だよ。」
「……私を、助けてくれた」
「そんなのあったりまえじゃねえか。
「すまない」なんて言わなくていい。
……そんなことよりよ、腸詰肉のこと、忘れんなよ。」
アルベルトが少し驚いたような顔をする。
……が、すぐに笑って、
「わかった。
――この恩は忘れない。」
「初めて笑ったな。
……レオナルトにそっくりだ。」
「に、……姉様、の話、
……また聞かせてくれ」
「おう」
絞る血の色の赤みが強くなってきた。
脈打つ血管も落ち着いてくる。
「だいぶ、気分が楽になった。
ありがとう。」
「気にすんな。
……それよりも、お前、どうするんだ?
家、帰れねえだろ?」
「そう……だな」
「寮に来ちまえばいいじゃねぇか。」
「だが、……私的な都合でそんなことが――」
「そんなもん、なんとかなるだろ」
「そう――なのか?
すまない。では、厄介になる」
「おう。
――立てるか?」
アルベルトの右腕を掴み、立たせる。
ちょっとふらつくが、まあ、大丈夫だろ。
とりあえず、どっかに座らせてやらないと。
様子を見ていたアイリーン先生と目が合う。
「アルベルトは、……任せていいか?」
「おう」
「俺もいるから大丈夫ですよ。」
マルコスは、教室の出口までの散乱した机をどけながら言う。
「マルコス。
……頼んだぞ。」
「任せてください。」
◇
俺とマルコスはアルベルトを抱えながら救護室にやって来た。
まずは、ちゃんと傷の手当てをしなくちゃ、な。
戦場の不衛生な環境は、かすり傷でさえ油断できない。
学園は清潔だからその点の心配はいらないけど、傷口を放っておくのは得策じゃあない。
まずは、アルベルトを椅子に座らせ、傷口にアルコールをかける。
これが沁みるんだけど、絶対にしなきゃいけないこと。
……唇を噛み締めて耐えてら。
特に、左腕の抉った傷。
ここはしっかりアルコールをかけなきゃな。
「ち、ちょっと、待て!」
「お?……なんだよ?」
「心の準備を、……だな」
「うるせえなあ」
ドバッとアルコールをかける。
「ー!」
声を出さない悲鳴。
涙目のアルベルトの目だけの抗議。
「ところでよ」
俺はかねてよりの疑問をアルベルトに投げかけることにした。
「お前って本当のところ、男なの?」
「に、姉様、のことで疑う気持ちは解るが、私は男だ。」
「ふうん」
軽口を叩きながら手早く包帯を巻く。
ガバッと上着をめくり、ズボンをめくり、隠れてる傷がないか確認する。
最後に顔を見ると、かなり顔に赤みが戻って来ている。
「よし、これで終わりだな。」
ニッと笑ってみせる。
アルベルトはなんだかモジモジしている。
なんだコイツ、きもち悪い動きして。
「……ひとつ、聞きたいんだが」
「なんだ?」
「――こ、これが、
……友人、ということなのだろうか?」
マルコスが真面目な顔のまま、吹き出した。
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