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戦場帰りの少年兵、平和な学園に放り込まれる ~人を斬ることしか知らない俺は“常識”を学ぶことになった~  作者: 時津津


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第十二話 貴族の私と、父の欲望


 私は、何を信じたらよいのか、わからなくなっていた。

 

 あの男を一方的に弾劾し、排斥するのは簡単だ。

 

 ……我が家の、

 貴族の力を使えば、たいていの無理は通る。

 それに、でっち上げなくとも、

 奴には、「貴族を殴った」という事実がある。


 しかし、

 タルクが言った、「都合の悪いことから目を逸らすな」という言葉が深く残る。

 都合の悪いこと。

 ……父上が私に話したことと、あの男の話との乖離。

 

 奴の話が本当なら、長子であるレオナルト兄様は女性であった。

 そして、次子である私は、兄様が生まれてから八年の時を経て生まれた。

 ということは、その間、ファルマス家には後継がいなかったことになる。

 家が断絶するか否かを天秤にかけられる前に、女子を男と偽り、後継として育てる――

 そうした話があることは、知っている。

 だが、露見すれば、死罪もあり得る犯罪行為だ。

 

 ――このような話が我が家で起こっていると信じる方がどうかしている。

 だが、あのタルクという男は、そういった奸計なんか思いつくこともない男なのだ、と他ならぬ私の直感が告げる。

 


 ――そして、……父上にとっては、私が生まれ、流行病にもかからずに育ったことで、長子かつ、女子である兄様が邪魔になった。だから、戦死を偽って亡き者とした、というのは……

 筋が通ってしまう話だった……


「……もし、これが本当だとしたら……」

 

 ファルマス家は、――滅ぶかもしれない。

 


 だからこそ迷いがある。

 公然と父親を問いただすことが、人として正しいのだろうことはわかる。

 ファルマス家の一員としては、うやむやにしてしまいたい気もする。

 レオナルト兄様の弟としては……。

 彼の無念を晴らすこと。


 

 彼は歩き出した。

 意を決した顔をして。


 ◇


 

「クソ、あのガキめ……」


 口を動かして後悔する。

 あのガキにやられた顎は見事に砕けていた。

 おかげでパンパンに膨れ上がった左頬は、動かさなくても激痛がある。

 (儂は、伯爵なんだぞ……!)

 悔しさにギリ、と奥歯を噛む。走る激痛。

 (アルベルトはまた、負けるのだろうが、

 それを逆手にして、死罪にしてやる……!)

 昨夜、アルベルトをけしかけた。

 今頃はもう決着がついているやもしれん。


 


 何としても、己の立場だけは揺るがせぬ。


 そのためには、レオナルトを知る者には消えてもらわなくてはならない。

 あの愚娘の存在こそが儂の致命傷になり得る。

 死してもなお、儂を邪魔する娘。

 

 ――それにしても、まさか、アルベルトの決闘相手が、愚娘を知る者だとはな。


 


 その時、ひとつの道筋が、はっきりと見えた。


 ……そうか。

 そうすればよい。


 再度、決闘を申し込ませれば、

 アルベルトは、また負けるだろう。

 アルベルトのお手本剣術では、戦場で磨かれた剣には、敵うはずもない。

 そして、あのガキは、きっと、貴族相手だからとわざと負けるなどの腹芸はしない、……いや、できまい。

 


 あのガキを、反逆者に仕立て上げる。

 王命を受けた身でありながら、貴族に牙を剥いた危険分子――そう喧伝すればよい。


 後は毒を盛るか、矢で射るか――

 ……致命傷を負わせる。


 形だけは決闘、それを討つのがアルベルトであれば――


 名は上がる……

 家も、地位も、より盤石となる。

 ……あのお方の、理想にもつながるだろう。


 ……ついでに、

 王家との縁を結ぶ、よい機会にもなるやもしれん。

 大臣の娘でもよいが、……あわよくば、姫君と……


 ――すべては、繋がる。


「……フ、フフ……」


 腫れ上がった頬に痛みが走る。

 だが、その痛みすら、心地よい。


 ……愚娘よ。

 死してなお、儂の役に立つとはな。


 ボドロフは腫れた頬ではあるが、はっきりと口を歪め、手元のベルを鳴らして執事を呼ぶ。


 そして、入室する執事に、アルベルトが帰ったら、すぐに部屋に来るようにと言付けた。

 


 ◇



 ――


 ノックの音に続いて、アルベルトが入室する。

 

「お呼びですか、父上」


 服装に乱れも、汚れもない。

 が、表情はいつもより固い。

 (――戦わなかった、が、何かはあった、な。)


 一瞬、ボドロフは考える。

 アルベルトが、あのガキから、

 何かを聞いている可能性を。

 

 あのガキは確かに大きな働きをしたのだろうが、所詮は雑兵。大した頭は持っていまい。世情に疎いのは見てわかる。しかし――

 

『……ああ、

 貴様、アレの情夫か?

 アレもそのような色気があったとはな!

 ……アレの身体はどうだった?』


 男としては華奢な体つきだったあの娘を、女と気づいていないか確かめるための問いかけ。

 ……大抵の者は、『ご冗談を』と返す問い。

 その問いにあのガキは拳を振るってきた。

 つまりは、“女であること“に気づいている者として扱わなければならない。


 ……しかしそれも杞憂だ。

 儂には、“あの薬“がある。



 沈黙が落ちる。


 アルベルトは、父が何も語らないことにわずかに眉をひそめた。

 ……ならば、こちらから切り込むだけだ。


「父上」


 一歩、踏み出す。


「……兄様は、……本当に“兄様”だったのですか?」


 一瞬だが、父の顔が歪んだ。


 ――沈黙。


 ほんのわずか。

 だが、確かに「間」があった。


 ……疑いが、確信に変わる。


 だが、父は――笑った。


「ぐ、ぐふふふふ……」


 頬の痛みに顔を歪めながら、それでも笑う。

 その声は、ひどく粘ついたものだった。


「……アルベルトよ」


 ゆっくりと顔を上げる。


「何を吹き込まれたのかは知らんが……

 つまらんことを口にするな」


 静かな声だった。


 だがアルベルトは、引かなかった。


「では、なぜすぐに否定なさらないのです」


 ボドロフの眉がわずかに動く。


「兄様が生まれてから、私が生まれるまで八年。

 その間、我が家に後継は存在しなかった」


「……」


「女子を男子と偽り、後継とする話があることは、私も知っています」


 一歩、詰める。


「違いますか」


「――黙れ」


 低く、押し殺した声。


 だが、それでもアルベルトは止まらない。


「兄様の死も、不自然です」


「黙れと言っている!」


 怒声が響く。


 だが、その声には――先ほどまでの余裕はなかった。


「父上」


 アルベルトはまっすぐに見据える。


「兄様は、本当に戦死なさったのですか」


 沈黙。


 今度は、先ほどよりも長い。


 ボドロフの視線が、わずかに揺れた。


 ――その一瞬で、すべてが確定した。


 父の、

 ……いや、目の前の男の目は、欲に濁っていた。


 あいつの、……タルクの目とは全然違う。


「……誰から聞いた」


 低く、絞り出すような声。


 その問いは、

 真偽ではなく、情報源を問うものだった。


 アルベルトは、ゆっくりと答える。


「戦場にいた者です」


 その瞬間、ボドロフの目が見開かれた。


 ほんの一瞬。

 だが確かに、動揺が走った。


「……ふ、ふふ」

 低く、くぐもった笑い声


「……愚娘め」


 アルベルトの顔が苦虫を噛み潰したように歪む。


「父上……、

 そこまで落ちたのですか……」


「誰に口を聞いておるのだ、アルベルトよ。

 ……儂の計略あってこその今のファルマス家だ。

 お前も、その恩恵の上で生きてきたのだぞ」

 

 汚くニヤリと笑いかけるボドロフ。

 ……私は、骨の髄から冷える気がした。


「……その“計略“とやらの中に、姉様の死も入っていたのですか?」


 


「グ、グハハハ!

 賢しいな、アルベルト!

 ……儂の後を継ぐに足るぞ!その賢しさは!」


「……しかしな、

 ……少し、賢しすぎるぞ?」


 顔を背けるボドロフ。

 そこから、笑みが消える。


「……このままでは、――お前も消さなくてはならん」

 

「は?

 ……今、なんと?」


 ベッドに横たわるまま、ボドロフは右手を挙げる。


「アルベルトよ。

 ……我が息子よ。

 ――儂のために生きると、誓え」


 窓の奥に見える、庭の木がゆらめく。

 その枝に、影がある。


 ――私の直感は、もはや確信に変わっていた。

 目の前の男が、あの優しかった兄……姉様を殺したのだ。


 そして今、私も殺そうとしている。


 あの右手は、合図。

 あれが振り下ろされた時、私は死ぬ。


 だが、腐っても貴族として生を受けた私、いや、あの高潔な姉の弟として、ここで引けるものか!


「ボドロフ!」


 名を呼ぶ。


「――あなたを告発する!」


 その瞬間、

 父の腕が振り下ろされた――



 


「……愚息めが……」

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