8、伝播
スズノに気取られて川沿いの土堤から逃げ出したフクマ憑きの少女リリときとらは、同じくフクマ憑きであるなつきとユウのふたりに合流すべく街の公園に足を踏み入れた。
時計の針が5時近くとなっても、いまだ暑熱のおさまらない街に出歩く人の姿はほぼ見えず、公園の中も人気や活気といったものはなかった。
木陰に設けられている休憩所で、なつきはリリときとらがやって来たのに気づいて、ふたりに向けて軽く手を振る。
きとらは休憩所へと駆け寄ると、
「ここは涼しいというか、ベンチがひんやりとして気持ちいいですねえ~」
石造りのベンチに腰をおろして、ひと息つく。
「きとらちゃん、さっき思いっきり熱せられたアスファルトにおしりついちゃったからねえ」
リリも荷物を降ろしながら、なつきとユウの前に座る。
「大丈夫? ヤケドしてない? ここで見てあげようか?」
なつきがきとらのほうへぐぐっと身を乗り出すが、
「なっちゃんの目がコワイんで遠慮しますね~」
きとらはさらりとかわす。
「というか、こんな場所で人のおしりを見ようとしない」
「ヘンタイですよね。英語で言うとHentaiです」
「ちょっと下心というかスケベ心があからさまだったね」
3人の責めるようなリアクションに、
「いえ、決して、その……スケベ心がないわけではなく……」
「「「そこは否定して」」」
なつき以外の女子3人が異口同音に言う。
「まあ、アタシのスケベ心は横に置くとして、さっそく情報交換といこうよ」
軽口を交えながら、少女たちは互いの持つ情報を明かしつつ整理していく。
「ではまず我々から。目をつけてた妖気なんだけど盗られたというか退治されちゃった」
「残念ですよぅ。思っていた以上にいい感じで育っていたのに」
「退治って誰に?」
なつきの問いに、リリときとらは6人の少年少女と川の妖異で行われたバトルの一部始終を説明し、
「忘れないうちに6人の特徴を描いちゃうね」
スケッチブックにリズムよく鉛筆を走らせ、リリは自分が見た6人の漫画風似顔絵を描きだし、それぞれの特徴を文字で付け加えていく。
完成した似顔絵を皆に見えるようにして、
「さて、この6人に見覚えもしくは心当たりは?」
意見をつのる。
「この猫耳帽子の巫女さんは例のモエギヒメの神使のひとりじゃないかな」
「うん、あたしたちもそう思う」
ユウがスケッチブックを指さしながら、
「この女子3人はうちの学校の生徒だと思う。この縦ロールで『お嬢様っぽい』ってのは、姫堂瑠璃先輩。姫堂グループのお嬢様」
「姫堂グループ。聞いたことがあるような、ないような」
「たいていの女の子ならお世話になってると思いますよ」
「もしかして下着のプリンセスシリーズ出してるとこ?」
「そう。まあ有名なのは下着だけじゃなくアパレル全般だけどね」
「なんでそんなとこのお嬢さんが妖怪退治にかかわってるのさ?」
「フクマを服の妖怪として考えると、アパレル産業のお嬢様が服の妖怪退治に乗り出しているのは不思議じゃないかも」
「でもさ、川原に発生したヤツはフクマと直接の関係ないわけじゃん」
「もしかしたら、あたしたちと考えてることがいっしょなのかも」
「というと?」
「あたしたちはさ、街の中に散らばってる妖気をフクマに吸収させてるじゃん。それに対してあちらのお嬢さんは予防策として妖気を潰していってるんじゃないかな」
「あり得る」
ひとつの仮説が出たところで、ユウは次の似顔絵を差し示し、
「で、この『格闘技やってそう』ってのは桧之木琥珀先輩。格闘技をやってそうじゃなくて実際にやってる」
「ローカル番組で紹介されてたのを見たことあるかも。でも、なんでそんな子が妖怪退治に?」
「腕試しとか?」
「姫堂先輩と同じ道場の門下生だから、そのよしみで妖怪退治に付き合ってるのかも」
「可能性はあるね」
「それと、このメガネの『マジメそう』って女子は、たぶん委員長ってあだ名の委員長」
「「「なんですと?」」」
ユウ以外の3人が聞き返す。
「彩女の普通科にいる生徒で、『歩く生徒手帳』とか『委員長ロボ』とか『委員長に転生してきた委員長』ってウワサがあたしのいる服飾科まで伝わってきてるんだけど本名までは知らないんだ。みんな『委員長』としか呼んでないから」
「なんでそんな子まで妖怪退治に」
「さすがに分からない」
「ん、ちょっと待ってね……その似顔絵どおりで委員長って呼び名はどっかで見覚え&聞き覚えがあるかも……」
なつきが目をとじて考え込む。
しばらくして、
「その子、夏祭りのとき神社にいた。巫女の格好して」
「本当に?」
「さっきいたお蕎麦屋の『こはる』って子と『メガネなしの委員長とかレアじゃん、写真撮っていい?』って会話してた」
「なにこの特定班、怖っ」
「この子が女子で本当によかった」
「これで男子だったら最悪最低の能力者ですよ」
「そんなにほめなくていいよ」
「ほめてない」
「ほめてません」
「ほめてはないかな」
「ダメ出し三重奏とかヘコむわー」
なつきが悲しそうにつぶやく。
「でもさ、神社で巫女をしてたってことはさ」
「イコールモエギヒメの巫女ってことになるし、そりゃあ妖怪退治の場に来ますわなあ」
「となると、さっきの仮説であるフクマの養分になりそうな妖気を潰してるってのはかなり現実味があるのでは」
「その路線で考えるとして、女子4人についてはだいたい分かったけれど」
「この男子ふたりはどうですかねえ」
リリときとらの言葉にたいして、
ユウとなつきは似顔絵に書き添えられた文章を見て、
「神主みたいな格好をして、妖怪退治するのに傘、扇子、カタナを使うとなると……」
「もう確定だね。このふたりのうち、メガネじゃない男子の名前は……」
「「鶴来龍星」」
ユウとなつきが声をそろえて言う。
「な、なっちゃんが男子の名前を……!?」
「『オスの名前なんかいちいち覚えないよ』と男子にこれっぽっちも興味を示さないなつきが……」
「こ、これは天変地異の前触れですよ!!」
「人のことをなんだと思ってるんだね、君たちは……」
なつきが少し不満そうに言う。
「っていうか、なんでこの男子の名前が分かったの?」
リリの問いに、
ユウとなつきは『あなたのおそば』で得た情報を話して聞かせる。
「なるほどねえ」
「天久愛流……フクマさまを封印した憎き剣の流派ですね」
「この時代まで残ってたんだね。スマホで調べても全然ヒットしないからとっくに絶えたものだとばかり」
「人知れずってよりも、隠れて残ってたってところかな」
「かもしれませんね……って、その天久愛流が現代に残ってるってことは……フクマさまがもし見つかってしまったら……」
「ヤバいね」
「ヤバいけど、例のモエギヒメと比較すると、出会ったら即ゲームオーバーみたいな感じにはならないみたい」
「神様と人間の差なのかな」
「たぶんね」
「まあ出会わないのがいちばんなんでしょうけど……天久愛流の剣士がこの街に来ているって情報は……」
「ほかのフクマたちにも知らせたほうがいいよね」
「っていうか、知らないうちに何人かは倒されてるんじゃない?」
「夏祭りであたしたち以外にもけっこうな数のフクマ憑きが爆誕してるはずなのに、これといって騒ぎになってないしね」
「かといって、おおっぴらに動いたら、それこそ一網打尽にされてしまうのでは……」
「それなんだけど、実はなつきと連絡手段について話し合ってね」
「花火や狼煙みたいなサインでも出すんですか?」
「それもいいけど……使い魔みたいなのをたくさん出してばらまいたほうがいいと思う」
ユウとなつきのふたりは事前に立案していた作戦――、フクマの複製体を伝令として使うという計画を打ち明け、
フクマの複製体ならフクマ憑きを見つけ出すのが容易なこと、
モエギヒメをはじめとする敵対する連中を避けられること、
この手段を他のフクマ憑きも真似てくれればネットワークが構築できること、
など利点をあげていく。
「敵に捕まったらどうするの?」
「万が一、捕まっても大丈夫なように最低限の情報しか運ばせない」
「ほかにデメリットは?」
「いちばんのデメリットはせっかくためこんだエネルギーを消費しちゃうことかな」
「まあそれも補給すればいいだけだからね」
「それでどんなふうに?」
きとらが尋ねると、
「まずはこのキーちゃんのチカラを借ります」
ユウはバッグからカギを思わせるアイテムを取り出し、休憩所のテーブルの上へと置く。
カタカナの『ト』と『ロ』を組み合わせたカタチの手のひら大をした桜色のカギ。
アニメ『忍者寿司プリンセス』の主人公、手塚マキが変身に使うキーアイテム、テック・アーマー・キーだ。
元々はユウがコスプレ用の小道具として購入した玩具だが、いまでは彼女に憑いたフクマによって、劇中を細かく再現したおもちゃっぽさをまったく感じさせないものへと変わっている。
「キーちゃん?」
「うん。フクマって呼ぶだけだと他の人のと区別つかなくなるから、名前をつけてみた」
「ああ、それいいね。で、名前の由来は?」
「いまはテーマキーに取り憑いてるから、キーちゃん」
「そのままかい」
「そのままです。そして百均で買ったこのシャボン玉」
バッグからさらにシャボン玉作成キットを取り出し、テーマキーの横に置く。
「シャボン玉とかなんかなつかしいね」
「小学生以来です」
「で、これをこうして……」
キットからシャボン玉液の入った容器を取り出し、魔法でもかけるかのようにカギで軽くなでていく。
そしてユウは休憩所の外に出ると、先端をシャボン液で浸したストローに「ふぅ」と軽く息を吹き込み、シャボン玉をつくりだす。
さらに勢いをつけて吹くと、シャボン玉はストローから離れて宙へと舞い上がる。
次々とつくりだされるシャボン玉の透明な球が光を受けて色づき、ふわりふわりと空へ向かって飛んでいく。
これでどうやって他のフクマたちにメッセージを伝えるのか分からず、リリときとらが見守っていると、
シャボン玉が空ではじけ飛び、紙から切り出した簡素なリボンを思わせる闇色の蝶へと次々に姿を変えていく。
そしてあるものは風に流されるように、あるものは風に逆らうように、それぞれが明確な意志をもってさまざまな方向へと散っていく。
ちょっとした手品のような幻想的ともいえるシャボン玉と黒蝶の乱舞を、少女たちはささやかな歓声とともに見送った。
小さな黒い蝶たちはメッセンジャーとなって、街中のフクマ憑きのもとへとたどり着く。
バイトにひと区切りつき、小休止していた少女。
学校へ提出する課題に取り組んでいた少女。
うだるような暑さに外出することをあきらめ、家で寝転んでいる少女。
暑さをものともせず、運動場で汗を流す少女。
自宅、バイト先、学校、公園、図書館、競技場――街の至る所で、フクマと少女たちはメッセージを受けとっていた。
そして、黒蝶は天弓アヤメのラボに潜むフクマ・レジーナの元にも。
「おや、どこから迷い込んだんだか」
室内を舞う黒い蝶を見かけたアヤメが疑問の声を発する。
マネキンやトルソーの立ち並ぶ部屋の中央で、パソコンやケーブルがつながれた専用の長椅子に座るレジーナがそっと差し出した指先に蝶は羽を休めるように止まった。
アヤメが見ている前で、蝶は透明なシャボン玉へと形を変え、その表面に文字を浮かび上がらせたあと、はじけて割れる。
「同胞からのメッセージだ」
シャボン玉に記された文字を読み取ったレジーナがつぶやく。
その声にはなんの感情も乗っておらず、吉報か悲報かを読み取ることはできなかった。
「ほう。それでお仲間はなんと?」
「天久愛流の剣士がこの街にいる。警戒されたしといったところか」
淡々とした口調を崩すことなく、レジーナが答える。
「天久愛流……キミらフクマの封印にひと役買っていた者だね」
といったアヤメの言葉に応えるように、
トルソーやマネキンの影から、
「あらあら……この時代まで天久愛流が途絶えずにいたなんて、これは嬉しいやら悲しいやら」
「どちらであれ、積年の恨みを晴らすのにちょうどいい」
「だけど、やりあうにはこちらも周到な準備をしておかないと悲惨なことに……」
おどけるような声、怒りをにじませる声、悲壮感のただよう声と、レジーナとはまったく異なる人間的感情にあふれた3つの声が響く。
それらの声に釣られたのか、
「このメッセージを届けてくれた同胞はまずは自分たちだけで天久愛流に挑むそうだ。多少のお膳立てをしてやってもよいが、我らが分身と当代の天久愛流、両者がどれほどのものかお手並み拝見といこうか」
レジーナはこれまでの口調と違い、心の底から楽しんでいるように声を弾ませた。




