7、収穫
「ごめんね。話に割り込むかたちになって」
アスレジャースタイルの少女がすまなそうに、こはるや美月たちへと両手を合わせる。
りりしげな表情、髪は肩にぎりぎり届く程度、ターコイズブルーのパーカー、ダークグレイのアスリートシャツとレギンスというスポーティーな格好をした彼女に、
「おや? 甘蔓さんも龍星さんに興味あり?」
こはるが問う。
「いや、その男子は興味以前の段階で知らない人だし。興味があるのは妖怪退治ってワードのほう。いま取り組んでるこれにアイディアをもらえそうだから」
甘蔓と呼ばれた少女はテーブルの上にあったチラシを手に取り、ひらひらとさせる。
チラシには、
『鮮血城ナインロックス杯 お化けをモチーフとした服飾デザイン募集中』
と大きく書かれ、優秀作品は賞金に加えてデザイナーの監修の元で商品化される趣旨がつけくわえられていた。
先客のふたりはこの図案を練っていたので真剣な表情を見せていたのだ。
「「鮮血城ナインロックス?」」
桜子、結衣の問いに、
「同名の対戦協力型ボードゲームを元にした体験型アトラクション、いわゆるお化け屋敷ですわね。お化けのデザインやアイディアを募集していたのは知ってましたけど」
美月が答える。
「うーん、話に混ざるのは良しとしても、さすがに何も知らない同士だと、緊張っていうか空気というか、もにょもにょすると思うんで軽い自己紹介くらいはすませちゃおうか」
こはるの仲介で、美月たちと先客のふたりが互いに自己紹介をする。
スポーティーな格好をしている少女は甘蔓ユウと名乗り、瑠璃や琥珀、この店の女子店員たちと同じ彩嶺女学院に通う服飾科の生徒であることを告げる。
彼女の対面に座っていたレトロなチェック柄をしたスモーキーブルーのワンピースに身を包んでいる少女は鉄台なつき、ユウとは対照的な甘ふわコーデでありながら、共通の趣味を持つ友人だと名乗る。
美月たちも軽い自己紹介をすませると、
「それでユウどのはあえて妖怪ではなく、妖怪退治を服のデザインモチーフとして取り入れようというわけですかな」
カウンターにいた『ミケ』と書かれたネームプレートを胸元につけたメガネのウェイトレスが尋ね、
「退治そのものをエッセンスにするというよりかは、なんらかのヒント、閃きになればいいかなって程度ですけど」
ユウが答える。
「んー、ヒントになるかどうかは分からないけど。まあ興味があるのならついでということで、この子たちが捜している男子とその流派について知ってる範囲、というか当たりさわりのない面を話していきますか」
と、こはるは前置きして、
「まずは彼の名前から――」
こはるとミケ、ふたりのウェイトレスは頭の中を整理しながら、客である少女たちに説明をしていく。
名前:
「『鶴が来る龍の星』で鶴来龍星」
年齢:
「アタシと同じ高1かな」
「瑠璃どの琥珀どの、わたしから見てひとつ下になりますな」
職業:
「高校生かつ妖怪退治の専門家……アマチュアを専門家って言っていいかは分からないけど」
「妖怪退治をメインにしているわけではなさそうですしな」
「でまあ、外見はまあまあカッコよくて、性格はそこそこ気が利くタイプ。で、ルリ先輩やコハク先輩と勝負してるところを見ていたかぎり腕前もそれなりってとこかなあ」
こはるが下したざっとした人となりへの評価に、ミケは同意するようになんどか首を縦に振り、
「似顔絵というか漫画風に描くとこんな感じですかな」
と、ささっと鉛筆で絵を描き上げて皆へと提示する。
「うん、イメージとしてはこんな感じかな」
こはるに続き、客の少女たちも絵をのぞきこむようにして、
「まあまあカッコいいとは言ってたけど、絵のとおりならかなりのイケメンなのでは」
ユウの言葉に、桜子と結衣も同意する。
「絵お上手ですね」
美月の感想に、
「ミケさん、漫画研究部の部長だからね~。表の看板見た? あの絵もミケさんの作品なんだよ」
こはるが褒め立てるように言う。
「そうだ、あの看板って写真撮っても大丈夫ですか?」
「どうぞどうぞ。ついでにお店の宣伝をしてくれるとうれしいかも」
和気藹々となる中で、なつきだけはイラストを一瞥したあと、絵よりも女子たちの反応を興味深そうに見ていた。
ひととおりの感想が出そろったあと、
「それで聞きかじりになるけど、この龍星さんが使う天久愛流ってのが――」
妖怪退治を生業としていた綺羅星右衛門という侍を開祖とし、晴天祈願や雨乞い、風起こしと風止みのような天候に関する神事・祭事での舞踊と結びついた剣の流派であることを説明し、
「で、龍星さんが得意とするのがカタナを使った攻めが主体となるハレの型、名前のとおり晴天祈願の型だね」
「番傘を使う守りが主体のヤトの型、扇子を使う攻防一体のフウの型というのも使っておりましたな」
「勝負してるときの顔がカッコよくてね~。顔だけじゃなく動きも見とれるいうか見ほれるというか」
こはるとミケの説明に、
「ちょい質問というか聞いてるかぎりだと、ルーツってだけで、こうなんというか実戦というか伝承というか、とにかく妖怪退治の路線に行かないっぽいんだけど」
ユウが口を挟む。
「実際のところ、キャッチーなうたい文句でしかないのかもね」
なつきがほんわかとした口調で続く。
「うー、やっぱりフクマの話は避けて通れないか……」
ふたりの感想に困ったように言葉を発したこはるに、
「フクマ?」
結衣が不思議そうに尋ねる。
「話の流れ的に、服に関する妖怪、服の魔物でフクマじゃないかな。そうだとしたら俄然面白くなってくるんだけど」
ユウが興味津々といった感じで身を乗り出し、なつきはこれまでに出たキーワードをメモ代わりにしたチラシに書き留めていき、皆はこはるに視線を集中させて彼女の言葉を待つ。
一同から注目を受けて、こはるはややためらう姿勢を見せていたが、決心するようにひと呼吸すると、
「お察しのとおり、フクマってのは服にまつわるというか、服に取り憑く魔物なんだけど――」
妖怪フクマとは自身の一部をおもに十代後半の少女の衣服に取り憑かせて、周囲の人々から精気を奪う妖気の集合体であり、フクマは取り憑いた女子の願いや思いを暴走させるだけでなく、どんな手を使ってでも願望を遂行しようとすることがあり――、
「――で、人の欲があるかぎりは倒せないんで、さっきも名前が出てきた星右衛門ってお侍と萌木神社の神様ハタオリノモエギヒメによって封印されたっていうのが、あたしたちが知ってる話」
と、あえて重要な点である『フクマが復活している』ということと以降の流れを端折って話をまとめる。
「萌木神社って夏祭りで行ったヒーメちゃんがいたとこだよね」
「でもフクマなんて名前、初めて聞いたよ」
「神社でそういった解説や案内はありませんでしたね」
美月たちの感想に続いて、
「服に取り憑く妖怪ではっきりとした姿形がないってのは、デザインには落とし込めないかな」
「モチーフとするのにもちょっと弱いね」
ユウとなつきがやや残念そうに言う。
「他に妖怪退治のエピソードは?」
ユウの問いに、
「残念ながら」
心苦しそうに答えるこはるに、
「ああ、でもネタはあるにはありますぞ」
カウンターにいたミケが助け船を出す。
「「というと?」」
ユウとなつきが異口同音に聞き返す。
「フクマ以外にもこの地方には妖異・怪異、いわゆる妖怪がいたらしく、その埋もれているエピソードをわれわれが探し出してる最中でしてな」
と、ミケとこはるは学校に提出する課題として、この地方に伝わる鬼打姫の伝承と妖怪にまつわるエピソードを深掘りしようとしていることを告げる。
「蛇の妖怪でありながら、神の使いとなって悪の妖怪をこらしめて……」
「結果、提灯のネーミングとして名を残す鬼打姫……こっちはなかなかに採用しがいがあるのでは」
「ちょっとこのラインで考えてみますかねえ」
ユウとなつきは意欲がわいてきたように、アイディアをメモしていく。
会話のあいだに、美月たちの頼んだガレットが出来上がり、こはるとミケ、ふたりのウェイトレスがテーブルへ運んでくる。
「ちょうどルリ先輩とコハク先輩のふたりが今日の探索を受け持ってるから待っていれば店に立ち寄ってくれるかも」
「リューセイさまもいっしょなので、もしかしたら本人に会えるかもしれませんぞ」
「いや、その……ご本人に会うつもりはないというか、心構えができていないというか……」
「あと、姉には鶴来さんについて詮索するなと言われているので鉢合わせするわけには……そういうわけなので、どうか今日この店に来たことはふたりには内密にお願いします」
こはるとミケが了承し、3人は卓上におかれたデザートガレットへと手をつけるいっぽうで、ユウとなつきのほうは食事を終え、「ごちそうさまでした」と店を出て行った。
外へと出たユウとなつきはやや足早に店から遠ざかる。
ふたりの口元はにこやかにゆるんでいたが、その顔つきは満ち足りたというよりかは声を出して笑うのをどうにか抑えているような表情だった。
『あなたのおそば』からだいぶ距離が離れ、辺りに人がいないのを確認すると、
「いやはや演技派というか、じつに名演技でしたなあ」
なつきが感心したように笑いまじりで言う。
「知ってる単語だけでなくフクマの名前が出てきたときはあせったけどね」
ユウがひと仕事やりおえたといった満足げな表情で答える。
「素知らぬ顔で情報を引き出すとか名女優ですな」
「けっこうヒヤヒヤもんだったけどね。だけどおかげで敵地というか、敵情視察した収穫はあったよ」
「まあね。かわいい年下の子たちと同じ時空で同じ空気を吸えるとか大収穫があったし。あの子たちがコスプレに興味をもってくれて、もっとお近づきになれるとなおいいんだけど」
「そっちじゃない」
「分かってるって。情報のことでしょ。っていうかモエギヒメと3人の神使だけじゃなく、妖怪退治のなんとか流までもこの街にいるとなると、フクマサバイバルは無理ゲーな雰囲気がただよってくるんだけど」
「天久愛流……ボクたちにとって不倶戴天の敵ってヤツだね」
「フグ……えーと、なんですと?」
「この世では共存できないような相手ってこと」
「最初からそう言って。しかしタイミングよかったよね、あの子たちがいなかったら今回の情報は手に入らなかったんだから」
「せっかくの情報は活かして、天久愛流への対策を立てないと」
「ですなあ。お、りりときとらからメッセージが入ってる……向こうもなんかデカめの情報を仕入れたみたい」
「じゃあ、合流して情報共有と対策会議しようか」
ユウとなつき、フクマ憑きとして『あなたのおそば』の偵察を終えたふたりは仲間である少女りりときとらに合流するために足早に夏の商店街をあとにした。
彼女たちが共生するフクマの敵となる天久愛流とその使い手に関する情報を思いがけない収穫品として。




