6、あなたのおそばにて
昔ながらの商店街の片隅に、ピンクがかった白壁の洋風建築がある。
老舗の洋菓子店といった感じの建物の窓には柔らかいクリーム色のオーニング、店頭にはレンガ柄のプランターとブラックボードタイプの立て看板が置かれている。
看板には白文字で『メイド蕎麦 あなたのおそば』という店名が書かれているが、蕎麦屋として踏み入るにはどこか勇気が試される店構えだった。
姫堂美月は友人の桜子、結衣をともなってメイド蕎麦『あなたのおそば』の前に来ていた。
3人ともTシャツにズボンといった基本スタイルに薄手のアウターを合わせたカジュアルな格好をしていたが、それぞれ色と組み合わせで個性を出していた。
髪を左右でお団子状にまとめた美月は、涼しげなレモンイエローのTシャツにサマーデニムのジャケットとズボンといったシンプルなコーデ。
ポニーテールの桜子は、ピンクのシャツと黒のガウチョにゆったりとしたバスケのユニフォームを模した白いゲームシャツを合わせている。
ショートカットで幼い顔立ちの結衣は、フロントと袖にフリルがついたオレンジのロングシャツをアウターとした白シャツにエクリュカラーのチノパンといったふうに三者三様のコーディネートだった。
「ここが先輩たちの働いているお店かぁ」
2階建ての店舗を見上げるようにして言った桜子に、
「外見ではとてもお蕎麦屋さんには見えませんね」
「ケーキ屋さんっぽいよね」
美月、結衣と続く。
「まあ今の時間はお蕎麦はやってないみたいだけど」
桜子が店頭の立て看板に目を向ける。
看板には、頭を下げた漫画風なメイドの絵と『ただいまティータイムなので蕎麦の提供はありません』と大きく書かれた張り紙がされていた。
「見て見て、このメイドさんの絵かわいい。写真撮っていいか、あとで店員さんに聞こう」
はしゃぎ気味の結衣とは対照的に、
「できることならコハク先輩とルリ先輩のメイド姿も見たかった……」
残念そうな態度を見せる桜子を諭すように、
「気持ちは分かりますけれど、今日の目的はそちらではありませんわよ」
美月が言う。
3人が『あなたのおそば』に訪れた理由は、道場の先輩である琥珀と瑠璃がメイド服で働いているところを見る――ためではなく、ふたりと手合わせして勝利したという男子の素性について調べるためだった。
「でもさぁ、このお店で聞いて分かるのかなあ。いまさらだけど」
「この店で再会してそのあと勝負もしているのですから、他の店員さんも知っている可能性が高いですわ」
「だけどさ、相手が分かったとしてそのあとどうするの?」
「特に考えてはいません」
「考えてないのか」
「とりあえずお店の前に立っててもしょうがないし、中に入ろうよ」
「だね、暑いなかで立ち話する理由もないし」
引き戸になっているドアを開けて店の中へと入ると、カランカランと涼しげな鐘の音色が鳴り響き、店内から優しく包み込むような涼風が流れてくる。
少女たちは店の中へと足を踏み入れると周囲を見渡した。
店のインテリアは和洋折衷といった感じで、天井からはレトロな行燈調の照明が下がり、シックな内装を明るく照らしていた。
濃茶のフローリングの上に木目が美しい洋風のテーブルとチェアー。
レースのカーテンを通してやわらかな光が差し込み、店内のBGMとして流れるクラシック音楽とともに落ち着きのある空間を演出していた。
テーブルは2人がけが2卓、4人がけのテーブルが1卓。店の奥にはカウンター席が4脚。
2人がけのテーブルには先客がおり、テーブルの上ではまさにティータイムそのものといった感じでカップ、ティーポット、デザート皿が並んでいる。
テーブルをはさんで向かい合うふたりはアスレジャースタイルにクラシカルガーリーといった対照的な格好で、テーブルの上に真剣なまなざしを向けていた。
店内をひととおり見渡して、
「和モダンっていうのかな」
「なんか不思議な空間だけど、けっこういいかも……」
桜子と結衣が感心していると、
「いらっしゃいませ」
カウンターそばにいたメイド姿のウェイトレスふたりが明るい声で出迎える。
フリルつきの白いヘッドドレス、飾り気のない白エプロンと黒のロングワンピースを組み合わせたエプロンドレスといったヴィクトリア様式のメイド姿だった。
「本格的ですね」
「いや、あたしら庶民には本格なのかどうか、いまいち分からないんだけど……」
「本物のお嬢様である美月ちゃんがいうなら本格なんじゃないかな」
「なるほど」
「とりあえず席につきましょうか」
美月が人数を告げると、
「そちらの4人がけのテーブルへどうぞ」
と案内され、3人は腰を下ろす。
「いらっしゃいませ」
『こはる』と書かれたネームプレートを胸につけたウェイトレスがメニューと水、手拭きを3人の前に置いていく。
「ご注文がお決まりになりましたらお声がけください」
3人はとりあえず『お品書き』と書かれたメニューに目を通す。
ティータイムの主力商品となるデザート・ガレット=蕎麦粉を使ったクレープという簡単な説明のあとに、組み合わせとして使える様々なフルーツ、アイス、デザートソースが列挙されていた。
「これはまた本格的な感じですね」
「どうしよう……これは組み合わせに迷う……」
「ルリ先輩のオススメとか聞いてない?」
「瑠璃姉さまいわく、『どれも逸品ですわよ』とのことです」
「参考にならない……」
「手っ取り早く店員さんに今日のオススメとして聞けばいいんだよ。ついでに例の男子のことも聞いちゃおうよ」
「それがよさそうですね」
「すいませーん」
桜子は手をあげて、ウェイトレスを呼ぶ。
さきほどの『こはる』の名札をつけたウェイトレスが来ると、
「すいません、組み合わせの種類がありすぎて迷うんで今日のオススメみたいなのがあれば教えてください……あとそれと、わたしたち人を捜してて、その人の情報が足りないっていうか、このお店に来てたっていうことだけは分かってるんですけど……」
桜子が話す。
こはるという名のウェイトレスは、「今日のオススメというか、どれもオススメなんだけど……まあ種類が多くて悩むよね」と前置きして、オーソドックスな組み合わせであるバナナ・バニラアイス・チョコソースのバナナスプリット風やブルーベリーソースをかけたチーズケーキ風、レモンカードとヨーグルトソースを使ったタルト風を挙げる。
「あとちょっと贅沢な感じになるけどプリン・アラモード風ってのもアリかなあ。真ん中にプリンを置いてバニラアイスのボールと甘さひかえめのクリームとカットフルーツで囲んだヤツ」
こはるは気さくな感じで説明を続ける。
「あ、わたしそれで」
結衣がプリン・アラモード風を注文し、美月はタルト風、桜子はチーズケーキ風をチョイスし、3人とも紅茶とのセットを選ぶ。
「ご注文ありがとうございます。それで捜し人の話だけど……とりあえず今すぐじゃなく、出来上がりまでの時間つぶしということでいいかな?」
こはるの問いに、3人はそれでいいと了承する。
こはるが店の奥へ消えると、メガネをかけたもうひとりのウェイトレスがカウンターでティーポットやカップを用意し始める。
しばらくして、こはるが戻ってきてティーポットとカップをトレーにのせると、
「お待たせしました。こちら紅茶のセットになります」
テーブルにカップを並べていき、
「さて、みんなの捜している人ってお蕎麦のソムリエの人?」
3人に尋ねる。
「え、その人も来てたの!?」
「有名な人?」
「それこそお蕎麦のソムリエって肩書きでテレビに出てるくらいだから有名といえば有名だと思う……って、その人じゃなくて……えぇと、アマツヒサメ流っていう武術を使うツルギ・リュウセイって人を捜してるんです」
桜子が告げた名前に、
「あれ? もしかして、みんなは龍星さんの追っかけだったりする?」
こはるがびっくりしたように声をあげると、
その言葉にカウンターにいたメガネのウェイトレスが反応し、
「リューセイさまの追っかけがいるとは……わたくしは同担拒否とかないので、推し仲間が増えるのはウェルカムですぞ」
「あ、そういう推しとか追っかけとかじゃなくて……」
桜子はふたりのウェイトレスの反応に戸惑いながら、
「どうしよう?」
美月と結衣のほうを見る。
「正直に打ち明けたほうがいいかもしれませんね」
「それがいいと思う」
ふたりの提案を受け、桜子は、
「えっと実は……」
3人は瑠璃や琥珀の妹弟子であるということ、琥珀と二度にわたって勝負をした男子に興味があること、瑠璃や琥珀には内緒でこの店に来たことを打ち明けた。
「先輩たちから聞いたその男子について知っておきたいんですけど、ふたりとも細かいところまで話してくれなくて……」
「正直な話、名前と妖怪退治をルーツとする流派を使うってあいまいなところしか分かりませんし……」
「手がかりもこの店に来たっていうくらいしかなくて……」
「なるほど。そうなると、どこからどこまでを話すべきですかなあ」
「本人がいないからあれこれ話すのもなんだかって感じですし、フクマのことは話さなくてもいいんじゃないですかね」
「いや、どうでしょうなあ。フクマの説明を省いてしまうと天久愛流が妖怪退治の剣であるという肝心なところがぼやけてしまうのでは」
「たしかにフクマなしで話すには難しいかも……でもフレンチ関連はさすがに省いたほうがいいですよね」
「ああ、フレンチなことは互いに不名誉でしょうしなあ」
「とりあえずあの子たちに質問してもらって、アタシらで答えられる部分だけ答えるって方法でいきましょうか」
などと、ウェイトレスのふたりが話していると、
「その妖怪退治の剣についてもう少しくわしく、というかそっちの話にまざってもいいかな?」
先客だったふたりのうち、スポーツウェアに身を包んだ少女がこはるたちに声をかけてきた。




