5、観察者
妖異が敗れ、塵と化していくのを見て、
「あーりゃりゃ、残念。獲物盗られちゃったね」
「フ、フクマさまへの貢ぎ物になるはずだったのに……」
残念そうに少女たちがつぶやく。
ひとりはパステルホワイトのパーカーのフードを目深にかぶり、コバルトブルーのキュロットスカートにランニングシューズと動きやすそうな格好をし、もうひとりはファンタジー世界の魔術師めいた袖と裾の長い黒ローブを着込んで黒いフードからは大きな丸メガネをかけた顔をのぞかせていた。
陽と陰、白と黒といった感じで対照的なふたりの足元には、彼女たちの持ち物らしき白いスポーツバッグと黒のトートバッグが無造作に置かれている。
「まあ仕方がないよね。アレが出てきた場所がいまいちだったしさ。もうちょいこっち側に来てくれてたらおびきよせて『いただきます』できたのにさ」
白パーカーの少女、弥幸リリの言葉に、
「フクマさまが市外へと出ていけないのは不便なのです」
黒ローブに丸メガネの少女、館きとらが答える。
「そこをクリアできればいいんだけどねえ……あーぁ、アレを吸収したらフクマがどんな姿に成長するか楽しみだったんだけどなあ。ほら、新作のソシャゲに体がホログラムみたいになってるキャラいたじゃん、あれの再現コスができたかも」
「市内に散らばってた妖気をフクマさまに捧げても著しい成長はなかったんで、そう上手くはいかないと思いますけどぉ」
「街ん中のヤツはさ、あっちの等身大マクラみたいなのと違ってチョコバーよりもちっこいサイズだもん、劇的な変化は起きないっしょ。それと比べるとあっちは世話もしてないのに1メートル超えだからね、あー、そう考えるとやっぱり惜っしいなあ」
「でも別の収穫として、フクマさまにとって脅威になるのはあの猫耳帽子の巫女さんだけじゃないと分かったのは吉かと」
「あの猫耳巫女さんがモエギヒメの使い、スズノって人で間違いないね」
「人って表現が正しいかは分かりませんけどね。というか、神使だけじゃなく少なくともフクマさまの脅威が5人存在してるのは、みんなと共有しておかないと」
「みんなに連絡とるとしてさ、どうすっかなあ、集合かければ今のうちに叩いておけるかもしれないんだよなあ」
「ムリムリムリ、ムリですよぉ。算数にがてなんですか。こっちは勢ぞろいしても5人なんですよ、6対5じゃ勝負になりませんよぉ」
「6対5なんてほぼ同数じゃん」
「スポーツの世界なら超絶不利じゃないですか」
「大丈夫だって。あたしの見立てではあっちサイドのメガネの女の子は戦力から除外できそうだから、実質5対5だよ」
「こっちサイドのメガネ女子のわたしも戦力にはならないんで実質5対4ですよぉ」
「ならなぜ最初に6対5と言ったのさ」
「な、流れで……というか、あの人たちどう見たって妖怪退治を専門にしてますって感じじゃないですか。物騒な変形武器だって持ってるし。ムリに戦おうとか考えずに避けておきましょうよぉ」
「そうしたいのはやまやまだけどね、あの調子だと、向こうからこっちを探しに来ると思うから先手を打つのはアリっしょ」
「それはそうでしょうけど、まずみんながそろうかどうか分かりませんし。倉盛さんは家の用事、まろんちゃんは学校の課題が忙しいって言ってましたし、リーダーのなっちゃんは例のお蕎麦屋さんに潜入してるから呼び出してもすぐには来ないと思いますよ」
「あー、偵察日って今日だっけ。ん? だとするとこの前の夏祭りで合わせをした子といっしょだろうから6対6になるじゃん」
「だからわたしは数に含めないでくださいよぉ」
「どっちみち、あの人たちフクマを追っかけてるだろうから、いずれは相手をしなくちゃいけないと思うんだけど」
「だったら行き当たりばったりじゃなくて、事前に作戦を立てておきましょうよぉ」
「それもそうだね。まあ勝負を仕掛けるにしても、あたしのフクマも今はスリープモードだし」
話しながら双眼鏡をのぞきこんで川原の様子を見ていたリリだったが、
「……おっと、エマージェンシー」
と、双眼鏡から目を離す。
「なんですか、いきなり緊急事態って」
「猫耳の巫女さんに気づかれちゃった」
「え!? この距離で?」
「この距離で。さっさと逃げるよ、すたこらとんずらラナウェイってね」
リリはケースに戻した双眼鏡をスポーツバッグにしまい込むと、さっそうとバッグを肩に掛け、
「視界確保ー&ダッーシュッ!!」
フードを後ろへ下ろし、快活そうなショートカットと人懐っこそうな顔をあらわにするのと同時にダッシュで素早く駆け出す。
きとらも慌てて双眼鏡をトートバッグへしまいながら、
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ、いまフクマさまが憑いてないんで、わたしポンコツなんですよぉ、そっちのスピードになんかついてけませんよぉ」
「大丈夫だって。あたしのフクマもパワーへろへろ状態だから条件はいっしょ。人間が走る速度はそうそう変わらないって」
先行しているリリは振り返るとその場で駆け足しながら答える。
「ちょっとちょっと、国語にがてなんですか。個人差って言葉ごぞんじですか? 自分ができることは他人もできるとかいう考えなんですか? みんながみんな走る速度が同じだったらこの世にマラソン大会なんてものは存在してないと思いませんか?」
きとらは長々と文句を言いながら、リリの待つ位置までどうにかたどり着く。
「はいはい、口を動かすエネルギーがあるならそのぶん足に回そうね~。そういえばマラソンって、どっかからどっかまで走った死の伝令のエピソードがもとになってるんだっけ? そう考えると不吉というか不謹慎だよね、マラソンって競技」
「なんでマラトンからアテナイまでの走路がどっかからどっかっていうアバウトなものになるんですか、歴史にがてなんですか」
「この場合はさ、にがてなのは地理になるんじゃないかなあ。だいいちそのマラトンとかアテナイとか言われても全然場所がイメージできないし。ほら荷物持ってあげるから走って走って」
リリはなかば奪い取るかたちで、きとらのトートバッグを受け取り、自分のバッグとは反対の肩へ掛け、後ろからきとらの背中を押していく。
「うぅ、荷物持ってもらってるうえに背中を押してもらっていてもキツすぎる……自転車でくればよかったですよぉ」
走り始めて数分も経っていないのに息も絶え絶えになっているきとらに、
「その格好じゃ自転車でもスピード出せないでしょ。だいたいなんで今日に限ってそんな黒魔術師みたいな格好してるのさ」
「朝の占いで『ラッキーカラーは黒。コーディネートに黒を取り入れるといいでしょう』って出てたんですよぉ。あと黒魔術師じゃありませんよ、これはフクマさまに仕える女司祭コーデですよ」
「司祭とかいわれても何するのかよく分からないけど、まあ朝の占いが当たってればこのまま逃げ切れるよ、ファイトファイト……ん? 待てよ、いま捕まってもきとらちゃんにフクマがついてないなら問題ない気もするな、よし、アディオスきとらちゃん、お達者でシーユー」
リリはきとらの背中を押すのをやめて、彼女の横をすり抜け、すたすたと先へ歩みを進める。
「ちょっと、ちょっと待ってくださいってば、置いて逃げたら許しませんよぉ、呪いますよ」
きとらがフードを外して、ゆるやかなウェーブのかかったロングヘアとどこか頼りなさそうな表情を見せて、ジト目でリリを見ながら彼女に追いすがろうとする。
リリは振り返ると、
「その格好だと『呪います』のセリフに迫力ありすぎだって……ってか、ここまで走るポーズが様にならない女子ってのもレアすぎる。ゾンビですら走るのがスタンダードの現代においても激レアな超低速ゾンビ女子だわ」
ふたたび足踏みする態勢できとらを待つ。
「だ、誰がゾンビですか……わ、わたしはゾンビを使う側ですよ……」
「髪を振り乱しながらこっちに迫ってきてそのセリフはメチャクチャ怖いって。っていうか、女司祭がゾンビ使うな。どっちかといえばゾンビ退治する側でしょうが。あと、あたしが言うのもなんだけどさ、フクマに頼らなくてもすむように体力はつけておいたほうがいいと思うよ。それと追いかけてくる様子はなさそうだから、もう走らなくても大丈夫っぽい」
「た、助かりました~」
もはや、よろよろと歩くだけの状態になっていたきとらは足を止めて、
「あー、もうムリです。もう動けません。ひと休みしないと……」
とアスファルトの上にへなへなと座り込み――、
「熱っ!!」
悲鳴とともに熱せられたアスファルトから勢いよく立ち上がる。
「だ、大丈夫?」
「ダメです……うぅー、占いのとおりにしても全然運勢よくならない……もう人生ごとダメかもしれない……」
「いやネガティブなこと考えずにポジティブなことを考えようよ。ニンゲン万事塞翁が馬ともいうしさ、悪いことのあとには良いこともあるって」
「あれは人間万事で『世の中すべて』って意味ですよぉ」
きとらは熱い路面に触れたヒップを黒ローブの生地ごしにさすりながら応じる。
「いいね、調子が戻ってきてる。その調子でいこう。さて悪いことがあったからには、次はきとらちゃんの願い事がかなうような良いことがあるかもよ」
「……願い事と『ネガいこと』って響きが似てるなあって考えたことは?」
「励ましてるそばからネガティブ全開にするなー! まったくもう、このままなつきと合流するよ、ほらほら走らなくてもいいから歩いて歩いて」
リリときとら。
フクマと共生関係にある少女ふたりは太陽が照りつける土堤をあとにした。
フクマの敵となる少年少女たちの容姿だけでなく、少年たちが使った技と神器の情報をたずさえて。




