9、定例会 ~ せらばに
明くる日。午後3時を少しすぎたころ。
青く澄み渡った空に浮かぶ太陽は燦々と輝き、ここ数日と変わらぬ調子で街を照らし、熱していた。
暦の上で夏の盛りはすぎているのだが、そんなものは言葉の上だけといった感じで、むしろ今こそが暑さと熱さの旬ともいえた。
路面から陽炎がただよい、景色が歪んで見える極熱の屋外を出歩くのはよほど切羽詰まった用事があるか、またはただの変わり者といったところで、多くの人々は冷房の効いた室内で涼をとっていた。
扉に「ただいまの時間、貸し切り中」のプレートがかけられたメイド蕎麦『あなたのおそば』も例外ではなく、涼しくさわやかな風につくりだされた居心地のいい空間の中で、チーム『あなたのおそば』による定例会が開かれていた。
テーブルを囲んでいる定例会のメンバーは『あなたのおそば』の店員一同に、モエギことハタオリノモエギヒメ、彼女の神司である龍星、陽樹をプラスした10人。
モエギの神使でありながら、バイト主任としてちゃっかりと居着いているスズノをのぞき、この店のバイト店員はみな同じ女子校の生徒だ。
彼女たちの通う彩嶺女学院は、アルバイトやボランティア活動を通しての地域貢献を校外学習の一環とするユニークな制度を取っていた。
その制度の下、集まった店員の顔ぶれは、
先日、龍星や陽樹とともに川原に同行した瑠璃、琥珀、空子にくわえて、
黒縁メガネと外に跳ねるようなボブカットが特徴の『ミケ』こと八尾和子。
漫画研究部の部長としての腕前を活かして、店のチラシなどに使われているイラストを手がけている。
明るく活発そうなショートカットの比楽泉。
コミュニケーション能力に長けた少女で、『こはる』の名で笑顔をふりまく店の主力看板娘のような存在だ。
つい先日、店を訪れた美月たちの相手をしたのも彼女らである。
そして前述の5人の影に隠れ、目立たないように参加しているのが、富津市子。
『平均値』を自認しているごくごく普通とでもいうべき平凡な女子高生――だったのはほんの数日前まで。
今では、福と服の神モエギヒメやフクマの存在によって、脱・平凡が思わぬカタチで成立してしまった女子高生だ。
そんな彼女たちを中心とするチーム『あなたのおそば』が街で収集したフクマや妖異・怪異に関する情報を整理するのが、この会合の目的だ。
テーブルの上に広げられた市内全域の地図には、スズノの使いである霊猫が見つけ出した怪しい地点と各メンバーが調査して入手した情報メモが貼りつけられている。
ただし地図上のスポットとメモの数は多くあれど、フクマにつながる決定的なものはなく、成果としては芳しいとは言えず、注目に値するのは市の外れに位置する河川敷に水の体を得て具現化した妖異、そしてそれを遠目に見ていたフクマ憑きの情報ぐらいだった。
「妖気の発生ポイントをめぐってもカケラが見つからなかったのは、どうやらフクマ憑きが回収してるからっぽいにゃ」
スズノが立てた推測に、
「となると、フクマもより厄介な能力を手にしているかもしれんのぅ」
モエギが懸念を示す。
「厄介といえば、ここまで肝心のフクマ憑きに関する手がかりがさっぱりなのは予想外だったな」
龍星がぼやく。
「実はそれについて耳寄りな情報を午前中に入手しまして……」
和子が切り出し、
「取れたてほやほやというか、店のお得意さんになってくれた女の子が街のウワサを集めてくれて、その中の情報なんですけど、なんかここ最近コスプレ吸血鬼が街のあちこちで目撃されてるらしくて。情報持ってきてくれた女の子自身も昨日の夜、そのコスプレ吸血鬼がビルからビルへと飛び移るところに遭遇したって言ってました」
泉が続ける。
「コスプレ吸血鬼!?」
めったに耳にすることのない単語に和子と泉以外の面々は面食らった表情を見せた。
「それって吸血鬼のコスプレしてるってこと?」
「吸血鬼のコスプレって分かるもんなん?」
「定番の貴族っぽい黒いスーツに黒マントってヤツじゃないかな」
「あ、その吸血鬼は女吸血鬼だそうです」
「じゃあゴスロリドレスとかかな」
一同が思い思いに意見を述べて騒然となる中、
「そこで、我々は目撃情報をもとにその女吸血鬼のイメージイラストを用意しておりますぞ」
和子がスケッチブックに描き上げた絵を一同に提示する。
それは皆が想像する吸血鬼の格好とは一線を画していた。
図はラフなスケッチといった感じで、ディテールを省いた少女の白いシルエットと彼女が着込むかなり奇抜な衣装が描かれており――、
その格好は……、
「セーラー服?」
そう、絵の中の少女はセーラー服を着ていた。
ただ上半身を覆うのはたしかにセーラー服なのだが、下半身のほうはスカート姿ではなく、レオタードやノンセパレートの水着を思わせるボディスーツ状の衣装に覆われていた。
「なんだこれ、水着か?」
「これ、頭についてる飾りから判断するに水着じゃなくてバニーガールの衣装なんじゃないかな」
陽樹の指摘どおり、少女はバニーガールのうさみみ飾りを頭につけていた。
「本当だ……って、バニーガール!? ど、どういうことだ、これ?」
「なんかいかがわしい……」
「ハレンチですわね」
「あの……一般的というか普通に想像する吸血鬼とはかけ離れすぎでは……」
セーラー服にバニーガールの衣装という、釣り合いが取れているともアンバランスともいえる極端な格好に皆が困惑している中、
「『せらばに』とは、これはまたずいぶんと懐かしいのぅ」
スケッチを見たモエギが懐古的に言う。
「なんだって?」
「『せらばに』は『セーラーバニーV』の略称で、お主らが生まれるずっと前に放送しておったテレビアニメじゃ」
「キーワードが分かったんでちょっと検索かけてみますね」
泉がスマホで検索をかけ、
「えーと、『セーラーバニーV』は日本のテレビアニメ――、」
月に住む吸血鬼一族のプリンセス、赫夜姫が地球に家出した。彼女を連れ戻すためにはるばる地上へとやってきた、
蓬山玉枝、火子子子、異夢3548、宝貝つばめ、龍首真珠
「――5人の少女が巻き起こす騒動を描いたドタバタコメディ、だそうです」
「かぐや姫と5つの難題がモチーフなのかな。だとしても数字が入ってるキャラはどういう意味かちょっと分からないけど」
陽樹の発した疑問に、
「異夢はカタカナで書けばなんとなく分かると思うぞ」
モエギが答える。
「カタカナ?」
「イム……あ、これで仏になるのか。でも3548は?」
「もしかして御石の鉢のもじり?」
「ご明察どおり。よくそこに気づいたな」
「ヒメ様のヒントがなかったら絶対にたどり着かなかったと思うけどね」
「え? 待て待て、かぐや姫のお話が元にしては設定盛られすぎというか、かなりギャップがあるだろ! なんでセーラー服でバニーガールで吸血鬼なんだよ!」
龍星の放った当然の疑問に、
「原作は漫画なんじゃが、当時スランプに陥っていた漫画家がプレッシャーから夜の海へと逃げだし、そこで水平線と月をぼんやり眺めているときに閃いたからじゃと聞いておる」
「水平線→水兵→セーラー服、月→ウサギとなってバニーガール、あと、かぐや姫→月の旧家の出身という繋がりなのじゃが、この旧家をその漫画家は『きゅうけ』と読んでいたらしく、そこから『きゅうけ』+『つき』で『きゅうけつき』→吸血鬼というふうになったらしいぞ」
モエギがすらすらと明答する。
「そうはならんと思うんけど……」
「奇抜というべきなのでしょうか……」
「煩悩がなせる技とも言えますな」
「というか、全部ダジャレみたいな発想すぎるだろっ!!」
「創作物の発想なんてたいていそんなもんじゃろ」
※諸説あります
「Vってはどっから来たの? 5人だから?」
「それもあるが、メインなのは吸血鬼を英語にしたときの頭文字、Vじゃ」
「いや待て。吸血鬼ってたしかバンパイアなんだから頭文字はBだろ」
「ヴァンパイアなのでVじゃ」
下唇に軽く歯を当てるようにしてモエギが発音する。
「あ、当時の画像も見つけました。ああ、たしかに目撃情報と合致する感じですね」
泉がスマホの画像を一同に見せる。
アニメ調で描かれた5色のセーラー服とバニースーツに身を包んだ5人の個性的な少女の図を見て、
「想像図もけっこういい線いってましたな。というか、現代でも通用する絵柄ですなあ」
「古くさいって感じはしませんね」
「こう絵で出されても、いかがわしいっていう感想しか……」
「ちょっとコメントに困りますわね」
「こんな格好で吸血鬼とかムリがあるだろ。っていうか、この格好でドタバタコメディってのもムリがありすぎる!」
「たぶん深夜のお色気枠なんじゃないかな」
「それなら納得……いやどうなんだろうな」
「『せらばに』ならゴールデンタイム、一般家庭でいうところの家族がそろう夕食時に放送しておったぞ」
「……昔のテレビって無法地帯なの?」
「今もたいして変わらんじゃろ」
※諸説あります
「というか、その『せらばに』の格好をしてる吸血鬼っていうのはフクマと関係あるのか?」
「河川敷に出てきたん怪物みたいに、妖気がそういうカタチをとってるんとか」
「あのモンスターって人を模倣してたけれど、ここまでくっきりってカタチじゃなかったからどうなんだろう」
「あるいはフクマや妖異・怪異の出す妖気に引き寄せられて、余所から吸血鬼そのものがやってきたとか」
「そうだとすると、アニメ好きというかコスプレ好きというか、とにかくその『せらばに』のコスプレをしている吸血鬼がいるってこと?」
「コスプレって考えると、これ自体がフクマ憑きって可能性もあるんじゃないでしょうか」
各自がそれぞれの考えを披露する中、
「その……目撃情報をくれたお得意さんってのは信用してもいいのかな?」
陽樹の問いかけに、
「うちの学校……彩女の生徒で顔見知りなので、情報は信頼できると思います」
泉が答える。
「吸血鬼もしくはフクマ憑き、どちらの線で考えても……そのお得意さんの女子とやらは十中八九、いや間違いなくそのコスプレ吸血鬼本人もしくは関係者じゃろ」
モエギが決め打ちするように言った。
「なんでそう断言できる?」
と尋ねた龍星に、
「なんでもなにも、お主らはその絵を見ても吸血鬼と思わなかったじゃろうが。だというのに、目撃したというその女子は『せらばに』の単語ひとつ出さずにその格好がコスプレ吸血鬼だと断定しておるのじゃぞ」
モエギは事もなげに解説してみせる。
「たしかに」
一同が納得した様子を見せる中、
「……だとすると」
「ちょっとマズい事態ですな」
泉と和子は互いに顔を見合わせ、青ざめさせていく。
「ふたりともどうかしたの?」
空子の問いに、
泉と和子は龍星のほうをちらりと見ると、
「ごめんなさい! 実は……」
申し訳なさそうに、昨日の店での会話について語り出した。




