2、カケラ探し
8月も折り返しの時期をすぎたが、暑い日が続いていた。
午後の日は高く、遙か上空にあるというのに、陽光はじりじりと照りつけ、熱波とともに街全体をローストしているかのようだった。
ときおり吹き抜ける風が気まぐれに肌を撫でるが暑さを忘れさせるには弱すぎた。
暑さが和らぐ夕暮れ時とは違い、いまの時間帯は屋外を出歩く者も少ない。
街で活気を見せているのは冷房の効いた施設内や公営・私営のプールくらいだろう。
そんな夏の容赦ない午後の日差しが降り注ぐ中、少年少女の一団が川沿いの土堤を歩いていた。
隣接する市同士の境にある、何の変哲もない舗装された遊歩道にしかすぎないが、そこを行く彼らはいっぷう変わった組み合わせの集団だった。
先頭を行くのは白い猫耳帽子をかぶった小柄な巫女。
白衣に赤袴という格好は神社ならともかく街外れの川縁を歩いているのはかなり場違いといえる。
それに続くのは少年ふたりと少女が3人。
それぞれが軽作業向きの動きやすい格好をして帽子や日傘で日よけをしているが、共通点はそこと年代くらいで統一感はなかった。
少年ふたりは背格好は似通っているが、好対照でもあった。
ひとりは夜空にひときわ輝く星のようなオーラとどことなく軟派な空気をまとうそこそこの好男子、もうひとりはどっしりと根を張る大樹にも似た温厚そうな雰囲気でやや丸みを帯びた顔にメガネをかけていた。
そのふたりに続く少女たちもそれぞれが特徴的だった。
長い髪を縦ロールとし、洒落た日傘をさしたお嬢様然とした少女。
末端に行くほど細まっていく巻き髪は逆さにした円錐を思わせた。
次を行くのは、後ろで束ねた長い髪にデジタル迷彩柄の野戦帽をのせたやや硬質的な雰囲気がする少女。
シャツの半袖からは、ひきしまった健康的な前腕が伸びている。
最後尾となるのは麦わら帽子からボブカットをのぞかせる少女。
銀縁のメガネがいかにも真面目そうな雰囲気を後押ししていた。
照りつける太陽と地面からの照り返しの両面で炙られるような熱さではあるが、一行はそれほど暑熱を感じていないように黙々と巫女の後ろをついて行く。
スタートとして出発した街の中心からだいぶ離れ、そこそこの距離と時間を費やしてはいるが、一行の中に弱音をはく者はいない。
と、いいたいところだが――、
最後尾を行くメガネの少女は歩き疲れたようで、
「自転車で来ればよかった……」
とぼやく。
そのぼやきに猫耳帽子の巫女が振り返り、
「あと少しで目的地だからもうちょっとガマンしてね、委員長ちゃん」
と声をかける。
委員長という呼び名は少女にふさわしく思えた。
実際、委員長と呼ばれた彼女――南須佐空子はそれをごく普通のことのように受け入れている。
「街からだいぶ離れた場所に来てるけど、なにがあるのかそろそろ教えてもらってもいいかな?」
メガネの男子、善亀陽樹が巫女に問う。
「これから向かう先はつい最近、妖怪同士が戦った跡地になるんだけど、そこでみんなにちょっとした探し物をして欲しいのにゃ」
と答えた巫女の視線はもうひとりの男子へ向けられる。
陽樹の隣で歩みを進めていた彼の浮ついて見える雰囲気は鳴りを潜め、どこか張り詰めたような険しい顔つきになっていた。
「おやおやダーリン、美少女が4人もそばにいるのに、なんでそんな厳しい表情をしているのかにゃ? もしかしてガラにもなく緊張してるのかにゃ~?」
巫女がからかうように少年へと声をかける。
「自分を美少女側にカウントするな。あつかましい。あと俺はお前のダーリンじゃない」
声をかけられた鶴来龍星はぶっきらぼうに返した。
「あー、たしかに可愛いボクは美少女というよりは可愛い子ってカウントしたほうがよさそうだにゃー」
巫女は悪びれた様子もなく、明るい口調で答える。
「図々しいにもほどがある。だいたいオトコだろうが、お前は!」
龍星がツッコむと、猫耳帽子の巫女――スズノは「にゃはは」と舌を軽く出しておどけてみせ、
「だからぁ、美少女じゃなくて可愛いオトコの子になるわけだから間違いではないよねー」
どこ吹く風といった感じで受け流す。
猫耳帽子の巫女スズノは龍星の言葉にもあったとおり、巫女の格好をしているオトコ、正確にはヒトではなくオス猫の妖怪だ。
妖怪でありながらも、福と服の神ハタオリノモエギヒメに才能を見いだされて神の使いとなった猫の化身、それがスズノこと鈴乃織富能更狸だ。
妖怪の身分で巫女服を着ているのは神の使いである立場ゆえというのは二の次で、『可愛い自分をより可愛くするのは女の子の衣装なんだから着ない理由がない』という彼独自の理論に従っているにすぎない。
しかし説明を受けても、性別:オトコという事実に理解が追いつかないほどに、スズノは外見だけでなく声や細かい仕草までもが少女そのものだった。
そんなスズノと龍星のやり取りを見つつ、
「相変わらずですわね……」
日傘をさしている姫堂瑠璃がつぶやく。
短い言葉ながら、外見同様に気品が漂う声だった。
「冗談はさておいて、ダーリンの表情からするに気づいたってことでいいのかにゃ? まあダーリンだけじゃなく、みんなも気づいていると思うけど」
スズノは笑顔のまま一同の顔を見渡し、これまでとは調子の違う真剣味を帯びた口調で聞いた。
「そういわれると……さきほどから少しヒリヒリというかピリピリするような感覚があるのですが、これが妖気ということでいいんですの?」
瑠璃が答えると、
「ルリさんも分かるんね」
迷彩帽の少女、桧之木琥珀がどことなく落ち着かなそうな態度で言う。
彼女も瑠璃がいう『ピリピリとした何か』を感じ取っているようだ。
ただ警戒ぎみにしている他の面々と違い、わくわくとした感じを隠せずにいる落ち着きのなさだった。
「むしろこの場合、琥珀ちゃんが感じ取れてるほうがイレギュラーにゃ」
「イレギュラー?」
「ダーリンにハルハル、委員長に瑠璃ちゃんは姫ちゃまの神司だからっていう理由があるけれど、琥珀ちゃんは自前で妖気を察知できるようになってるからイレギュラーということにゃ」
「そうなると、うちはどっちかというと妖怪寄りってことになるんかな、でもまあ言うんほどバッチリと妖気とかが分かるんわけじゃないんけど……ただこの先にあるん強い気みたいのが溜まってるんはいやでも分かるんよ」
琥珀は肩をすくめるようにして答える。
「鶴来さまたちも琥珀さんのおっしゃる強い気というのをお分かりになりますの?」
瑠璃の問いに、
「まあだいたい。この神力と妖力が混ざったような感じには覚えがある」
「ヒメ様の神使カガチさんの神力と妖力だね」
龍星と陽樹が答える。
「カガチ……たしか鬼打姫とも呼ばれる神使でしたわね。お強いとは聞いておりますが、実際にはどれくらい?」
「ヒメいわく、俺やハルが束になっても敵わないそうだ」
「神力を目にしたかぎりじゃ、『敵わないそうだ』じゃなくて『敵わない』と断言できるけどね」
「正確にはそうなるな」
龍星、陽樹ともに過去に神使カガチのチカラの片鱗を遠目に見ているが、そのときに実力の差をいやというほど思い知らされていた。
少年ふたりの評に、
「ちゃんと自分たちの実力が分かっているようで安心したにゃ」
「ということは、これから向かう先にそのカガチさんがいるということですの?」
「うんにゃ。さっきも言ったように戦いのあとというか、どっかの妖怪がカガチに叩き潰されちゃった跡地ってことになるから、当然カガチもいないにゃ」
「そこでいったいなにを探せばいい?」
「カガチに倒された相手のカケラってことになるかにゃ」
「わざわざ倒された相手のカケラを探すの?」
「なぜそんなことをってのを簡単に説明すると――」
この辺りは隣接する市それぞれの土地神の影響が及びにくい境界線。
そこで生まれた澱みが時を経て妖怪となるのは必然。
それを鬼打姫であるカガチが叩き潰すのも当然。
というわけで、ここで誕生した妖怪は鬼打姫カガチがやっつけました。
めでたしめでたし――、
「と、ここで問題になるのがカガチ自体が強すぎるから、ある一定以上の強さの相手じゃないとカガチのセンサーに引っかからないのにゃ」
「歯牙にもかけないってヤツか」
「そうにゃ。だから『カガチが妖怪を叩き潰しました、でもその妖怪は弱っちい状態でまだしぶとく生き残っています』となってたりするのはあまりよくない状態なのにゃ」
「なるほどね、その残り火みたいなのがカケラってことだね」
「そうなると俺らがそのカケラ探しに連れて来られた理由ってのは……」
「言い方は悪くなるけど、神司なりたてのダーリンたちとボクの妖怪司である琥珀ちゃんなら、おんなじようなレベルなので見つけやすいということにゃ」
「同レベルかどうかには異論は挟まないが、探し物をするのなら、もうちょい涼しい時間帯でもよかったんじゃないか?」
「時間が経って痕跡を見失っちゃうと困るんでね。あとみんなのスケジュールが合うタイミングがまさに今って感じだったし」
と会話を続けているうちに目的地についたようで、
「到着~」
スズノが『止まれ』の合図を出して、一同は足を止める。
そこは妙な静けさに包まれた場所だった。
静けさという例えは適切ではないかもしれない。
川の流れ、草のざわめきといった音は聞こえてくるが、それらは自然の織り成すメロディというより不協和音をもたらすノイズといった感じだった。
辺り一帯は物寂しいというよりも活気そのものがなく、生命の気配を感じさせない。
それでいて目に見えない何かが遠巻きに存在しているような薄気味悪さがあり、うだるような暑さはどこか寒々しいものへと変化していた。
そしてそれらをこの場に無理矢理に押しとどめているような不可視のチカラが伏在しているのも感じられた。
ここまでの道のりと同じ風景であるというのもただただ不気味に思える要因となっていた。
そんな空気の重苦しさとは無縁であるように、
「ぱっと見、それらしいものは残ってなさそうだけどな」
「B級映画だと巨大な足跡の中に立ってることになったりするんだけどね」
到着地点を見渡した龍星と陽樹は言葉を交わす。
「戦いがあったと聞かされていても、なんと言いますか、威圧的な空気が残っているのしか感じられませんわね」
警戒ぎみの瑠璃に対し、
「ここまで強い気を残せる相手とか早く会ってみたいんところだけど」
琥珀は軽快な調子で答える。
「相変わらず雄闘女ですわね」
皆がどこかのんびりとした会話をする中で、
「……みんなといっしょじゃなかったら、ちょっとここには近づかないかも」
空子が居心地の悪さを感じているかのように告げる。
「その感覚は大事にゃ。こんなところに長居するのもなんなんで、とりあえずカケラ探しを始めるにゃ」
スズノが宣言し、一行は妖気を放つカケラを探し始めた。
「それっぽいのを見つけたら手に取る前にボクを呼んでにゃ」
「そういえばヒメからは妖怪を見つけても手出しするなって言われてるけど」
「『妖気のカケラは妖怪のタマゴみたいなもんだから見つけ次第叩き潰しても良し』と姫ちゃまからは言伝を受けてるにゃ。もしダーリンたちの手に余るようならボクが撤退の合図を出すから従ってにゃ」
スズノの言葉に一同がうなずく。
「まあもしものときは女の子たちを優先で逃がすよ」
「だね」
「あ、ダーリンはボクのために『ここは俺に任せて早く行け』とやってくれてもかまわないにゃ。そうしたら惚れ直しちゃうかも」
「『ここはお前に任せた。俺にかまわず早く行け』ならいくらでもやってやるよ」
などと他愛もない話をしつつ、丈の低い草むらの中へ間隔を取った横一列で足を踏み入れてからほどなくして――、
琥珀が足元に何かを見つけたようで、
「なんか見つけたんけど」
他の面々を呼び集める。
琥珀が示す先に落ちていたのは、
「これは……」
「折り紙?」
「ヤッコさんってヤツだね」
陽樹の指摘どおり、折り紙でつくられたヤッコさんだった。
こんな場所に落ちているという不自然さに加え、ここ数日雨降りはないのに、しっとりとした感じで湿り気を帯びているだけでなく、端々に焦げ目のようなあとがついていた。
「どう思うん?」
「ふむふむ……妖気とは違うけど、ちょっとした霊力が残ってるのを感じるにゃ」
「これってヒメの式神みたいなもんか」
「似ているけど、おそらく遠隔操作はできないうえに単純な動作がやっとだと思うにゃ」
「カガチさんとやり合った相手の持ち物かな」
「どうだろうにゃ。カガチより先に妖怪とやりあってた相手かもしれないし」
「ヒメに見せたらなにか分かるんじゃないか」
「とりあえずこれは持って帰るとして、他になにか手がかりっぽいのやら怪しいものなどを探してみてにゃ」
スズノはヤッコさんを拾い上げて巫女服の袂へしまい込み、一同はまた散らばって妖気の捜索を続ける。
またしばらく時間が経過し――、
「なんというか、こう強い妖気が残ってる中でより弱い妖気を見つけろってのは思ったより難しいな」
龍星のぼやきに、
「濃度というか相手の妖気レベルみたいなのが目視で分かればいいんだけどね」
陽樹が答える。
「ゲームじゃあるまいし。だいたい自分の神力のレベルだって分かんないんだから無理な相談だろ」
龍星と陽樹の会話が聞こえたのか、
「おんや? もしかしてふたりとも姫ちゃまから自分のステータスを見る方法を聞いていないのかにゃ?」
少し離れた位置にいたスズノが不思議そうに問いかけてくる。
「ステータスが見られるとか初耳なんだけど」
「ってことは、俺らも異世界物の主人公みたいにステータスウインドウ呼び出せるのか」
「できるようになってるはずにゃ」
スズノの答えに、龍星と陽樹の目が期待で明るく輝く。
ステータス表示。
異世界やゲームを舞台とした物語ではもはや珍しくもない表現とはいえ、それが自分の手で実際にできるとなると話は別だ。
龍星と陽樹はわくわくとした様子を隠そうともせず、
「よし、物は試しだ。早速やってみよう」
「どんなパラメータが表示されることやら。でも、どういうコマンドで呼び出せるんだろう?」
「ヒメのことだから、そのまま『ステータスオープン』とかで空中にウインドウが浮かぶんじゃないかな」
「ヒメさま、少し俗っぽいところあるしね」
「少しどころじゃないだろ」
と会話を交わしつつ、
ふたりは並び立つと視線を少し上空へと向け、
「それじゃあ、せーの」
「「ステータスオープン!!」」
ふたりの声が広い河原に大きく響きわたった。




