18、四人めの神使
三すくみのような状況になってから数分も経ってはいないが、夏の強い日差しと静かな対峙は体力と気力をゆるやかに奪い始めていた。
視線と武器が向く先には同じような構えを見せる相手。
遠くに蝉の鳴き声が聞こえる。
熱気を和らげる風はなく、ひとすじの汗が静かにほほを伝う。
様子見であった凪状態から一転、ちまきが龍星めがけて突撃する。
彼女が得意とする型、フウの型の側面を標榜するような動き。
身を低くした疾風のごとき足運びで間合いを詰め、閉じた扇による鋭い一撃――いや、二連撃を繰り出す。
勢いがついた右の扇に追随して、すかさず左の扇も突き出される。
無風の戦場に突如生み出された突風。
龍星は迫る扇を白木の木刀で左、右と軽くはじく。
カッ、カッと小気味よい音を響かせると同時に、ちまきの正中線を無防備にする。
攻撃と防御をいちどに崩し、すぐさま切り込む。
ちまきは身をずらしながら大きく引いて斬撃をかわす。
そして扇を構えなおすと、左右への軽いステップを交え、ふたたび龍星へと近づいて攻撃。
今度は右を繰り出すときには左の扇で身を守り、左を繰り出すときには右で守るというやり方で連続攻撃を繰り出す。
右のあとに左、左のあとには右というような規則性は存在しない小刻みの連打。
連打のリズムも一定ではなく、ビートは軽快ながらも整った音色は奏でない。
そこに気まぐれな風のような足運びがくわわり、ちまきはランダムなうねりを発するミニ台風といった様相を見せる。
そのミニ台風相手に龍星は一歩も引かない。
ちまきの動きを板や面としてとらえ、彼女の攻撃を線・点として意識する。
左右へのステップにたいしては必ず彼女が自身の正面へ来るように動き、猫の目のように変幻するちまきの攻撃を捌いていく。
ちまきの攻撃が烈風と表すべき苛烈なものになっても、風にあおられた炎がより燃え上がるがごとく、龍星の動きもつられるように激しくなっていく。
とはいえ彼女の圧倒的な手数におされ、守勢のまま反撃の糸口は見えない。
しかし龍星は風向きを変えるタイミングをじっと待つ。
そして、その好機は早いタイミングでやってきた。
ふたりの攻守のあいだに、陽樹が割り込んでくる。
寸前まで気配を感じさせず、横からぬるりと浸透するような静かな足運びで接近し、ちまきの繰り出す腕を狙って木刀を下から振り上げる。
ちまきは文字通り攻撃の手を引っ込めることで、彼の一撃をすばやくかわし、ひらりひらりと踊るように下がって距離をとる。
それを追うことなく、ちまきを狙った攻撃は勢いを落とすことなく、斬撃の軌道は流れるように龍星へと向かっていく。
龍星は不意打ちの剣を受け止めた。
クワンッと木々同士がぶつかる音がとどろく。
互いの木刀は粘り着くように離れることなく、ここから相手の姿勢を崩すための力と技を使った押し引きが始まる。
『押さば押せ、引かば押せ』は相撲の極意を表す言葉だそうだ。
相手が押してきたら押し返す。相手が引くならさらに押す。
単純明快な理屈だが、初手から突き詰めて深奥に至るまで一本芯のとおった黄金律。
押す。引く。押し返す。
右に左にという派手な大立ち回りではなく、じりじりとした小競り合い。
少しでも優位に立とうと互いが動くが、力も技も拮抗するふたりの決着はなかなかつかない。
膠着状態のふたりに、ちまきが横槍を入れてくる。
ふたりをいちどに仕留めるという勢いで両手に持った扇を繰り出す。
龍星と陽樹は互いを押し合うようにして離れると、彼女に対応する。
ふたりはいままでやり合っていたのがウソのように、言葉も視線も交わさずに息の合った動きでちまきへと攻撃を返す。
木刀の突きを半身でかわし、変則的な軌道の斬撃は扇でいなしながら、ちまきは2対1を避けるポジションを取るために動き回り、対するふたりは彼女を逃さぬように動いて波状攻撃を行う。
途切れぬ攻撃にちまきが押されぎみになる中、突然、視線を彼女に向けたままの龍星の斬撃の軌道が、隣に位置する陽樹へと向かう。
その攻撃が来ることをあらかじめ知っていたかのように、陽樹は焦ることなく、一撃を受け止め、龍星へ反撃する。
そしてお互いに反発する磁石のように勢いよく後ろへ飛び退きながら、全員が宙で大きく身をひるがえし、着地するとすばやく構えなおす。
3人は戦いが始まる前と同じ立ち位置に。
呼吸のリズムを整え、視線は自分以外の相対するふたりへ。
力みと勢いが先行しがちになる体からゆっくりとチカラを抜きつつも気は抜かない。
じりじりとした状況のなか、内にこもっていた熱気がじわじわと表面へと伝わり、汗が噴き出し流れ落ちる。
決着がつきそうにない三つどもえは、
「よし。そこまでじゃな」
とのモエギの宣言で終わりを迎えた。
彼女の発案で始まった、互いを敵同士に見立てた模擬戦――三者が争うカタチや2対1を想定した稽古を終え、3人はゆっくりとそれぞれの武器を下ろし、深呼吸をして緊張を解いて互いに礼をする。
脱力と同時に地べたに座り込みそうになるのをどうにかこらえながら、3人は境内に置かれた縁台へと向かう。
一瞬たりとも気を抜くことが許されない状況は、体力もさることながら気力を大きく消耗させていた。
巫女姿のスズノが3人にタオルを手渡す。
陽樹はタオルを受け取ると、誰よりも疲れ切った様子で縁台へと腰を下ろす。
そして用意されていたグラスに麦茶を注ぐと、
「ちまきちゃんは砂糖を入れる派?」
自身のグラスに角砂糖を2個落としながら聞く。
「え? 麦茶に砂糖ですか?」
と、ちまきは少し考え込んだあと、
「試したことないので、とりあえず1個でお願いします」
陽樹はリクエストどおり、角砂糖をひとつ入れた麦茶をつくると、
「はい、ちまきちゃん」
そして砂糖なしの麦茶を、
「こっちはリュウちゃん」
それぞれに手渡す。
「サンキュー」
「ありがとうございます」
ちまきが麦茶を一気に飲み干し、「ふぅ」とひと息つき、
「もう1杯いただけますか。さっきと同じ砂糖1個で」
とグラスを陽樹へ返し、彼の手元で角砂糖が麦茶に溶けていく様子をじっと見つめる。
龍星はその微笑ましい様子を見守り、麦茶をひとくち飲むと、額の汗を拭った。
「さて、みなの感想を聞こうか」
別の縁台に座るモエギが観客の顔ぶれを見て問う。
萌木神社の境内にある祠の前で、3人の本番さながらの稽古を観戦していたのは、モエギをはじめ、スズノ、瑠璃、琥珀、ことぶき。
「この前のちまきちゃんとハルくんのときもそうでしたけど、こうして間近で見ると迫力ありますねえ」
モエギの隣に座ることぶきがのどかな雰囲気で、麦茶を口へと運び、
「リュウくんとハルくんは息が合っているだけでなく、お互いに手の内が分かっているのを感じますねえ。それと剣舞として習っていたわりには、ふたりの動きはそれなりに剣術してますね」
「それはこの者らの師の教えがいいからじゃろうな」
天久愛流剣舞は神事・祭事における舞の体裁を取っているものの、実質は妖怪退治の剣・天久愛流剣術の動きそのもの。
彼らの師匠は、龍星と陽樹が興味本位で妖異・怪異に関わったり、腕試しをすることが無いようにと、その事実を伏せつつも、基本的・基礎的なことはきっちりと修得させていた。
対魔だけでなく対人すらまともにこなしたことのないふたりが夏祭りで多くのフクマ憑きを退けたり、龍星が瑠璃や琥珀を相手にしてどうにか乗り切れたのも、その賜物だ。
「どうじゃ、そっちのふたりは」
モエギはもうひとつの縁台に腰掛ける瑠璃と琥珀に問う。
瑠璃と琥珀は顔を見合わせて、
「うまく説明できませんけれど、どこか違和感があるというか、鶴来さま善亀さまと――」
「ちまちゃんを比べるんと、おんなじ天久愛流なのになんか微妙に違うん流派のように見えるんよね」
「ふたりも目のつけどころがよいの」
モエギは感心したように言ったが、当の名指しされた3人は『言われてみれば』といった表情をしていた。
それを見て、
「わし直々に説明してもよいが……スズノともうひとり天久愛流をよく知る者にも聞いてみるとするかの」
モエギが本殿のほうへと視線を向ける。
一同が同様に目をやると、建物の横手から巫女のシズカが糸でがんじがらめにした人物をわきに抱えて、こちらへと向かってきていた。
「シズカ姉、放してにゃ」
ぐるぐる巻きにされた人物が懇願するが、
「そうしたら、あなたまた逃げだしちゃうでしょ」
淡々としたシズカの答えが聞こえてくる。
彼女らを先導するように歩く焦げ茶色の小さな猫とともに近づいてくることで、シズカがかかえている人物の容姿が分かるようになり――、
白い猫耳帽子に短い髪、イタズラ好きそうな瞳、少年っぽさのある中性的な幼い顔立ちという既視感に、
「え? あれ……」
「主任さま!?」
傍らに立つスズノと交互に見比べても違いが見いだせない瓜二つの人物に龍星たちは困惑する。
「あの者はスズナ、神使の鈴那斧鼓納更狸にして、そこにおるスズノの双子の片割れじゃ」
モエギが告げる。
「主任さま、双子だったんですの?」
「狛猫が2体いるのは意味があったんだ」
「じゃあ、あの人も元妖怪ってことになるん?」
「ってことは、あれも……その……男なのか?」
「ボクと違って、可愛らしさよりも男らしさ・カッコよさを追求するタイプで男装が好きな女性格、メス猫の妖怪になるにゃ」
それぞれが反応を見せる中、
シズカとスズナが皆の前に到着し、
「って、その声、やっぱり姫様か……こんなにちっちゃくなっちまって……」
スズナが抱えられたままで言う。
「ちっちゃいは余計じゃ」
モエギはムッとした感じでこたえる。
「スズノも超ご無沙汰。相変わらず女の格好してるんだな」
のんきな感じのスズナに対し、
「超々ひさしぶり……っていうか、スズナ、いままでどこをほっつき歩いてたのにゃ!!」
スズノが少し怒ったように言う。
スズナこと鈴那斧鼓納更狸は神使のひとりだったが、フクマが封印されて萌木山一帯に結界が張られる前に抜け出し、天久愛流の剣士である綺羅星右衛門についていったあと、行方知れずになっていたことを、モエギとスズノが説明する。
モエギはスズナに龍星たちを簡単に紹介すると、
「ときおりあちこちの旅先から便りは寄越していたがの。しかし連絡もなしにひょっこり戻ってくるとはどういう風の吹き回しじゃ」
シズカへと目配せして、スズナを解放させる。
体の自由を奪っていた糸が消え、スズナはすくっと境内へと立つ。
ブルーグレーのスウェットトップスに黒のワイドパンツ、白のストライプシャツを羽織ったボーイッシュスタイル。
スズノとまるっきり同じ、小柄で細身の中性的な顔立ちでありながら、
並び立ったふたりを比較すると、
スズノは少年っぽさの残る少女、スズナは少女っぽさが見える少年とまったく対照的なイメージを持っていた。
困惑ぎみの表情を浮かべる新顔の面々を、スズナは興味深そうに観察したあと、
「手短に話すと――」
と語り出した。




