19、違和感の正体
スズナは横道にそれることや誇張もなく、これまでのいきさつを端的に、早くも遅くもないおだやかで落ち着いた口調をもって語っていく。
星右衛門の生き様に惹かれて山を出たスズナは、彼の妖怪退治の道中に付き合いながら旅路を巡り、星右衛門の没後は定住することなくあちこちを気ままに現代まで放浪を続け――、
「最近は妖異・怪異の研究をしているオカルト学者さんのところに厄介になってたんだけどさ」
「そこで『霊妙にやたらと長けた子を狙ってるヤバめの妖異へ対抗するのに、天久愛流が腕に覚えがある連中を募っている』って小耳にはさんで、現代の天久愛流にも興味あったし、妖異退治に手を貸してやるのも悪くないかとちょっと向かってみたら、そこでカガチの姐さんとばったり出くわしてさ」
このスズナの話は、先日ちまきが語った状況の一端だ。
高い霊能力を持つ幼なじみを狙う強大な妖異に対しての、ちまきの師匠による各方面への呼びかけ。
スズナが好奇心と義侠心から向かった先にカガチがいたのは、モエギが彼女をちまきの師匠の元へ助力として向かわせていたからだ。
こちらでのフクマ退治にカガチという最大戦力が欠けるカタチになるのだが、モエギには先を見通した計略があるようで、『遠慮はいらぬ。向こうでも鬼打姫の伝説をつくってくるがよい』と彼女を送り出していた。
そのカガチ自身もスズナとの再会は意外中の意外だったようで――、
「で、お互いの近況を話し合う内に『フクマが復活した』って聞いたから、あっちは姐さんに任せてこっちに戻ってきたってわけ。で、姫様たちをびっくりさせてやろうと思ってこっそり裏手から来てみれば、境内でなんか面白そうなことやってるから、物陰で見物してたところをシズカ姉に取っ捕まっちゃってさ」
スズナは街に戻ってすぐのところでスズノの猫にご主人様と間違えられたことや、神社裏手の要石が動かされていたことへの感想を付け足して、話を終えた。
モエギは事情をひととおり聞き終えると、
「さて積もる話はあとにして。スズノ、スズナ。お主らはこの者らの天久愛流をどう見たか、遠慮のない意見を聞こうか」
と、ふたりの神使に問う。
「そうだにゃー、ダーリンとハルハルはお行儀がよすぎで、ちまきちゃんはちょっとやんちゃがすぎるにゃ。3人を足して割るとちょうどいい塩梅かにゃ」
「善し悪しの問題じゃなく、そっちの男子ふたりは伝統に則った古典芸能、嬢ちゃんのほうは荒削りなストリートダンスって感じだな」
スズノとスズナはそれぞれの意見を口にした。
ふたりも龍星・陽樹とちまきの剣法を別種のものとしてとらえている。
ただ瑠璃、琥珀の感じた違和感――同じ天久愛流でありながらどことなく違う流派に見える理由の説明にはまだ足りなかった。
龍星が得意とするハレの型と陽樹が得意とするヤトの型は、それぞれ晴天祈願と雨乞いというまったく正反対の目的からなる動作のために一見違って見えるというのは分かる話ではあるが、根底にある基本的な動きは同一なので、見る者が見ればやはり同じ流派なのだと納得はできる。
そして、ちまきが得意とするフウの型が風呼び・風止みと、ひとつの型でふたつの意味を持つ型であるとしても、やはり基礎・基本は同じはずなので違和感が生じる理由にはならない。
龍星・陽樹も実際に彼女と手合わせしていても、お互い指摘されるまで特に不思議を感じていない。
となると、なぜ瑠璃と琥珀は違和感をおぼえたのか。
モエギにはその理由に見当がついているようで、
「チマキ。お主、いまの師匠と出会う前はどのように妖異とやりあっておった?」
と尋ねる。
「最初はそこそこ長くてしっかりとした木の棒とか手頃なサイズの石に友達の霊力を込めたヤツで、しばらくしてからはバットをメイン武器に代えて消し飛ばす感じですね。取り回しが効くし、街中で振り回したりしなければ特にとがめ立てされないんで」
ちまきは年頃の少女にしてはやや物騒な答えをする。
「なるほど。我流の喧嘩殺法といったところか」
納得したようにうなずくモエギに続いて、
「ああ、だからフウの型を主軸にしてるんだね」
陽樹が気づきを得たように言う。
「いまので分かるん?」
「どういうことですの?」
いまひとつ飲み込めずにいる琥珀と瑠璃に、
「フウの型ってのは動きが特に決まってるワケじゃないから、下手にこれまでのやり方を捨てていろいろな型をひとつひとつ覚えさせるより――」
「フウの型をメインにそれまでの経験や他の型を取り込むカタチとしたことで、ちまきちゃんは自分の持ち味を活かせてるってところかな」
龍星と陽樹が答える。
男子ふたりは、ちまきが使うフウの型は彼女が編み出した独自のスタイルと認識していたからこそ、違和感を持つことがなかったのだ。
ふたりの説明を補足するカタチで、
「普通ならば我流で身につけた動作や癖は矯正すべきじゃろうが、チマキの師匠はあえてその我流を伸ばす方向で育成した。これによりアレンジがひと味くわわったも同然なので、リュウセイ・ハルキの剣筋とは違って見えたというわけじゃ。違和感はあって当然、チマキのフウの型はふたりとは違う技量、異なる経験を上乗せしたものじゃからな」
モエギが締めくくる。
モエギたちの解説に、女子たちはようやく納得の表情を見せる。
中でも、やや不安げな面持ちをしていたちまきは目からウロコが落ちたようにひときわ目を輝かせていた。
というのも瑠璃と琥珀がなにげなく口にした『違和感』というワードは、彼女にとって決して軽いものではなかったからだ。
ちまきにとって『龍星・陽樹の剣とはどこか違う、なにか違う』というのは、師のもとで学び、身につけた天久愛流をきちんと活かせていないということにつながる。
その懸念が払拭されたことで目の前の霧が晴れた状態になり、ちまきは表情を明るくしたが、同時に疑問が生まれたようで、
「でも、わたしの師匠はそこらへんのことを何も言ってはくれませんでしたけど……」
『不満』というよりは『不安』といったちまきの疑問に、モエギは直接答えずに龍星と陽樹へ目を向ける。
「それはね、『身につけたことをいったん忘れよう』って感じで、型や動きを意識しちゃうと――」
陽樹の優しく諭すような言葉に続いて、
「実際に動いたときに『あれ? ここでこの動きをしたらダメで、正しい動きはこうだっけ?』って考えることでテンポが乱れたり、体が硬直するからだな」
龍星もそっけないようでその実、親身に立った言葉をかける。
「つまり理屈や理論は大事だけども、それをその都度考えるよりも」
「身につけた体技を優先させたほうが自然に動けるってところかな」
「とまあ偉そうに言ってはみたものの……」
「俺らがそれに気づいたのはごく最近――」
「ヒメ様にフウの型を教えられてからだけどね」
と、ふたりはモエギへと目をやる。
つられるように、ちまき、そして他の面々もモエギに注目する。
「言いたいことはふたりが言ってくれたので、わしからなにか付け加えるとすれば――」
「チマキよ。考えるということは大事じゃが、考えすぎることで停滞してしまうのでは元も子もない。迷うな、悩むな、立ち止まるなとは言わん。ただそこで折れるな、あきらめるな」
「さいわいなことに、ここにはわしだけでなく、よくできた兄弟子ふたりをはじめ、お主にとって模範となる者たちがそろっておる。ここで学び得た物を糧とし、お主の天久愛流とするがよい」
モエギはしかと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
ここまで緊張したままだったちまきは、ようやくと憑き物が落ちたように「はい!」と大きな声で返事をし、
「あ、改めまして、皆さん、よろしくお願いしますっ!!」
一同に深々と頭を下げる。
「こっちこそ」
「よろしくね」
龍星と陽樹は少し照れた様子で答え、
「それじゃあ、ちまちゃん。早速だけど他流試合というんか、ひとつ手合わせといこうか」
「でしたら、ぜひワタクシとも」
琥珀と瑠璃が立ち上がって言う。
「はい! 望むところです!」
ちまきはすっかり明るさを取り戻していた。
その様子を見ながら、ことぶきとモエギは、
「一件落着、ひと安心といったところですねえ」
「妹弟子にアドバイスとは、ふたりともだいぶ兄弟子らしくなってきたのぅ」
龍星と陽樹に声をかける。
「アドバイスって言っても、姫さまの言葉あってこそだけどね」
「それに兄弟子・妹弟子とか関係なく、俺らのほうが学ぶこと、気づくことが多いかな」
「うちのお師匠さまもそれを見越して、ちまきちゃんをこっちに寄越したのかもね」
驕ることのないふたりを見て、
「いやなんか、ふたりを見てるとお姉さんとしてはキュンキュンしてきちゃいますねえ。なんかこう可愛い弟ができたみたいで」
「じゃろう? まったく口惜しい。元の姿であったならハグして思いっきり甘やかしているものを……」
ことぶきとモエギは意気投合してみせる。
「じゃあ、姫ちゃまの代わりに、ボクがダーリンやハルハルをぎゅっとハグするということで」
「いらんお節介だ」
「僕もご遠慮願おうかな」
「じゃあ、ぐいぐい行かずに慎みをもった感じで……えいっ」
「『ご遠慮願う』は『遠慮がちにすれば何をやってもいい』って意味じゃない!」
スズノに抱きつかれた龍星が声をあげる。
「そういえば『お控えください』とか『ご遠慮ください』とかが『度を超してなければOK』ととられてトラブルになる件があるよね」
「国語力の低下が嘆かわしい……というか義務教育の敗北だろ、それ」
「そうとは思うけど、その義務教育で国語とか算数の授業を削減する方針もあるらしいからね」
「最悪だな……それはともかく、ハル、こいつをひっぺがすの手伝ってくれ」
そんな他愛もない会話が繰り広げられている中、
「ヒ~メ~さ~ま~」
神社の玄関口である大鳥居のほうから声が聞こえてきて、一同がそちらへと目をやると、メイド服姿の泉があわてた様子で境内へと勢いよく飛び込んでくるのが見えた。




