16、プールオブガールズ
インドアプールの床から天井まで広がる大きな連窓から夏の光が差し込む。
UVカット処理がされたガラスは太陽の光と熱を和らげ、晴れやかな明るさだけを室内に届けていた。
白を基調としたモダンな内装が支配するラグジュアリーなプール内は、外気温だけでなく街の喧噪からも隔絶され、清涼にして快適な避暑地とでもいうべき空間をつくりだしている。
鉄台なつき、弥幸リリ、館きとら、美都瀬まろん、4人のフクマ憑きの少女が、脅威となる天久愛流への対抗策を練るため、ここに集まっていた。
とはいえ、それぞれが取っている行動はばらばらだった。
マリンブルーのスポーティーかつシンプルなミディアムカットの水着に身を包んだリリはプールの中で天井を見上げるようにゆったりと浮かび、ときおり足を動かしてゆっくりと水面を進むという行為を楽しんでいた。
空のスカイブルーと水底のターコイズブルー。
ふたつの青に囲まれていながら、そのどちらにも属さない青が優雅に我が道を行く。
そして15mほどのプールを端から端へのんびりと渡り切ると、
「いやぁ、貸し切りとは豪勢だねえ」
満足げな言葉とともにプールサイドへ上がった。
水着のサイドに走るシルバーのラインが、窓からの光や水面の反射を受けて、貴金属のようにきらびやかに輝く。
チェアにひっかけてあったタオルを手に取ると、リリは大理石を模したタイルの上にあぐらをかくように座り、濡れた髪や体をさっと拭いてタオルを首へとかけた。
そんな彼女を横目で見ながら、きとらはラウンドテーブルの椅子に浅く腰掛け、メガネ越しに周囲をうかがうようなどこか落ち着かない様子を見せていた。
卓上のトロピカルドリンクも手つかずのままだ。
白くほっそりとした体にクロスホルターの黒いセパレートとパレオをつけたきとらは、不安を紛らわすように銀のブレスレットを指先でなぞりながら、
「だ、大丈夫なんですか、ここ姫堂グループのレジャー施設ですよね?」
心細げに辺りを見渡して、震えるような声で言う。
彼女たちがいるのは、アパレルで有名な地元産業の姫堂グループが直営する総合レジャー施設、その最上階に設けられた特別会員用のプライベートプールだった。
「あー、姫堂のお嬢さん、フクマ狩りの一派だもんね」
リリが足を伸ばしながら、明るくのんびりと答える。
姫堂グループの令嬢である瑠璃がフクマ憑きの天敵である天久愛流の剣士と行動をともにしているのを、ここにいる4人は知っている。
だからこそのきとらの心配を打ち消すように、
「大丈夫。瑠璃お嬢様は、まろんたちがフクマ憑きだとは気づいてないから」
水面に浮かべた浮き輪型のライドオンフロートでくつろいでいたまろんが答える。
感情の起伏が読み取れない淡々とした物言いだった。
美都瀬まろんは現役女子高生にして、姫堂グループのファッション部門と契約しているガールズモデルで、室内プールを貸し切りにできているのもその特権によるものだ。
まろんはフリルがふんだんにあしらわれたショッキングピンクに白の水玉がランダムに並ぶワンピース水着を身につけている。
肩・胸・腰を飾る大仰なフリルにくわえて、ピンクのシュシュでツインテールにまとめたヘアスタイルが他の面々よりも彼女を幼く見せている。
そんなふわっとしたあどけなさの中にちらりとのぞく小悪魔的な表情、それが彼女の魅力であり、強みでもあった。
そしてその一端は敵陣・敵地にも等しいこの場所にいながらも堂々としている胆力にも現れていた。
殺伐さとは無縁のリゾート地にいるように、のんびりと窓越しに雲を見上げて、足先だけを水に浸して、ぱしゃぱしゃと軽く揺らす。
水面に映るきらきらとした光が、まろんの脚の動きにあわせてゆらゆらと揺れる。
その揺らめきがおさまるよりも早く、まろんはプールの中に軽やかに身をおどらせた。
水面が軽く波立つ。
まろんはすーっとプールサイドに近づき、水面から上がると濡れた体のままで、きとらと同じテーブルについた。
「だから、こうやってここにいてもなんともない」
悠々としているまろんとは対照的に、
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……」
びくびくとしているきとらを元気づけるように、
「灯台もと暗しというヤツだよ。そして虎穴に入らずんば虎児を得ずという言葉もあってだね」
デッキチェアに寝そべっていたなつきが体を起こし、サイドテーブル上の炭酸飲料をひと口飲んでから、クリアパープルの丸レンズがはまった金縁のカラーグラスを頭上へと押し上げて軽く伸びをする。
クリームホワイトのクロップドタンク風トップスと青のデニム風ボーイレッグのボトムスという格好の彼女は、水着でありながら泳ぐそぶりもなく、水につかるつもりすらないように見えた。
なつきの言葉に、
「なんだと……なつきが難しい言葉を……」
「大丈夫ですか? 夏の熱にやられていませんか?」
「水につけて冷やしたほうがいいかも」
他の少女たちが見せた反応に少し戸惑った表情を見せつつも、
「フフフ……この程度で驚いてもらっては困るなあ。アタシは成長する女だぜ。これからは知的クールななつきお嬢様と呼んでくれてもかまわないのだよ」
なつきは不敵な笑みを浮かべる。
しかし、それもすぐに、
「いや~、話はころっと変わるけどパレオってなんかいいよね」
不適な笑顔に変わり、椅子に腰掛けているきとらのパレオからのぞく太ももをじっと見つめる。
「どこが知的クールなお嬢様なのか」
「ヘンタイですね。『痴的フール』という呼び名のほうがお似合いです」
「これはこれでなつきの正常運転だから困る」
他の少女たちからの冷ややかな視線に動じず、
「いやだってさ、ゆるやかな曲線の織りなす隙間から白い太ももがちらちら見えるってのが、もうなんというか心ときめくのよ」
なつきはさも当然といった様子で答えるが、
「男子中学生か」
「普段から『男ってやーね』的な態度のわりには思考がオトコすぎる」
「同族嫌悪というヤツですね」
それらの反応にもめげずに、
「っていうか、きとらちゃんが白くて細くて可愛いのがいけない。よし、なつきお姉さんと結婚しよう。ついでに、リリとまろんちゃんもアタシのハーレムに……」
なつきがデッキチェアから身を乗り出し、興奮ぎみに言う。
「なに言ってんだ、コイツ」
「前から手がつけられないとは思っていましたが、ここにきて悪化の一途をたどってますね」
「やっぱり暑さで頭をやられてると思う」
「水の中に放り込んでおきましょうか?」
「そうだねー」
「手伝う」
3人がみせた意見の一致に、さすがのなつきも危機を感じたのか、
「待って待って、ウェイトウェイト! 場をなごませるジョークだってばッ!!」
あわてて、取り繕う態度へと替わる。
「ジョークに聞こえない」
「まあ不安は一瞬だけ忘れることができましたけど。ほんの一瞬だけですけどね」
「なごみはしなかったけど、みんなの気持ちはひとつになった」
「うむ、みんなの気持ちがひとつになるのはいいことだ。ではリラックスタイムはそろそろ終わりにして、本題である天久愛流対策会議といこうじゃないの」
「対策といってもさ、なんかプランとかあるの?」
リリもテーブルについて、3人はなつきの言葉を待つ。
「もちろん」
なつきはここまでのうわついた感じをひかえると、
「まずアタシたちというか、フクマの敵である皆さんを序列にして考えると、トップはハタオリノモエギヒメ、そのすぐ下が3体いる神様の使い。で、数段下に天久愛流の剣士、姫堂のお嬢さん、格闘少女に巫女さんとなるわけだけど……」
状況を整理しながら、
「この中だけで考えると、まず相手にするべきは神様とその使いではなく、たぶん対等レベルの人間の皆さま。で、さらにその中で優先的に排除すべきは天久愛流の剣士だと思うわけよ。そこで、こちらから挑戦状を叩きつけ、有利なフィールドに誘い出してノックアウトしようと思ってるんだ」
「挑戦状って、そんなのでノコノコやってくるかなあ」
「そのための布石はすでに打ってあるのだよ」
なつきが自信ありげに言う。
「ほう、その布石とは?」
「そんな大したもんじゃないんだけど――」
と前置きして、ターゲットである相手の耳に入るように『セーラーでバニーで吸血鬼』という特異な存在の目撃談を『あなたのおそば』の店員にそれとなく聞かせたことを告げ、
「これでその『セーラーでバニーで吸血鬼』から挑戦状が届いたら、相手は罠だと分かっていても来ざるを得ないってワケ」
「いや『せらばに』でいくってのは前から決めてあったけどさ、それ相手に対策されちゃわない?」
「『こちらは5人組です』と宣言しているのと同じですからね」
「まあ相手もチームだからね。そこで次の策の出番ですよ」
「次の策?」
「うん。相手がチームで来るのは当然だと思うから、決行日にはユウちゃんにかく乱戦法をお願いしてる」
なつきの言葉に、
「まろんのほうでもなつきの案に沿って、陽動作戦を準備してある」
まろんが追従する。
「なんだ、もう計画は動き出してるのか」
「実はそう。それと使える手駒は増やしてある」
まろんの言葉に、
「手駒? あたしたち以外のフクマ憑きを見つけることができたの?」
「そうじゃないけどスポンサーの手を借りて、フクマのチカラで動かせるマネキン人形を何体か用意してもらった」
「そんなものを用意できるスポンサー……いったい何者なんだ」
「本人は『闇のスポンサー』を自称してる」
「自称って……なつき並みのすっとこどっこいさんな気がしてきた」
「というか、その人はフクマのことを知ってるんですか?」
「フクマ憑きではないけど、フクマのことと、まろんがフクマ憑きなことは知ってる。あと変人だけど、なつきと同じくらい信頼できる、変人だけど」
「信頼してくれるのはありがたいけど、アタシってそんなに変人かな?」
「自覚なしかよ」
「変人の素質は充分ですよ」
「こういってはなんだけど、かなり変人だと思ってる」
「アタシの味方ゼロかよ」
そうぼやいたなつきだったが、すぐに気を取り直し、
「まあいいや。とにかくいま立ててるプランは――」
デッキチェアから立ち上がると、窓の外にパノラマ状に広がる街並みを指で示す。
「まず挑戦状を送りつけて、あの辺りに呼び出す。相手がひとりで来るように、街のあちこちで騒ぎを起こしてチームを分散させたうえでね。そして――」
指をすぅっと横に移動させて、ある一点を示し、
「あの場所まで相手を誘導していく。途中に罠をいくつか仕掛けておいて、相手がそれでもへこたれないようなら最終的にはあそこで決着をつけるつもり」
「で、もうちょっと計画を具体的にしたいと思ってるワケよ。だから、みんなもアイディア出してちょーだい」
なつきの呼びかけに、思いつきやアイディアがいくつか提議され、少女たちはそこからプランを詰めていく。
「この作戦のキモは、相手をいかに孤立させるかとフクマで動かせる人形の使い方だと思うけど、人形を動かす練習の時間あるかなあ」
「それなら大丈夫。ちょっとコツさえつかめば、いちどに3体ぐらいは余裕で動かせる。まあ複雑な動きはできないけど」
まろんの説明に、
「そっか。しかし、フクマのチカラで人形を動かせるとか夢が広がるねえ」
「フクマさまのチカラを使って、ほかにもなにかできるといいんですけど」
「いまのところできるのが、他人から生命力を奪うのとチカラの弱いコピーをつくるくらいだからねえ」
「コピーを取り憑かせれば仲間を増やせると思ったけど、なかなかうまくいかない」
「この前のお祭りくらいの人数からエネルギーを奪って、もっと強いコピーをつくらないと無理みたいですね」
一同がぼやく中、なつきは眼下の屋外プールへと目を向け、
「まあ、やりようはあるんじゃないかな。たとえば、あそこに見えるプールみたいに人が集まるところを狙うとかね」
暑さの中でプールを楽しむ人々を見ながら、口元に酷薄な笑みを浮かべる。
「テロリストの考えだ」
「なつき、あくどい」
「でも理論的かつ合理的ですよね」
会話を続けることでだいぶ落ち着いてきたのか、きとらはようやくトロピカルドリンクに口をつけた。
夏の太陽と情熱をイメージさせる鮮やかな色合いの液体が、透明のプラストローの中をゆるやかにのぼっていく。
「まあアタシは仲間を増やすとかより、フクマのチカラで女の子の水着を下着に変えたりしたいんだけどね」
なつきの唐突なひと言に、ドリンクを飲んでいたきとらがむせる。
「男子中学生か」
「本当に思考がオトコすぎる」
「テロじゃないですか」
「テロというよりエロ?」
「というか、その下着にするメリットisなに?」
「男の人となっちゃんが喜ぶだけなのでは」
「おっしゃるとおり、メリットは『アタシがうれしい』かな。でも男というか、オスについては喜ぶヒマも与えずにみんなフクマのエサだよ」
楽しそうに答えるなつきを見ながら、
「男の人をフクマさまのエサにするという考えには同意できますけど、『水着を下着に』は断固阻止させてもらいますからね」
「『女の敵は女』、昔の人はよく言った」
きとらとまろんはあきれ顔で返す。
リリも残念な生き物を見るような顔で、
「どうでもいいけどさあ、せっかく見た目だけは合格点なんだから、もうちょっとお嬢様っぽい言い回しとか乙女チックな思考はできないもんかねえ」
「見た目だけ言うな。まあでもリクエストされたからには頑張ってみましょうか」
なつきは深呼吸をして窓辺に立つと、ぼぅっと遠くを見つめるような物憂げな表情を浮かべて、
「ハァ……神様のいたずらで女の子の着ている水着が下着になったりしないかしら」
なつきの真剣な表情とどうしようもないセリフとのギャップに、リリは笑いまじりに、
「バカヤロ。それっぽく言えばいいもんじゃないよ。泳いでるときに聞いてたら息継ぎ失敗して大惨事になるとこだわ」
「どうしましょう、水の中に突き落としちゃいましょうか?」
「それくらいしないと、コイツこりないかも」
「なら手伝う」
明白な意思で団結した3人が近づいてくるのを、ひらりとかわして、なつきはプールサイドから高くジャンプして水上へと。
大きな波しぶきが立つと思った3人は身構えたが、波も音も立たず、水面には波紋すら浮かばなかった。
「ごめんってば。お詫びといってはなんだけど、みんなにはフクマを使ったちょっとした技を教えるからさ」
プールの中央で腕組みをし、水の上に悠然とたたずむなつきが明るく告げる。
「え? どうなってんの?」
「水の上に立ってますよね……?」
「ニンジャ……?」
驚愕の表情を浮かべる3人のもとへ、キャットウォークを進むモデルのような優雅な足取りで水面の上を戻ってくると、
「言ったでしょ。アタシは成長する女だ、って。というわけで、このアタシ、なつきお姉さんがフクマの可能性をレクチャーして進ぜよう」
なつきは得意げに胸を張ると、猫を思わせる愉快そうな笑顔を見せた。




