12、サプライズな妹弟子
「「天久愛流……剣術!?」」
龍星と陽樹は驚きの声をあげた。
師匠と自分たち以外の天久愛流、それも剣舞ではなく、剣術としての使い手がいるのをこれまで聞いたことがなかったからだ。
ふたりはちまきと名乗った目の前の少女を見つめる。
好奇に満ちた視線で、というよりは、天久愛流で身につけた『見』、剣舞においての間合いや周囲の安全をはかるための物の見方を応用して、彼女の『人となり』を見極めようとする。
150cmほどのほっそりとした小柄な体、その背の中程を超えて腰の少し上まで伸びたストレートの金髪。
顔つきは背格好よりも幼く見え、年は14か15といったところのどこにでもいそうな少女である。
やや目立つ三白眼は落ち着きなさげに動いているが、それは彼女もこちら同様に『見』を行っているからと思われた。
腕は長袖のパーカーに隠れてしまっているが、ハーフパンツからのぞくひざ下はしなやかながら引き締まっている。
どこか居心地が悪そうにしている少女のたたずまいから不良娘という第一印象は吹き飛び、視線や姿勢、身のこなしにもどこか張り詰めたようなものがあるのと同時に、隙のなさが感じとれた。
「さて互いに見合っていても始まらんし、女子を立たせたままというのもな。とりあえず座ってもらって話を聞こうではないか」
小規模な前哨戦のような『見』の合戦を強引に終わらせるようにモエギが言った。
モエギの言葉にあわてて女子店員たちは椅子を用意し、カガチとちまきは龍星と陽樹の向かい側に腰を下ろす。
「では改めて……清長篝火魑だ、よろしく頼むよ」
モエギの横に腰掛けたカガチが堂々とした態度を崩さずに名乗る。
大人の余裕ともいえるにこやかな表情ではあるが、同時に強者のオーラ――威圧感ではなく、むしろ安心感に似たものを感じさせた。
一同がなにかしらの反応を見せるより先に、カガチは空子に気づき、
「おや、君は夏祭りの日メガネを壊して困っていた巫女の子か。コンタクトにせずにきちんとメガネを新調したのだね、よい心がけだ」
声をかけられた空子は会釈で返す。
次にカガチは市子と泉に目を向け、
「救護所の子と私が運び込んだ子か。元気になったようでなにより、いやはや奇妙な縁もあるものだね」
相好を崩し、明るい声で笑う。
市子と泉は身を固くしたまま軽く会釈する。
続いて、カガチの視線は和子、瑠璃、琥珀に向けられ、
「そちらの3人は初対面だね。だが君らも非凡であるというのは分かるよ。ただ……」
と言葉を切って、
「姫様の加護を受けている子や神司となっている子はともかく、この子に妖力を与えて眷属にしているのはどういう了見なのかね」
軽くにらむようにして、スズノに問う。
目を向けられたスズノは臆することもなく、
「事後承諾だけど、姫ちゃまには了解を取っているにゃ」
その言葉を肯定するように、
「うむ、その娘の身柄はスズノに預けておる。詳しい経緯はのちほど話すとして、いまはお主よりもそちらの女子の話を聞くべきだと思うが」
モエギが言う。
「これは申し訳ない。では――」
と、カガチは隣に座る少女をうながす。
皆の視線が集中する中、金髪の少女は軽く呼吸を整え、
「雨竜ちまきです。よろしくお願いします」
と軽く自身の名を告げると、龍星と陽樹に目を向けて、
「鶴来龍星さん、善亀陽樹さんでよろしいでしょうか?」
彼女の問いに、ふたりはうなずき、それぞれ自分の名を告げる。
「おふたりに会ったら、これを渡すように言われてまして……」
ちまきはナップザックから長封筒を取り出した。
表面に『龍星と陽樹へ』と書かれた封筒を陽樹が受けとり、
「お師匠さまの字だね」
中に入っていた手紙を引き出し、広げる。
「なんて書いてある?」
「『君たち念願の妹弟子だ。喜びたまえ』」
「ん? それだけか?」
陽樹は手紙をすかしたり、裏返したりとしていたが、
「それだけみたいだね」
「あぶり出しとか、封筒の内側に要件が書いてあるとか」
「どっちもなさそうだね」
手紙だけでなく封筒のほうも念入りに調べた陽樹が言う。
「あぶり出しとか封筒の内側とか、お主らの師匠はそういうことをするタイプなのか?」
モエギの問いに、
「意外と子どもじみたところがあるからねえ」
「そういうところはちびヒメと気が合いそうなんだよなあ」
ふたりが答える。
「わしは別に子どもっぽくはないぞ」
モエギは抗議の声をあげるが、ふたりは取り合わず、
「それにしても説明が足りなすぎるね」
「いきなり妹弟子とか言われてもな」
手紙の文面は、ちまきにとっても予想外だったようで、
「あの……それだけですか?」
心配そうに問いかけてくる。
陽樹は軽くうなずいて、
「お師匠さまのことだから『どうせ会うんだし、直接話したほうがいいだろう』くらいにしか考えてないと思うよ。というわけで、よければ事情を聞かせてもらえるかな?」
優しい口調で返事をする。
ちまきは緊張をほぐすようにして目を閉じ、ひと呼吸するとぽつぽつと語りだした。
現在15歳で中学3年生の雨竜ちまきには霊能力を持つ幼なじみの親友がいて、その子は霊能力の高さゆえに妖異・怪異に狙われることも多く、ちまきは微力ながら彼女のボディーガード兼サポート役を務めていた。
「なるほど。その長髪と髪染めは魔除けのためか」
「あ、そうです。なかなか周りには理解してもらえないんですけど……」
モエギに気づいてもらったことで、ちまきが少し明るい表情になる。
この店に来てから初めての、年頃らしい振る舞いだった。
少し柔らかな表情になって、ちまきは話を続ける。
魔除けと霊能力によって弱い妖異・怪異ならば退けることができていたのだが、ある日、彼女らだけでは太刀打ちできない妖異が現れ、危機に陥ったちまきたちを救ったのが天久愛流剣術を使う剣士だった。
彼女が住む地方では、天久愛流は表舞台に出てこないものの、妖怪退治の剣術として受け継がれており、ちまきは自身の身と友人の安全を守るために天久愛流への弟子入りを決めたのだった。
ちまきと彼女の師匠による天久愛流剣術による守りが加わり、どうにか安穏と日々を過ごせるようになったが、今年の夏に入ってこれまでにないほどの強力な妖異が親友を狙い始めた。
それに対処するため、ちまきの師は伝手を頼り、さまざまな分野で妖異・怪異の退治を専門としている実力者に連絡を取り――、
「その中のひとりが……」
「俺たちの師匠ってことか」
「お師匠さまが昔なじみから受けた頼み事ってこのことだったんだね」
「師匠が出向くレベルの妖怪が相手じゃ、俺らがついていっても足手まといになるだけだな」
龍星と陽樹は合点がいったようにうなずきあうが、ちまきのほうは彼らの口にした『足手まとい』という言葉に反応して顔を曇らせ、唇を固く結ぶ。
「どうかした?」
彼女の表情に気づいた泉が気遣うように声をかけた。
「あ、はい。その……」
ちまきは話を続け――、
親友のもとに龍星・陽樹の師匠だけでなく多種多様なオカルティストが集まる中で、ちまきは彼らと比べて実力が数段劣る『足手まとい』であることを実感させられた。
親友を守るため、師匠の役に立つためには距離を置くしかないという事実に思い悩むちまきに、龍星・陽樹の師匠は離れた地で妖怪フクマを封印するために奔走している弟子について語り、
「うちの弟子たちのもとで経験を積んでくるといい。きっと君の糧になるはずだよ」
との提案を受け、ちまきはこの街にやってきたと告げた。
「師匠……ひと言くらい相談か連絡をしておいてくれてもいいものを……」
龍星のぼやきに、
「お師匠さまらしいけどね」
陽樹が慣れっこという感じで答える。
「もしかして……師匠が予告してたサプライズプレゼントって彼女のことか?」
「この文面と状況を鑑みるとそうなると思うよ」
「あの……予告されていたらサプライズにはならないのでは……」
市子からの当然のツッコミに、
「それはそうなんだけどね」
陽樹は苦笑する。
「まあ、わしは知っておったがの」
ふたりの師匠とは密に連絡を取り合っているモエギが平然と言う。
「教えてくれておいてもよかったのに」
「お主らの師匠がサプライズにしておるのに、わしが教えてしまったらサプライズにならんじゃろうが」
「いやまあ事前に予告されてたから、サプライズではないんだけどサプライズというか……ややこしいな」
「プレゼントがあるとは聞いてたけれど、中身までは知らされてなかったからね」
「それにしても女の子をプレゼント扱いとか、師匠にしてはちょっと趣味が悪すぎると思うけどな」
「それについては同感だね。でもフクマとやりあうのに仲間が増えてくれるのは心強いかな」
「まあな。師匠が考えもなしにこの子をよこしたとは思えないし」
龍星と陽樹はちまきに向き直ると、
「あの師匠と比べたら、まだまだふがいない俺らだけど……」
「その至らない点をカバーしてもらえるとありがたいかな」
「「というわけで、これからよろしくお願いします」」
揃って軽く頭を下げる。
ふたりの反応にちまきの表情がより明るくなり、
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
テーブルに額をぶつけそうな勢いで頭を下げた。
ちまきは姿勢を元に戻すと、張り詰めていた緊張がとけたのか、気が抜けたかのように椅子の背に深く寄りかかり、
「よかった……こっちでも足手まといになったらどうしようかと……」
感極まったように、目にうっすらと涙を浮かべながら安堵の吐息をもらす。
モエギはそんな彼女を慈愛に満ちた瞳で見つめ、
「よし。新たなメンバーが増えたことだし、定例会をこのまま歓迎会にしてもよいかもしれんな」
朗らかな声で提案する。
モエギの言葉に女子たちが明るく答え、わいわいと動き出すが、
「ただ問題がないわけじゃなくて……」
顔を曇らせた龍星のひと言に空気が一瞬固まる。
怪訝な表情を浮かべた女子たちに代わって、
「なんじゃ、お主ら。こんな可愛らしく生真面目な年下の女子が仲間にくわわるというのにうれしくはないのか?」
モエギが(なにが不満なんだ)という響きを潜ませて聞いた。
皆の視線が集中する中、
「いや実は……」
龍星は申し訳なさそうな表情をして、陽樹のほうへちらりと目をやる。
陽樹はため息をひとつつくと、
「その……雨竜さん」
「あ、ちまきでけっこうです」
「じゃあ、ちまきさん。僕らのお師匠さまからフクマについてどれくらい聞いてる?」
「女の子の服に取り憑いて操る妖怪で、その昔に天久愛流がこの妖怪と戦って封印したってことと、つい最近その封印が解けて復活したということ、おふたりが再封印のために頑張っているというところまでは聞いてます」
「なるほど」
彼女の答えを聞いた陽樹は困ったふうに龍星と顔を見合わせる。
ふたりの躊躇している理由が分からない女子たちを代表するように、
「ん? なんの問題もないようじゃが?」
モエギが尋ねる。
「その……フクマのことはお師匠さまに伝えてはいるんだけど……」
「フクマ憑きを祓った結果というか副作用というか、女の子がどうなるかまでは伝えてないんだ」
ふたりの言葉に女子たちが表情を暗くしていく中、
「ああ、肝心なところを伝えておらんのか」
モエギがどこか呆れたというより、からかうような口調で言う。
ただならぬ空気を察したのか、
「え、あの……フクマを退治するとなにかマズいことでも……?」
ちまきは戸惑いながら尋ねる。
「わしの口から説明したほうがいいか?」
モエギは龍星と陽樹や女子たちの顔を見て問う。
「お願いします……」
恐縮したように一同が告げると、
モエギはちまきのほうへ向き直り、
「フクマ憑き、フクマに取り憑かれた女子からフクマを祓うのはわりと簡単で、神聖なチカラを宿した道具などで軽く女子の服に触れるだけでよいのじゃが――」
と簡単な説明から始め、
「現時点で、リュウセイとハルキ、そこのルリの3人に神器を貸し与えてフクマを祓えるようにしておるわけじゃが、この者たちの腕前では神器の強すぎるチカラをうまくコントロールできなくてな……まあなんというか、勢い余ってフクマだけでなく女子の服もはじけ飛ぶ」
モエギの言葉を真剣な面持ちで聞いていたちまきは、
「よかった……命に危険が及ぶような呪いや後遺症があるわけじゃないんですね」
ほっと胸をなで下ろすような安堵を見せたのも束の間、
「……服がはじけ飛ぶっ!?」
素っ頓狂な声をあげた。




