11、来訪者
「それでは先輩、よろしくお願いしますッ!」
はつらつとした少女の声が『あなたのおそば』の店内に響き渡った。
(似た流れがつい最近もあったような……)
富津市子は目の前で展開している光景に数日前の出来事を重ねる。
前回とは集まっている面々の顔ぶれが若干異なるものの、今回の主要人物も店の中央で向かい合う少年と少女。
少年は神主を思わせるような白衣の上着にエメラルドブルーの袴と白足袋といった格好で、額には白ハチマキ、左手には花模様が編み込まれた白いブレスレット、足元は波形の青い模様がサイドに入った水色のスニーカー。
女子店員がメイド服を着ている蕎麦屋『あなたのおそば』の店内とはいえ……いや、だからこそ、かなり浮いた格好だといえる。
だがそんな格好でありながらも、メガネの奥に見える彼の瞳は真剣味を帯びている。
普段、店で見かける温和でのんびりとした感じは鳴りを潜めていた。
彼と向き合うように立つ幼い顔立ちの少女は背も歳も少年よりやや下で、腰に届くほどの長い金髪を背中の少し上でゆるいツインテールにしている。
金髪ではあるが外国人というわけではなく、顔立ちから日本人だと分かる。
こちらはピンクとイエローのツートーンカラーのTシャツにデニムのハーフパンツという軽装にピンクの紐が可愛らしい白のスニーカーをあわせている。
彼女の表情はどこか硬く見えるが、現在の状況に緊張しているからというよりも、興奮をどこか押さえ込んでいるからという感じだ。
ふたりの手には布を棒状に丸めた即席の武器とでもいうべき長さ80センチほどの1本の棒。
ただお互いの手に収まった状態を見ると、棒と呼ぶより抜き身の刀といったほうが的確かもしれない。
そんな刃も鍔もない布刀とでもいうべき得物を少年は両手で握り、体の正面に構えると先端を左斜め下へと向ける。
彼が習得している天久愛流の型の中で、防御に向いたヤトの型での始点となる基本の構え。
それに対して、少女のほうは左手に握った布刀を腰の脇に位置させ、右手を柄となる部分に添えて、腰を少し落とした状態をとった。
対峙する少年と少女は合図を待つのではなく、動き出しのタイミングを自身で決めるためにお互いの呼吸を読みあう。
ギャラリーのなにげないひと言どころか、単なる呼吸ですらふたりの妨げになるのではないかと思われる重苦しい沈黙がしばし流れたのち、ふたりはまるで示し合わせていたかのような動きで前へと進み出た。
少し時間をさかのぼり――。
定例会の最中に鳴り響いたドアベル。
その音色は普段と変わらず柔らかなものだったが、これまでに話していた内容から思わず緊張が走り、龍星と陽樹は身構える。
「お邪魔するよ」
緊張感を欠く言葉とともに、銀縁のメガネをかけた女性が入ってきて店内を軽く見渡し、
「なかなかに良い店ではないか」
感心するように言った。
ツヤのある焦げ茶色のマニッシュなスーツとオフホワイトのブラウスにつつまれた長身からは、爬虫類のような冷たく神秘的で妖艶な感じがかもしだされていた。
襟元のボタンは外され、胸元ぎりぎりまで開いたブラウスの合わせ目からは白桃にも似た色の肌がのぞいている。
首にはヘビが巻き付いたかのようなシルバーのチョーカー。
腰に巻かれた明るいグリーンのベルトはウロコ状で、蛇をイメージさせるのにひと役買っていた。
彼女に見覚えのある市子が気づいて声をあげるよりも早く、
「すいません。いまの時間、貸し切りなんですよ」
泉が突然の来訪者に告げる。
「ああ、それは知っているよ。表に『貸し切り』とのフダが下がっていたからね」
と答えた女に対して、
「にゃー! カガチ、来るのが遅いにゃ! いったいどこで油を売ってたのにゃ!」
スズノが騒々しい抗議の声をあげる。
「油を売っていたわけではないよ、酒はちょくちょく買ってはいたがね」
さらりと受け流す態度で、カガチと呼ばれた女が答え、スズノはどこか憮然とした表情を浮かべる。
「カガチ……例の鬼打姫さまですかな!?」
女の名前を聞いた和子が驚きの声をあげると、
「姫様を差し置いて『様』をつけられるような立派な身分ではないのだがね」
さわやかな口調で答えたあと、カガチは店内を堂々と進み、モエギの前に立ち、うやうやしく頭をたれた。
「どうも、姫様。参上するのが遅くなりました」
「別によい。お主が街中でケガレを祓うために動いておったのは承知しておる」
モエギがその童女姿に似合わぬ尊大な態度で答えると、
「え、ちょっと。ボクのときと反応に差があるというか、ありすぎるんだけど。ボクも姫ちゃまの役に立つように使命を果たしてたよね?」
スズノは不満げな視線をモエギに向けた。
「お主は面白半分で楽しんでおっただけじゃろうが」
モエギの指摘に、スズノは例によって誤魔化すように軽く舌を出す。
そしてまったく反省してない様子で、龍星のそばに移動し、
「ダーリンなぐさめて」
しなをつくり、体を密着させた。
「俺はお前のダーリンじゃない。どちらかといえば巻き込まれた被害者なんだが」
龍星はにべもなくスズノを押しやる、
カガチは龍星に気づくと、
「おや君たちは……あの夏祭りのときの坊やたちか。改めて礼を言おう……いやまずは詫びるのが先か……このたびは大変すまないことをした」
実直な態度で龍星と陽樹のふたりに向かって頭を下げた。
「誰かさんもこの態度を見習うべきじゃないのか」
と言った龍星に対して、
「ん? あれ? ボク、ちゃんと謝ったよね?」
スズノはいかにも心外といった感じで問う。
「そうだっけか?」
龍星は確認するように陽樹のほうに話を振る。
「謝ってもらってはいるけれど、そのあとのアレコレがいろいろアウト寄りだったからねえ」
「寄りじゃなく完全にアウトだったがな」
そんな会話をするふたりを見ながら、
カガチは、
「姫様、シズカから聞いたのですが、彼らが……」
「うむ。天久愛流の使い手でありながら、お主らの色香に迷ってフクマの封印を解いた大うつけじゃ」
非難や怒りではなく、ふたりの失態を笑い話としてすませるような口調でモエギが答える。
面目なさそうに頭をかく龍星と陽樹を見ながら、
「ふむ、私の目利きは思った以上のものだったのだな」
ここでチロッと舌を出して唇をなめ、
「しかし姫様だけでなく、天久愛流の君たちがいてくれたのは実に都合がいい」
と続けた。
「わしだけでなく、こやつらになにか用があるのか?」
モエギの言葉に、
「はい、姫様だけでなく彼らにも引き合わせたい人物がおりまして……さあ入ってきたまえ。表で待っていても暑いだけだろう」
カガチが店の入り口に向かって声をかけると、
店の出入り口に15歳ぐらいの少女が姿を見せた。
その少女を見たとき、ぱっと目につくのは腰まで届くような長い金髪だった。
ほのかに赤みを帯びたゴールドの髪であるが、その顔立ちから髪を染めている日本人だと分かる。
顔立ちは標準的で年相応の可愛らしさがあるのだが、目だけは三白眼で目つきが悪く、そのせいか、硬くこわばったような表情は笑っているとも睨んでいるとも取れた。
服装はピンクとイエローがツートーンとなったTシャツに空色のサマーパーカーにデニムのハーフパンツ。
ベルトがわりに大きめのウエストポーチ、肩にはダークグレーのナップザック。
足元を飾るのは桃色の靴紐がアクセントとなっている白のスニーカー。
第一印象は派手めでポップな可愛らしさというよりも、ぶっきらぼうというか、我が道を行くようなとっつきにくさ、他人を近づけがたい雰囲気を感じさせた。
人によっては不良娘と捉える向きもあるだろう。
一同の視線が向けられている中、
「失礼します」
と、少女はどこかワルめいた雰囲気からは想像できない素直で可愛らしい声で告げて、おずおずと店の中に足を踏み入れる。
「さあさあこっちへ」
カガチにうながされ、少女は一同のほうへ近づいてくる。
その足取りには表情のような硬さはなく、見た目や年齢以上の悠然としたものがあった。
「よろこびたまえ。こちらが私が話していた姫様。そして、この少年たちが君の探し求めていたふたりだ」
カガチが少女にモエギと龍星、陽樹を紹介する。
少女がぺこりと頭を下げ、
「えーと……はじめまして。わたし、天久愛流剣術の門下生で、雨竜ちまきと言います。しばらくの間モエギヒメさまのもとでお世話になる予定ですので、なにとぞよろしくお願いいたします!」
と名乗った。




